153 スキル
酒場での馬鹿騒ぎに少し落ち着きが見え始めた頃。
マリオがニヤニヤしながらチェザリオを連れてディーノの前につき出した。
他のパーティーメンバーからも注目を集めており、いつものあれをやるのかとこの状況に期待の目を寄せる。
「おっさんが新入りに話があるってよ」
「お、おう、お前ら……ラウンローヤの冒険者ってのぁ新入りに優しくねーからよ。ここの酒代全額払ってもらうぜぇ」
少し歯切れは悪いが勇気を振り絞ってディーノに啖呵を切ったチェザリオ。
しかしディーノは特に動揺する素振りもなく。
「んー……いいよ。マリオ達も頑張ってたみたいだしオレがこの祝勝会の酒代くらい出してやっても」
お金に困る事がなくなったディーノとしては酒を奢るくらいは大した問題ではない。
この安酒場であれば人数が多くとも高級店で打ち上げするよりは安く済むだろう。
しかしこれではチェザリオがディーノに絡んだ意味はなく、このまま引き下がるわけにはいかず続けて要求をする事に。
「女もこっちに……いや、なんでもねぇ!無理!無理だぜマリオ!こいつにだけは絡んじゃいけねぇ!殺される!」
「は?それじゃ周りの奴らに示しがつかねーだろ。せめて実力を確認するぐれーはしねぇとな」
「なんか人聞きの悪い事言うな……まあ、アリスに手を出すつもりなら相応の覚悟はしてもらうけど」
「んん、大丈夫だ!アリスの強さもよ〜っくわかってるからよ!間違っても手を出すなんて奴はこの街にゃ誰一人としていねーからよ!」
これまでの魔境での戦いや休みの日の訓練などでもアリスの実力を嫌と言うほど知っているチェザリオだ。
同じウィザード系のアタッカーとしては負けられないとは思いつつ、超威力の炎槍を除いても尚その実力差は簡単に埋められるものではない。
実力を把握しきれない聖銀と比べる事はできないが、チェザリオの知る中でも最上位の強さを持つのがアリスなのだ。
そのアリスをこれ程までに強く育て上げたのが今この目の前にいるディーノであり、確認するまでもなくこの男は強い。
そしてアリスからは次元の違う強さだとも聞かされており、チェザリオが強さを図れる程度のラウンローヤの冒険者達では相手にもならないだろう。
「じゃあウルとかシストはどうする?」
「あいつらはルーヴェベデルのもんだろ?下手に手ぇ出して国際問題起こすわけにはいかねーよ」
チェザリオにしてはまともな回答であり、マリオとしては自分達は絡まれた過去があるだけに全員平等に絡んでほしいとただの嫌がらせであったりもする。
「絡まれるようならマルドゥクを呼ぶが……店が壊されてしまうかもしれないな」
おそらくは壊されるだけでは済まないだろう。
パラサイトにはテイムに近い能力も含まれている為、戦うよう指示を出せば街の中で暴れ出す事にもなるかもしれない。
シストはエンペラーホークという戦闘向きではないモンスターをテイムしているが、見た目に迫力はある為威嚇程度はできるだろう。
今は絡まれると面倒なのでウルに任せようと様子を見ている状態だ。
「マルドゥクに挑むサガ。それいいな〜」
「うおぉい!マリオ!いい加減にしやがれ!俺を殺す気か!?」
「まあ冗談なんだけどな。誰もディーノに絡んでいかねーからちょっと注目を集めてみただけ。全員聞いてるとこで確認したくてよ」
ディーノに確認したい事があるのであればマリオが直接聞けばいいだけの事でもあるのだが。
「俺らは今日色相竜の成りかけってのを倒す事には成功したんだけどよ。ディーノの知ってる色相竜と比べてあの成りかけはどうなんだ?色相竜に近いのか、それとも上位竜に近いのか。お前がどう見たのか聞きてぇ」
今この場は成りかけとはいえ色相竜を討伐した祝勝会の最中だ。
勝利の余韻に浸りたいところではあるものの、今後も竜種討伐の旅を続けるマリオとしては成りかけの強さをディーノを基準として聞いておきたいようだ。
これに対してディーノは首を傾げながら微妙な表情をつくり……
「正直なところオレにはよくわからないんだよな。まあ成りかけとはいってもある程度は色相竜の方に近いんじゃないのか?たぶん、わかんないけど」
「お前は様子見もせずに殺すから比べられないだけだ」
「んん、でも、まさかな。上位竜が一撃で死ぬとは思わないだろ」
「誰も予想はできなかったがな。しかし仮にもあの個体はルーヴェベデルの六神獣の一体だったんだぞ?あの後国王様から呼び出されていろいろと質問責めにあった俺の身にもなってほしいもんだ」
ルーヴェベデル国王からはバランタイン王国の冒険者の戦いも見せてほしいと要望があったにも関わらず、ディーノが何も考えずに戦い急加速からの爆破で瞬殺に終わっている。
黄竜であれば耐えられたであろう一撃ではあったものの、上位竜では体内での爆破を全く相殺できず、血肉を撒き散らして地面に崩れ落ちる結果となってしまったのだ。
