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プロローグ「ボクがおもしれー女だって!?」

 身体が熱い。

 内側から焼き切ろうとする炎が眼前のうっそうと茂る緑を燃やし尽くさんという勢いだった。

 熱い、熱い、熱い。

 熱に浮かされて四肢の感覚を失い、ナメクジのように地面に()いつくばる。

 痛い、痛い、痛い。

 その痛みを少しでも和らげようというのか、脳裏に様々な情景がよぎる。その中に一人の老人の顔が浮かび上がってくる。

 あ、あれは爺ちゃんだ。寡黙で気難しくて笑った顔は全然見たことがない。ボクが生まれる前からだろうか? 物心つく頃にはこのしかめ面の爺ちゃんと二人暮らしだった。

 でも今爺ちゃんが出てくるなんてありえない。爺ちゃんは死んだんだ。ついこの前。

 だからこれは完全に走馬灯という奴だった。続きに見せる。ボクのか細い手や、慣れない山登りでガクガクになった足を。

 クラマ山に行け、とは爺ちゃんの遺言だった。爺ちゃんは木こりだったからその後を継げということだろう。生憎家に食べ物がなくなって、一銭でも必要だった。山に入ることには躊躇(ためら)いがなかった。けれど爺ちゃんと違ってもやしっ子、体力がなかった。

 疲れ果てたボクは空腹に項垂(うなだ)れへたり込んでしまう。その時幸いにも目に食べ物が映った。大木の傍に生えている桃色の綺麗なキノコであった。

 やっぱり、アレか。あのキノコが原因か。そうとしか思えない。他に理由が見つからない。

 毒キノコから猛烈な熱を(たまわ)って、息も出来なくなる。視界は(おぼろ)、まっすぐ生えているはずの木が歪む。だから、ソレも見間違いなのだろう。

 目の前に黒い翼の生えた人がいるのも。

 頭を黒いベールで覆っていて顔は見えない。あまりにもわざとらしく、カラスのクチバシでも隠しているのかと思えた。人間を(ついば)むための、鋭い鋭いクチバシを。そんなお伽噺(とぎばなし)を聞いたことがある。山には恐ろしい鳥人間がいて(ふもと)の子供を(さら)っていくのだと。そして子供達は帰ってこない……悪魔の仕業だと!


「人の子よ」


 恐ろしくもそいつはボクに語り掛けてきた。無視しようにも動けない。


(なんじ)変態の時だ。世に生まれ変わるのだ」


 言っている意味はさっぱりまるでわからないが、これからこいつに殺されるのだと思った。しかし逃げるどころではない。内から湧きだす灼熱の炎に焼かれ死ぬ方が早いかもしれない。

 どちらにせよ一巻の終わり、という時に、全く別の方向から凛とした声が発せられた。


「立ち去るがいいテングよ! ここが我がルーベンブルグ家の私有地と知っての狼藉か! ならば許されないと知るがいい」


 すごく綺麗な響きの若い男の声だった。この期に及んで少し安心感を覚えた。ボクは助けてくれと言いたかったが声が出なかった。ならば後は祈るしかない。痛みに耐えながら経過を見守る。

 テングと呼ばれた黒い翼の鳥人間は中々ボクから離れようとはしない。すると威嚇(いかく)するように青年は言う。


「いいのかテング。そちらがその気なら、このカイナ・ルーベンブルグが相手にならざるを得ないが」


 するとようやくテングは後ずさり、そのまま羽根をはばたかせ飛んだ。あっという間に空を覆う木々に紛れ消え失せる。

 一方カイナというらしい青年がボクの下に駆け寄り、腕を手繰り寄せた。


「熱があるのか」


 抱きかかえられて目と目が合う。非常に端整な顔立ちで見とれてしまいそうになる。だが声だけ聞いて思った以上に若々しく、ボクと同じぐらいの少年に思えた。

 けれどそこでボクの意識は途絶えた。




 夢を見た、と言うと笑われるだろう。

 目が覚めて最初に見たのは知らない天井だった。随分と堅牢そうで木目に隙間がある我が家とは大違いだった。かといって牢屋などでは決してなく美しい装飾がなされていた。

 そしてふかふかのベッドに寝かされていた。床で寝るのが通例だったからこんなにも心地よいと感じたことはない。信じられない気持ちで満たされる。

 頭を起こして辺りを見回せば絢爛(けんらん)豪華な調度品に囲まれていた。その大半の用途は不明だ。ボクは全くの新世界に放り投げられていた。寝ぼけていたがだんだん理解してきた。そうか、ここは天国なのか。つまりボクは……


「死んだのか」

「目が覚めたのか」

「うわっ!」


 今まで視界から外れていた美少年を唐突に認識して、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。慌てて体を起こす。相手の顔には見覚えがあった。


