158 アークアビットへ
翌朝、ミルラブッシュから北西へと向かって駆け出したマルドゥク。
元々マルドゥクの支配領域だった平原を抜け、アークアビットとの国境となる山脈をショートカットするつもりで駆け抜けようとしたのだが、人の手が入らない領域のモンスターのあまりの多さに山越えを断念。
マルドゥクから逃げ出す個体がほとんどなのだが、このまま山を越えればアークアビット側に逃げ進んだモンスター群がスタンピードとなって押し寄せる可能性があった為山の中腹で引き返す事とした。
夥しい数のモンスターが逃げ出した事で山は騒然となり、空が一面薄暗く染め上がる程に野鳥の群れが飛び立ってしまったのだ。
引き返す際にはマルドゥクに向かって来るモンスターもいたのだが、山の主であろうその個体は群れを率いて強襲。
さすがに人を乗せたままのマルドゥクでは戦う事は難しく、ディーノがボス個体を引き付ける事でマルドゥクを逃し、空高く駆け上がって群れとの戦闘を回避した。
リエト達が乗っていなければ皆殺しにするのも難しくはないのだが、今は他国への旅の途中であり戦闘を目的とはしていない為回避できるならその方がいい。
最初こそ山越えができるならと臨んでみたものの、予想外の出来事にリエト達も肝を冷やした事だろう。
苦笑いで安全に行きましょうと、元来た道を戻って正規のルートで向かう事になった。
山脈を回り込んで【ザッチータ】領にある国境の街【サンリッツ】を抜けて、一路アークアビット拳王国の王都を目指す。
ディーノが知らない国境の街であり、どちらの国の街かとリエトに質問してみると、両国で運営する街である事から北サンリッツと南サンリッツで街長が別れているらしい。
数百年前からある交易の街でもあり、国を跨いだ婚姻もある事から北と南の対立のようなものはないそうだ。
ただし税は領主によって決められている為、住む家の立地でどちらかの国民に分けられるとの事。
アークアビット国民は南に家を持つ事はできず、バランタイン国民は北に家を持つ事はできない、結婚した場合にはどちらに住むかを選択するという事だろう。
マルドゥクが街に近付いた事で一時騒然となるものの、やはりバランタインとルーヴェベデルの国旗が提げられていた事で国獣とでも捉えられたのだろう。
警戒はされるものの、南の街長に説明して北の街長にも面会、バランタイン聖王国の使者団であるとして今後も通行する事を伝えておいた。
それでも交易の街という事で人の往来も多く、ラフロイグからカンパーダ領を通ってザッチータ領に入る場合がほとんどであり、ミルラブッシュよりも情報が早いサンリッツではすでにマルドゥクの噂が聞こえてきていたようだが。
少し寄り道をしたいディーノをよそにマルドゥクは走り出す。
時刻にして昼七の時頃にはアークアビットの王都手前まで到着し、騒ぎを起こしては大変だと、マルドゥクを待たせてディーノとリエトが門番へと言伝を預ける。
バランタイン聖王国印の入った書簡を見せれば情報伝達もスムーズに進むだろう。
しかし使者が来る事を前もって伝えていなかった事もあってか、二の時以上も待たされてからようやく貴族と共に戻って来た門番。
やはり門番程度の役職では貴族に会うのは相当に苦労するのか、汗に塗れて戻って来た門番は「使者様には大変なご無礼を」と地面に頭を擦り付ける勢いで詫びてくる。
これにディーノは貴族が悪いと思いつつ、職務を全うした門番を立ち上がらせてその働きに労いの言葉を掛けた。
リエトも貴族に挨拶するよりも先に門番へと礼を伝えると、ディーノを今代の英雄として紹介してから本題に入る。
が、マルドゥクのあまりの迫力に貴族は立ったまま茫然自失としており、ディーノの紹介をやり直してからもう一度本題に入る事にした。
今回の旅の目的と国王への謁見依頼、忙しいところに突然来た事への謝罪に土産物を届けたいと伝えると、まずはマルドゥクの危険性を問われる事となり、ルーヴェベデル獣王国との合同使者団である事を伝えて安全である事を保証。
外交向きの貴族ではないようだが繋ぎを取れればそれでいいと問題にするつもりはない。
