114 べデルにて
ルーヴェべデル王国の王都べデルは、元は小さな辺境伯の領地だった事もありそれ程大きな街ではない。
建物もバランタイン王国のように高く聳えるような物はなく、道幅が広い以外は普通の田舎町のような造りをしている。
ただ石造りの倉庫のようなものが街を囲むように配されており、門の前に出ていたモンスター達がテイマーの指示に従って次々と中へと入って行く。
これは全て使役するモンスターの住居であれば、巨獣の多く住まう獣王国ならではの造りと言えるだろう。
ドロフェイから案内されたのは街のやや中央寄りの大きめの宿。
その右手方向には空が暗くなってきたというのに煌々と灯を照らす花街があり、宿の立地的にも他所から来た金持ちが泊まる高級宿ではないかと思われる。
マルドゥクから荷物を降ろし、グレゴリオと従者二人は部屋に荷物を置きに向かい、ディーノは荷物を持ったままマルドゥクをどうするのかと様子を伺う。
ドロフェイの指示に従って宿の管理する街でも一際大きな倉庫にマルドゥクが入り、地面伏せた状態になるとウルがパラサイトを解除して姿を現す。
「久しいなウルよ。国のお抱えとなってからはとんと顔を見せんようになりおって」
「そう言わないでくれ。0級などなるものではないな。西へ東へと働き詰めの毎日だったんだ。まあ今回は失敗して帰って来る事になったんだがな」
ウルは元々王都のギルドに所属していた冒険者という事で、以前はドロフェイの管理下の元でクエストを受注していたのだろう。
二人の雰囲気から随分と親しくしていた事も読み取れる。
「お前が失敗などと想像もつかん。王都最強の1級冒険者【虎王のウル】が最強モンスターのティアマトを持ってしても失敗るとは……バランタイン王国もなかなかに侮れぬ」
「バランタイン王国と言うよりディーノだな。俺がティアマトで挑んで完敗、色相竜とも一人で戦える本物の化け物だ。街の者には絶対挑まないよう言っておいてくれ。モンスターは容赦なく殺してしまうだろうからな」
「なんか人聞き悪くね?一応加減はするけど?」
「余所者が仲間のモンスターを傷付けたとなれば争いが起こるかもしれないだろう。街の冒険者から職を奪うような事をしたくない」
ディーノはルーヴェべデルの事をよく知らない為事情がわからないのだが、傷付いたモンスターを癒すとすれば回復薬を使用するしかない。
この国では流通量の少ない回復薬はバランタインの三倍以上の価格であり、これが体の大きなモンスターであれば回復薬の使用量は多くなる為、ディーノと争いになれば確実に回復薬は足りなくなり、購入できた者達も多額の支払いにより破産する可能性もある。
深い傷を負えば回復も見込めず、新たなモンスターを得ようとすれば他の冒険者に高額の賞金を積んでのクエストを発注する必要もあるのだ。
人間が直接戦うバランタイン王国よりもコストが掛かると考えれば、ルーヴェべデルでは冒険者として活躍するのも大変な事なのだろう。
「ふぅむ……まあよいか。儂はスチェパン様のところへ向かうでな。ウルは使者殿達を頼む。食事は宿でもできるがどうせ花街にでも繰り出すのじゃろ。ほれ、これで今夜は楽しんでくるといい」
ドロフェイはウルの話に理解が追いつかなかったものの、一先ず外交官を紹介するべきかと判断してスチェパンのところに向かうようだ。
そして嬉しそうに金を受け取ったウルは花街に遊びに行くつもりだったようで、ディーノに向かっていい笑顔を向けてくる。
ディーノとしてはアリスから釘を刺されているだけに娼館などに行く事もできないが、ウルやグレゴリオ達はルーヴェべデルの夜を楽しんでくればいいだろう。
ディーノとウルは部屋に荷物を置いて、グレゴリオ達と共に夜の街へと出掛けて行った。
◇◇◇
翌朝の宿の食堂に集まるバランタイン王国からの使者とウル。
「ルーヴェべデルの女性はとても激しいですね……毎日通ってしまいそうですよ……」
そうグレゴリオがこぼせば従者二人とウルも大きく頷く。
「いいなぁ……」とディーノも羨ましそうに四人の会話を聞いているが、アリスからディーノを見張るよう言われているウルは一緒に連れて行くわけにはいかない。
「わかるかディーノ。俺とフィオレはマルドゥク捕獲に向かう際ずっとそんな気持ちだったんだ。今回はディーノが我慢する番だ」
「アリス嬢とですか……ううむ、あれ程の美人とであれば羨ましい限りですねぇ」
「で?アリスはどうなんだよ。娼館を羨ましがるって……まさか飽きたなんて言わないよな」
朝から下世話な話に盛り上がるのは男五人が集まれば仕方がないというものか。
または昨夜四人が楽しんで来たのが原因か。
「アリスはオレがいろいろと教え込んでるからな。朝までなんてのはよくある事だし、最高だとだけ言っておこうか。もし仮にアリスに手を出そうなんて奴がいたら……殺す」
「んん。アリスがディーノにベタ惚れなだけかと思ってたんだがな。相思相愛のようで羨ましいものだ」
「ウルはエルとはどうなんだよ。娼館行ってていいのか?」
「ウル殿にも親しい女性が?」
「今回のこの任務次第だろうな。両国が良好な関係を築けるようなら俺は……交際を申し込むつもりだ」
サラリとフラグが立ったような気もするが気のせいだろう。
ドロフェイが来るまでは時間がある為、下世話な話から始まりマルドゥク捕獲作戦の話やこれまでの冒険譚を語りながら使者団の仲を深めていく。
グレゴリオは二十六歳と歳上ではあるものの、外交を担当している事が足枷となりバランタインの社交界に参加する機会が少なく、未だ結婚できずにいるとの事。
見た目も貴族然とした整った顔立ちをしており、さぞモテるのだろうと思っていたのだが恋人もいないのだとか。
従者二人も同じように仕事で他国を駆け回っている為か恋人はいないという。
外交官も大変だなと思いつつ、このルーヴェべデルでは毎日娼館に通ってもらおうと思うディーノとウルだった。
ドロフェイが宿に来たのが昼四の時。
どうやらスチェパンが仕事で他領に行っているとの事で、国に取り継いでもらえるよう他の貴族に頼みに行って来たという。
やはり貴族に繋ぎをつけるのはルーヴェべデルでも簡単な事ではなく、何日かは待つ必要があると、王都を観光しに街へと繰り出した。
◇◇◇
二日後には話が急展開してドロフェイと共に王宮へと来るよう指示があり、外交官や国の重鎮と会う事なくそのまま国王への謁見を許される事となった。
やはり獣王国ではモンスターを操る者が多い為か、ウルにはマルドゥクに寄生したまま来るよう言い渡され、スキルを解除する事で本物のウル=シュミットである事を証明せよと指示されている。
これは他国にフェイクと呼ばれる他人になりすますスキルがあり、顔や声を変化させて偽物が交渉をしに来る場合がある為なのだとか。
荷物をまとめた使者団一行はウルの寄生したマルドゥクに乗っていざべデル王宮へと向かう。




