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追放シーフの成り上がり  作者: 白銀 六花
140/257

140 また騒ぎに

 ギルドで新しく受付嬢となっているクラリスに指導しながら、テキパキと事務仕事をこなすエルヴェーラに熱い視線を送るウルはとても幸せそうな表情であり、ディーノも確かに美人だよなと思いつつモンスター図鑑を眺めながら聖銀が来るのを待っていた。


 定例の時間を過ぎた昼四の時になってようやくやって来た聖銀はいくつかの手荷物を持っており、何やら買い物してきたであろう事がうかがえる。

 両手で抱えるように荷物を持ったサーヴァが嬉しそうにしているあたりは、彼の要望に応えて買い物に付き合ってやったのだろうと、待たされたとしても何も言うつもりはない。

 急ぐ旅でもなく誰もがそれなりに幸せな時間を過ごせたのなら、自由気ままな冒険者としては悪くはない。


 エルヴェーラやクラリス、聖銀が来た事で顔を出したヴァレリオとギルド職員、ディーノの見知った冒険者達と挨拶を交わして出発する。


 マルドゥクを待機させている広場にはこの日も多くの人集りができており、広場の区画長からまた洗わせてほしいとの要望があったものの、今すぐ出発する事を伝えて諦めてもらう。

 次回この旅から戻り次第洗ってもらえるようお願いした。

 また、先日のヴァレリオ企画の酒盛りではラフロイグ伯爵がフレースヴェルグ用の騎乗装具を作ってくれるとの事だったが、寸法どころか取り付けできるのかさえもわからずに約束してしまうあたりは装具職人の事は何も考えてはいなかったのだろう。

 人間らしいと言えばそうかもしれないのだが、有能な領主とはいえ欲が絡んだ無責任な発言だったなと、ディーノは伯爵の評価を少し落としていたりもする。


 ウルがマルドゥクに寄生して荷物を積み込んだら大通りを進んで出発する。




 マルドゥクでの移動は順調すぎる程に順調であり、道中で見つけたボアをお菓子感覚で数匹食べた以外には問題のない旅路だった。

 しかしこの日の目的地であるフレースヴェルグが生息する位置に最も近い伯爵領【ジャーモニー】に到着したのが昼八の時を少し過ぎた頃。

 ディーノは先にギルド長伝いに伯爵へマルドゥクの存在を報告すべきだと提案するも、ザックは面白そうだからとそのままジャーモニー領へと駆け込ませたところ、やはりとんでもない騒ぎとなってしまった。

 人々は阿鼻叫喚となって逃げ惑い、警鐘も鳴り響き、騎士達や冒険者達が駆け回りながら避難経路の指示を出したりと竜害に匹敵する大騒ぎとなった。

 すぐさま駆け出したディーノが冒険者を捕まえてギルド長の元へと案内してもらい、同じくパウルも領主邸と思われる最も大きな邸へと駆け出した。


 そして到着から二の時程の時間をかけてようやく騒ぎが収まったのだが。


「さすがに聖銀の皆様とはいえこんな騒ぎを起こされては困りますよ……」


 聖銀の立場を考えると強く出られず笑顔を作るジャーモニー伯爵ではあるが、額に血管が浮いているあたりは相当お怒りの様子だ。

 最初に到着していたギルド長からは激しく怒鳴られたりはしたものの、伯爵の態度から聖銀が伯爵位よりも高い地位にある事を察してオロオロとし始めた。

 聖銀もここまでの騒ぎになるとは思わなかったと謝罪しつつ、せめてものお詫びにと差し出したのが拳大ともなる黒竜と赤竜の魔核だ。

 ルーヴェべデルの六神獣である個体だった事から、討伐したのが聖銀だとしても素材の所有する権利はそちらの国にあるとしたのだが、わざわざ国を跨いでまで出向いてくれた礼に何かに役立ててくれればいいとの事で魔核の一部を受け取ったものだ。

 聖銀としても国としても、サーヴァのパーティー加入を認めてくれた事は何より得難い友好の証でもあったのだが。

 伯爵は珍しさでは黒竜だろうとこれを受け取り、ギルド長は冒険者が騒ぎを起こしたのであればやはりギルドの責任であるとし、手に取った赤竜の魔核を伯爵に献上。

 コソコソと「支援金を……」などと黒い取り引きもあったりしつつ、少し嬉しそうな表情を見せるあたりは伯爵もまんざらではなさそうだ。

 とりあえずは伯爵の機嫌も取る事ができ、この日ジャーモニー領に来た目的を説明した。

 フレースヴェルグともなれば伯爵領でも有名なモンスターであり、もし観光目的で魔鳥をそのままにしてほしいと言われてしまえば手出しする事ができない。

 しかし根城としている地点から相当な範囲を縄張りとしている事から、伯爵領でも開拓ができない負債の地となっている為是非にとの事だ。

 ただ、もし捕獲に成功した場合にはマルドゥクと一緒にその存在を公開してほしいとの要望もあり、数日間の滞在を約束して高級な宿を手配してもらった。

 さらには伯爵主催のパーティーを催したいとの希望もあったが、聖戦士とはいえ冒険者の成り上がりである事から礼儀作法がなっていないのだと断り、一緒に食事する事だけを約束してこの場は解散となった。


 ジャーモニー領に到着から相当な時間を無駄にしてしまった為、宿の食堂で夕食と酒を堪能しながら明日のフレースヴェルグ捕獲に向けた打ち合わせを……する事はなかった。




 翌朝、いつもの定例の時間とやらに集まった黒夜叉と聖銀は、ギルドではなく宿の食堂で待ち合わせをしていた。

 やはり打ち合わせなどは一切する事もなく、空中戦はディーノ一人に任せたとばかりに魔鳥捕獲後の飛行を楽しみに話が弾んでいる。

 ディーノとしては自分がソロで戦う事になるとしても、ある程度の状況を見越した打ち合わせはしてほしいところなのだが。

 信用されているのか自分達に自信があるのかはわからないが、どんなモンスターと戦っても負ける姿を想像できない事や、この捕獲後の話の内容から成功以外には考えていないあたりは信頼されているのか……

 いや、プレッシャーを与えられているだけかもしれない。

 気持ち的にやや不満の残る朝食を終えて、この後は一度薬屋に寄ってからフレースヴェルグの捕獲へと向かう事となる。




 大量の回復薬を詰め込んだ箱を担いで広場まで辿り着くと、溢れんばかりに集まった人々がマルドゥクを取り囲むようにして見ており、やはり危険性のないモンスターとわかれば誰もが近くで見てみたいと思うようだ。

 この日フレースヴェルグ捕獲に向かう事を知っているギルド長も同じくマルドゥクを見に来ており、こちらに気付いて挨拶を交わす。


「おはようございます聖銀の皆様。それと……黒夜叉のディーノ様、ウル様。先日はご無礼の数々申し訳ございません」


 どうやらギルド長は聖銀やディーノの立場をジャーモニー伯爵から聞かされたのだろう。

 冒険者である両パーティーに対して畏まった態度で接してきた。

 そして時間的にはまったく早くはない。


「無礼もなにもこっちが迷惑かけたんだ。申し訳ねーのは俺らの方だし頭をあげてくれ」


「オレは忠告したんだけどな。悪いのはみんな兄貴だからそこのところよろしく」


「ああん?お前も他でやらかして来たんだろうが」


「否定はしないけど」


 二人のやり取りにどうしていいのかわからなそうなギルド長ではあったが、その間にパウルから普通の冒険者として気軽に接してくれればいいとして彼も一安心といったところ。

 フレースヴェルグ捕獲の成功を願うと送り出してもらった。

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