129 信頼の形
翌朝、開拓村での朝食を終えて小竜が縄張りにしているという場所を目指すブレイブと黒夜叉。
開拓村から半々時程も進んだところからはモンスターに遭遇する事も多くなったものの、二の時ほど経過した頃か、目的地に近づくにつれて出現するモンスターは減少していく。
馬車をさらに進めて行くと、周囲には引き裂かれたモンスターの死体がそこかしこに転がっており、その腐敗状態からそう古いものではないだろう。
本来、竜種は食料を必要としない為、産まれて間もない個体ともなれば遊ぶのが目的か、それとも戦い方を学ぶ為かはわからないが、他のモンスターを襲う習性があるようだ。
「小竜は……見当たらないな」
「だな。もしかしたら散歩でもしてるついでに縄張りに入って来たモンスターを襲ってんじゃねぇのか?」
辺りを見回してみるものの、見晴らしのいいこの場所からは小竜の姿は伺えない。
「とりあえず私、斥候に出るよ〜」
「僕も行くよ。ここなら広くて戦いやすいし見つけたら誘導して来るね」
ソーニャとフィオレが斥候として小竜探しに向い、フィオレとしては発見後すぐに戦闘に持ち込むつもりのようだ。
それならばとレナータは自分の持ち場へと移動を開始。
小竜の群れを迎え討つのは正面に立つジェラルドと、後方左右にアリスとマリオが配置する。
レナータは少し離れた木の上に登り、小竜を数体側面から足止めするつもりでその時を待つ。
「じゃあジェラルドは打ち合わせ通りにな。無理しろとは言わねーけど結構おもしろい事にはなると思う。期待してるぜ」
「私も楽しみよ。ジェラルド頑張って」
「おお……なんだか緊張するな。新しい事するというのはこんな気持ちになるんだな」
普段はドンと構えたガーディアンであるジェラルドは、どんなモンスターを前にしたとしても微動だにせず静かに佇んでいるのだが、この日はソワソワと落ち着きがないせいかなんとも頼りがない。
アリスもジェラルドが自信を持てずにいる事は知っており、新しい事に挑戦するのは緊張する事もわかっているのだが、戦闘前にこうも動かれては前衛を任せる事に不安を覚えてくる。
マリオはそんなジェラルドを見て……目を逸らした。
そしてジェラルド自身も集中力を欠いている状態で竜種に挑んではパーティーに迷惑をかけてしまうだろうと、解決策を考える。
すぐに答えは見つかったのだが、それを頼めるブレイブのメンバーが今ここにはいない。
頼めるとすれば……合同パーティーを組んでいる黒夜叉のアリスただ一人。
緊張をほぐす為だけに頼んでいいものか、自身の性の為に余所のパーティーメンバーに頼んでもいいものか、悩みに悩んだ結果、背に腹は変えられないとアリスに頭を下げて頼み込む。
「アリス、恥を忍んで頼む。俺を叩いてくれないか……蹴ってくれてもいい。体に喝を入れて自分自身を奮い立たせたいんだ」
ジェラルドに白い目を向けたマリオは思う(恥を捨ててんじゃねぇのか?)と。
しかしこのジェラルドの頼みにアリスは動揺し、少し考えたあとに前向きな答えを出した。
「えっ、と……なっ、なんで?あっ!ガーディアンは防御力が高いからね!?自分で叩いても痛くないから!」
このアリスの回答に笑顔で頷いたジェラルド。
「悪いが頼めるか?」と問われれば、アリスも「わかったわ」と右腕を大きく振りかぶって左の頬を引っ叩いた。
周囲に木霊する平手打ちだったのにもかかわらず、笑顔を崩す事なく「ありがとう。いい一撃だった」とお礼を告げたジェラルドはやはり本物だ。
それに気付かないアリスは「ガーディアンってやっぱり凄いのね」とジェラルドの持つ防御性能に感嘆の声をもらす。
ジェラルドもその後は落ち着きを取り戻すと、堂々と立つその背中は頼もしく、これまでよりも一回り大きくアリスの目には映るようになった。
そんなジェラルドはソーニャやレナータにはない、アリスの力強い平手打ちの痛みに悦びを感じつつ打ち合わせの内容を反芻する。
斥候に出たソーニャとフィオレは、他のモンスターに遭遇しないよう注意しながら雑木林を進んでいたのだが、行動開始から半時と経たずに小竜を発見。
「いたよ。あそこに、ほら、崖の中腹あたりに固まってる」
小竜を発見したフィオレから遠見筒を受け取り、ソーニャも小竜の姿を確認。
先日討伐した下位竜に比べれば全長は半分程度と小さく、背中に生えた翼も空を飛べる程には大きくなっていない。
せいぜい高いところから滑空する程度の飛行能力しかないだろう。
そんな小型の竜種が複数体身を寄せ合って寝ている様は、遠目に見る分には獰猛な生物とは思えない。
「私、竜種なんて数えるくらいしか見た事ないけど……小さいのはなんか可愛いね」
「可愛いかなぁ?小さいっていっても僕達よりずっと大きいけど」
