126 チェザリオ再び
宿に戻って魔核を取ってきたアリス達一行は、マリオが行きつけの鍛冶屋【バーヴォ】へとやって来て装備を依頼した。
そこそこに大きな店であり、多くの鍛治師を雇っている王都でも有名な店との事。
アリスが装備している胸当てもバーヴォ製の物であり、デザインが気に入っているからと同じ形状の物に大量の魔核を投入して作ってもらう事にした。
それに合わせて装備に付いている金属製のパーツも新調し、今よりも完璧なコーディネートを目指すつもりのようだ。
ジェラルドは以前ディーノから胸当てを潰されて以降、見た目重視のそれ程いい素材ではない物を使用していたのだが、この際魔核は好きに使っていいというアリスに甘えて最高の胸当てとなる超硬装備を依頼した。
レア中のレアであるティアマトの魔核を使用した装備など二度と手に入らないかもしれない為、加工費も奮発して装飾を多めにして注文してある。
弓を使用するレナータとフィオレはお揃いの胸当てを注文するとの事で、こちらもジェラルドと同じく超硬装備。
色はフィオレの髪色にも合うだろうと艶なしの銀色を選択し、美しい紫色の宝石も埋め込んで装飾も入れてもらう事にした。
ソーニャはシーフである為音の鳴る金属製の装備をあまり好まない傾向にあり、重くなるような装備もできるだけ避けたいという事で随分と悩んでいたようだが、魔核の組み合わせで軽さと防御力を両立できる籠手を注文する事にした。
ソーニャの力ではダガーだけでは防ぎ切れない攻撃もあり、籠手を添える事でその威力を抑え込もうと考えたようだ。
注文してから完成までは数日有するという事だが、竜種討伐依頼がいつくるとも限らない為全員分が完成してからの受け取りにする事にした。
◇◇◇
それから三日後の朝。
ギルドからの使いが宿へとやって来て国王からの書簡を渡され、竜種討伐について説明された。
まだ未熟であるとのマリオの進言もあってかは不明だが、下位竜の討伐依頼であり場所は魔鏡の南西部。
岩場が多く他の魔物が少ない地帯となる為、比較的楽に竜種に挑む事が可能な位置との事。
下位竜であれば以前ブレイブが単独パーティーでも討伐が可能だった事もあり、初の合同パーティーでも問題なく戦う事ができるはずだ。
拒否しても構わないとの事だったが、初戦で勢いをつけたいと今日このまま出発する事とした。
馬車で二日程の距離にあるラウンローヤの街までは一晩野営はあったものの、大きな問題もなく無事到着。
ブレイブは少し前にも来ていた事もあり、先に宿を確保してくると別行動を取ったのだが、ギルドではやはりと言うべきか黒夜叉に絡んできたのはチェザリオ率いるサガのメンバー。
「おう、綺麗な嬢ちゃんが二人してラウンローヤの観光かい?俺達ゃこの辺じゃ有名なサガってパーティーなんだけどよぉ、街の案内してやっから一緒に来いや」
「ん?僕も?」
嬢ちゃん二人という言葉に疑問を覚えるフィオレだが、これまで何度も女性と間違われている為また勘違いされてるなと思い問いかける。
「おぉよ、お前ら二人だ。悪いよぅにゃしねぇからな。着いてきな」
「いいえ。連れもいるから必要ないわ」
薄汚れた盗賊のような見た目をした男とは話もしたくない程男嫌いのアリスだが、面倒ごとになりそうだとフィオレを遮ってはっきりと断る。
しかしその程度で引き下がるサガではなく「いいから黙ってついて来いっ!」と強引にアリスの腕を掴もうとしたところ、チェザリオの首元にナイフを突き付けたフィオレ。
「アリスに手を出したらダメだよ。この街の人達全員、殺されたくないでしょ?」
「あ、ああ?何言ってんだガキが……頭イカれてんのか?」
「んーん。僕はおじさん達のために言ってるの。僕達のリーダー【ディーノ】はね、とても、とても優しくて、仲間をすごく大事にする人なんだ。だけどね、敵に容赦はしないから……敵を見逃したりしないから……僕達の敵を野放しにしていた街ごと、皆殺しにだってするよ。僕も容赦はしない」
笑顔でそう語るフィオレだが、目に宿る光には殺意しか見てとれない。
フィオレにとって冒険者ディーノとは、敵に無慈悲な暗殺者とでも思っているのだろう。
そんなフィオレを見つめながら、アリスはディーノがそこまでするだろうかと疑問に感じるも、闇に潜みながら多くの人々が逃げ惑う中を、音もなく一人一人暗殺していく姿を容易に想像できた事に複雑な気持ちになる。
「だから大人しく引いてくれないかな?」
フィオレがダガーをチェザリオの喉に押し付けると赤い血が地面に流れ落ち、腰に下げた剣に手を掛けたものの掌で柄頭を押さえられてしまう。
