四話
「ちなみに、お前はあれを何だと思っている?」
「宝石で出来た蝉?」
「7割正解じゃな、似てはいるが蝉ではない」
夜の真夜中の神社で、異次元の美しさを持つお姉さんの膝の上で、宝石で出来た虫を眺めている。
言葉にすると何だか分からない。
「よいか、アレは石魂蟲という、外つ星より飛来せし希少な生き物だ。少なくとも数百年前からこの地にごく少数が生息している。本来は岩石だらけの荒野に住む蟲だ。お前は運が良いな。この地では百年に一度見られるかの珍しいものだ」
「これから何が始まるの?」
「あれがもし蝉だとして、何故泣いているのだと思う。」
僕の質問を無視して、お姉さんが問いかける。
「メスを呼ぶため」
「その通り。生き物は皆同じじゃ」
じゃりっ
足音がした。
砂利を踏んで歩く音、音からして複数だ。
「誰か来ちゃったよ」
お姉さんに小声で伝えるが。
「問題ない。言ったじゃろ、オスの音色に呼ばれてメスが寄って来たのだ」
お姉さんは悠然と座っている。
「でも足音が」
「いいから見ておれ」
足音が本堂の横まで来た。
現れたのは三人の女の人だった。
年齢も格好もバラバラだ。一人は20代後半くらいの若い茶髪の女の人で、部屋着みたいなジャージの上下を着ている。
一人はそれより年上で30歳くらい。派手なベージュのロングドレス。ヘアスタイルが凄く派手でお化粧も濃い。
多分キャバクラとかクラブとか、夜の街にいる人だ。
最後の人が一番年上で、50代くらい。藤色のスーツで髪はきっちり結い上げてある。どっかのお金持ちの女社長みたいだなと思った。
三人とも無言で、夢遊病の様な足取りでふらふらと歩いていく。
本堂に座っている僕らには全く気付く様子がない。
僕は三人の共通点に気付いた。
みんな何かしらのアクセサリーを付けている。
付けているだけなら何も不思議ではないのだが、数が尋常じゃない。
首には何重にもネックレスを巻いて、胸には勲章のようにブローチを下げている。
腕が隠れるほどのブレスレットに、指には嵌めれるだけの指輪が付いている。
耳にはみっつもよっつもイヤリングをつけて、付けきれなかった物は服の襟や袖に引っ掛けている。
家の宝石箱をひっくり返して、持っているアクセサリーを全て付けてきたような有り様だ。
一番凄かったのが藤色のスーツのおばさんだ。
数も一番だが、どのアクセサリーにも大きな宝石が付いている。金の鎖のネックレスを何本も巻いて、おおきなルビーやエメラルドのついた指輪を全部の指に二個ずつ付けて、宝石をちりばめた金の腕時計を両方の腕にはめて、頭にはティアラまで乗せている。
三人とも足取りはおぼつかないけど、まっすぐ桜の木の下まで進んでいった。
石魂蟲のいる木を囲んで座り込む。
ふと、石魂蟲が泣き止んだ。
同時に、三人が上を向いた。
「ほら 出てきたぞ」
三人の呆けたように開けている口から、光が漏れた。
何かが出てきた。
息を呑み目を凝らす。
出てきたのは、金色をした虫だ。
木にとまっているオスの石魂蟲と同じ形のようだが、輝きはオスよりも少ない。金色が基調で、所々鉄のような鈍い色も見える。
「あれが玉魂蟲のメスじゃ。あの蟲はな、オスよりメスの方が数が多い。だからああやって、メスがオスに求愛をするのだ」
「求愛?」
「あの蟲の体はオスは貴石、メスは鉱石で出来ている。メスは他の生き物に寄生して精神を操り、より硬くて美しい貴石と鉱石を集めさせる。子供の素材にする為じゃ。よりたくさん質の良い素材を集めたメスがオスに選ばれ、子を残せるのじゃ」
オスの声が止んだ。
透明な羽を羽ばたかせて飛び上がる。
蝉に似ている割に羽音は静かで、蝶のように軽やかな浮上だ。
音もなく三人の女の人の周りを飛び回る。それに合わせて、女の人たちの首がぐるんぐるん回るのが怖い。
