161 イルミナートの頼み
怒涛の挨拶地獄から解放されたディーノは少し夜風に当たりたいと外に出て一休み。
ウルはすでにこの場に慣れたのか多くの女性に囲まれて、料理や酒を楽しみながら場を盛り上げている。
そんな器用な男を羨ましく思いながらグラスを傾けていると、この日戦ったイルミナートが声を掛けてきた。
「ディーノ殿。其方程の強者もこのような席は得意ではないと見受けられるが、少し良いだろうか」
「イルミナートさんか。得意ではないって言うよりは堅苦しいのは苦手ですね」
イルミナートもこの宴の席に参加していたのだが、ホールでは拳王の側についていた為、軽く挨拶をした程度に済ませていた。
「某も五拳人任命を機に一代貴族と成り申した故、このような酒宴の席は好まぬ。一般の民の如き笑い騒ぐ席の方が某には合っておる」
「確かに、気を使わず馬鹿騒ぎする方が楽しいですからね」
冒険者は冒険者らしく乾杯して馬鹿騒ぎしている方が性に合っている。
イルミナートも一般の出であれば今のディーノも同じような気分でこの場にいるのかもしれない。
この面倒な物言いの男であれば尚更貴族間では浮いてしまう事になるだろう。
「某も良い店を知っている。後日、街で酒でも呑み交わそう」
「オレ達は明日立つのでセンテナーリオからの帰りにでもよければ是非」
「うむ。実は……その事でお願いがあって参ったのだ。センテナーリオに向かう使者の護衛に某の弟子を連れて頂きたく、拳王様にも許可をもらっているのだが」
「拳王様がいいなら断る理由はないですけど」
リエトから聞いたが、会談の内容はピートとエルモが全て書き留める事ができる為、拳王国からの使者は一人だけとの事。
使者の護衛に五拳人を一人つける予定であり、ディーノの予想ではイルミナートだと思っていたのだが、弟子を連れて行ってほしいと拳王に頼んだようだ。
ディーノとしては弟子が来ても特に問題はない。
「感謝する。【フェリクス】!こちらに来なさい」
少し離れた位置に控えていた若い男がこちらに近付いて来る。
身長はディーノよりも高く、鍛えられた身体つきから相当な実力者と思われるが、自信無さげな雰囲気が少し頼りない。
護衛として連れて行くには頼りないのは問題な気もするが。
「えっと、あの、フェリクス=ヴィート=アークアビット。拳王国の第八王子です。あ、勝手に名乗ってすみません。よ、よろしくお願いします」
「自己紹介して謝らなくていい。お前は八男とはいえ王族なんだ、偉ぶる必要はないがもっと自信を持て」
「ででもボクなんかを連れて行ってもらっていいのでしょうか。いいい行ってみたいとは言いましたが師匠も一緒かと」
挙動不審なフェリクスはこれでも王族らしいが、第八ともなれば王位継承権が与えられるとは考えにくく、自信無さげな態度は王子達の中でも虐げられる立場にあるのかもしれない。
それよりも気になるのは……
「普通に喋れるんだな」
ついタメ口が出てしまうが。
「ん?話せるが?」
「なんで某とか言ってるんですか?」
「一代とはいえ爵位を頂いたのであればそれ相応の振る舞いをする必要があると思ってな。私の愛読書を参考に言葉を選んでいるのだが何か不自然な点でも?」
「アホか!?不自然どころか頭の病気かと思ったわ!素質ありとか言われたオレの気持ちにもなれ!」
何気にショックだったようだ。
もう気を使う事すらやめて文句を言うディーノである。
互いの立場から考えればディーノの方が地位が高く、言葉遣いが悪くても問題はない。
「フェリクスよ。某は頭に病気を抱えておるのか?」
「師匠においては病気であるとは考えにくく、独特の世界観を持っているものと考えています」
この意見には自信有りげにさらりと返したフェリクス。
独特の世界観と言われて少し考え込むイルミナートは何か間違っている事に気付いたのだろう。
一般の民から拳王国最強の拳士に成り上がった主人公の言葉遣いを真似しただけなのだが、イルミナート以外に某と名乗るものは誰一人としていない。
自身が憧れた男の言葉遣いは独特だったのかと。
「以前のように話した方がいいと……」
「うん。頭にスッと入ってこないから」
「で、では……名残り惜しいがそうする事にしよう……はぁ……」
少し可哀想だが仕方ない。
これで会話がしやすくなるはずなのだ。
「で?フェリクスを連れて行くのはいいけど何かあるのか?別に拳王様が許可したのならオレに言う必要ないと思うけど」
「ああ、フェリクスは見ての通り自分に自信を持てずにいるのだが、拳王国でも珍しいウォーリアという発動しないスキルを持つのでな。武人としての腕はなかなかのものだが、スキルの発動なくしてモンスターを相手取る事はできん」
