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追放シーフの成り上がり  作者: 白銀 六花
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159 五拳人イルミナート

 来客用の邸で目を覚ましたディーノ達は朝食を終え、世話役として紹介された【グンター】に案内されて練武場へと移動する。

 世話役といっても筋骨隆々と言っていい程に鍛えられた体をした男であり、礼節のしっかりとしたところから見て拳王の側近か護衛のどちらかだろう。

 動きや視線の送り方一つをとっても相当な実力の持ち主と思われる。


「五拳人と戦われるのであればディーノ殿も手加減などなされませぬようお願い致します。武器こそ使用しませんが竜種とも戦える猛者ですので」


「手加減なし……オレも素手ですか?」


「いえ、その必要はございません。武器で戦われる他国の方々とは違い我らは拳士の国。剣を使用されても問題ありませんよ」


 剣を使用してもいいというのであればディーノも問題はないが、念の為鞘を固定して戦う事にする。

 魔鋼製武器の斬れ味から考えれば相手が金属製の防具を使用していたとしても、防具ごと斬ってしまう可能性がある為だ。

 しかし竜種と素手で戦えるとなると……なかなかに想像するのが難しい。

 少し前に素手で殴り掛かるジェラルドを見て驚きはしたが、プロテクションという防御スキルあっての接近戦であり、殺す為の技は持ち合わせていない。

 それを打撃系スキルであるスマッシュやバッシュで挑むとすれば防御はどうするのか、回避するとなれば相当な素早さが必要であり、打撃系の攻撃力がどれ程の威力を持つのかもわからない。

 似たようなスキル特性で考えれば、衝撃を与えるインパクトを持つフィオレが素手で竜種に挑むようなものだろう。

 さすがに「嫌だよ」と一蹴されるような気がする。


 それらも含めてこの試合はディーノとしては楽しみだ。

 殺し合いではない為全力での戦いとはいかないが、ディーノの経験の糧となるのであれば是が非でもお願いしたい。

 拳王は天華五拳人の一人とは言っていたが、できる事なら全員と戦いくらいなのだ。




 練武場に到着すると、アークアビットの戦士達であろう多くの観客が集まっており、見物席と思われる高台には拳王や国の重鎮達が座っている。

 ここでウルやリエト達とは別れる事になり、ディーノは練武場へ、ウル達は見物席に移動するようだ。


 石畳が敷かれた練武場に足を踏み入れたディーノは持っていた革紐で鞘と剣をしっかりと固定して戦いの準備を整える。

 とりあえずはユニオンだけで戦ってみるつもりではあるものの、双剣で挑む必要があった場合を考えてライトニングも固定した。

 対面するのはディーノよりも一回り以上は大きな体を持つ拳士であり、両手には金属製の手甲を装備している。

 待っていたのはこの日相手にする一人だけのようだが、目が合うと嬉しそうに口角を吊り上げた。


「アークアビット拳王国天華五拳人が一人【イルミナート=モッサーリ】。バランタイン聖王国の戦士と戦える今日という日を……神に感謝を」


「バランタイン聖王国ラフロイグギルド所属S級冒険者ディーノ=エイシス。よろしく」


 イルミナートがディーノの挨拶に対して一礼してから構えをとり、ディーノは武人ではない為そのまま姿勢を低く構えた。

 開始の合図と共に二人同時に一直線に向かい合い、逆手に持ったユニオンとイルミナートの拳が衝突。

 速度ではディーノが優っていたものの、さすがはアークアビットの上位者であるイルミナートの拳はユニオンによる右薙ぎを防ぐだけに留まらず、ディーノの体ごと弾き返すほどに強力だ。

 地面を滑るようにして着地しながら右方向へと駆け出したディーノと、ショートカットするように駆け寄るイルミナート。

 接近するイルミナートの足の着地点を見ていたディーノは、地面から離れた瞬間を狙って一瞬で距離を詰めると再び右薙ぎに振るい、防御体勢に入ったイルミナートを弾き飛ばす。

