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エピソード9「戦争、オウサカの関」

 サキモリ候補の特待生は朝の校庭に集められたが、全員でたったの五人だった。

 カイナ、ウシヤ、ボク。そしてレパルスともう一人、知らない黄色いネクタイの生徒。彼はピエリアだと名乗った。


「何故赤が混じっているのかね」

「赤で悪かったな。セカンドオンの坊ちゃんよう」


 ピエリアが挑発的に言い、ウシヤも喧嘩腰になる。カイナは止めようともしないのでボクが必然的にまぁまぁと割って入る。


「同じ仲間じゃないか。そういう言い方はお互いよそう」

「どこが仲間なのかね。君は確かカイナ君の拾われ子だったな。青である意識が薄いのではないかね。まぁせいぜい私の足を引っ張らないでくれたまえよ」

「ピエリア様」

「わかっているよレパルス」


 ピエリアはレパルスの肩にを手を置く。なんだこいつ、レパルスに対して馴れ馴れしい。だがレパルスは頬を赤らめまんざらでもないようだった。二人は知り合いなのか。気になる。

 だが聞こうとする前に先生がやってきた。いかにも武闘派という感じの体育教師だ。


「カイナ・ルーベンブルグ、ピエリア・ローゼンタール、ウシヤ・ハイム、レパルス・アルメリア、ヤオリ・ルーベンブルグ。よし、全員揃っているな。聞いてはいると思うがこれから行くのは本物の戦場だ。訓練とはわけが違う。気を引き締めてかかれ」


 先生を先頭にしボクらは馬屋まで歩いた。オウサカの関へは馬で行くようだ。一人一人乗馬する。一応ボクも屋敷で練習したので馬には乗れるようになっていた。カイナだけ白い馬だったがよく似合っている、流石は貴公子。

 学園を後にし東へ向かう。馬の乗り心地に慣れてきたところで、ボクはカイナに話しかける。


「そういやサキモリ候補生になってるけど、カイナはお父さんの後を継ぐんじゃないの?」

「そうだが何だ?」

「いや、じゃあ参加しなくても良かったんじゃないかなーって」

「サキモリに出来て俺様に出来ないことがあっていいと思うのか」


 いかにもカイナが言いそうな答えだった。


「同意見だな。私もサキモリなんぞにはならないが」


 将来は修道院の僧侶になるであろうピエリアが頷く。


「なんだよ、本気でサキモリになろうってのは俺とヤオリだけかぁ?」


 ウシヤは呆れたような声を出す。


「レパルスはどう?」


 自然な流れでボクはレパルスに話を振る。しかし彼女が答える前にピエリアが口を挟んだ。


「レパルスは卒業したら家庭に入る」

「どうして、ピエリアが知ってるんだよ」

「レパルスは私の妻になるのだから!」


 それ、本気で言っているのか? しかしレパルスはこれに頷いた。気が動転してボクは彼女に馬を寄せて聞く。


「ほ、本当なのレパルス……」

「ええ。(わたくし)ピエリア様の許嫁(いいなずけ)なので」


 ボクはそのまま馬から転げ落ちそうな気分だった。レパルス、もう結婚が決まっているのか。学園での最初の出会いの時以上にショックだった。


「心中察するぜヤオリ」


 ウシヤが馬を近づけて言う。だが今は慰めの言葉も耳に入ってこない。

 ボクが意気消沈してる間にもピエリアはレパルスに何やら話しかけていた。こういう時カイナは何も言ってくれないので、ボクは仕方なく声を掛けてくれるウシヤと雑談した。

 そういう時間がしばし続いた後、目の前に巨大で南北に長い城壁が見えてきた。あれがオウサカの関か。そしてその向こう側には機械の国トーキョーがあると言われる。その景色は一体どんなだろう。