「ハズレスキルと呼ばれていますが」と苦笑いして誤魔化すフェリクスは、スキル無しでも戦えるよう誰よりも身体を鍛えているのだろう。
若いながらも鍛えられた肉体はイルミナートよりも大きく膨れ上がっている。
「珍しいって事は他にもいるって事?誰もスキル発動した事ないのか?」
「俺が知る限りでは少なくとも三人はいるな。これまでウォーリアスキルを成功させた者はいないと聞く」
他にもいるとすれば竜害を予兆するスキル発現者という事ではないのだろう。
もともとアークアビットではギフトのような特別なスキルは確認されておらず、今後見つかるかもわからないのだが。
「何か条件が必要なんじゃないか?必須のステータス値があるとか、わかんないけど」
「んん、そこに期待して其方に……ディーノで良いか、ディーノに託してみようと考えたのだ。それに将来がそう明るいものではない第八王子という立場も考えて、見聞を広げてほしいと思う師としての気持ちもある」
「王族って面倒くさそうだもんな。ま、自由な立場にあると考えればそう悪くもないかもしれないけど。じゃあフェリクスも一緒に連れて行っていろいろ試してみるか」
発動しないスキルなど初めて聞いたが、ディーノのギフトのように知らずに発動している場合やその逆の場合もあるだろう。
武人として鍛錬を積む拳王国では見つからなかったのかもしれないが、危険と隣り合わせで成長していく冒険者であれば何か見つかるかもしれない。
「あの、ディーノさん。よよよろしくお願いします!」
「よろしくな!」
自信の無さからかどもるのがやや気になるものの、幼さの残る笑顔には好感が持てる。
スキルを発動できない事にも腐る事なく、体つきを見る限りこれまで誰よりも訓練してきたであろうフェリクスならある程度厳しい訓練にも耐えられるだろう。
◇◇◇
アークアビット拳王国で二日目の朝を迎え、この日からはセンテナーリオ精霊国へと向かう事になる。
ディーノとウル、リエト達外交官にフェリクスを加え、アークアビット拳王国側の外交官がもう一人。
「センテナーリオへの旅に同行させて頂く外交官の【チェルソ=カザリーニ】と申します。フェリクス殿下共々よろしくお願いします」
このチェルソ、どうやらフェリクスの勉学教師らしく「先生」と呼ばれている。
見送りに来ているイルミナートとも挨拶を交わしていた事から、どちらもフェリクス繋がりとなればディーノとしてはやりやすい。
下手にフェリクスを虐げるような者が来ていた場合にはどう接するべきか悩むところだった。
現に王族と思われる者は見送りに一人も来ておらず、チェルソの同僚かイルミナートの弟子達といった面々しか来ていない。
しかし悪い方向に考えてみると、チェルソとイルミナートが外交官と護衛に選ばれたのは、他の王子の口添えがあったのではないだろうか。
実際に昨夜フェリクスの同行を決めた後もイルミナートと話を続けていたが、弟子の大半がスキルの威力が低かったり発動率が悪かったりと何かしらの問題を抱えているとの事。
イルミナートが直接見たわけではないが、陰ではイジメのような事が行われていると相談も受けているそうだ。
その問題を抱えた弟子達から師を遠ざけた場合に……何かしら起こりそうではある。
五拳人の中でも一般民出であるイルミナートがこの弟子達を任されていたのも納得ができるが、こうして知り合えた事、仲良くなれた事から同じ一般民であるディーノとしては腹立たしく、なんとかしてやりたいと思えてくる。
「イルミナート。戻って来たら他の五拳人全員オレの相手をするよう伝えてくれ。もし断るようなら逃げるなよって言ってもいい」
「うむ、伝えておこう。しかし某……俺との再戦も約束してくれぬか。今より強くなって待っておる故」
「いいね、望むところだ。でも鍛えるんならモンスター相手の実戦をおすすめするかな〜。モンスターは基本的に人間より強いし本気で殺しにくるからな。経験積むならモンスターと戦うのが一番!」
「では俺は弟子を連れて実戦に臨むとしよう。フェリクスの事は頼んだぞ」
これに「任せろ」と答えたディーノはスキルの訓練はまた別としても、フェリクスの戦闘訓練にはマルドゥクと戦ってもらおうと考えていたりする。
打撃のみでの戦闘であればマルドゥクの怪我も少なく済み、フェリクスの傷は大量に買ってある上級回復薬でなんとでもなる。
狂った考え方ではあるが、どんなモンスターと戦うよりも遥かにレベルの高い訓練ができるだろう。
マルドゥクに拳王国側からの土産物を積み込み、追加で首にアークアビットの国旗を提げていざ出発。




