155 国王の指示
成りかけ色相竜討伐から三日。
冒険者達の傷も体力も完全に癒えたこの日、ディーノとウルは王都へ向けて出発する事にした。
「じゃあオレ達は王都に寄って国王様から指示をもらってくるからさ。またラフロイグで会おうか」
「悪いな。俺達は開拓村気になるから一旦そっちに顔出してから向かう事にするわ。おっさんの事も憲兵に捕まらねーよう頼んだぜ」
「うおぉい!マリオこの野郎!なんで俺らが捕まらなきゃなんねーんだよ!」
「見た目だよ見た目。俺がもし警備なんて仕事してたら真っ先に捕まえるだろうからよ」
今日も喧嘩口調なこの二人は相も変わらず仲が良さそうだ。
せめて髭モジャだけでも綺麗に整えれば盗賊崩れから一端の冒険者になりそうなものの、チェザリオとしてはこの薄汚い感じの方が迫力があるだろうと剃るつもりはないそうだ。
ディーノとウルはこのまま王都に向かうつもりだが、チェザリオ達も用事があるとの事で一緒に連れて行く事にしていた。
チェザリオはフィオレと交渉して黄竜の魔核を手に入れており、他のメンバーの分はなかったのだがディーノがまだいくつか持っていた為、三人分を特殊な魔核と交換している。
特殊と言っても必ずしも戦闘に向いた物ばかりではなく、いろいろと悩んだ結果、日焼け防止、快眠、覚醒といった黒夜叉のメンバーが欲しい物を選択。
アリスはやはり女性という事もあり普段から日焼け止めは使用しているものの、全身を化粧品でカバーするのは難しい事からこの魔核が欲しいとディーノにねだったのだ。
貴族の女性に高値で取引されるという事で、市場には出回らないかなり貴重な魔核らしい。
快眠の魔核はそれ程高額な魔核ではないのだが、ディーノは戦闘中に回復薬を多用する為、強敵との戦闘後には寝付きが悪くて困っていた。
睡眠薬を常用しているものの耐性がついてきたのか最近では効かなくなってきていた為、ディーノとしてはこの魔核は目から鱗のアイテムだった。
覚醒の魔核も目覚めが良くなるだけの魔核ではあるものの、ウルがこれを欲しがった為こちらも選択。
どうやら頻繁に寝ているマルドゥクに寄生している為か、少しでも心地良さを感じるだけでも眠気が強くなるらしい。
本人的には深刻な問題らしく、ベッドに入るだけでも強い眠気に襲われる事から、夜のナニが云々とディーノに耳打ちしていた。
また、成りかけが眠っていた方角とは逆方向ではあるが、開拓村にもモンスターが押し寄せた可能性がなくもないだろうと、マリオは様子を見に行ってみるつもりらしい。
被害がないに越した事はないが、あくまでも念の為である。
最後まで喧嘩口調で罵り合ったマリオとチェザリオではあったものの、エンペラーホークが舞い上がると「気を付けてな!」と声を掛けるあたりは我が子のようにも思っているのかもしれない。
エンペラーホークが飛び立ち、ディーノとサガを乗せたマルドゥクも王都へ向けて出発する。
見送りに来てくれたいくつかのパーティーに手を振ってラウンローヤの街を後にした。
◇◇◇
馬車で丸二日は掛かる旅程もマルドゥクであれば半日と掛からず到着し、広場でサガを降ろそうかとも考えたが、ディーノは勝手に王宮へと連れて行く事にした。
サガはどこかで降ろされるのだろうと何も質問してこなかった為、どこに止まる事なく真っ直ぐに王宮に向かい、城門を潜り抜けたところでチェザリオが震え出す。
「ディーノよぉ。ここって王都のどこなんだよ。とんでもなく立派な敷地に入ったみてーだが……」
「ん?王宮内に入ったけど?あ、おっさんはこの後言葉遣いに気を付けた方がいいかも。不敬罪で捕まるといけないから」
「おい!このバカ!俺らみてーな薄汚ねー者を王宮なんかに連れてくんな!身形だけで捕まったらどうすんだ!」
チェザリオもマリオの言い分をしっかりと理解していたようで何よりである。
このまま国王に謁見となればいろいろと問題になりそうだ。
マルドゥクを王宮の庭に休ませて使用人に謁見を申し出ると、ディーノとサガは別々の部屋へと案内されてしまう。
国王への謁見も約束なしに来る事は本来許さる事ではないのだが、バランタイン王国の最高戦力である聖銀や、国の最重要人物であるディーノであれば多少待ち時間を与えられるものの謁見する事は可能だ。
いつものように客室へと案内されたディーノとウルはお茶を飲みながら時間を潰していると、しばらくして部屋へと入ってきた使用人とその背後には綺麗に身形を整えられたサガの姿があった。
さすがに盗賊のような格好をした者を国王に会わせるわけにはいかないと、使用人達から風呂に入れられ、ボロ布のような衣服も新品へと着替えさせられ、装備も汚れを落とした事で一端の冒険者のような装いへと変貌している。
そして薄汚さを強調していた髪と髭も整えられ、なかなか風格のある冒険者に見えなくもない。
「随分と見違えたな。ぱっと見た感じでは一流の冒険者って感じだ」
「迫力は半減じゃねーかよこれじゃあよぉ」
「迫力じゃなくて不快さだと思うけど?オレはこっちの方が断然いいな。おっさんも綺麗にしてればなかなかの男前じゃないか」
「そ、そうかぁ?まあ昔っから色男って巷じゃ有名だっからなぁ。あの頃ぁいろんな女が言い寄って来て大変だったしよぉ。こんな格好してたらまぁた……」
煽てられると何やら嬉しそうに語り出したので今後は身形を整えていてくれるかもしれない。