最後に石魂蟲が止まったのは、一番たくさん宝石を付けていた藤色のスーツのおばさんだった。
オスがメスの待つ顔の上にとまる。
「オスがメスを選んだぞ」
そのままメスと一緒におばさんの口の中に入ってしまった。
おもむろにおばさんが、自分の指に嵌った指輪を一つ外した。
そして、口に放り込み、ゴクリと飲み込んでしまった。
指輪、時計、ブローチと、身につけたアクセサリーを次々と飲み込んでいく。
「な、何あれ?」
「選ばれたメスが、宿主に呑み込ませているのじゃ。今から宿主の体内で交尾して卵を産むので、宿主を通して卵に栄養を送らせているのだ」
「どうして身体の中で?」
「そりゃあ、外敵に邪魔されることなく安全に産卵できるからのう。ある程度の脅威なら宿主に防がせる事も出来る。邪魔されないように、腹の中に卵を産みつけるのじゃ。」
暫くすると、おばさんがお腹をおさえて倒れ込んだ。
呻き声を上げて身体を捩っている。
「苦しそう」
「大事ない」
ああん
スーツのおばさんが一際高い声を上げた。
仰向けになり、熱に侵された様に悶えている。頬が上気して、恍惚の表情をしている。
何で夜に表情が見えるかというと、オスが口に入ってから、おばさん自体が発光するようになったからだ。
「石魂蟲は交尾に入る前に、宿主を暴れさせないように鎮痛効果と催淫効果のある物質を分泌する」
「チンツウとサイインって?」
「子供にはまだ早いかの。要は痛くなくなって気持ちよくなるのじゃ」
「苦しそうだけど」
「あれは気持ちよすぎて苦しんでおるのじゃ」
おばさんの身体の光が明滅を始めた。
「交尾に入ったな」
その時、今まで座り込んだままだった他の二人の女の人が動き出した。
おばさんに近づいていく。
それに気付いたおばさんがムクリと起き上がり、腕を振り回して牽制する。しかし、二人がかりで挑む女の人に両腕を押さえられた。
二人の内一人が、おばさんの口に吸い付いた。
おばさんの顔を掴んで、食い千切らんばかりに口中を貪っている。
もう一人も、おばさんの唇を奪おうと寄っていく。
夜の神社に、三人の女の人のくぐもった喘ぎ声が響いた。
「……アレは何をしているの?」
「あれは選ばれなかったメスが、オスの精のおこぼれにあずかろうとしているのじゃ。確率は低いが、それで受精に成功することもある」
まあ、受精出来たところで、大した貴石を集められていない弱いメスでは子が育つか分からないがの。
二人の身に付けているアクセサリーを見て、お姉さんが吐き捨てる。
目の前では三人の女の人の痴態が繰り広げられている。
これは見ていちゃいけないものだ。
何となくそう思った。
恥ずかしいとか、興奮するとか、そういった気持ちは無かった。
嫌悪感や忌避感があった訳でもない。
あったのは違和感だ。
自分が見るべき物ではないというか、これじゃないと言う感覚だけがある。
それでも初めて見る光景に、下半身が熱くなるような感覚もして、僕はその光景から逃れようと身を捩った。
視界を白い物が覆った。
お姉さんの尻尾が九本連なって、僕の視界を塞いでいた。
「すまんすまん。これは子供にはちと早かったかのう?」
お姉さんのがからかうように笑う。
その声を聞いて僕は、これだ! と思った。
身体の向きを変えて、お姉さんと向き合う。
お姉さんの綺麗な顔を視界に入れる、
「な、何じゃ?」
急に顔を合わせたので、お姉さんが戸惑った声をあげる。
形の良い眉が下がって眉間に皺が寄るのも、美しい洗練された動作に見える。
「お姉さんの方が綺麗だなって」
素直に思ったことを伝えた。
お姉さんは一瞬キョトンとした後、慌てて顔を隠した。
「子供がませた事を言うでない!」
くるりと向きを戻された。
視界にふわふわの尻尾が戻る。
「終わるまで大人しく座っておれ」
「尻尾を触っても良い?」
「駄目じゃ」