104 フィオレの性教育
二日目は捕獲作戦の準備として旅支度を整え、夜までゆっくりと思い思いの時間を過ごして夕食にはカルヴァドスで酒盛りとした。
もちろん旅に持って行く為の蒸留酒も購入し、昨夜のエルヴェーラとウルの話を肴に存分に隣国料理を楽しんだ。
どうやらウルは自国の精鋭な顔立ちの女性よりもバランタイン王国の女性の柔らかな顔立ちが好みのようで、アリスやヴィタを見てからはバランタインで恋人を作ろうと思ったそうだ。
そしてバランタイン王国でも相当な美人と言えるエルヴェーラに好意を抱き、実際にフリーであるならば関係を進展させたいと本気で考えているとの事。
異国の者同士の婚姻はそう多くはないものの、どこの国でも禁止はされていない事から恋愛も自由にしてもいいだろう。
その代償として国にそぐわないスキルである事から他者から忌み嫌われる場合や迫害を受ける場合もあり、本人達はそれでも耐える事ができるとしても生まれてくる子供にとっては辛い人生を送る事になるかもしれない。
「もしかしたら敵国になるかもしれない二人の恋愛か〜。なんだかいいわね。ロマンがあって」と語るアリスは恋愛ものの物語を想像しているのかもしれない。
たしかにロマンはあるかもしれないが、それが悲恋であるならば残酷な結末しか残らないのだが。
そしてフィオレにも質問が向けられ、王都で行動を共にしていたレナータとはどうなったかと問いかけると。
「王都をいろいろと観て回った後にレナの泊まってる宿に一緒に行ったんだ。そしたらね、レナがチューしてきたからびっくりしちゃったよ、あはは〜」
「ええ!?その後は?まさかね」
まったく恥ずかしげもなく話してしまうフィオレに驚きつつも、続きが気になるアリスはその先を話すよう促してみる。
「えっとねぇ、レナが服を脱いだから僕も脱ぐべきかなと思って裸になって〜」
「ちょっと待て!これ以上聞いても大丈夫なのか?」
話の流れが怪しい方向を向いている為、ディーノも以前の仲間の性的な話を聞いていいものか躊躇うというもの。
「ん?僕なにか変な事言ったかな?レナは大人なら普通の事って言ってたけど」
「んー、話せる内容なら話してみてくれ」
嫌な予感がしつつも先を促すディーノ。
以前から感じていたがフィオレは性的な知識が全くないのではないかと思われるが。
「裸になってまたチューしたんだけど、僕はあんなの初めてだったからどうしていいかわからなくてね〜、すごくドキドキしたよ。でね、その後レナが僕の◯◯◯を……」
「ストーップ!!それは人前で言ったらダメなやつな!平気な顔して言ってるけどそういうのは話したらダメ!」
焦ったディーノが必死で止めるもキョトンとした顔で見つめ返すフィオレ。
コテッと首を傾げているあたり何がダメなのかすらわかってなさそうだ。
「そうなの?でも食べられちゃうのかと思って少し怖かった」
「うん。もうやめろ。結果として食べられたんだろうけどもうやめろ」
やはり純粋無垢と思われたフィオレには性的な知識は全くなかったようだ。
話していい事と悪い事の区別もつかず、人前でも聞かれた事に答えてしまうあたりは教育が必要だろうと、ディーノとウルは視線を交わして頷き合う。
アリスは赤面して顔を押さえているが、その理由すらフィオレにはわからないのかもしれない。
旅に出る前の英気を養おうというカルヴァドスでの食事だったが、別の意味で疲れることになってしまったようだ。
しかしフィオレも大人の階段を登ったのであればディーノとしても説明するのも難しくはないだろうと、この旅の間にいろいろと教えようと決意する。
◇◇◇
二日間の休みを終えて捕獲作戦出発の日。
ウルが出発前にエルヴェーラに挨拶をしたいとの事で顔を出し、昼二の時にはラフロイグから西へと向けて馬車を走らせ始めた。
今回の旅は馬車で片道七日程の位置にあり、目的地に最も近い伯爵領から三日程は野営をしながらの旅となる。
最初の四日は途中にある街で宿をとる予定となっており、ご当地グルメを楽しみながら向かう事とする。
ガラガラと車輪の音が鳴り響く中、御者席で馬車を操るアリスには耳栓をさせ、ディーノとウルはフィオレに性に関する知識を叩き込む。
