160 アークアビットで
五拳人イルミナートとの戦いを終えたディーノは、持っていた上級回復薬をイルミナートの頭からかけ、もう一本を口の中に流し込む。
今は意識を失っているとしてもしばらくすれば全快する事だろう。
肩を担いで地面へと寝かせてやった。
練武場へと集まっていた観客達は、騒ぐ事なくイルミナートへの礼を見せ、他の五拳人と思われる男達もその戦いに敬意を払い一礼した。
そして見物席から見下ろしていた拳王が立ち上がりこの戦いを賞賛する。
「見事だディーノ=エイシスよ。噂に違わぬその実力にアークアビット拳王国は敬意を払いたい。そして五拳人イルミナートも戦いに敗れこそすれ、自らの限界を超えて武を極めようとする姿に我も感動した。同じ武人として其方を誇りに思う」
気を失っているとはいえ拳王から誇りに思うとまでの言葉がかけられたのだ、ここで死んでも本望……死んではいないが本望だろう。
「ありがとうございます陛下。私に彼と戦う機会を与えてくれた事に感謝致します」
後半戦は一方的に嬲るような形にはなってしまったものの、これまでのディーノの戦いは速度に任せた一撃離脱を繰り返すものであり、今回のような接近からの連続した攻撃をする事はほとんどなかった。
それをイルミナートとの戦いでは右に持つユニオンのみで圧倒するという形で戦闘できた事はディーノにとっても一つの経験を積む事となり、双剣での戦いであれば先程よりもさらに優位に戦闘を運べる事にもなるだろう。
左右両手脚で攻撃できる拳士との戦いで経験を積めたとなれば尚更だ。
今の感覚から考えれば双剣でなら二人同時にも戦えるかもしれない。
しかしディーノのその期待は叶う事なく、拳王が去った事で異種武闘戦は終了した。
その後はウルと合流してグンターの案内でアークアビットの街並みを見て回る事となった。
リエト達外交官は拳王との会談がこの後もあるとの事で、観光するのはディーノとウルの二人のみ。
拳王国では縁起がいいという赤や緑といった派手な色をした建物が多く、道行く人々は色はそれぞれ違いはあるものの、男が濃色で女が淡色と、色に何かしらの意味合いを持たせた国なのだろう。
ディーノは黒でウルは青と紺の装備である事から拳王国の特色にも合ってはいるのだが、革鎧のような防具が珍しいのか多くの視線が向けられた。
先程戦ったイルミナートも防具のようなものは装備しておらず、上質な衣類の上に何かしらのモンスターの皮服を着るのが拳王国の装備、または武人の装いなのだろう。
あれではモンスターの攻撃に耐えられないだろうと思いグンターに質問してみたところ、防具に頼るのではなく自身の感覚を鋭くしてこそ武人であるとの考えから、拳や脛以外には防具を身につける事はないそうだ。
確かに防具を身につけない方が感覚は鋭くなるかもしれないが、逆に攻撃に集中できなくなりそうな気がするのはディーノだけだろうか。
いや、もしかすると最初から被害を想定した戦いをせず、拳打による攻撃と防御、回避とで構成された戦いをすると考えれば防具は必要ないのかもしれない。
イルミナートはディーノの猛攻こそ全て払い除ける事はできなかったものの、モンスターの攻撃はそこまで連続して繰り出される事はない。
大振りで一撃の威力に重きを置いた攻撃であれば防御と回避、そこで生まれた隙に攻撃を繰り出す事で戦いを優位に運ぶ事ができる。
衣服のような装備は全身の動きを阻害しないよう考えられた結果なのかもしれない。
しかしディーノの場合は常に被害を想定した戦いを繰り返しており、ダメージ覚悟で敵の攻撃を潜り抜けるからこそ短期決戦に持ち込む事に成功している。
戦い方としては無謀とも言える特攻かもしれないが、ディーノの異常なまでの素早さがあるからこそ被害を最小に、そして最大の威力で敵を討つ。
