表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

五話


「終わったぞ」


見たくもない光景を何時までも見ていたいお姉さんが塞いでくれてから数分後、尻尾が退いた。


三人の女の人は動きを止めていた。


藤色のスーツのおばさんは仰向けに横たわったまま、他の二人は地面にぺたりと座り込んだまま呆けている。おばさんの発光は治まっていて、辺りは暗い。


おばさんの口から蟲が出てきた。


オスの方だ。既に発光していない。ふらふらと数メートル飛んだ後、力尽きたようにぽとりと落ちた。


スーツのおばさんがゆっくり起き上がる。そのままふらふらと立ち上がって、山の中に入って行ってしまった。


「何処にいくんだろう?」


「腹の中のメスが、山の中に卵を隠させる為に最後の力を振り絞って宿主を操っているのじゃ。生まれた幼虫の内、メスは十年程度で成虫になって宿主を探し、宿主に貴石を集めさせる。オスの方は何十年、時には百年以上も土の中にいる。


「この地は玉魂蟲の故郷と気候が大分違うからな。自分たちの産卵に適した気候が来るまで、何十年何百年と待ち続ける。


「何匹幼虫がいようと、何故か一度の年に成虫になるオスは一匹と決まっている。メスはそれまで宿主を変えながら、何十何百年と貴石を集め続けるのじゃ。」


座り込んでいた二人の女の人が起きあがった。やはり夢遊病のような足取りで、神社を後にする。


「ああやって交尾のチャンスを逃したメスは、また次のオスが成虫になるまで待ち続ける。

宿主を乗り換えながら何十年とな。」


後に残ったのは、ひっくり返ってピクリとも動かないオスの死骸だけ。


「さて」


お姉さんが立ち上がった。

僕を抱えたまま廊下から飛び上がり、地面に着地する。


長い尻尾の一本を伸ばす。

尻尾は蟲の死骸を絡め取って、お姉さんの掌の上まで引き寄せる。



「ほれほれ、綺麗だろう?」


お姉さんが蟲をよく見せてくれた。

エメラルドといくつかの宝石で出来た蟲の体は、脱け殻以上に繊細な美しさだった。死骸であっても輝きを失っていない。


綺麗だな、と思った。

だが不思議と、つい先刻初めて見つけた時ほどの感動はない。

僕はこの美しさが天井じゃないと知ってしまった。


石魂蟲(せっこんちゅう)はな、本来はこれほど美しい蟲ではないのだ。こやつらの故郷の星は岩石に覆われた星でな。そこに生息する猿を宿主にして、硬くて光る綺麗な貴石や鉱石を探させるのじゃ。猿に集められるような石じゃから、ただの硬い石の他にせいぜい石英が混じる程度。メスも鉄か僅かな砂金が入るくらいで、大体灰色か黒い蟲になる」


天上の美しさのお姉さんが、楽しそうに解説をしてくれる。


「この星に流れ着いて人間を宿主に選ぶようになって、宝石や金銀を集めるようになったのじゃ。一昔前は貴石といっても翡翠や瑪瑙がせいぜいだったのだが、ここ百年ばかりは異国から珍しい宝石が入ってきて、彩りが一層美しくなった。


「今回のオスの緑の貴石は、百年ほど前にいた宿主のものじゃな。胸に大きな首飾りを付けておった。あの貴石が成虫になるのはいつになるだろうかと楽しみに待っていたのじゃ。


「今回の宿主はそれ以上の貴石を貯め込んでいたようじゃから、成虫が楽しみじゃ」


何十年後になるかのうと、お姉さんは蟲を透かしてみたり嬉しそうだ。



「さて。この蟲はわしがこの地に来てから六百余年もの間、目を付け保護して繁殖の手助けをしているわしの獲物じゃ」


お姉さんがピタリと止まり、意地悪そうに僕を見つめる。


「それを横取りしようと企み、あろう事か繁殖前に捕まえようとは言語道断よ。わしは今まで、あの蟲を横取りしようとした人間は、皆八つ裂きにしてやったものだ。


「しかし、昨今の人間は随分と成長して知恵を付けたからのう。神隠しが通用しないし、無茶なことをすると怒られてしまうからのう」


だから、ひとつゲームをしよう。

お姉さんが笑う。

その目が赤く光る。


「当て物をしよう。お前が答えられたら見逃してやろう」


わしの正体を当ててみよ――。


そう言ったお姉さんの後ろで、九本の尻尾が後光のように輝いている。


「さて、どう答える?」


お姉さんは期待する様な顔で見つめてきて、その顔もとても素敵だなと思った。


正直なところ、その時の僕はまだ正気がすっかり削れたままだった。

この一晩で感じた衝撃で頭がフワフワしていたし、怖いとも感じていなかった。何ならすっかり食べられる気持ちでいた。

なので、あんまり真剣に考えていなかった。


でも、お姉さんの期待の眼差しを受けて、何か答えなくてはと思った。



頭の三角と九本の尻尾。

シルエットはアニメで見た狐の妖怪に似ているなと思った。 

そして此処は狐の神社だ。


お祖母ちゃんが言っていた。

この神社には狐の神様が住んでいる。

元は山の神様を祀った神社だったのに、こわい狐の神様がやってきて元の神様を追い出した。

狐の神様は山の神様の代わりに山を治め、川の増水や山崩れを防ぎ、疫病を収めてくれたから、人々も狐の神様に感謝して祀るようになったんだと。

狐の神様は尻尾が多いほど位が高くて、九尾の狐は一番偉いんだよとも言っていた。


成る程この人が狐の神様なのかも。


神様という答えは悪くない気がする。明らかに人間でないのは確かだし、驚異の美しさも、神々しさの顕れと取れなくもない。


でも、狐と言うには違和感を感じる。

確かに耳の様なものが付いているけど、よく見れば耳に似た耳じゃない謎の突起だ。角よりは柔らかそうで、よく見ると形が安定していない気がする。宝石が付いている所以外は、真っ黒い影がわだかまっているだけのようにも見える。