 イルミナートも踏み込みを抑えられてはまともに拳を振るう事はできず、ここでへたに殴り掛かろうものなら剣戟を防ぐ事もできずに地に伏していた事だろう。

 受け身を取りつつ勢いに任せて体勢を立て直したイルミナート。

 互いに一撃ずつ相手を上回る打撃を与える事はできたものの、イルミナートからすればディーノの実力は想像を遥かに上回るものであり、気を引き締め直して次の攻撃に……

 さらに速度を増したディーノが急接近からの右袈裟が振り下ろされ、経験則からここで一歩前に出たイルミナートは潜り込むようにして背負い投げで回避。

 そのまま地面に叩きつけるつもりだったにも関わらず、背中を蹴って跳躍したディーノは回転しながら着地。

 滞空時間あった事でディーノの背後から攻守を入れ替えるつもりでイルミナートが迫り、拳を握りしめて踏み込んだ瞬間に目の前からディーノの姿が消え、顎下から振り上げられたユニオンを感覚のみで仰け反るようにして右に回避。

 そのまま体の流れに任せて左の前回し蹴りを振り抜くも、ディーノは振り上げた右腕を引き寄せるようにして地面に伏せ、体の回転を利用して足払い。

 軸足を刈られたイルミナートの体が宙に浮き、視線が上空に流れたところへ背中に衝撃が走る。

 勢いが減衰していた為威力はそれ程高くはなかったものの、試合として考えればこの一撃で勝敗は決したと考えてもいいだろう。


 回転しながら地面へと着地したイルミナートは姿勢を正して一礼。


「感謝致すぞ聖王国の戦士よ。これで某もまた一つ成長できよう」


「こちらこそ、と言いたいとこだけどもう一戦どうですか?なんか武人としての戦いって感じがして本来の戦い方じゃないのかなーと思ったんですけど」


 動きとして見れば達人と呼べる程に洗練された戦い方ではあるものの、ディーノの功績を知る拳王が選んだ相手としてイルミナートの実力は少し物足りなさがある。

 世話役からは全力で戦うよう言われた事もあり、本来の実力を隠した戦いだったのではないかと再戦を求めてみた。


「某の拳は滅殺の拳。試合う為の拳に在らず。ただしそれが某を殺す程の相手とあらば話は別。ディーノ殿、其方も魔法剣士らしくその能力をお見せ願いたい」


 言い回しがなかなかに面倒な男でもあるが、どうやらディーノが様子見に通常の攻撃のみで挑んだのが良くなかったようだ。

 試合う為の戦い方と言われてもディーノとしてはよくわからず、相手は素手でありこちらは武器を使用するとなれば、やはり魔法攻撃までするわけにはいかないだろうと通常攻撃のみとしたのだが。


