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エピソード4「実地訓練ウジの森へ」

 ルーベンブルグ家に拾われてから十日ほど経てば、双子メイドのハレとルヤの区別も付くようになってきた。

 こうして毎朝学園に登校するのも多少慣れてきた。相変わらずカイナ親衛隊の女子達には睨まれるし、教室に来てもなんだか浮いている感じがした。ボクが劣等生であるということがわかってきたせいか。今日まで悪魔を召喚できていないイレギュラーだものな。


「ようヤオリ」

「ああ、おはようウシヤ」


 そんな中ウシヤだけは変わらず声を掛けて隣の席に座ってくれる。授業も女子限定の科目以外は一緒に受けることが多かった。もっともウシヤの奴は時々授業をサボるのだが。

 彼とは同じサーディアン出身ということもあって馬が合うようだ。牧場主の息子らしく田舎あるある話で盛り上がることもあった。


「相変わらずしけた顔してんな。カイナにいじめられたか?」

「そんなことはないよ。ただ……」

「ああ、恋の悩みだろ。大変だよな女同士、しかも身分違いってのは」


 レパルスのこともボクはウシヤに話していた。ボクが元男という点は信じてもらえなかったが。

 レパルスとは例のダンスの授業などで一緒になるが話をするチャンスを中々得られないでいた。彼女は人気者でいつも他の女子に囲まれているし、初日のボクの言動のせいで妙に警戒されていた。


「まぁ、そのうちお前にも手頃な相手が見つかるって。そしたら忘れられるさ」


 ウシヤは諦めろと言っている。だがどうしてもボクには未練があった。どうしようもないのかもしれないが、男にさえ戻れたならと思わない日はない。


「おっと先生が来た」

「静かに。それでは出席を取る」


 いつものように担任のホープマン先生が教室に入ってきたのでウシヤとの会話を中断する。生徒達は順番に名前を呼ばれて返事をする。それが一通り終わったが、ホープマン先生は続けて言った。


「あー、以下名前を呼ばれた者は本日課外授業のため速やかに校庭に出るように。アナンタ、ウシヤ、シェンフー、ゼバス、フレイ、ヤオリ。いいな」

「えっ」


 ボクは名前を呼ばれて何事かと思った。課外授業? 何かいつもとは違うことをやるのか? 学園生活にも慣れてきたと思っていたところなので新しいことに戸惑う。

 朝のホームルームが終わるとボクはウシヤに話しかける。


「課外授業って何? ウシヤも呼ばれたけど知ってる?」

「あー俺も初めてだな。まぁ行ってみりゃわかるだろ」


 ウシヤも知らないとは意外だった。余計に不安になってくる。彼の言う通り行けば詳細を知れるのだろうが。そういうわけでボクはウシヤと教室を出た。

 校庭には人だかりができていた。同じように課外授業に(のぞ)む者達であった。その中にカイナの姿を見つける。だがやはり人に囲まれていて話しかけるのは躊躇(ためら)われた。


「集まったか。それでは貴様らには課外授業として、ウジの森で実地訓練を行う。諸君、訓練とはいえ甘く見れば命を落とすこともある。気を引き締めて臨むこと。以上」


 厳めしい教師が声を張り上げ、何やら物騒なことを言い出した。実地訓練? 命を落とす? 一体これから何をやるんだ。やらされるんだ。


「訓練って何をやるんだシェンフー」

「ああ、ウシヤはやったことないのか」


 ちょうどいい。ウシヤとシェンフーの会話に聞き耳を立てる。


「端的に言えば悪魔と戦う訓練だよ」

「へぇ、そいつは面白くなってきたじゃねぇか」


 悪魔と戦う、だって? 教師を先頭に集団は動き始め、遅れないようにボクも足を動かす。しかし嫌な予感がしてならなかった。ウシヤは楽天的に鼻歌を歌っているが、ボクは不安で仕方がない。いつかの中庭の決闘のようなことをこれからやるというのなら。

 出来るわけがない。第一、ボクはまだ自分の悪魔を持っていないというのに。

 生憎天気は恐ろしいくらい清々しい晴れだった。




 都市部を離れ目の前に緑が広がる頃にはすっかり疲れ果て、訓練のことなど考えていなかった。ウジの森とやらは学園から大分遠く、徒歩で行けばもう昼になっていたくらいだ。元々ボクには体力がない上に最近は馬車での移動が多かったから、余計消耗していた。