普段見せないようなフィオレの雰囲気にアリスは言葉を発せず、刃を押し付けられたチェザリオも脅しではなくこの殺意は本物だと額に汗を滲ませる。
「わかった!おおお、俺達が悪かった!だからこの刃物を引っ込めてくれ!」
チェザリオがラウンローヤの新参者に絡む理由は実力の伴わない者を魔境に入らせない為であり、絡んで早々自分が手を出す前に命を奪いにくる者、それ相応の死線を潜り抜けてきた者と争うつもりはない。
新参者に舐められてしまう事にもなりかねないが、それでも無駄に若者を死地に向かわせるよりはいいと考えている。
とはいえサガの実力はラウンローヤでも依頼達成率の高い優秀なパーティーであると知られるものであり、他の冒険者はサガを基準として新規パーティーの実力を計っていたりもする。
チェザリオは剣から手を離し、両手を挙げて降伏の意思を示すと、フィオレもダガーを引いて距離を取る。
首の血を拭い取り、頭をボリボリと掻いたチェザリオは「そっちの嬢ちゃんも悪かったな」と苦笑いを向けた。
そこへギルドを覗き込んで様子を見守っていたブレイブが近付き、いかにも今来ましたよと言わんばかりに声をかける。
「よっ、待たせたな。それとおっさん、久しぶり。っつか本当に誰にでも絡むんだな。女子供に絡んでいくおっさん共ってのは絵面的にやべーな」
「ん、おお。マリオか。ひでー言いようだな。だがまあこれは俺らの矜持みてーなもんだからよ。やめるわけにゃいかねーよ。ところでこの頭のイカれた嬢ちゃん達は知り合いか?」
「こいつらは臨時で合同パーティー組んでる黒夜叉だ。今は別行動とってるけどリーダーのディーノって奴が俺のダチでさ。訳あって今後しばらくは俺達六人で竜種狩りするんだよ」
などと話し合っているとアリスは冷たい視線を送りつつ「私達が絡まれるのわかってて先に来させたのね」とややお怒りだ。
フィオレは他の街を多く回って来た事もあってかそう気にした様子もないが、長くラフロイグで冒険者を続けていたアリスにとっては初の経験だった事だろう。
「お前らと組むってんなら相当腕も立つんだろ。心配は無用だな」
「ははっ。俺達より強えよこいつらは」
「おお、そりゃ大したもんだ。話、聞かせてくれよ」とチェザリオに誘われたマリオは、アリスとフィオレを手招きしておっさんの馴染みの店へと移動する。
アリスは目に見えて嫌な顔をしていたが、ソーニャに「悪い人達じゃないから」と嗜められつつついて行く。
そして普段の姿からは想像がつかない迫力を見せたフィオレにレナータはメロメロだ。
そんなフィオレに何故ダガーを突き付けてまで脅したのかと問うと、辺境のギルドでは度々このような問題が発生する事があり、地元の冒険者ともめる事がよくあったとの事。
今回もまた絡まれるかもしれないと予想していたらしく、自身が出会った中でも唯一敵に回したくないと思えたディーノを見て学んだ事を実践したのだそうだ。
それは自分と相手が対等だと思わせるから敵をつくる事になり、圧倒的にこちらが上だと思わせる事ができれば敵にはなり得ないという事。
前情報でも知っていたディーノの依頼達成率に加え、フィオレのいたサジタリウスを壊滅させたクランプスを調査ついでに無傷で狩って来たその実力に、身震いするほどの戦慄を覚えた事はまだ記憶に新しい。
そんなフィオレの回答に納得しつつ、アリスはそれでもディーノが報復という理由だけでで直接関係のない街人を皆殺しにするだろうかと問うと、フィオレは考える素振りもなく頷いた。
「ディーノは一見優しそうに見えるけど、誰にでも優しくはないから。身近な人や仲間を本当に大事にしてるから、敵に容赦しないし興味のない人間には非情にもなれる。そんなディーノがもし一番大事にしている人を傷付けられたらどうなるか……わかるよね?アリスはもう少し自分の立場を理解した方がいいかも」
「うぅん……フィオレから見てディーノってそんなに危険な人なの?さすがに関係のない人には手出ししないと……思う……思いたい……」
二人のディーノに対する認識に大きな違いがあるようだが、フィオレにそうまではっきりと断言されてしまってはアリスも自信がなくなってしまう。
わかるよね?と問われればわかってしまうあたりは、認識というよりはアリスの期待や希望といった部分が強いだけだろう。
「ディーノね……やるかも」と頷くレナータも、かつてオリオン時代には盗賊を狩るディーノを何度も見ており、捕虜となっている者以外は女子供に至るまで、盗賊と判断した者は無感情に全て斬り捨てている姿を今も鮮明に思い出せる。
アリスはフィオレとレナータの返答に落胆しつつ、そして自分でもそうかもしれないと思いながら酒場へと足を踏み入れる。