これまで誰からもそんな話をしてもらえなかったのか、興味津々といった表情で聞いていたフィオレだったのだが次第に顔が赤く染まり、恥ずかしそうに視線を泳がせ始めてしまう。
「ウル。この続きを頼んでもいいか……なんて言うかフィオレにこんな話をするのは犯罪なんじゃないかと思えてくる……」
見た目の可愛らしい女の子のようなフィオレに対し、性について語るディーノも幼気な少女に大人の欲望を見せつけるような気分になったのか、罪悪感に耐えられなくなったようで胸を押さえて目を逸らす。
これまで誰もフィオレに性に関する話をしなかったのも頷けるというものだ。
「俺がこの先を語るのか……?冗談だろ。俺だってそんな話をするのに相手を選ぶぞ」
ディーノと同じようにフィオレから目を逸らしたウルも、ディーノの犯罪に加担しているのではないかという気分になったようだ。
真っ赤な顔をしたフィオレが胸の前で手を組んで目を泳がせる様は恐ろしい程の破壊力を持つ。
「僕、あの時レナとエッチな事をしてたんだね……いいのかな……よかったのかな。ねぇディーノ……僕、レナとエッチな事をしてもよかったの……?」
フィオレに名前を呼ばれてしまってはディーノも振り返るしかなく、目に涙を浮かべたフィオレに視線を向けて答える。
「え〜っと……レナはフィオレの事好きみたいだけどフィオレはレナの事好きか?」
ディーノの質問にコクリと頷くフィオレ。
「じゃあエッチしても問題ないかと……ってああっ、泣くなよフィオレ。なんで泣くんだよ」
「だってぇ……院長様がねっ、ぐすっ……結婚した男の人と女の人じゃないとエッチはダメだって……ふぅうっうぅ……」
フィオレも元々は孤児院育ちである事はディーノも聞いていたのだが、まさか院長からエッチはダメなどと言われていたとは思いも寄らなかった。
それでも純粋なフィオレは院長の言葉を真に受け、エッチがどんなものであるかも知らずにこれまで過ごしてきた為、レナータとの行為も大人のスキンシップとでも思っていたのかもしれない。
そして今回ディーノとウルの性教育からレナータとの行為が何であるかを知り、院長の言葉を思い出して泣き出してしまったようだ。
「落ち着けフィオレ。結婚してなくてもみんなしてるから、な?好きな者同士なら大丈夫!オレとアリスはもちろん、ウルだってエルとエッチしたくて頑張って誘ってるんだからな?」
「おい待て。聞こえが悪いからそんな言い方はよせ。俺のは純粋な恋愛感情だ」
ディーノがこの場を乗り切ろうと必死なのはわかるが、ウルからすればとても失礼な物言いである。
「じゃあ……僕、衛兵さんに捕まったりしない?吊るされて生きたままモンスターに食べられちゃったりしないの?」
「するわけないだろ。院長から何を聞かされて育ったんだお前は」
フィオレのいた孤児院では性犯罪などの問題を抱えていたのか、院長はまだ幼い子供達に適当な嘘で性行為を禁じていたようだ。
それを素直に信じているのはフィオレだけかもしれないが、今ここで教えてやった方が本人の為にもなるだろう。
涙を拭ってディーノの言葉を反芻するフィオレ。
「……ディーノとアリスもしてるの?」
「それはもう毎日。日課みたいなもんだ」
「日課かよ。羨ましい」
耳栓をしているアリスには聞こえないものの、その背後ではとんでもない会話が繰り広げられている。
フィオレはディーノとアリスを交互に目を向け、しばらく考え込むと「そうなんだ……」と安心したように胸を撫で下ろした。
その後はカルヴァドスでは話を止める事になってしまったフィオレとレナータの営みについて聞き出し、男同士の下世話な話に盛り上がる。
ディーノとしてはパーティーメンバーだった事もあって異性としての目を向ける事はなかったものの、中性的な容姿のレナータは他の女性にはない魅力を持ち、少し高めの身長でスタイルも抜群だ。
レナータと男女の関係になったとすればそれはもう最高だろうと、ディーノとウルも興味深くフィオレの話に聞き入っていた。
また、フィオレには人前で話していい事と悪い事をしっかりと教え込み、どうしても話したい時はディーノやウルを誘って話せばいいだろうと、以前よりも少し仲良くなる三人だった。