「それでは実地訓練を始める。班のリーダーは各自メンバーを集めて順次森に入るように。繰り返すが訓練といえど実戦と変わりないものと思い、緊張感を持て」


 教師の声が響く。ああ、これから始まるのか。少しは休ませてほしいと思ったがそうは問屋が卸さないようだ。


「ヤオリ、来るがいい」


 膝に手を当てて大きく息を吐いていると、背中を掴まれた。この声はカイナだ。


「カイナ? どうしたんだよ」

「貴様は俺様の班だ。俺様から離れるなよ」


 いつもみたいに強引で有無を言わさぬ口調だ。逆らう理由もないしボクはカイナについていく。すると見知らぬ大男、青いネクタイということはファースタンの生徒か、と見慣れたウシヤが待ち構えていた。


「カイナ、そちらが例のお嬢さんか」


 恰幅(かっぷく)のいい男子がボクをじっと見つめる。彼は手を差し出し、握手を求めた。


「我輩はゴドオだ。一つ先輩に当たる。だが気安く呼んでくれて構わんぞ。よろしくな!」

「ヤオリです、どうも……っ」


 ボクも手を差し出すと強く握られブンブンと振られ、困惑した。どうもゴドオ先輩は豪快な人物のようだ。

 唯一赤いネクタイのウシヤは口を尖らせて言う。


「どうして俺が貴族班なんですかねぇ?」

「人選は俺様が決めた。貴様は俺様には及ばないが上級悪魔を召喚できるからな。足を引っ張られたくはないのでな」

「そうですかい、でも足どころか全身引っ張るかもしれねぇぜ?」

「その時はヤオリがいるだろう」

「まぁまぁウシヤ、喧嘩はよそう」


 カイナはどうも色々な意味でウシヤとの緩衝役をボクに期待しているみたいだった。気が重い。ただでさえわけもわからない課外授業に狩り出されたというのに。


「それでカイナ、これからどうするの」

「森に入って悪魔を退治する」


 それだけ言ってカイナは先陣を切る。たまらずボクは呼び止める。


「ちょっと待った、森に悪魔がいるの?」

「ああ、ウジの森には前から悪魔が住み着いているのだ! だが安心するといい、いるのは下級悪魔ばかりだ」


 カイナは足を止めないで代わりにゴドオ先輩が説明した。


「おい、じゃあ前からこの国には悪魔が潜んでたってことか? 人里に降りてきたらどうするんだよ」


 ウシヤの疑問はもっともだ。これには背中を向けたままカイナが答える。


「だから溢れないように定期的に悪魔狩りをするのだろう? 今日の実地訓練のように。そんなこともわからんのか」

「ちっ、一々引っかかるような言い方をするな。だが悪魔狩りってのは面白い。乗ってやるよ」


 ウシヤはカイナに後れを取るまいと森に入っていく。ゴドオ先輩もボクに手招きながら続いた。怖いけど、一人置いてけぼりはもっと怖い。ボクも鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々の中に足を踏み入れる。

 その時カラスが鳴いた。飛び立つ羽根音に驚いて、ボクは思わず近くのゴドオ先輩に抱きかかる。


「ハッハッハ、そんなに怖がることはなかろう! だが私の体で良ければいくらでも貸すぞ」

「すみません……」

「何やってんだヤオリ。イチャついてないで行くぜ」

「何言ってんだよウシヤ、そんなんじゃないから!」


 ボクは怒ってゴドオ先輩から離れウシヤの背中を小突く。するとウシヤはやり返してきた。それを見た先輩は大きな声で笑い、カイナは呆れた風に冷たい視線を向けていた。

 それからというもの、カイナを先頭にボクらは森の中をぐいぐいと進んでいた。一体今どこにいるのか、生きて帰れるのかもわからない。しかしカイナには道がわかっているようだった。できれば悪魔なんかと遭遇せずに終わることを祈りつつ、時折ウシヤやゴドオ先輩と話をしながら歩いた。

 するとあれだけ晴れに晴れていた空模様が急に怪しくなってきた。随分暗いが日没には大分早い。それから強風が吹き、ボクはスカートを手で押さえていると近くで光って、遅れて鳴った轟音に驚いて飛び上がった。


「ひっ、雷!?」


 ボクはまた近くのゴドオ先輩の頼もしい巨体に引っ付く。それを見てウシヤはやれやれと肩を竦めた。


「ヤオリよぅ、雷ぐらいでビビってちゃ歩けねぇぜ」

「でも……おへそ取られちゃう……」

「女ってのは気が弱くてかなわねぇ。でも急に天気が悪くなるなんて、そんな兆候なかったぜ?」

「それは悪魔の仕業だろうな」


 先輩が驚かすようなことを言った。


「あ、悪魔?」

「ああ、天候を操るほど強力な悪魔がいると聞いたことがあるぞ! 確かレパルスのバアル……」

「えっ今レパルスって言った?」


 ゴドオ先輩の口から意外な単語が出てきたものだから聞き返す。レパルスもこの実地訓練に来ていたのか?


