六話
一週間後、今度は昼間にあの神社を訪れた。
あの晩、すっかり空が白み始めた頃に、僕は家に帰った。
幸い誰にも見つからず、そっとパジャマに着替えて布団に潜り込んだ。
疲れていたけど、さっきまでの光景が目に焼き付いて離れず、結局ラジオ体操に行く時間になるまで一睡も出来なかった。体操から帰って朝ご飯を食べた後、夕方までぐっすり寝てしまった。
勿論、あの夜の事は誰にも話さなかった。
誰も信じてくれないだろうと思ったし、時間が経つにつれ自分でも夢だったんじゃないかと疑いだした。あまりに現実離れした光景だった。
だが、引き出しの奥にしまった蟲の抜け殻は、無くなることもなくしっかりと存在していた。
色々なことを頭の中で処理し切れなくて、暫くは何処にもいかず誰とも遊ばず家で呆っとしていた。
毎日のように虫取りに出かけていた息子が急に引きこもりだしたので両親は心配したが、自由研究は完成したので行く必要が無くなったと誤魔化した。
またあの神社に行ってクビコに会いたいという気持ちもあったが、もし行ってクビコが居なかったら本格的に夢になってしまうと思うと怖くて、なかなか行けなかった。
しかし、光り輝くクビコのあの姿は、毎晩夢に出るほどには脳裏に焼き付いていた。
数日経った頃、居間でテレビを何となく眺めていた。
資産家の女性が行方不明になったというニュースをやっていた。
横で枝豆のサヤを枝から外していたお祖母ちゃんが、隣町に住んでいる有名な女社長だと教えてくれた。
僕は知らなかったけど、けっこう有名なセレブ社長で、バラエティー番組とかにもたまに出ていたそうだ。
家から宝飾品がごっそり無くなっているのに、泥棒が入った形跡が無くて、社長さんが自ら持ち出したようだと言っていた。
脅迫されて誘拐されたんじゃないかとか人見知りの犯行とかテレビの中では色々行っていたけど、僕は映し出された社長さんの写真に釘付けになった。
失踪当日は藤色のスーツを着ていたとのことです。目撃情報等あれば通報して欲しいと警察は呼びかけています。
間違いなく、あの夜に見たおばさんだった。
それから丸二日悩んだ末に、神社に行った。
来たものの、またクビコに会える保証なんてなかった。
あの神社の神様なのだからあそこに住んではいるだろうと思ったけど、神様とは言え宇宙人だし、いつもいるとは限らないかも知れない。
何より、僕が呼んで出てきてくれるだろうか。
そう思って行ったから、本堂の裏に回って
「クビコ様」
と呼びかけた途端に
「はあい」
と返事があったのには吃驚してしまった。
「暫く振りだな子供。今日はどうした?」
クビコは何故か本堂の床下から出てきた。
昼間に見るクビコはあの夜のように光ってはいなかったが、美しさは変わらなかった。
「あのね、聞きたいことがあったの」
「応、何じゃ?」
「石魂蟲が卵を山に隠した後、宿主はどうなるの?」
沈黙が流れた。
蝉の声しか聞こえない。
「……石魂蟲は宿主の胎内で子供を産む。他のメスに交尾を邪魔されない為だ。まず宿主の中でメスが繭玉を作る。その中に宿主が飲み込んだ素材を全て閉じ込めて、卵を産みつける。孵化した幼虫は貴石を食べて育ち、貴石を食い尽くすと土に潜り、時が来るまで眠りにつく。」
「じゃあ、今繭玉は何処にあるの?」
「宿主の中じゃ」
「宿主は何処?」
「土の中じゃ」
クビコの姿は、人間の埒外の美しさ。
確かに人外の目をしていた。
「石魂蟲のメスは、宿主の精神や行動に介入する。本人も寄生されていると気づかぬまま、蟲に操られるのだ。
「石魂蟲に取り憑かれた者は、普段は変わらず過ごしているが、貴石を集めなければという欲望を植え付けられる。本人は趣味で集めているつもりだろうが、その実蟲が命令しているのだ
「繁殖が成功すれば、メスは力尽き、宿主も必要なくなる。だが、卵は宿主の中だ。
「宿主の最後の仕事は、自分ごと卵を埋めるための穴を掘る事じゃ」
そう言ったクビコの口は、三日月みたいに笑っている。
「お前はソレを知ってどうするつもりだ?」
「警察がね、あの女の人を探しているの」
「そのようじゃな」
「もし見つかったら、卵はどうなるの?」
「見つけられるものかよ。この山はわしの領域じゃからな。見つからぬようにちゃあんと手を加えておるよ。また何十年か後に宝石を集めて貰う為にな
「それともお前はこの事を誰かに告げ口するか?」
「ううん」
僕は首を横に振った
「卵が無事なら良いんだ」
あのおばさんが帰ってこないと言うことは、まだ蟲の卵は女の人と一緒かも知れない。
おばさんが見つかってしまったら、あの蟲が他の人に知られてしまう。
最悪、死体ごと卵が燃やされてしまうかも知れない。
石の虫の卵が火で死んでしまうかは分からないが、お墓の下に入れられてしまったら地上に出てこられないかも知れない。
それが心配だったのだ。
「つくづく変わった子供じゃなあ」
クビコが珍しいものを見るように僕を見る。
彼に見られているというだけで、なんだかドキドキしてくる。
「何十年後かなら、また僕も羽化が見れるかな」
「それはどうじゃろうなあ」
笑うクビコがやはり美しかったので、僕は決心した。
「クビコ様、僕岩倉御次って言います」
「うん? 応、ミツグか。良い名じゃな」
「クビコ様にこれ上げます」
大事に持っていた箱を差し出す。
あの蟲の抜け殻だ。
「おお、見つからぬと思ったら、お前が見つけておったのか。」
ケースを開けて、嬉しそうにつまみ上げる。
「これで分かったぞ。宿主以外の人間には聞こえぬ筈のオスの鳴き声を、何故お前が聞きつけたのか。この抜け殻に触れたことで、石魂蟲の波長を感じ取りやすくなっていたのだろう」
それであの晩、僕たち以外に誰も来なかったのか。
「良いのか?」
クビコが抜け殻を摘んで陽に透かしながら、横目で問いかける。
あの晩も少し思ったけど、この宇宙から来た神様は基本的に優しい。
「うん」
この抜け殻を手元に置いておくかどうしようか、一週間考えたのだけど、こうするのが一番いいと思ったのだ。
「だから、また食べる所を見せてください」
僕の手元にあるこの抜け殻より、あの晩のクビコの方が何倍も綺麗だったと結論づけたのだ。
クビコは面食らったような顔をして、少し恥ずかしそうに抜け殻を飲み込んでくれた。
緑に輝いた尻尾を撫でていたら、尻尾を丸めて逃げられた。
宇宙人でも顔は紅くなるんだなあと眺めていたら、あまり見るなと頭を叩かれた。
また来て良いですか、と聞いたら、構わぬよ。と言ってくれたので、その日から一週間日参したらまた叩かれた。
お付き合いいただきありがとうございました。
BLでもなく蟲姦でもなく熟女でもGLでもコズミックホラーでもなく、ただ小学生男子の生まれ持った性癖が完成する瞬間を描いた作品。
誰が知ろう。この十数年後、給料の殆どを宇宙人に宝石を貢ぐのに費やすマンが爆誕する事を。
クビコは九尾狐と呼ばれて自分でもそう名乗っているが、全く狐ではない。頭の耳は触角に近くて尻尾は触腕。
一応神様らしく振る舞ってみることもあるが、数百年地球にいたせいで感覚は大分人間寄り。