この被害を想定した戦いから生まれたのがリベンジブラストであり、ディーノの魔法攻撃力を二倍に引き上げる事にも結びついたのだ。
バランタイン聖王国の冒険者は基本的に防具を装着している事や騎士はフルプレートアーマーを装備しているから、国ごとに戦いへの考え方が根本から違うのかもしれない。
王都でも有名な料理店で食事をし、テーブルにはメインとなるスープ料理と大量の小鉢が並べられ、小鉢から好きな食材をトッピングして楽しむ事ができるのがなかなかにおもしろい。
ある程度しっかりした味付けの為、小鉢単品でも酒のつまみになりそうだ。
スープには肉や野菜の旨味が染み出しており、口の中でとろける程に柔らかく煮込まれた肉がまた格別だった。
そして気になっていた拳王国での武器屋の存在だが、やはり手甲や脚絆のような装具が多く取り扱われており、素材や装飾などで金額に差があるだけで、攻撃力に繋がる違いはそれ程ないようだ。
属性武器も火炎手甲や氷結手甲などが売られているものの、打撃中心の戦いが基本となる拳王国では人気のない商品との事。
魔力値の高い者もいると思うが、ギルドのステータス測定には魔力や法力といったバランタインでは当たり前にあるものがなく、代わりに攻撃値の元となる拳力と蹴力、スキルの性能を数値化した技力とが測定値として提示されるらしい。
少しステータス測定をしてみたくもあるが、素手で戦うつもりのないディーノにとっては必要もないだろう。
しかし魔力値がない事には属性武器が売れるはずもなく、バランタインの貴族が嗜みとして魔法スキルを使用したのを見て、同じような真似事をしようと思ったアークアビット貴族が購入する事もあるのだとか。
武器としての価値がなかった事にディーノもガッカリしていたが。
ところがこの時まだ知らないが、この日のディーノの魔法スキルでの戦いを観た武人達から好奇心の旺盛な者がサンリッツへと向かい、ギルドでステータス測定を依頼。
その中でも魔力値の高い者が属性武器を購入し、少しずつ拳王国でも広まっていく事になる。
この日の夜はやはり歓迎の宴が開かれ、王侯貴族集まる中に一般出の冒険者であるディーノやウルが入ったとしても、どう振る舞えばいいのかすらわからない。
失礼がないよう畏まって挨拶を続けていた為料理の味などわかるはずもなく、余裕のある笑顔で対応しているリエト達をさすがは貴族と見直した。
ルーヴェベデルでも王族との食事をする事もあったのだが、小国である為かこれ程煌びやかな歓迎の席というわけではなかった。
国王も話してみれば親しみやすく、豪快に笑う姿を見ればディーノも普段通り接する事ができていたのだが。
アークアビット拳王国の王侯貴族の催しがこの規模となれば、大国であるバランタイン聖王国ではこれ以上の可能性もあり、そこに国の最重要人物として立たされた時の事を考えると胃が痛くなる思いのディーノだ。
しかしこれにも慣れが必要か、センテナーリオ精霊国でも同じような宴が開かれるかもしれない。
そして自国で祭り上げられる前に今ここで経験を積める事は自分の成長に繋がるのだと前向きに考える事にし、これを戦いと捉えて次々と押し寄せて来る貴族達と挨拶の連戦を続けていく。
ウルもディーノと行動を共にする事から注目を浴びるのは必然であり、これに覚悟を決めて一歩前に出る。
いつもの気障ったらしいと言うべきか、紳士的と言うべきかは悩むところだが、どこかの令嬢に話し掛けてからその家族へと話題を広げて場に溶け込んでいく。
聞かれる事に答えるのではなく、会話を自分のペースに持ち込む事でこの堅苦しい雰囲気を和やかなものに変えるつもりだろう。
一人、また一人とウルの会話のペースに合わせて友人達が紹介される事で押し寄せる貴族に流れを生み出した。
明らかに対人スキルはディーノよりも高いウルだった。