「悪魔が技を使ったということは戦闘が起きたということだ。気を引き締めろ」


 カイナがそう言った矢先だった。不審な物音がした。不自然に木々が揺れていて何かを隠しているかのように思われた。いる。足音がする。何かが近づいている。そしてそいつらが姿を現した時には、もう取り囲まれていた。

 木の上に登ってボクらを見下ろす。それは子供のように小さいが腹が肥満の大人のように膨れていて、毒々しい色合いの肌は人を外れたものを思わせる。それに鋭い牙を光らせていて、今にもボクを取って食おうというような印象だった。


「ガキか」


 カイナは冷静に言う。だがボクは気が動転した。悪魔! それも7、8体はいるじゃないか。とても心穏やかにはいられない。だがウシヤは拳を合わせてニヤリとする。


「面白れぇ、退屈してたところだ」

「待つがいい。多勢に無勢、ならばここは我輩の腕の見せ所だ」


 ゴドオ先輩は腕を(まく)り鼻息を立てた。彼は右手を天に向かって突き上げ、呪文を唱える。


「来たれ灼熱の地獄を背にする冥府の番犬よ」


 すれば一体のガキを木の枝ごと食い倒しながら、彼の悪魔が現れた。

 白い毛並みが美しくも恐ろしい、三つの頭を一つの体に併せ持つ巨大な犬、いや獅子のように見えた。世にも奇妙な魔獣だ。そいつを怖がることもなくゴドオ先輩は手で触れる。


「よーしよしよし、ケルベロス、いい子だ!」

「先輩、そんなことしてる場合じゃ……危ない!」


 ケルベロスを撫でている先輩に向かって四方八方からガキが飛び掛かった。その喉元に食らいつこうと。しかし彼は全く動じることなく、笑顔を見せる。


「よし、薙ぎ払え」


 ゴドオ先輩が命じると、ケルベロスはその三つの口から火を噴いた。その勢いたるや凄まじく、一瞬でガキ達を炭へと変えた。辺り一面火の海になる。


「すげぇ……」


 ウシヤは悪魔の力に驚いていた。一方でカイナは右手を腰に当て、左手で頭を押さえていた。


「困ったものだ……一体誰が消火するんだ」

「ガハハハ、カイナ、細かいことは気にするな!」


 ゴドオ先輩は腕を組んで笑っていた。しかしその笑みはスッと消えた。周りの炎と共に。


「火が、消えた?」


 一瞬の出来事だった。ボクには何が起こったのかわからなかった。先輩がやったのかとも思ったが彼の表情を見れば違うことは明らかだった。先程までの朗らかな調子ではない。ウシヤも辺りを見渡そうと首を動かしている。

 ボクもそうしたかったが、妙に頭が重く上手く動かない。何かに押さえつけられているような感覚。それはしいて言葉に表すならプレッシャーだ。得体のしれない何かの重圧を受けていた。

 気が付けば周りは真っ暗だった。けれど他の三人のことは見えているという不思議な光景であった。ここは本当に森の中なのか? 立っている地面も見えない。


「今までにない、強大な悪魔の気配だ……気を付けろ諸君!」


 ゴドオ先輩はケルベロスの背中に乗り込んで叫んだ。ボクは不安になって、ウシヤの下に駆け寄る。


「何かヤバイ……」


 普段飄々(ひょうひょう)としたウシヤも緊張からか汗をダラダラ流していた。ボクはカイナを見る。カイナでさえいつもの余裕綽々(しゃくしゃく)さが失われていた。


「この感触……まさか」

「おや、ルーベンブルグの小僧じゃないか。久しいな……」


 暗闇の中から声がする。その瞬間カイナの顔色が変わった。端正な顔を歪ませ、今まで見たことのない怒りに満ちていた。

 声の主は頭上から姿を現す。そいつは金髪の巨漢で、この世の者とは思えないほど美しい顔立ちをしていた。布に覆われているがその下の肌は紫色で、これまた人並外れている。

 悪魔だ。それもただそこに存在するだけで威圧するような、大悪魔らしかった。身動きが取れない。ウシヤも、ケルベロスに(またが)るゴドオ先輩でさえ。カイナだけが口を開く。


