128 次の竜種は
さして消耗せずに下位竜を討伐したブレイブと黒夜叉は、準備していた野営地で一泊してからラウンローヤの街へと戻って来た。
ラウンローヤのギルドでは竜種の死骸の回収に向かう必要があるのだが、国王からの書簡には次の竜種討伐についての詳細が書かれており、回収作業については他の冒険者に依頼するとしてギルド受付の厳ついおっさん【アウジリオ】が書簡にある内容を説明する。
「お前らは竜種討伐の旅って事で、魔鏡で発見された竜種を全て狩るよう国王様から指示がある。そんで魔鏡で見つかった竜種で手付かずの……これだな」
と、アウジリオが出してきた依頼書が二枚。
一つは小竜八体の群れの討伐であり、年内、もしくはここ最近生まれた個体である為単体での強さは通常の下位竜に劣るものの、群れとしての強さは上位竜にも勝るとして危険視されているとの事。
本来は成長して下位竜となり、群れから出たところで討伐するべきなのだが、各地で被害が出てからでは遅いと複数の合同パーティーで殲滅する場合もあるそうだ。
ラウンローヤの上位冒険者パーティーであれば単独パーティーでも討伐する事は可能なのだが、小竜相手となれば下位冒険者の成長に繋がるだろうと受注する事はない。
もう一つは上位竜の討伐であり、小竜を産んだ個体だろうと書かれている。
これにどんな意味があるのかと疑問に思い質問してみると、竜種は両性であり、二体の竜種が同時に子を成す事が可能な生物であるとの事。
そして子を持つ事ができる竜種は上位竜であり、二体の上位竜が交尾して四つずつの卵を産み落とすのだが、一時的に生命力を著しく低下させるのが原因か卵が孵る頃には体が一回り大きくなり、能力を高めて色相竜に近付くのかわずかに色も変化するのだという。
この話からすると上位竜でもわずかに成長した個体であり、何度も卵を産む事で色相竜まで成長するという事か。
しかし、交尾するにはもう一体がいたはずだが……その疑問に答えを出すようにもう一枚依頼書を差し出すアウジリオ。
「こっちはまだ手出しさせるつもりはねぇが見せてやる。そっちの竜種の番いで死ぬ寸前まで追い込んだらしいが討伐に失敗しててな。手負いの竜種ってのはまた厄介で凶暴なくせに隠れて回復を待ちやがる。調査して場所は特定できたんだが傷が癒えてねーようならおそらくは逃げちまうだろう。そんでこいつは体力もねえ状態で無理して逃げるわけだからよう、回復が終わる頃には色相竜に成長する可能性が高え」
回復が済めば体力を付ける為にもその辺のモンスターを食い荒らし、その後は報復しに人里も襲いに来るだろう。
上位竜と色相竜とではその能力も強さも隔絶するものであり、下手に成長させるよりは今のまま回復を待つ方がいい。
「確かにあのデケェ竜種が本気で逃げたら追うのは無理っスね。じゃあどっちにするかな〜悩むな。お前らはどう思う?」
「まずは小竜じゃないかな?竜種の群れなんて戦う機会ないから」
「んー、だが八体なんて俺はどう立ち回っていいかわからんぞ」
「今度は受け流してみたらいいじゃない。せっかく訓練してるんだし」
複数体の相手を苦手とするジェラルドが乗り気ではないようだが、ここ数日はプロテクションを発動しての受け流しを訓練しているのだ。
もともとは盾を貫く炎槍対策ではあったものの、アリスとしてはプロテクションの可能性を大きく見直している。
正面からの強度は言うまでもなく高いのだが、直線攻撃を逸らすという技術に使用したとしてもその強度は変わらない。
まだまだその技術は未熟とはいえ、真正面から挑んだとすればアリスの炎槍、フィオレのインパクトをも受け流す事は可能だ。
もちろん戦い慣れたマリオやソーニャの変則的な攻撃にも対応し、本人の自覚していないところで盾職として覚醒しつつある。
「私も小竜がいいと思うなー」とソーニャとレナータも賛成し、マリオが話をまとめて小竜八体の討伐が決定する。
「最低でも一人一体は受け持てるだけの実力はあるんだ。ジェラルドも目の前の敵に集中してくれればいいからよ。やってみようぜ!」
「そう……だな。俺には頼れる仲間がいるんだ。俺は俺でやれる事をやるだけだな。ははっ、俺一人で抑え込もうなんて傲慢もいいところだ」
苦笑いしつつそう答えたジェラルドは、自分の力に自信を持てずにいるのだろう。
下位竜とはいえその巨体から繰り出される一撃を真正面から受け止められるガーディアンなどここラウンローヤにも王都にもいないのだが、パーティーの実力が高くなるにつれて自分自身の成長が見えなくなってきているようだ。
できる事が次々に増えていく他のジョブとは違い、どんな相手が来ようとも同じように受け止めるのが盾職の務めなのだから仕方のない事だが。
しかし周囲から、黒夜叉であるフィオレやアリスから見ればジェラルドの持つ防御力は異常であり、ブレスや魔法攻撃にまで耐えられるガーディアンともなれば能力としては充分、自分達が知る中でも最強の盾であるとさえ感じている。
今後何かをきっかけに自分の在り方を確立できれば自信もつく事だろう。
ところが受け流しがきっかけとなり、ジェラルドの戦いが一変する事をこの時はまだ誰も予想していない。
「決まりだな。場所はラウンローヤから魔鏡の東……地図だとこの辺りだな。行ってこい」
◇◇◇
アウジリオから行ってこいと送り出されて三日後の夕方。
ブレイブと黒夜叉の六人は、道中遭遇するモンスターの多さに体力もスキルも消耗された状態で魔鏡の東にある開拓村へと到着した。
開拓村とはいえ宿があるわけでもなくテントを張る必要があるのだが、夜間の見張りがいるこの村は魔鏡を進む冒険者にとって安心して休息が取る事ができる場所だ。
見張りの男に挨拶をして村に入り、野営の準備を済ませた一行はまだ陽が沈む前の夕食中。
「行ってこいって……あのおっさん説明が雑すぎね?」
「まさか馬車降りて徒歩での旅になるなんて思わなかったわよ……」
と、ため息を吐くほどに強力なモンスターとの遭遇率が高かった。
こちらから探しての討伐とは違い、隠れ潜んだモンスターから強襲される為緊張続きで消耗も激しく、馬車に乗ったままでは迎撃に間に合わないと徒歩での旅となってしまったのだ。
途中見張りを交代しながら野営で一泊したものの、その際も襲い来るモンスターにまともに寝てなどいられず、寝不足のまま二日目をなんとか乗り切った。
会話もそう多くない夕食を終えて後片付けを済ませ、マリオとジェラルドは出発前に購入した大量の酒と調味料、乾燥食材を持って村長へと会いに行く。
村長と言っても引退した冒険者パーティーのリーダーだった男との事だが、この厳しい環境にある魔鏡で一晩世話になるんだと、誰から言われたわけでもなく用意してきたのだ。
粗暴な態度のせいで女にモテる事のなかったマリオではあるものの、こういった配慮ができるところがおっさん達に好かれる理由なのだろう。
やはりこの開拓村でもおっさん達から気に入られ、奥さんからは調味料や食材のお礼にと翌日の朝食を用意してもらえる事になった。
この日の夜のうちに小竜との戦いの打ち合わせをしておきたいところだったものの、昨夜の寝不足もあって話し合うどころではなかった為、明日の朝食前にという事でこの日は早めの就寝とした。