王都への入場を許可され、街の中心部で待っていた他の貴族により王城へと案内される事となった。
到着早々に国王への謁見が叶うとは思っていなかったのだが、王城へと案内してくれた貴族がマルドゥクの存在を知っていた事から話が国王まで一気に伝わったようだ。
ただの噂だけで貴族が動く事は考えづらく、おそらくは国外の諜報を担当する機関があり、バランタイン聖王国にも何人かは配属されているという事だろう。
確認するわけにはいかないが、バランタイン側も友好国に忍ばせている為リエトも特に思うところはない。
国王、もとい拳王との謁見にはやはりマルドゥクを広場へと休ませて、ディーノとウル、リエト達使者団が謁見の間へと通された。
一応大丈夫だとは思うが、マルドゥクを刺激しないよう兵士に伝えてある。
「よく来たな、バランタイン聖王国の使者達よ。俺はアークアビット拳王国二十六代目国王【テオドーロ=ヴィットーレ=アークアビット】だ。本当に伝説の魔狼マルドゥクを従えようとはな……ルーヴェベデル獣王国の者も歓迎しよう」
「お初にお目にかかります、拳王様。使者団代表のリエト=テッサーリと申します。我が国今代の英雄ディーノ=エイシスと、ルーヴェベデル獣王国大使ウル=シュミット殿をお連れして参上致しました。本日はセンテナーリオ精霊国への通行許可を頂きたくお願いにあがった次第であります」
「うむ。我が国でも近く、使者団が来るであろう事は予想していた。勇者召喚に成功したという噂が確かか知る必要があるからな。聖王国と共にこちらからも使者団を向かわせたいと思うがどうだ?」
どうやらアークアビットでも確認をとろうと考えていたようで、使者団をすでに用意してあるのだろう。
バランタイン側としても隣国となるアークアビットの使者団が一緒であれば交渉しやすくもなる。
「それはありがたい申し出にございます。共に良い関係を築ける事を期待し、精霊国との交渉を成功させましょう」
リエトの返答に満足そうに頷いた拳王は、今後のバランタインとの交易や協力体制についても話を進め、ひと段落ついたところでルーヴェベデルの話にも触れ出した。
「ルーヴェベデル獣王国とはこれまで繋がりを持つ事はなかったが、テイムスキルとは実に有用な能力よ。できる事なら我が国にもその能力を借してもらいたいところだが……ウルと言ったな。大使との事だが交渉はできぬか?」
「拳王様、冒険者あがり故に失礼があればご容赦を。私は今バランタイン聖王国の冒険者パーティー黒夜叉に所属しておりますが、ルーヴェベデル国王より他国の要請があれば交渉の場を設けるとの言葉を頂戴しております。私が直接交渉するのではなく使者団を派遣して頂ければお繋ぎする事はできますが」
ウルは現在ルーヴェベデル国民であると同時にバランタインの冒険者でもあり、国の代表としてこの場にいるわけではない。
やはり国の重鎮との直接交渉でなければ派遣を約束する事はできず、ウルができるとすれば交渉の場に繋ぎをつける事だけだ。
「ではルーヴェベデル獣王国への使者団も用意しよう。国に戻る際には同行させるが構わんか?」
「はい。確実にルーヴェベデルへお連れする事を約束します」
拳王はウルの回答にも満足そうに頷き、今度はディーノへと視線を向けて話しかける。
「今代の英雄ディーノよ。其方の活躍は……噂に聞いておる。黄竜討伐に続きマルドゥクの捕獲にも成功したのは其方ら黒夜叉の活躍であるとな。噂だけであれば聖銀にも負けぬ強さと見るが、どうだ。我が国の者と試合ってみては」
「若輩者故聖銀にはまだ届かないと思いますが、拳王国の戦いもお見せ頂けるのであれば是非」
「では天華五拳人の一人と戦ってもらおうか。だが到着早々に戦わせるのも悪いしな。明日にでも練武場でよいか。部屋は用意するのでな、今夜はゆっくりとくつろぐといい」
もともとアークアビットとは友好な関係にある事から、交渉や説明といった細かな事は必要がない為謁見もそう時間をかける事はない。
拳王も突然の訪問に対してすぐに謁見してくれた事から仕事も多く残しているのだろう。
使者団が動き出すのに合わせて退席した拳王は、もしかすると戦いを観たいが為に明日の予定としたのかもしれない。