「ようやく会えたな、ロキ」

「感動の再会だなお坊ちゃん」

「だが死ぬがいい。来たれ地に堕ちたる赤き気高き神の毒よ。サマエル!」


 カイナに召喚されるなり、サマエルは猛スピードでロキに噛みつき、その胴体を真っ二つにした。ボクは呆気に取られる。吹き飛ぶロキの上半身。だがその顔はボク達を嘲笑っていた。

 ロキの上半身からすぐに下半身が生え、元通りになる。凄まじい再生能力だ。しかし確か、サマエルには毒があったはずだ。なのに悪魔はピンピンとしていた。


「サマエルの攻撃が効かない? どうなってんだカイナ!」


 かつてその毒を受けたウシヤも驚いていた。カイナは答えず、ロキが喋る。


「私は無敵のロキだ。堕天使の毒など効かぬわ。そうそう小僧、貴様には感謝しなければならないな。なにせ私がこの世界に来られたのも、ハスナとかいう娘のおかげなのだからな」

「喋るな!」


 カイナの怒りを受けてサマエルもまた怒る。赤い大蛇は口を大きく開け、紫色の煙を吐いた。そのまま熱線を放つ。その破壊力はロキの体を一瞬で消し去るほどだった。

 だが全く別の闇から再びロキは現れる。信じられないことに五体満足で。


「んー無敵だと言っただろうが。私を攻撃するなど、夜に影を探すようなものだ」

「カイナ、助太刀するぞ!」


 ケルベロスの三つの口から炎が吐かれる。ロキを焼き殺さんと。しかしあの悪魔は炎に巻かれながら高笑いを上げた。

 火の手が広がるが濡れ手に粟のようだった。ロキは火炎の中から姿を現す。


「やっ、無駄なことはやめておけ! 貴様達では私に敵わん」

「直で殴ってみる方が早いぜ先輩、来たれ百鬼夜行の王たる(たけ)き修羅の鬼よ」


 ウシヤは妖鬼シュテンドウジを召喚する。思いっきり大地を蹴り、シュテンドウジは金棒でロキを打ち付けた。ぐちゃっと肉が弾ける。これは流石に決まったか。

 しかしロキは瞬時に再生し、元の姿に戻ってしまった。ウシヤは驚嘆する。


「なんだと!? 確実に入ったよな?」

「脆弱脆弱ゥ! そのような攻撃は通らないとまだ理解できないか」


 無敵だ。ボク達の悪魔では太刀打ちできないのは明らかだった。なすすべないのか? いや……

 まだボクがいる。ボクの能力なら奴を消し去ることができるかもしれない。なのに、体が動かない。怯んでしまっている。動け、動け。今動かないとなんにもならないんだ!

 ボクは勇気を振り絞りロキに向かって走る。


「悪魔め、消え去れ、消え去れ!」

「何の真似だ?」

「効かない……?」

「悪魔も持たずに挑むとは、蛮勇!」


 ロキは平然としているばかりかボクに何かしようと指を向けた。あっ死ぬのか?


「ヤオリ!」


 立ち尽くすボクをカイナは強引に引っ張り、手繰り寄せる。ボクとカイナの壁になるようにサマエルは(うごめ)き、ロキに向かって熱線を吐く。しかしロキは闇に(まぎ)れ、ただ笑い声だけを残す。


「健気だなぁ小僧! それが貴様の新しい妹かぁ?」

「喋るなと言っている!」

「ハハ、多少悪魔を使えるからって威勢のいいことよ。悪魔ぐらい私にも使役できる。来たれ地を揺るがし魔神を飲み干す餓狼、フェンリルよ」


 ロキが両手を合わせ、詠唱する。すると地震が起きてボクの小さな体はバランスを失いカイナに抱きかかる。轟音とともに地面が割れて、それにゴドオ先輩のケルベロスが巻き込まれた。巨大な口が白い獅子を()み、血と臓物をぶちまける。ケルベロスが悲鳴を上げ倒れるとゴドオ先輩の体は投げ出された。そして。

 地面より現れた狼は先輩の上半身に噛みついた。口を閉じれば彼の下半身が零れ落ちる。即死だったのは間違いない。先程まで談笑などしていたあの人は、無残な屍を晒した。ロキは狼フェンリルに乗ってほくそ笑む。


「おい、先輩、死んだのかよ……」


 ウシヤは愕然(がくぜん)とする。


「やってくれたな……」


 カイナは拳を震わす。こんな怖い顔したカイナ、見たことがない。何もかも異常だった。ボクは吐きそうになる。先輩の死に様が網膜に焼き付いて離れない。あれが人の死に方なものか。


「悪魔……」


 その言葉の重みを噛みしめるのだった。

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