「あー、それなら魔法も使わせてもらいます。まだこっちの白剣は手に入れたばかりで慣れてないし黒剣の魔法で」


 ライトニングはここ最近手に入れたばかりの剣であり、拳王国でも知られていると思われる黄竜やマルドゥクとの戦いに使用したのはユニオン一振りだ。

 拳王国で知らしめる能力としては充分な性能を発揮できるだろう。

 また、両手に鞘を固定した剣を持つよりも、一振り腰に提げていた方が魔力を引き出しやすく、継続的な戦いにも都合がいい。


「うむ。風の魔剣と知り受ける。天翔ける漆黒の夜叉、ディーノ=エイシス殿。その力を存分に振るわれるがよい」


「なにそれ流行ってんの?じゃあ、拳王国きっての滅殺拳の使い手、イルミナート殿。いざ尋常に……勝負!」


 何となく真似してみた。


「むむ、むむむ!素質、あり!風吹き荒れる嵐の如く、天華舞い散る吹雪の如く、夜叉と修羅との殺戮乱舞!いざ、参られい!!」


 彼は病気か何かだろうか。

 よくわからないが絶好調のようなので、ディーノは爆風を放って一気に加速。

 イルミナートもその速さに驚くも、回避能力の高さから武器を持たない左手側へと回り込んで脇腹へ目掛けた右の振り打ち。

 しかしディーノの速さは直線的なものだけではなく、イルミナートの回避に合わせて一度距離を取り、切り返しから拳が振るわれた瞬間を狙って爆破を叩き込む。

 咄嗟に左手甲でガードするも弾き飛ばされ、すぐさま立ち上がるもイルミナートの視界にディーノの姿が映らない。

 次の瞬間、頭上から振り下ろされたユニオンを反射のみで右に回避し、追撃に向かって来るディーノに対して仰け反るようにして蹴り上げる。

 それすらも跳躍して回避したディーノは空を蹴って体を翻し、後方倒立転回したイルミナートに再び頭上から襲い掛かる。

 これに速度で劣るイルミナートがとった行動は、ディーノの落下点を予測してのスマッシュ発動であり、地面を抉り取る形で後方への推進力を得て回避。

 着地と同時に右前回し蹴りを振り上げる。

 しかし魔法を展開したディーノの防御性能は並の攻撃を受ける事はなく、ポヨポヨの防壁上を滑るようにして蹴りが空を切る。

 これに驚いたのは防壁で防ぎつつ地面を滑るようにして回避したディーノであり、スマッシュで後方回避したにも関わらず、こちらの予備動作もないうちから蹴りを繰り出したという事は追撃の位置を予測したという事か。

 しかしイルミナートの蹴りは予測ではなく戦闘経験からの反射行動であり、対人戦で訓練を続けてきた拳王国ならではの技術、能力といっていいだろう。

 巨獣すらも上回るディーノの速度に考えて行動していては対応できないと、イルミナートは自身の反射速度を武器に戦闘を続行する。


 ディーノの剣は右に逆手に持っている事から攻撃パターンは予想しやすく、ある程度は見て対応はできるものの、その攻撃はあまりにも速く、そして次の攻撃に移るまでの間隔が短い事から息をつく暇さえない。

 イルミナートは左右両手脚での攻撃方法があるとしても当てる事すら難しく、ディーノが来るであろう位置に直感的に繰り出す事で自身の意識よりも一歩先の行動で対抗する。

 戦い慣れた者ほど行動パターンは現れやすく、逆手に持った剣のみで戦うディーノもその例には漏れない。

 また、普段から大型のモンスターと戦うディーノの攻撃はやや大振りであり、対人戦を想定した剣技は持ち合わせてない事から、先読みされているかの如く振るわれる拳と蹴りは、素早さで勝るディーノの動きを阻害するのに有効だ。

 互いに拳と剣とが空を切り、回避と牽制による攻防が続けられる。

 時にはディーノの爆破が襲うものの、イルミナートはこれをスマッシュで相殺。

 どちらもスキル待機時間はあるものの、ディーノはライトニングを腰に提げている事で魔力のチャージが早く、これにイルミナートは左右交互に発動する事で待機時間を短縮してくる。

 ディーノの爆破は出力を抑えているとはいえ、並みのモンスターであれば一撃で葬り去れるだけの威力はあるのだが、イルミナートのスマッシュも同等の威力を持っている。

 竜種と戦えるどころか低く見積もっても上位竜をもあっさりと倒せるだけの実力はありそうだ。

 ディーノが本気ではないようにイルミナートも全力を出し切ってはいないであろう、表情こそ必死さは伺えるが滅殺拳というわりには殺意が感じられない。


 もう少しイルミナートの実力を引き出したいディーノは、自分が得意ではない狭域戦を捨てて広域戦に持ち込もうと、防壁を蹴って空へと駆け上がる。

 空を駆けるディーノを見上げたイルミナートは足を止めてその様子を見守るが、これまでの近距離での戦闘に比べるとあまりにも速い。

 イルミナートも未だ戦った事のない色相竜、その中でも最も戦いにくいと考えられる雷竜を倒したという能力の片鱗がこの空中走法なのだろう。

 そのあまりの速さに天災とも喩えられる色相竜の魔法攻撃をも凌ぐのも納得できる。

 そしてこの速度のまま繰り出される斬撃、そして爆破ともなれば並大抵の防御力では耐えられるものではなく、イルミナートのスマッシュで相殺したとしてもただでは済むはずがない。