 城壁が大きく広がるにつれて、ボクは緊張した。もしかすると戦場の空気を感じ取っていたのかもしれなかった。




 近くで見るオウサカの関は迫力が桁違いだった。ゆうに10メートルはあるんじゃないか、という高い壁がそびえ立っている。

 ボク達は馬を降り、入口の兵士達に挨拶しながら城壁内に入ると、長い長い階段を昇っていった。そして息が上がりそうになった時には城壁の上に到着していた。

 すごい眺めだった。オウサカの関から向こうはどこまでも水、水、水だった。あれがおそらく海というやつだろう、知識としては知っているが実際に目にすると圧巻であった。

 でもじゃあ、トーキョーという国はどこにあるんだ? 海の彼方に陸地は見えない。


「うひょー、すげぇなこりゃ。まじですげぇ」

「たいしたものではないぞ」


 子供みたいにはしゃぐウシヤをカイナは腕組みしながら冷ややかな目で見る。ピエリアを見ればレパルスの肩を抱き寄せていた。くそう、見せつけてくれる。


「騒ぐな、仮にもサキモリ候補生だろう、ここでは他のサキモリと行動してもらうから従うように」


 先生が厳しい声色で注意した。周りには青と白のツートンカラーの軍服を着た大人達がちらほらといた。彼らがサキモリということは強力な悪魔を召喚するのだろうが、悪魔の姿は見えなかった。

 先生はボク達に一つずつ双眼鏡を渡した。これで敵の姿を見よと言う。ボクは双眼鏡を覗き込む。すると遠くの空の雲がハッキリ見えた。しかしそれだけだった。他には鳥しか見えない。

 観察し続けろと先生が言うのだからボク達五人はそのようにする。しかし小一時間経っても変化は訪れなかった。ウシヤなんかは飽きてボクを覗き込んだり茶化してくる。

 もしかしてこのまま敵とは遭遇しないままなんだろうか。なんだ。そう緊張感が薄れていた頃合いだった。最初に見つけたのはレパルスだった。


「皆あちらを見て!」


 レパルスが指差す方をボクは双眼鏡で覗き込む。すると鳥の大群が見えた。いやよく見れば、鳥とは全然違う。異様な形だった。銀色に光る、剣とかと同じように鋼鉄で出来ているように見える。


「なにあれ……」

「トーキョーの機械、飛行機だ」


 カイナはそう断言した。その時鐘の音が鳴った。敵襲を知らせる警報だ。サキモリ達がぞろぞろと登ってくる。


「お前達、先陣を切って悪魔を召喚しろ!」


 先生が命じた。それに最初に応えたのもレパルスだった。


「来たれ元始にして至高の嵐を呼ぶ魔王よ」


 彼女が呪文を唱えた瞬間、大気が震えた。ピリピリとする。そして空から降ってきた。蜘蛛の体に人間と猫と蛙の頭を持つ、いかにも悪魔的な冒涜を感じさせる悪魔が。

 いつかどこかで聞いたことがある。天候を操るレパルスのバアル。こいつがそうなのか。

 バアルの出現とともに急に空が暗くなり、風が吹き荒れた。大嵐だ。ボクの小さな体は吹き飛ばされそうになる。するとレパルスの隣にいたピエリアが急に彼女の頬を引っ叩いた。


「な、何をしてるんだよ!」

「レパルス! これでは味方まで被害を受けるではないか!」

「すみません……バアル、やめなさい」


 レパルスが命じると風が止んだ。代わりに黒い雲が発達していくのが見える。


「ではバアルよ、雷起こせ!」


 すると稲妻が走った。双眼鏡で見るとトーキョーの飛行機とやらに命中して大炎上させた。残骸が海に落ちていく。凄まじい威力だ。これが、これがレパルスの悪魔か。


「我々も続くぞ。来たれ地に堕ちたる赤き気高き神の毒よ」

「お、遅れは取らない! 来たれ幾度灼熱に焼かれては甦りし不死の鳥よ」


 カイナがサマエルを、ピエリアも悪魔を召喚する。翼の生えた大蛇と共に現れたのは全身炎に巻かれた巨鳥であった。燃え尽きないで平然としている様は不思議だったが悪魔だ、常識は通用しない。


「フフフ、私のフェニックスはその辺の悪魔とはわけが違う」


 ピエリアは誇る。その間にカイナのサマエルは熱線を吐いた。トーキョーの機械がまた一つ二つ、爆散する。本当にわけが違うな。


「行けサマエル」

「ああ、お前も行けフェニックスよ」


 サマエルが翼を広げて飛び立つと、慌てた様子でピエリアもフェニックスに命じた。

 見れば他のサキモリ達も翼の生えた悪魔を召喚していく。次々と飛び立っていく悪魔達。トーキョーの軍勢を迎え撃たんと。

 大規模な戦闘が始まった。悪魔もトーキョーの飛行機も目で追うこともできない早さで動き回る。そして次々と飛行機は撃破させられる一方。


「ぐあぁぁぁぁぁぁ!」


 近くのサキモリが断末魔を上げて倒れた。見れば身体を蜂の巣にされている。なんて惨い!