「天使様……じゃなくて、ええと、カイナ?」

「あん? 記憶力はいいんだな」


 カイナ・ルーベンブルグはくくっと笑った。その理由はボクにはよくわからなかったが、なんとなく気恥ずかしくなった。

 それにしても彼がいるということはここは天国ではなく、どこかの貴族のお屋敷なのだろう。それも大貴族の。そういえばルーベンブルグって、どこかで聞いたような……

 本人に聞くのが手っ取り早いのでボクは質問する。


「あの……ここはどこなんだ? どうしてこんなところに」

「ああ、クラマ山で鷹狩りに興じていたら貴様を見つけたので我が家に連れ帰ったのだ。ここは俺様の部屋だ。ゆっくり休むといい」

「えっ」


 このベッド、人のものだったのか。ボクは急いで体を完全に起こし、ベッドから離れる。だが行き場がなく、脚を組んで椅子に座っているカイナの前で床に座ってみせた。するとまたカイナは笑う。どうもボクの一挙一動が笑われているらしい。

 それにしても不思議だ。山ではあんなに熱くなっていた体がすんなりと動く。しかしどこか違和感はあって、妙にカイナの背が高く感じるところがあった。椅子の高さを考慮しても随分見上げないと目線が合わない。同年代の男子のはずなのに、こんなもんだっけ?


「そういや、名前を聞いてなかったな。名乗るといい」


 カイナは笑うのをやめてボクに聞いてきた。隠す理由もないので答える。


「ボクはヤオリ。木こりのギケイの孫だよ」

「面白い。男みたいな名前なんだな」

「男みたいって何も男なんだけど」

「フッ、ハハハハハ」


 するとカイナは大声で爆笑した。一体全体何がおかしいんだ?


「すまない。先程からおかしなことばかり言うものだから。けどおもしれー女」

「おもしれー女? 誰が」

「貴様以外にいないだろう、ヤオリ」


 おかしなことを言うのはカイナの方だった。ボクが女だって? そんな風に間違えられたことは生まれてこの方一度もない。

 しかし体に妙な違和感があったのは事実だった。言われるまで疑いもしなかったが、ボクはようやく気付いた。ふと目線を下にやれば、ないはずのものが膨らんでいる。そして思わず股を服の上からまさぐって、あるはずのものがないことを確認した。

 そんな馬鹿な。

 そんなことあるわけない。

 常識的に考えて……

 突然ボクの体が女になっているなんて!


「どうしたヤオリ、まるで信じられないものを見ているかのような目をしてるが」

「いや、その通りだよ……ボクは男なんだよ……」

「記憶力がいいといったが撤回しよう。大分混乱が見られるな。鏡でも見て目を覚ますといい」


 カイナはキラキラ輝く鏡台を指差す。鏡なんて一度友達の家で見たっきりだが物は知っている。自分の姿が映るって不思議な道具だ。ボクは鏡の前に立って自分の姿を見た。

 すると紛れもなく女だった。一人の少女が戸惑いを見せている。長く伸びた髪を手でも触って確認する。

 嘘だ。信じられない。けれどこれが事実だった。と同時に思い当たることが一つあった。

 あの毒キノコだ。あれのせいで身体が変になってしまったんだ!

 気が付けば頭一つ大きいカイナも鏡に映っていた。ボクの後ろに立ってボクを見ているらしい。


「磨けば光る原石といったところだな。後で着替えるといい。メアリィに用意させる」

「着替えるって……」

「使ってないドレスがいくつもある。背丈は同じくらいだから着られるだろう」


 いやいやいや。ドレスなんて着れないだろ。ボクは男なんだぞ。

 さっと鏡の前から離れ、部屋の扉らしきものを見つけると、そのドアノブをガチャガチャやって開こうとした。


「何してる?」

「あの、その、お世話になりました、みたいな。じゃあボク、帰って医者に診てもらおうかな……お金ないけど……」


 慣れない形で妙に手こずったが扉が開いたのでボクは部屋の外に出た。するとどこまでも続いていそうな長い長い廊下に放り出され、困惑する。なにここ。クラマ山からずっと、本当にお伽噺の世界に迷い込んだようだ。


「どこへ行こうというんだ?」


 どこへ行けばいいかわからず立ち尽くしていると、カイナに肩を叩かれた。


「家に帰りたいんだけど……」

「何言ってるんだ? 今日からここが貴様の家だが」

「は?」

「ヤオリ、貴様は俺様が引き取ることにした。だからゆっくりと休めと言っただろう」

「なんで? いや、やっぱりこれ、夢なのかな。夢であってく……」


 頭が理解に追いつかないでいると、カイナがボクの体を強引に回転させてその綺麗な眼で射抜いた。


「れ?」

「本当におもしれー女だ。俺様から離れようとするなよ」


 心臓が高鳴る。うるさいくらいにバクバクという。なんでだ、いくらカイナが命の恩人でしかも絶世の美男子だからって、ボクは男なんだぞ? しかしときめきを感じずにはいられない。

 また身体が熱くなって、ボクは身動きできなくなった。

新連載です。よろしくお願いします。

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