117 ディーノの提案
王都べデルに戻ったドラゴニュート捕獲部隊は、国王に報告しようと帰った足でそのまま王宮へと向かい、グレゴリオを含めて会議中だったところをまた謁見の間へと呼び戻す事になった。
「無事捕獲に成功したようだが……あまりにも早すぎるのではないか?今朝発ってまだ五の時程しか経っておらぬというのに」
『国王陛下。マルドゥクノ移動速度ハ通常ノモンスターノ比デハアリマセン。ソシテ何ヨリモディーノ=エイシスノ強サハ異常ト言エマス。単独デドラゴニュートヲ圧倒スルナド我ラ六神獣トテ不可能。ウルノ話ハ全テ真実カト思ワレマス」
「む……んん!?ゲルマは話せるのか!?」
さすがに国王とはいえモンスターと融合したにも関わらず言葉を発するとは思っていなかったようだ。
ドラゴニュートの表情の変化はわかりにくいが、雰囲気だけでも嬉しそうに見える事からゲルマノヴナも喜んでいるのだろう。
『本日ヨリ六神獣【ゲルマニュート】ト名乗ル事ニ致シマス』
「ふむ。六神獣が言葉を話すとなれば俺としても都合が良い。今後はゲルマニュートも会議に参加し、六神獣の指揮を取る神獣長として我が国に尽くせ」
『ハッ。仰セノママニ』
ドラゴニュートを手に入れた事により神獣長へと昇格したのがまた嬉しいのか、ゲルマニュートの尻尾の先がフリフリと横に揺れている。
そして言葉を発するゲルマニュートを羨ましく思うのか、他の六神獣である竜種はしょんぼりと見えるから少し面白くもあった。
「これによりウルの処罰は不問とするが、皆に異論はないな」
国王の出した条件をその日のうちに完遂してしまってはこの決定に誰も異論はないだろう。
ウルがティアマトを失った罪は不問とされ、晴れて無罪となるのだが。
「国王様。ザハールさんのモンスター捕獲にも協力しますよ。小柄な奴ならもしかすると話せるかもしれませんし」
「小型のモンスターとなればそう強くはないだろう。ドラゴニュートなど特殊な個体なのだ。同じようなものなどそうはおらん」
現在確認されているドラゴニュートはこの日捕獲した個体以外は知られていないのだろう。
この長い歴史の中でも存在する場所を聞いたのはこれが初めてだ。
「特別強い個体じゃなくてもいい……わけないですよね……六神獣ですし。小型だけど単純に身体能力の高いモンスターと融合して獣人になるとか考えたんですけど、ははっ」
「んん?気になるな。詳しく説明せよ」
「確証も何もないので期待しないでくださいね?ええと……」
と、ディーノの考えを簡単に説明し始める。
これまでのフュージョンでは強い個体である事を条件にモンスターを選んでいた為、巨獣や竜種を対象とした大型のモンスターであった為に、意識だけを残してモンスターに取り込まれる形で融合を済ませていた。
しかし今回ゲルマノヴナは少し大柄な男ではあったものの、一回り大きなドラゴニュートと融合した事により少し人間寄りなドラゴニュートへと変貌を遂げている。
この事からモンスターの体積が小さければその分人間の姿に近くなり、人型のままモンスターの持つ身体性能を手に入れられるのではないかというものである。
「面白い考えである。しかしフュージョンというスキルはモンスターの死が無くては解除できない事を考えるとな……人に近い姿となればスキル使用者の死で解除される事になるのではないか?」
国王の言う事はもっともな意見であり、検証した事もない為どうなるかはわからない。
「国王様。私はディーノ殿の案に挑戦してみてもいいでしょうか」
どうなるかわからないというのにザハールはこの案に臨もうと考えたらしい。
何か理由があるのかもしれないが、真剣な表情で国王に進言する。
「ザハールは良いのか。其方の運命を左右する決断となるのだぞ」
「はい。ルーヴェべデル王国の為ならば我が身を捧げる所存にございます」
「……そうか。では頼むぞ」
間違えば国の最大戦力の一人を失う事になるかもしれないのだが、ザハールが望めば国王もそれを許してしまう。
ディーノとしては何の気なしに発言してしまっただけに胸の動悸が収まらない。
ザハールの運命を自分の軽はずみな言動で左右するとあってはさすがのディーノも動揺してしまう。
「ほ、本当にいいんですかザハールさん。オレはただ思った事を口に出しただけなんですけど……」
「いや、ディーノ殿の案はもしかしたら我が国の未来すら左右するかもしれない。もし思ったような結果にならなかったとしても恨みはしないよ」