「自分の悪魔を殺されて死んだんだな。術者は悪魔が受けたのと同じ傷を受けることがあるぜ。つーっことは……」


 ウシヤがそんなことを言ってボクも想像する。悪魔を穴だらけにする兵器をあの飛行機は持ってるんだ。きっと授業で習った「銃」というやつだ。

 カイナ達は大丈夫なのか? 生憎ボクは空を飛べないので固唾(かたず)を飲んで見守ることしかできない。じれったい……


「ヤオリ、前を見ろ!」


 唐突にカイナが叫んだ。ボクは俯いていた顔を上げる。すると炎を上げながらもオウサカの関へ、ボク達の方へ接近する飛行機がいた。どうやって混戦の中抜け出たんだ!?

 そいつはもうボク目掛けて来ているようにしか見えなかった。


「サマエルでは間に合わない、ウシヤ!」

「わかってるよ、来たれ百鬼夜行の王たる(たけ)き修羅の鬼よ、シュテンドウジ!」


 ウシヤが召喚したシュテンドウジは特攻する飛行機に向かって思いっきり金棒を投げた。命中し、飛行機の軌道がずれる。そして城壁の手前に落ち、木っ端みじんになった。


「助かった……ありがとうウシヤ」

「まっ、こんくらいしないと来た意味ねぇわな」


 ウシヤは親指を立ててぐっと突き出す。それにしても本当に危なかったな。死ぬかと思った……


「見ろよ、トーキョーの奴ら、退散していくぜ」


 言われてボクは双眼鏡で空を見た。トーキョーの飛行機はあれだけ沢山いたのに随分数を減らし、残りはオウサカの関から離れていくようだった。ひとまずの危機は去ったのだろうか。


「もういい、悪魔を戻せお前達。後はここのサキモリがやる」


 先生の指示に従って、シュテンドウジもバアルも目の前から消えた。レパルスは胸を撫で下ろし、ピエリアはその彼女に引っ付いていた。カイナは相変わらず涼し気な顔をしていて疲れは見えない。ウシヤはふぅと息を大きく吐く。


「あー終わった終わった」


 しかしボクはなおもトーキョーの軍勢を目で追った。サキモリの悪魔達は追撃していて、いまだに火の手が上がっていた。




 振り返って見るオウサカの関は随分小さくなっていた。

 帰り道、ボクは先程の戦闘を反芻(はんすう)する。あれが100年続く戦争か。しかし腑に落ちない点もあった。

 サキモリの悪魔達は圧倒的に強かった。死者も出たが概ね勝利と言えよう。それが100年続いているからこそこの国の平和はある。だから逆にトーキョーの軍勢が懲りずに攻撃しに来るのが不思議だった。

 そもそも何のために襲ってくるんだ?


「なぁ、なんで100年もちんたら戦争してるんだ? あれだけサキモリが強いのならトーキョーを攻めに行って終わりに出来ないか?」


 どうやらウシヤも同じようなことを考えていたみたいだ。


「防衛すれど侵略せず。この国の理念もサーディアンは理解しないというのかね」


 それに対しピエリアは小馬鹿にして答える。ウシヤはムッとする。


「でもよう、防戦一方だと疲弊しちまうぜ。ただでさえ高い税金が馬鹿高くなっちまう」


 ウシヤの言うことはもっともに思える。実際戦争なんか続けて誰が得するんだろう。

 でも戦争があるからサキモリもいて、ボク達未来のサキモリが学園に通う理由にもなっていて……なんだかそう考えると戦争がなくなってほしいとも言えず複雑な気分だった。

 それにしても。

 トーキョーの機械からは人間の気配が全くしなかった。海の向こうには本当に、機械を操る人間達がいるのだろうか。悪魔を操るボクらのように。

 考えても仕方がないことなので、ボクは一旦思考を止めた。それよりもお腹が空いた。屋敷に帰ったらたらふく食べよう。

 ボクはふとレパルスを見る。ボクの視線に気づいたか、彼女は微笑み返した。ああ、やっぱり諦めきれない。

 こうして彼女と一緒の時間を過ごせるなら、またオウサカの関に行ってもいいくらいだ。喉元過ぎればなんとやら。ボクは死にかけたことも忘れてしまった。




 それから一カ月後、ボクはレパルスと最悪な時間を過ごしていた。

 どうしてこうなったんだろう。一体どこで間違えた。後悔してもし足りない。だがもう全ては遅い。だとしても。

 願わずにはいられなかった。

 たとえば、あの時、聖地アマノハシダテになんか行かなければ。

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