と、二人の認識には差があったものの、下位竜よりも小さな個体である為それ程脅威に感じられない。
それでも八体ともなれば下位竜どころか上位竜にさえ劣らないとされているのだが。
「よっし。じゃあ作戦通り私が引き付ければいいんだよね。フィオレはどうするの?先に戻る?」
「僕はここで一体仕留めてから追い掛けるよ。インパクトで起こすからソーニャは小竜の気を引いて逃げて」
そう言い残したフィオレは少し離れた位置にある高い木を登り始め、ソーニャは小竜からも見えやすい位置に移動する。
木の上で弓矢を番え、属性武器により姿を隠すとおよそ三百歩程の距離からインパクトを込めた矢を放つ。
距離があるせいで威力としては低くなってしまうが、こちらの存在を知らせるのが目的である為問題はない。
山なりに小竜へと向かった矢は突き刺さりはしなかったものの、インパクトのスキルにより衝撃音が周囲に鳴り響いた。
突然の衝撃音に飛び起きた小竜達は威嚇をするのが目的か、叫び声をあげながら頭上を見上げる。
しかし当然のごとく敵であるフィオレの姿は見つけられず、周囲を見回したところで下方の雑木林の中にいるソーニャを発見し、咆哮をあげて崖から降下。
小さな翼を広げながら地面へと降り立つと、ソーニャ目掛けて走り出す。
こちらに小竜が向かって来た事を確認し、ソーニャは身を翻してマリオ達のいる草原へと駆け出した。
小竜を探すまでに半時程の時間をかけているが、距離としてはそう遠くはない為走って戻るだけならすぐに辿り着けるだろう。
そしてソーニャを追う小竜に向けて弓矢を番えるフィオレは、インパクトの待機時間を数えながら狙いを定め、一番左端を走る隙だらけの小竜の翼の付け根へと矢を放つ。
吸い込まれるように突き刺さった矢はインパクトにより衝撃を与え、地面をバウンドしながら転がっていく小竜。
再び立ち上がる事なくその場で絶命した。
この異変に気が付いた小竜の一体が立ち止まり鳴き声をあげると、他の二体もソーニャを追うのをやめて周囲を見回し始める。
同時にフィオレの属性剣魔法、隠蔽色が解除されてしまい、小竜三体に見つかってしまった。
ソーニャも追って来る小竜のうち三体が立ち止まった事に気が付き、振り返って「フィオレ!」と声をあげると、ソーニャまで止まってしまっては二人で七体を相手にする事になると、フィオレはすぐさま予定を変更。
「ソーニャはそのまま走って!僕は大丈夫!」
フィオレは三体を相手にする事を決意する。
木の上から様子を見守っていたレナータからソーニャが戻って来ている事を伝えられ、小竜の到着を待ち構えているジェラルドにも緊張が走る。
しかしソーニャの背後から追って来る小竜が四体しかいない事で異変に気付き、焦ったように声をあげるレナータ。
「ソーニャを追ってる小竜は四体だけ!フィオレ君が見えないし何かあったのかも!」
「もしそうだとするとまずいな!マリオどうする!?」
「やべーな。フィオレを助けに向かおうにもこっちにも四体来てるしな……ソーニャを向かわせるとして……よし!まずは目の前の敵だ!速攻で片付けてフィオレ探しに行くぞ!」
マリオの言葉に戦意を漲らせたジェラルドは盾を構えて衝突の瞬間を待つ。
しかしこの状況にも動揺を見せないアリスはこちらに向かって来る小竜に注意を向けたまま、ジェラルドがいつも通りの戦いをしないよう指示を出す。
「ジェラルド。フィオレの事は心配いらないから打ち合わせ通りしっかり仕事して」
「心配いらないって……薄情じゃねーか」
緊急時とはいえさすがに冷たいと感じてしまうのはマリオだけではないだろう。
「私がフィオレに向けるのは心配じゃなくて信頼よ。私と一緒にディーノの隣に立とうとしてるんだから……負けるはずないじゃない」
このアリスの言葉はマリオとジェラルドの心に響くものがあった。
仲間と助け合う事で苦難を乗り越えてきたブレイブは、大切な仲間を守ろう、助けよう、支え合おうという想いで信頼しあっている。
それに対し、アリスには個人の力で乗り越えていこうという強い意志があり、仲間と共に歩む為にも強くあろうとする甘えを捨てた想いが黒夜叉の信頼の形だ。
互いの力を信じているからこそ背中を預けて前に進める黒夜叉は、どんな状況であろうと今すべき最善を尽くす事ができるのだろう。
そして今、アリスが向ける信頼はフィオレだけでなくマリオやジェラルドにも向けられており、個々の能力を高めて成長してほしいという想いが込められている。
打ち合わせ通りに挑むとするならば、ブレイブの成長に繋がる新しい戦い方となるはずだ。
「よし。やるぞマリオ。俺はここから前に進む」
「おうよ!やってやろうじゃねーか!」
意識を切り替えたジェラルドとマリオは、向かい来る小竜に向けて雄叫びをあげた。