笑顔を向けてくるザハールに、ディーノは後ろめたさから直視できない。
それでも本人がやると言うのであれば後悔のないようモンスターを選ばなくてはならないだろう。
「ディーノよ。ザハールに協力してやってくれ。これはルーヴェべデル国王としてではなく俺個人の頼みでもある」
「わ、かりました。よく話し合って捕獲対象を決めたいと思います」
ディーノがそう応えれば国王も頷いてこの場を閉める事となった。
気分良さげなゲルマニュートと期待に満ちた目を向けるザハール。
余計な事を言ってしまったと落ち込むディーノとそれを慰めるウルの四人は、まだ日が高いうちから酒を飲もうと花街へと進んで行く。
文官はこの日の戦いを清書する必要があると邸へと戻り、ルーヴェべデル貴族団と会合を続ける使者団三人はそちらで食事をする事になるだろう。
この日初めてバランタイン王国民として一人になったディーノは、少し心細さを感じながらグレゴリオ達使者団の存在の大きさを知る事になった。
◇◇◇
翌朝の使者団の朝の会話。
「ディーノ殿はどうしたのかな?元気ないようだが」
「寂しかった……」
「バランタイン王国でも最強で最高の化け物であるディーノ殿から予想もしない言葉が出ましたね」
「オレだって悩む事くらいあるんスよ……」
などとディーノは昨日の事を引きずっていたようだが、グレゴリオからすれば何も問題ないように思える。
ルーヴェべデル側はその案を未来に繋がる可能性を感じているというのであれば、成功しようが失敗しようがルーヴェべデル側の問題であり、ディーノが悩む必要はない。
そしてディーノの案はグレゴリオにとっても納得のいくものであり、成功する可能性の方が高いとさえ感じているのだ。
その事を伝えるとディーノは「本当に?本当にそう思う?」と何度も繰り返しながら、選出したモンスターの報告をしに王宮へと向かう。
国王からはあっさりと了承され、この日は少し遠出してバランタイン王国のジャダルラック領まで戻り、そこから東へ向かった先にある【スリーガル】領で情報をもらう事にする予定だ。
ジャダルラック領での冒険者達の話から、今回標的とするモンスターがスリーガル領近辺に生息していると聞いた事があった為だ。
特殊な個体ではないが、スキル以外にも面白い特徴を持つモンスターである為ディーノも興味を持っていた。
グレゴリオには何日か戻って来ないであろう事を伝えて出発する。
◇◇◇
行きはジャダルラック領には寄らずにスリーガルへと向かい昼七の時には到着したのだが、マルドゥクが街に近付いてはまた騒ぎになってしまうと、山の麓に隠れて待機してもらう事にした。
ディーノとザハールとでスリーガルの街へと入り、冒険者ギルドで目標となるモンスターの情報を聞いてみる。
念の為受付嬢にルーヴェべデルへの使者である事を伝えると、ギルド長室へと案内される事になったのだが。
「〜というわけでスリーガルに生息するという【グロウパピィ】の情報がほしい」
ディーノはザハールのスキルを隠す為にも、今回のパピィ捕獲に関してはルーヴェべデル王国でテイムする為という内容で情報を求めている。
グロウパピィというのは普段は小型犬程の小さなモンスターであるが、狩りなどの戦闘となる場面では巨大な狼へと変貌して恐ろしい程の強さをもって敵を蹂躙する。
モンスター図鑑にはかつては小型モンスターであるグロウパピィと、大きな狼型のモンスター【リカントロープ】は別種であると認識されていたのだが、ここ数十年の研究により同一のモンスターである事が判明したと書かれていた。
「ルーヴェべデル王国への献上品みたいなもんか?まあいるにはいるが、奴らは群れで行動するし戦闘になればAA級、狩りでならSS級も食い殺すって話だ。討伐ならまだしも捕獲となればS級のお前さんでも難しいんじゃないか?」
「たぶん大丈夫だと思う。もっとデカい狼も仲間にいるし」
狼型のモンスターでマルドゥクを超える大きさを持つモンスターは存在しないだろう。
ギルド長から生息する場所や注意事項などを説明され、連れ帰るなら檻が必要だろうとの事だったのだが、マルドゥクの揺れに檻に入れられたパピィが耐えられるとは思えなかった為断った。
それよりなら屈服させて足でも括り付けておいた方が余程マシなように思える。
ギルド長からの情報をもらった後は、ウルには悪いと思いつつ遅めの昼食を摂ってからマルドゥクのいる山の麓まで戻り、生息地とされる場所へと移動を開始。
マルドゥクの足であれば半時と掛からず到着できるだろう。




