157 新たな使者団
ディーノの三日間の休日を終え、出発となる日の早朝。
この三日のうちにディーノとアリスは買い物をしたり観光地巡りをしたりと、充実した日々を送り、夜宿に戻ってからは手に入れたばかりの図鑑大全を二人で見てはどう戦うべきか考えながら語り合う。
物騒な内容ではあるものの、冒険者としてはこの考察し合うのは楽しいものだ。
そしてウルに合わせてエルヴェーラも休みをもらい、この二人もデートだ何だと楽しい日々を過ごしたようだ。
ウルのスキル特性上金属製の物ではないが、お揃いのアクセサリーを身に付けており、この二人の関係が進展した事にアリスが最も喜んでいたりもする。
「ディーノ、いってらっしゃい。女の人には気を付けてね」
「んん、気を付けるところがおかしくないか?」
ディーノが戦闘で後れをとるとは微塵も思っていないアリスは、相変わらずディーノが浮気しないよう釘を刺したつもりなのだろう。
出発の前の挨拶だというのにディーノも苦笑いするしかない。
「ウルさん。旅のご無事を心から願っています。どうかお身体に気を付けて」
「ありがとうエルさん。貴女と離れるのは心苦しいが、なるべく早く帰って来れるよう努力するよ」
抱きしめるウルと頬を赤らめながらそっと腰に手を回すエルヴェーラは、絵に描いたような美しい別れのシーンを演出する。
そんな二人のやり取りを羨ましく思うのはディーノだけなのか、アリスは二人に目をくれる事もなく女性関係で間違いを起こさないようしっかりと注意してくる。
そんなアリスをマリオが諌めつつ、ジェラルドに励まされて少し泣きたくなるディーノだった。
こんな形で友のありがたみを知る事になるとは……
アリスの独占欲にソーニャはドン引きし、フィオレにはレナータがアリスの言い分を肯定するように指摘。
自身が最強の存在と認めるディーノよりも女の方が強いのかと、フィオレはコクコクと頷いていた。
何とも悲しい別れを済ませて出発したディーノ達は、昼前には王都に到着して外交官と対面する。
「はじめまして、今代の英雄ディーノ様とルーヴェベデル獣王国の大使ウル様。この度センテナーリオ精霊国との交渉を賜りました、外交官のリエト=テッサーリと申します。部下のピーノとエルモも同行しますのでよろしくお願い致します」
最初こそお堅い挨拶から始まったものの、少し話をしてみるとグレゴリオ同様に話しやすい人物で安心するディーノ。
部下二人はなかなかに好奇心旺盛なようで、挨拶を済ませた後はマルドゥクへと駆け寄ってワイワイと騒ぎ出す。
ウルにもさまざまな質問をしては表情豊かに聞きながら、しっかりとメモを取るあたりは真面目な性格でもあるのだろう。
バランタイン聖王国の者としては初めてのセンテナーリオとの交渉となるが、この三人と一緒であればそれなりに楽しい旅になりそうだ。
今回の旅程を聞くと、四日掛けてセンテナーリオ入りするものの、途中で他国を跨ぐ必要がある為、アークアビット拳王国に一度挨拶をしてからとなるそうだ。
まずはこの日、昼からの出発となる為、マルドゥクの速度を考えるとミルラブッシュで一泊。
翌日の朝早くに出発して昼にはアークアビット入りして国王に謁見、土産物を渡してセンテナーリオへの通行許可をもらうとの事。
今後も行き来する事から通行許可をもらう事で失礼のないようにとの配慮からだろう。
もともとアークアビットとは友好国という事で交易もあるそうだが、距離が遠い事から王都の一般民には接点の多い国ではない。
物理系、それも打撃系スキル持ちの多い国であり、よく知られるスキルで言えばスマッシュやバッシュだろう。
バランタインでは、バッシュは盾職が物理攻撃の相殺に使用する者が多いのだが、アークアビットではこれを攻撃に利用して打撃技として繰り出すそうだ。
打撃の貫通系スキルのスマッシュと振動系スキルのバッシュとで、同じ打撃スキルでも役割としては違うらしい。
アークアビットではおそらくバランタインからの客人という事で、歓迎の宴もあるだろうと二泊を予定しており、へたに先を急ぐと伝えて国家間の関係に亀裂を入れるわけにはいかないそうだ。
もしかすると何泊かしていくよう告げられるかもしれないが、帰りの際にまた世話になると伝えればそう失礼には当たらないだろうと、最短日数で二泊と考えているとの事。
また、憶測ではあるがアークアビットからもセンテナーリオに使者が同行したいと申し出がある可能性もあり、その場合は少し打ち合わせをすると言うのでこれを了承。
多くの国で協力関係を結びたいバランタイン聖王国側としてはその方が都合が良くもあるのだ。
マルドゥクに多くの荷物と土産物を積み込んで、リエトの邸の者であろう数人の使用人に見送られて出発する。
とはいえマルドゥクが目立ちすぎる事から一般の見送り人は数百人はいるのだが。
旅程はいつものように順調であり、夜の初時にはミルラブッシュ領まで到着。
唯一あったとすれば久しぶりに大物を食べたいと感じていたマルドゥクの思考を読み取ったウルが、途中で発見した巨獣リノホースを捕食したくらいだろうか。
リエト達が「天馬があぁぁぁあ!!」と騒いでいたが、ディーノからすればただの白い一角馬が食べられたに過ぎず、マルドゥクの腹が満たされたのならそれでいい。
どこかの宗教で天から地上に降りた神馬とされていたような気もするが、無宗教なディーノには関係のない話だ。
リエトからは今のは見なかった事にするよう言い渡され、ピーノとエルモは大量の汗を流しながら何度も頷いていた。
マルドゥクは美味しそうに食べていたが、もしかすると食べるのは相当まずいモンスターだったのかもしれない。
美味しいのにまずいリノホース。
センチュリーバフ並みの巨獣でありながら、その二倍以上も大きなマルドゥクにとっては食い甲斐のある丁度いいモンスターだ。
マルドゥクが他のどのモンスターよりも美味しいと感じていたと後にウルは語る。
ついでにまた食べたいとも思っているらしいが。
ミルラブッシュは以前マルドゥクを捕獲した際、最初に戻って来た領地であり、モンスターの襲来だと大騒ぎになった街である事は記憶に新しい。
とはいえ多くの街で騒ぎを起こしている為、思い返してもどこの街の記憶かは定かではないが。
ミルラブッシュ領へと足を踏み入れる……マルドゥクの巨大な足を踏み入れると、多くの冒険者や兵士達が武器を手にこちらを見つめていた。
首から提げた二国の国旗の効果があったのか、それとも先にマルドゥクを見ている為かはわからないが、胸を撫で下ろす人々の中をマルドゥクは進んで行く。
前回は領地の外にマルドゥクを休ませていたのだが、今回は街の中で休ませようと広場へと真っ直ぐ向かう。
領主に挨拶をしないとな〜と考えていたところ、広場に着く頃には派手な馬車に乗ってやって来た領主。
さすがにこれだけ目立てば領主が駆け付けるのも当然か。
リエトがこの旅の目的を説明し、ミルラブッシュで最高級の宿を紹介してもらって一泊する事になる。
領主が歓迎の席を設けると言ってはくれたものの、重要な旅の途中である為また次の機会にと断り、街の酒場で夕食と酒盛りをして使者団の友好を深めた。
他国を知るリエト達の話はおもしろく、互いにさまざまな情報を交換しながら酒の席を楽しんだ。