 しかし噂を聞いたその日から待ち焦がれていたこの瞬間を逃すわけにはいかないと、迎え討つつもりで待ち構えるイルミナート。

 何度も爆破による加速を繰り返し、今出せる最高速度で降下を始めると、イルミナート目掛けて一気に距離を詰めて来る。

 目の前に迫ったディーノへと全力のスマッシュを込めた右拳を振るうイルミナートだが、想定を超える速度で振るわれた斬撃とぶつかり合うと体ごと遥か後方へ弾き飛ばされた。

 イルミナートのスマッシュは最大威力とはならず、ディーノはその速度を殺される事なく再び上空へと駆け上がる。

 地面に体を激しく打ち付けながらも立ち上がったイルミナートは震える拳を握りしめ、手甲から血が流れ落ちるのも構わずまだ戦える事を確認。

 斬撃のみでこの威力と考えれば爆破されれば腕は弾け飛ぶであろう事が予想される。

 だがしかし、ここで退いては天華五拳人としての名が廃る。

 覚悟を決めて自身が引き出せる最大の力を持って迎え討つのみ。

 防壁を踏み抜く破砕音を響かせながら空を駆けるディーノに視線を戻す。


 イルミナートが立ち上がった事を確認したディーノは、少し力を込め過ぎたと速度を調整し、今度は右へ左へと蛇行しながらその距離を詰めていく。

 距離と高低差から難しくなる攻撃のタイミングを取るのが目的であり、イルミナートの目前に迫ると右から攻めると見せかけて左手前で防壁を蹴り判断の鈍ったところへ斬撃を振るう。

 スマッシュを繰り出すどころか咄嗟に防御行動を取ったイルミナートは足が宙に浮き、ディーノの斬撃による猛攻を左右の手甲でひたすらに弾き続ける。

 しかし宙に浮いた状態では体勢を維持する事が難しく、体を左右に振られた直後に頭部を打たれて地面を転がされた。

 強引に地面を叩く事で跳躍して着地すると、一瞬で背後に回り込んだディーノの斬撃が背中へと叩き込まれ、そこからは防戦一方、次々と体に傷を残していく。

 防戦が続けば続く程に考えながらの行動となり、反射的な防御が難しくなる。


 これだけ一方的な戦いであるにも関わらず、ディーノの全力を引き出せていない事に気付いているイルミナートは、五拳人全てで挑んだとしても勝つ事が難しいとさえ感じている。

 このまま戦い続けたとしても自身の拳が届く事はなく、相討ち狙いで拳を振るった場合も隙を見せたところに数えきれない程の斬撃が叩き込まれる事にもなるだろう。

 そして呼吸さえままならない程の斬撃の嵐はたった一振りの剣から繰り出されるものであり、腰にはもう一振りの白剣が提げられている事を考えれば双剣で振るわれれば、ただひたすらに打ち据えられるだけに終わる可能性が高い。

 試合と考えればすでに敗北を喫した状況、それでも……五拳人の意地としてディーノに一矢報いたい。

 ディーノの斬撃を額に受けつつも、武人の誇りを左拳に握りしめて発動したスマッシュ。

 その踏み込みは大地を砕き、空を切った拳は音をも超える最速の拳。

 轟音が周囲に響き渡り、ディーノの背後をスマッシュの衝撃波が突き抜けた。

 本来は対象に触れてこそ効果が現れるスマッシュであるはずが、たった今振るわれた左拳は大気を貫く空間の衝撃波。

 威力こそ不明だが、直接攻撃の拳士に中距離攻撃が生まれた瞬間である。

 突然鳴り響いた轟音に動きを止めたディーノは追撃がない事に視線を戻すと、拳を振り抜いたまま気を失うイルミナートの姿があった。

 完成された拳打は美しく、その姿に武人としての心得を持たないディーノも一礼を捧げてこの戦いに幕を降ろした。

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