尻尾も確かに九本あるけど、狐にしては細くて長くてうねうねしているし、さっきから物を掴んだり巻き付いたり伸縮している。

毛が生えているだけで、動きは尻尾というより触手っぽい。


狐ではなさそうだ。


狐の神様の振りをした別の何かかな。


でも、妖怪やお化けがこんなに綺麗なのも可笑しい気がするから、神様ではあるんじゃないかと思う。


角があって触手をウネウネさせている神様っていただろうか?

学校の図書室にあった日本の神様事典にはいなかったと思う。


そうだ。

夏休み前に、同じクラスのオカルト好きの曽根君の家で見せて貰った外国の神様の本に載っていた。

海底都市に封印された神様のイラストが、角が生えて触手をうねうねさせていた。


曽根君の解説では、これは凄い怖い神様で、大昔に宇宙から地球にやって来て一時期地球を支配していたけど、他の神様に負けて封印されてしまった。 世界中にまだ信者がいて、信者は生贄を捧げながら復活を待っているんだよと言っていた。


曽根君は何という名前の神様だと言っていたっけ?

確かクト何とかだった。思い出せない。

他にも色々教えてくれた筈なんだけど、見せてくれたイラストはどれも暗くておどろおどろしくて、どの生き物も全く綺麗じゃなかったので、あんまり興味が湧かなかったのだ。


そうだ。こんなに綺麗な存在が、あのイラストの神様の同類の筈はない。


しかし宇宙から来たという線はアリだと思う。

あの蝉みたいな蟲だって、このお姉さんは宇宙から来た蟲だと言っていたではないか。それに詳しいお姉さんも宇宙から来たのかも。


曽根君も、地球には昔からたくさんの宇宙人が訪れているんだよと興奮して語っていたので、凄く綺麗な宇宙人がいてもおかしくないかな。


「さあ、あと十の内に答えよ」


お姉さんが急にカウントダウンを始めたので、あんまり考えが纏まらなかった。


「九尾の狐、に似た、神様、してる、宇宙人……?」


結局考えた順番に答えてしまった。


お姉さんは黙り込んでしまった。


「お姉さん?」


「……九尾の狐を当てたら良しとしてやるつもりだったんだが、こうも完璧に当てられるとは思わなんだ。最近の子供は賢いんじゃのう」


どうやら当たってしまったようだ。


「ま、目当ての物は手に入ったし、今日は見逃してやろ。お前も今夜のことは誰にも言うてはならぬぞ」


僕は頷いた。


「ただ、わしはお姉さんではないぞ。この星の基準だとオスにあたるな」


お姉さんではなかったようだ。


「宇宙人が、どうして神様をしているの?」


「成り行きじゃ」


お姉さんが懐かしむように教えてくれた。


「六百余年の昔、漂流の果てにこの地に辿り付いた時、現地人共はわしを化け狐と恐れた。その頃は疫病や災害が多くてな。何度か手助けしてやったら、今度は狐神様、九尾様と崇めるようになった。それ以来、この社の神になってやったのじゃ。」


「じゃあ、やっぱり神様て呼べばいい?」


「人はわしを簒奪のクビコ神と呼ぶな。まあクビコで良いぞ。わしの本来の名はこの星の人間には発音できないようでの。もう使っておらぬ。」


クビコが、本堂に向かって尻尾を伸ばす。

どさりと僕の前に下ろしたのは、僕の持ってきたリュックと虫取網だ。


「そろそろ明るくなるぞ、お前はうちに帰り。」


気付けば、空がほんのりと明るくなっている、夏の夜は短い。明るくなる前に家族に見つからないように家に帰らなければ。


クビコは、宝石の蟲を眺めながら、本堂の方へ戻っていく。


「あの」


名残惜しくて、思わず声をかける。


「どうした?」


「えっと」


何も考えていなかった。


「その蟲はどうするの?」


「なんじゃ、まだ未練があるのか。やらんぞ」


「そうじゃなくて、どっかに飾ったりするの? 見るだけならまた行っても良い?」


どちらかと言うと、蟲を言い訳にしてクビコにまた会えないかなという気持ちの方が強かった。

僕が質問に、クビコはにやりと笑った。


「こうするのじゃ」


蟲を口に放り込んだ。


呆気にとられる僕の前で、クビコはガリガリと蟲を噛み砕いて飲み込んでしまった。


「見ておれ」


すると、クビコの髪と尾から発する光が強くなった。

色とりどりにに輝く。

緑と黄緑、白と赤。僅かに黄色。今飲み込んだ蟲が持っていた色彩だ。


その姿を、僕は一生忘れないだろう。

それはまるで瞬く星の妖精の様で、信じがたいほど綺麗な光景だった。


やがて光が頭の突起に収束する。とりどりの宝石が散りばめられた角に、新たな宝石が幾つか出現した。緑のエメラルドが一際大きい。髪と尻尾の輝きと艶も増した気がする


「子をなし本懐を遂げた後に、こうやってわしを彩る一部になるのなら、あの蟲も本望じゃろ?」


悪戯っぽく笑うクビコに、僕はただ頷いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