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二話


裏山で緑の蝉の脱け殻を見つけたその夜、僕は自分の部屋で抜け殻とにらめっこしていた。


エメラルド疑惑の脱け殻を慎重に、誰にも見つからないように持ち帰った後。

夕飯もそこそこに、本やタブレット端末で調べながら本当にエメラルドなのかを確かめようとした。


エメラルドは硬度7.5

ちょっとやそっとでは傷付かない筈。


裁縫箱からマチ針を出して、そっと擦ってみる。傷が付いた様子はない。


念のため、同じくらいの強さでプラスチックの物差しを引っ掻いてみた。うっすら傷がつく。


これで少なくともプラスチックじゃないと思う。


脱け殻の一番分厚そうなところで、窓ガラスを引っ掻いてみた。

窓ガラスがわずかに傷付いた。


多分、ガラスより硬い。


比重を確かめられれば確実だと思ったけど、家にあるものでは測定が出来そうにない。

学校の理科室に行けば道具があるかも知れないけど、何て言って借りれば良いかわからなかったし、脱け殻が見つかってしまうかもしれない。


色々試して分かったのは、少なくとも樹脂やガラス製ではなく、エメラルドでないという証拠はないということだけだった。


その夜は妙にドキドキして遅くまで眠れなかった。

明け方にウトウトして見たのは、あの抜け殻の夢だった。


月夜の森の中にいた。

その森は全てが宝石でできていた。

木の葉は薄く透き通ったペリドットで、下の茂みは翡翠で出来ていた。

うっかり踏みつけるとカチャンと儚げな音をたてて崩れてしまうので、一歩ずつ慎重に歩かなければいけなかった。


木の幹は茶色い大理石で、垂れた樹液はそのまま琥珀になっていた。

そこにルビーでできたクワガタと、サファイアで出来たカナブンがたかっている。

孔雀石のカマキリがアメジストの花の上で、アクアマリンのシオカラトンボを食んでいる。

パリパリと音がする。


虎目石の切り株の上で、オニキスの蟻の行列が淡水真珠を運んでいる。


美しい光景に見惚れていると、足下の地面がコポリと盛り上がった。

あのエメラルドの蝉の幼虫が頭を出して、御影石の岩を上り始めた。


天辺まで登ってくると、ペリペリと幽かな音をたてて背中に割れ目が入った。

割れ目からまばゆい光が溢れてきて何かが出てきたと思うのだが、お母さんの声で目が覚めて何にも思い出せなくなってしまった。


早朝ラジオ体操の間中、夢の中の蝉はいったいどんな姿をしていたかと考えつづけていた。

そして、あの抜け殻の成虫を必ず見つけると決意した。


その日から、僕は昼間の殆どの時間を使ってセミ取りに熱中した。

まずは抜け殻のあった場所を中心に虱潰しに探す。

見つからなかったニイニイゼミのメスの脱け殻は見つかって自由研究は完成したが、それらしき蝉はいなかった。


翌日も森の中で神経を研ぎ澄ます。

見た目の違う蝉はいないか。

木々の間を飛ぶ光る物はないか。


蝉が死んでしまっている可能性も考慮して、地面に死骸や欠片がが落ちていないか。

また同じような抜け殻はないか。


宝石で出来た蝉が樹液を舐めるのかはわからないがもしかしたらと思って、カブトムシを捕まえる用の罠を仕掛けてみた。

夏休みの初週には掛からなかったミヤマクワガタが二匹も掛かったが、目当ての蝉はいなかった。


三日目も四日目も、一日中虫捕りをしていたが、何の成果もなかった。


夕飯の後に宿題の算数ドリルを進めながら、もしかしたらあの抜け殻は偽物かもしれないと考える。

あるいは抜け殻は本物でも、そこから生まれたのはごく普通の蝉で、僕が見逃したのかもとか頭をよぎる。


そんなときは密かに引き出しの奥に隠したあの抜け殻を取り出して、光に透かして眺めてみるのだ。

足の一つ一つ、触覚の毛までが宝石で出来ている。

人間が作ったものとは思えない。


この緑に輝く美しい抜け殻を見る度に

、こんな綺麗なものを脱ぎ捨てた生き物は、必ず美しい物に違いないと想い改める。


それにしても成虫の手がかりひとつ見つからないのは、何か探し方が不味いのかも知れない。

他の蝉と同じ様な習性だろうと蝉が居るような所を重点的に探していたが、こんな特別な生き物なのだから生態も特別かも知れない。


