106 発見
翌朝からはマルドゥク探しに荒野を進み、馬車の右手方向をフィオレ、左手方向をウルが遠見筒を覗き込みながら進んでいく。
荒野には草食系のモンスターが多く、ガラガラと車輪の音を響かせる馬車を見た事がないのか警戒してか近寄ってくる事はない。
餌となる草葉を咀嚼しながら馬車に視線を向けるのみである。
この荒野ではマルドゥクが現れるとしても、他の肉食系モンスターがいない事から他の場所よりは安全なのだろう。
そう考えればモンスターの骨などの食事跡を発見できればマルドゥクが生息する場所をある程度は絞れるかもしれない。
フィオレとウルには周囲の山以外にもモンスターの死骸もないか探してもらい、死骸の状態から捕食されたものか事故や寿命で死んだものか確認をしていく事とする。
この日は昼食時を過ぎてもマルドゥクの痕跡を掴めないまま先へと馬車を進めて行く。
次第に草食モンスターの数も少なくなり、生い茂る草葉も増えてきた頃、微かに感じられる血の匂いに警戒しながらさらに先へと進んで行くと、砕かれた痕のあるモンスターの骨を発見。
近くに寄って確認すると、噛み砕いた牙の大きさから巨獣系モンスターである事、さらには骨が離れた位置にも転がっていた事から体を引き裂いて食べていた事がわかる。
「食われたモンスターも相当大きいな。胴体だけでも俺達の身長よりも厚みがある」
「んー、たぶんセンチュリーバフの死骸だな。肉が固くてあんまり美味くはないけど食いがいはありそうだ」
センチュリーバフは通常の肉食系モンスターであれば群れでもなければ襲う事がないような大きさのモンスターだ。
これを襲うとすれば巨獣系モンスター、もし一体で食べ尽くすとすれば以前ウルが使役していたティアマトクラスのモンスターと考えられる。
そしてマルドゥクの生息領域である事から間違いなくここが縄張りの中だろう。
あとは食事時を狙うとしてもまずは対象がどこにいるか探すのが先決だ。
この死骸の位置からマルドゥクの姿を確認しようと遠見筒を覗き込む。
しかしこの位置からほマルドゥクを発見する事はできずにしばらく彷徨う事になりそうだ。
再び馬車を進めてマルドゥクを探し続けた。
◇◇◇
丸一日探したが見つからず、縄張り内である事から危険と思いつつも火を使わずにその場で野営する事にした。
空に雲が掛かっていない事から火を灯さなくともある程度の明るさは確保できるはずだ。
陽が傾いて赤く染まる空の下、干し肉を齧り酔わない程度に酒を飲みながら周囲の山々を見渡す黒夜叉一行。
「ねぇ。なんかあの山……動いてない?」
フィオレの言葉に指差した方を見つめるが、この位置から見える山は遠く離れている為、薄靄が掛かったように見えにくい。
フィオレと同じように遠見筒で覗き込むウルにも見えないらしいが、アーチャーであるフィオレの目には何かが見えているようだ。
「たぶんあれがマルドゥクかなぁ。図鑑の絵とは違うけど狼っぽいような顔……白い体毛と……首の後ろから赤い襞みたいな何かが生えてるよ」
「図鑑の絵なんて見た本人が描いたわけじゃないだろうしな。フィオレの言う見た目と図鑑の絵でなら条件的に合ってると思う」
図鑑には襟巻きをしたような狼の姿が描かれているのだが、フィオレの目には実物とは違うように映るようだ。
しかし条件だけ当てはめてみれば狼の姿に首の周辺には襞があり、白い体毛に真っ赤な血が滴っていると書き込まれている事から色的にも同じである。
目的のモンスターであるマルドゥクと見て間違いないだろう。
フィオレの目でなんとか見える程となればまだ相当な距離がある。
「今は寝てるみたいだね」
マルドゥクの行動パターンはわからないが、基本的に巨獣系モンスターは何日かに一度の食事をとることしかなく、食事をしようと動き出したところを狙うとすればこれから数日間はマルドゥクの様子を見る必要もある。
明日は目視できる位置までマルドゥクとの距離を詰め、気付かれないよう森に潜んで待機するべきだろう。
◇◇◇
マルドゥク発見から四日目の昼下がり。
黒夜叉一行が昼食をとっていると、遠見筒を覗き込んでいたアリスが目を覚ましたマルドゥクに気付いて声を出す。
「起きたわ。今は背中を伸ばしてる」
フィオレも遠見筒を覗き込んでその姿を確認し、ディーノはすぐにでも動き出せるよう軽く準備運動を始めた。
「寝てるとわからなかったけどすごく大きいね。それにかっこいいっ!」
「かっこいい……って言うより怖いわよあんなの。体長だけならティアマトよりもありそう」
アリスとフィオレの目に映るのは伝説級のモンスターであるマルドゥクで間違いないだろう。
狼、もしくは狐にも似た鋭い顔を持ち、首のあたりからは赤い襞のような板状のツノが生えており、揺らめくように明滅を繰り返す。
黒い前足の脛には盾とも鎧とも思える硬質なツノが生えており、襞同様に所々が赤く明滅しているようだ。
白狼のようにも見えたマルドゥクが起き上がった事により、黒い下腹部側は硬質な体表をしている事がわかる。
「あれ、私の炎槍で手足を貫いたりできるかしら……どう見ても黄竜より強そうじゃない?」
「うん。ティアマトよりも強そうだよね〜」
見た目だけで言えば黄竜よりもティアマトの方が強そうだと思えたのだが、マルドゥクはそのどちらよりもさらに強そうな見た目をしている。
また、似て非なるものではあるのだが、ティアマトがラクーン種のような姿だったのに対し、マルドゥクはウルフ種のような姿である事から速度にも特化したモンスターであり、ディーノの素早さをも上回ってくる可能性さえある。
完全にティアマトよりも上位の個体であろうと予想する。
「もし手足の先にダメージが通らないなら付け根を狙うしかないだろうな。危険も増すからアリスにはしばらく待機してもらうかもしれない。ま、状況次第だけどな」
ディーノも素早さで敵わないかもしれない事はわかっているものの、以前からマルドゥクを狙っていた事もありここで引くつもりはなさそうだ。
素早さの有利をなしにどれだけ体力を奪えるかはわからないが、爆破による加速で一時的にでも上回る事ができれば戦いようはいくらでもある。
ディーノ自身の体力は回復薬で補いつつ魔力の運用が重要となるだろう。
また、黄竜戦で知ったユニオンの性能により、マルドゥクの魔法系スキルの相殺からのリベンジブラストがどこまで通用するのかを試すのを今から楽しみにしていたりもする。
「あ、マルドゥクが獲物を見つけたみたいだよ!」
「よし、じゃあ行ってくる。ある程度こっちに引き付けるからフィオレとアリスは上手い事立ち回ってくれ。ウルはマルドゥクが弱ってきたらあの岩の上で待機な」
才能を発動したディーノは獲物に狙いを定めて身を伏せるマルドゥクに向かって疾風の如く駆け出した。