仲間からは客引きがどうこうと言われていても気にせず語るチェザリオだ。
男前という言葉が余程嬉しかったのかもしれない。
国王との謁見までは二の時程も待たされる事にはなったものの、昼時に来てしまったディーノ達が悪いので待たされても仕方がない。
客室でも昼食としてパンや肉料理、スープなどを提供されていた。
跪いたディーノ達にいつもの国王の長い名前の挨拶から始まり、ルーヴェベデル獣王国との間に締結された内容の説明を受け、これに多大な影響を与えたディーノに対して聖王勲章が授与される事となった。
これによりディーノはバランタイン王国国王直属の冒険者となり、聖銀と同じ立場で発言する事を許されるようになる。
そしてディーノがこの日来た目的である他国への挨拶や交渉をどうすればいいのかと問うと、聖銀から聞いているのであれば話が早いと外交官と共に【センテナーリオ】精霊国へと向かってほしいとの事。
センテナーリオは精霊国とは名乗っているものの、実際には国民の多くがサモンという召喚するスキルを持つ国であり、能力の高い者は精霊をも召喚できるスピリチュアルスキルを使用できる為、精霊国と名乗っているそうだ。
そしてこの数年に一度だけ発動できる召喚の儀式で、勇者召喚に成功したとの噂があり、この真相を確かめる事と竜害についての説明や話し合いがしたいとの事で、今回ディーノにはセンテナーリオへと向かってほしいとの要請だ。
バランタイン聖王国とはそれ程関わり合う事のないセンテナーリオ精霊国ではあるものの、この召喚能力には複数人で同じモンスターを召喚できるようにする事で、書簡での連絡が一瞬でできるという有用性がある。
情報が早い程に竜害への対処も早くなり、被害をその分減らす事が可能となる。
バランタイン聖王国のみならず、今後危険に晒される全ての国に必要なスキルとなるはずだ。
そしてセンテナーリオはモンスター召喚や精霊召喚はあるものの、竜種が相手ともなればやはり戦力的に心許ないのではないかと考えられる。
召喚されたモンスターは召喚士を襲う事はないとしても、竜種を前にして戦えるとは限らないだろう。
バランタイン聖王国の考えとしては各国のスキルを総動員し、その相乗効果から人間達の最大限の強さを発揮しようと考えている為、互いに利のある関係を望んでいる事からこちらからも冒険者を派遣する用意もある。
このセンテナーリオにバランタイン聖王国で最も重要なスキル発現者であるディーノを交渉役に向かわせる事で、その重要性やこちらの誠意を見せようというつもりもあるらしい。
また、ルーヴェベデル獣王国ともこの件に関しても話し合う予定となっているとの事で、今後は国王同士の会談も予定しているとの事。
その際には聖銀がフレースヴェルグで国王と宰相を連れて行く手筈との事で、ディーノはこのセンテナーリオとの交渉を成功させてほしいそうだ。
これから書簡の用意と使者との打ち合わせをするとの事で、明日から三日後の出発としてディーノへの指示はここまでとなる。
「ではディーノよセンテナーリオ精霊国の件は任せたぞ。して……その者らは我に何か用があって連れて参ったのか?」
これまで触れる事はなかったがチェザリオ達サガの事だろう。
「はい。ブレイブがラウンローヤで懇意にしているサガというパーティーです。私の勝手な判断ではありますが彼らにも竜種討伐の依頼を斡旋していただきたくお願いに参りました。まだ竜種戦は先日の一度のみとはなりますが、我が友であるマリオが信頼する者達ですので、竜害における大きな力となるでしょう」
ディーノの発言にビクリと跳ね上がるサガではあったものの、ディーノがマリオを友と呼んだ事や、マリオの信頼という言葉に覚悟を決めて顔をあげてから一礼する。
「ふむ。ラウンローヤからの書簡であった成りかけ討伐に参加したと。しかしまだブレイブは実績としては低く我が信頼に値するには至らんが……街を指揮したのがマリオとある。若くしてアウジリオをも従えたと考えればなかなかにおもしろい男よ。よかろう。サガにはルーヴェベデル獣王国の者を一人預け、まずは下位竜討伐から依頼を回すよう手配しよう」
「テイマーもよろしいのですか?」
「我が言わなければ其方が手配する気であろう?処理をするのが遠回りになるよりはここで許可した方が話は早い。サガの者達よ。尽力致せ」
ディーノの考えなどお見通しな国王は、思いの外あっさりとサガにテイマーを預ける事を許してくれた。
他国の兵士である為へたな冒険者に預けるわけにはいかないが、ディーノがこうしてわざわざ王宮まで連れて来た人物であればと許可したようだ。
「このチェザリオ。命尽きるその時までバランタイン聖王国の為に戦い続けます」
「同じくエルモ。聖王国の為に!」
「フランコ。聖王国に……忠誠を!?」
「ガイオ。えっと、この……髭にかけて!」
「ガイオのおっさんは髭剃られただろ」
「あっ!!」
疑問形だったり髭だったりと締まりのない誓いではあったが、自由な発言の多い聖銀に慣れているせいか国王もクツクツと笑っていた。
エルモはやはり頭の回転が早いアーチャーであり、頭の悪い二人はフランコがファイターでガイオがナイトだ。
これまで強敵に挑む事は少なかったものの、誰もが高い実力を持つSS級の冒険者パーティーである。
悪ふざけをしたわけではないのだが、チェザリオがバカ二人を引っ叩いて頭を下げさせていた。