自分の部屋に誰も来ないのを確認して、改めて抜け殻をよく観察する。

図鑑を片手に自由研究で集めた他の抜け殻と比較してみる。


蝉の抜け殻は、蝉の種類によって大きさも形も違う。形はヒグラシに似ているが、大きさは一番大きいアブラゼミよりも大きい。

この辺りにはいないエゾゼミよりも大きいから、体調も八センチ以上あるかもしれない。


蝉の幼虫は地面の下に何年もいる。

この抜け殻も見つけたときは地面の近くにいたのだから、地面の下にいたのだと思う。


脱け殻のお尻を見るとオスメスの違いが分かる。この抜け殻はオスだと思う。

蝉はオスしか鳴かない。ならばまだ見ぬ宝石の蝉も鳴くのだろう。


そこでふと考えた。

蝉のオスが泣くのはメスを呼ぶためだ。この蝉にメスはいるのだろうか。


普通に考えればいる筈だ。

でもあの森をいくら探しても同じ抜け殻は見つからなかった。メスはこの辺りにいないのだろうか。

だとすると、オスもメスを探して遠くに飛んでいってしまったかも知れない。


いやいやと、自分の考えを否定する。


オスは鳴いてメスに居場所を知らせるのだから、やってくるのはメスの方な筈だ。


宝石の蝉はどんな声で鳴くのだろう。

普通の蝉は身体の中の器官を震わせて大きな音を出しているけど、身体が宝石で出来ているとしたら、あまり大きな音は出せないかも知れない。

きっとふつうの蝉みたいに、ミンミン、ジュワジュワなんて鳴かなくて、綺麗な鳴き声なんじゃないかと想像する。


はたと気づいた。

他の蝉より大きな音が出せないなら、他の蝉が鳴かない時刻に鳴くかも知れない。

蝉だから明け方から夕方の間活動するだろうと考えていたが、夜行性という可能性は十分にある。


家の直ぐ裏はあの山で、一階にある僕の部屋の窓からは山を見上げることが出来る。

僕の部屋にはエアコンがついているし、最近じめじめしているから夜の間は窓を閉めていた。


窓と雨戸を開けて、網戸越しに山に耳を澄ませる。

たまに寝ぼけた普通の蝉の声はするが、それらしい音は聞こえない。


それから何日か、僕は窓を開けて寝ることにした。


夜に山に行くことも考えたけど、それはお母さんが許してくれそうにない。

自由研究で夜の昆虫の生態を調べに行くと言い訳も考えてみたが、絶対に一人では行かせてくれないだろう。お父さんについて行ってもらいなさいと言われるに違いない。


この蝉のことは、誰にも秘密にしておきたかった。

だから、窓を開けておいて、ベッドの下に着替えと靴を隠して、いざとなったら家を抜け出せるようにしておいた。


成果があったのは、更に一週間経った頃だった。

その日は満月で、月がいつもより大きいスーパームーンという日だと、夕方のニュースで言っていた。

夕飯の後に部屋の窓から見た月は、言われてみれば少し大きい気もしたが、大して違いはないように思えた。


その日も夏らしくなく涼しい夜で、窓を開けていると少し肌寒い程だった。


ふと夜中に目が覚めた。

多分寒かったのだと思う。

時計をみると十二時を越えたところだ。


寝直す前にトイレに行ってこようかな。


ボンヤリ考えていると、窓の外から不思議な音が聞こえた。


リィーン


最初はお寺の鐘の音かと思った。

こんな時間に誰が鳴らしているのだろう。しかし、鐘の音にしては妙だと思った。大晦日に聞こえる除夜の鐘は、ゴーンと低く響く音た。

今聞こえるのはリィーンと、高く響いている。

とても澄んだ音だ。


去年家族旅行で行った、京都のお寺にあった水琴窟の音に似ている。

庭に竹筒が差してあって、耳を近づけると鐘を鳴らしたような不思議な音する。

地中に瓶が埋まっていて、水音が反響してそんな音がするのだと看板の解説に書いてあった。


あの音をもっと高くして、長く延ばしたような音だ。


リィーン

リィーン


途切れる事なく鳴り続けている。

かなり大きい音で響いているので、目が覚めてしまった。

窓を開けて頭を出して、音の発生源を探す。

山の方から聞こえていた。


体に電流が走った。

これはもしかして、探し求めていた音じゃないか?



用意していた服に着替えて、虫とり網とリュックを持って窓から抜け出した。


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