あまりにも一瞬の出来事であった為その場にいた王族達も動揺を隠せず、その後も見せつけられた聖銀の強さに、ウルはルーヴェベデル王国の上層部から長時間に渡って尋問される事となった。
自分に罪がないにも関わらず、徹底的に問い詰められたウルとしては少しは配慮してほしいと思うのは当然だろう。
「オレだけのせいじゃないと思うけど……それにエンベルトが倒した赤竜も結局何もできないまま殺されてたし、強さとか言われてもわからなくないか?」
「確かに、んん、強かったかと問われればわからないかもしれない。だが赤竜は先代様の代で多大な犠牲を払ってまで捕獲した色相竜だったというのだが……」
ウルの尋問中には先代国王が涙目になっていた事を思い出す。
黒竜は初代ルーヴェベデル国王が手に入れた個体らしく、歴史書には神々から授けられた竜種とあるが、相当な脚色が加えられている為実際のところはわからない。
この黒竜もザックが一方的に斬り殺してしまった為、こちらも強さを問われたとしてもわからないと答えるしかないだろう。
「マジでわかんねーのか?っつか上位竜が一撃で死ぬとか何言ってんだよ。冗談言うような奴じゃなかった……よ、な?」
ディーノとウルの会話に耳を傾けていたマリオ達ではあるものの、あまりにも理解不能な内容である事から頭に入ってこないようだ。
マリオ達オリオンは上位竜相手に苦戦こそする事はなかったものの、それ相応の手応えを感じる強さはあったと記憶している。
間違っても一撃で殺せるようなモンスターではないはずだ。
「実際見た俺でさえ信じ難いが事実だ。こいつは人間の皮を着た化け物だぞ」
「酷い言われようだ……」
マルドゥクという化け物を着るウルには言われたくないような気もするものの、パラサイトの能力がそうである為、化け物と呼ぶのはやはり違うだろう。
「え、嘘、だろ?あんなもんどうやったら一撃で殺せんだよ……」
「爆破だな」
「だとするとウィザードが最強って事になるんじゃねーのか?それじゃ俺らファイターはどうしたら……」
ウィザードの魔法スキルが強力な威力を持つ事は周知の事実であり、アリスのように近接で戦う事ができればその実力はファイターをも上回る事が実証されてしまっている。
ディーノもシーフからウィザードシーフセイバーへとジョブを変え、魔法スキルによる超威力の爆破を使用する事で常軌を逸した強さを持つのだ。
物理系であるファイターなどはその領域に届かないのではないかとも思わせるような話であり、努力を続けるマリオとしてもどうしていいのかわからなくなる。
「兄貴はスラッシュだけで黒竜殺せるけど?」
そう、ファイターには希望の星であるザックがいる。
貴族に多い魔法スキル持ちとは違い、バランタイン王国民には多種多様な物理系スキル持ちの方が多いのだ。
通常のスラッシュ、それもパワー系のスラッシュで最強にまで昇り詰めたザックは物理系スキルの強さを肯定するに充分な実績を残している。
「そもそも兄貴が言うにはどんなスキルでも突き詰めていけば最強目指せるって事だしな。ウィザードだって欠点があるんだし、最強なんてのは自分がどうスキルを活かすかによるんじゃないのか?」
「そうだった!兄貴がいる!必ずしも魔法にこだわる必要はねーんだ!」
「オレからしてもスラッシュはいいスキルだと思うし。マリオのストリームスラッシュなんて最高だと思う。オレもほしい」
スキルは個人の能力であるからこそ育てる事に意味があり、ただスキルを発動する事だけでは真価は発揮されない。
マリオもあの日ザックから聞いて初めて知った自身のスラッシュの特性により、スキルに合わせた剣技を身に付けるよう心掛けている。
「あとなんだったかな。斬れ味が増すのはリッパー型だったかな?オレは素早さ伸ばしてる分リッパー型のスラッシュもいいな〜」
「斬れ味!?俺!俺のスラッシュだ!」「俺もだ!」と周囲で声があがり、もし伸び悩んでるなら攻撃力よりも素早さを伸ばすようアドバイス。
力いっぱいに斬り付けるよりも、体重を乗せて素早く斬り抜ける方が威力を増す事ができるのだ。
「なんだったら兄貴譲りの知識でよければ相談乗ろうか?全部は答えれないかもしれないけど」
「じゃあはい!俺から!俺は今後どうすればいいと思う?」
真っ先に手を挙げたのがマリオという……
過去にディーノをパーティーから追放しておきながらも、今では誰よりも信用しているという謎の関係である。
「なんだよ、大剣にしただけじゃ足りないのか?んー、じゃあ試しに双剣にしてみるとかは?スラッシュ十連とかいけないかな」
「お前……天才かよ。誰か大剣借してくれ!」
上手く使えるかは別としても試す価値はあるだろう。
ディーノからすれば重くて無理かもしれないとは思っているものの、マリオとしては黄竜の大剣で身体能力を上昇させる事で重さに負けずに振れるだろうと期待のできる提案だ。
早速大剣を借りて街の外へと駆け出した。




