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No.1:シュールレアリスム・ガール


彼と付き合ってみたい。

学校の中の教室、前の席に座る彼の背中を見ながらただ漠然とそう思った。いったいこの感情は何なのだろう。そんなことを考えるとだんだん思い込みが止まらなくなって授業中だというのにも関わらず手を伸ばしシャープペンシルの先で目の前に座っている彼の背中をつついていた。

ノートをとっていた顔をあげて彼は不思議そうに後ろを振り返る。名前は小原淳也。特別かっこいいわけでもなく、だからと言ってブサイクなわけでもなくいたって普通の顔。そもそもかっこいいだの可愛いだの綺麗だの一体何を基準にして計ればいいのかそれすらも謎である。ある人がこいつはブサイクだといってもある人はこの人は可愛いぞと言うことだってある。ようは好みの問題だ。

でもやはり世間体から平均的にみるとやはり彼は一般的な顔なのだろう。モテているとは聞いたことはないが嫌いだと聞くこともない。ただ彼自身、好きな人がころころ変わるタイプらしく、いろんな女の子と仲良く話す姿をよく見かける。私もよく彼と話す。彼は話すのが上手だと思う。話していて苦に思ったことがないから。

こんなことを考えている私はもしかして今の印象、暗い奴?とかシュールな奴?とか思われてるかもしれないがぶっちゃけて言おう。よくそこらへんにいそうなよくしゃべる女子高生だ。実のところ自分自身でも私ってどんな性格なんだろうといまいち自分を掴みきっていないところもある。よくしゃべるけど考えることはネガティブだとか、行動は大人しいとか。いやでも本当よくしゃべるらしい。

とにかく目の前の彼は告白して断られたこともあればOKされたこともある。つまり付き合っていた女の子もいる。もちろん誰か知っている。本人がデレデレしながら私に話してくれたから。その時は何とも思わなかったのになぜ急にこんな感情が。嫉妬ではない。それを聞いたとき何とも思わなかったし。やっぱりわからない私の性格と思考。


「何」

「付き合おう」


なんだこの淡泊な言葉は、と誰しもが思うであろう。私もそう思った。彼もそう思ったに違いない。でも別にロマンチックにそんなこと言う必要性もない。少女漫画でもよく、告白のシーンなんかはかなり力入れちゃってることが多いけどきらきらしたトーンが貼られるような雰囲気でもない。先生が教科書を淡々と読み上げていくのをバックグラウンドミュージックにして彼の表情が固まった。

両想いになれる確率なんて百パーセント中の数パーセントしかない。そんなことを聞いたことがある。ラブロマンスな漫画では恋する少女の思考に追及し、はたまた男の子の心情についても詳しく描かれている。最終的にはお互いが両想いになるって話、現実的に考えるとありえないだろ、って思えちゃうけどそうならないと面白くならないから仕方がない。相手の男の子が違う女の子とハイ付き合いましたーだなんて終わり方じゃ不評を買うにきまってる。

結局のところ言いたいことと言えば、そんな風に夢見る少女もいるだろうけれど現実の男女関係はあっさりとしたもので付き合うまでの長々しい経緯などあまりないのではないか、と私は考える。付き合うも別れるも容易と言えば容易なのかもしれない。たとえば今の私のように。


「どしたの、急に」

「別に、駄目ならいいんだけど」

「いや……いいよ。OKする」

「そ」


最初こそ吃驚していたものの、彼は最後にはニッコリ人懐っこい笑みを浮かべて承諾してくれた。それとは違って私は微笑を浮かべ「ありがとう」とか「よろしく」だなんて言わずにやっぱり淡泊な返事をして再び黒板に書かれた文字をうつしだした。彼も椅子を引いてもとの体制に戻る。

晴れて私たちは付き合うことになった。ロマンチックもくそもないだって?知ってるよそんなこと。そもそもこの感情すら何なのかわからないのだから。



その日彼が一緒に帰ろうと話しかけてきた。帰りのHRを済ませて鞄に机に詰め込まれていたノートだけを取り出す。教科書は重いから学校に置き勉だ。こんなクソ重いもの全部持って帰れってほうがおかしい。だいたい教科書がこんなに分厚いのがおかしい。前の席の彼も同じように鞄に必要な教材だけをつめこんだところだった。

一緒に教室を出て、玄関をくぐりぬけ、学校の外に出る。空は真赤な夕日のせいでオレンジ色に染まっているし、カラスがカーカー鳴いている。まさしく夕方。特に手を繋ぐわけもなく付き合った初日でそれは早いか?そう思った私はちょっと距離をおいて彼の隣りを歩いた。昔は男は前、女は後からしおらしくついていくのが常識だったらしいがその常識も昔。今や女のほうが力があることもある。時間の流れってすごい。

ぼーっとしながら彼の隣りを歩いていると彼の足がぴたりと止まったので私も合わせるようにして足を止めた。


「どっか飲食店寄っていい?」

「いいよ」


飲食店の立ち並ぶ道路を歩きながら私たちはとある飲食店に入った。学生に定番の安くておいしい料理の出るお店だ。すでに私たち以外に同じような年の学生さんたちがたくさんいた。店員に人数を言って窓際の適当な場所に座る。私の前に彼が椅子を引いてそこに腰かけた。

実のところそこまでお腹は空いていなかったりする。が、それを言うわけにもいくまい、私はメニューを見てふむと片手を口の前にもってきて悩んだ。これはどうも癖らしい。彼ももう一つのメニューを見て悩んでいた。

ふと視界に入ったデザート類に目がいく。キャラメルプリン…プリンでも食べようか。最近食べてなかったしなぁ。


「何注文するか決まった?」


私は早々とプリンにすると決めてしまったので目の前で悩んでいる彼に視線を移す。うーんと眉間に皺をよせて本気で悩んでいる彼をみてくすりと笑ってしまった。視界に店員さんを呼ぶ呼び出しボタンがあるけれど私だけ勝手に注文してしまうわけにもいかないのでじっと彼を待つ。


「これと、これ、どっちがいいと思う?」


彼がメニューを私に向けて聞いてきた。カルボナーラとタラコスパゲティを指さすものだから「え、これ私選んじゃっていいの?」と内心思いながら「じゃあこれ」自分が食べたいものに忠実に指を差した。タラコスパゲティの方である。


「たらこかぁ…いやでもカルボナーラもなぁ…」

「ちょっと、結局決まらないんだったら私に選ばせるな!」

「ふはは」


彼がふざけたように笑いながら呼び出しボタンを押す。決まったのだろうかしばらくたつとハイハイと近寄ってきた店員さんに視線を向けた。


「ご注文は?」

「えー、タラコスパゲティを一つ。そっちは?」

「キャラメルプリンで」


店員さんは注文を聞くと急いで戻って行った。この時刻は人の出入りが多く、忙しい時間帯だ。他にもいろいろと仕事があるのだろう。

店員さんの去っていく後姿を見た後に私は机に肘をついて体を少し前に乗り出した。


「結局タラコスパゲティにしたんだね」

「まぁ、どっちでもよかったし」

「ちょっとちょうだい?」

「あー、言うと思った。お前学校でも食い意地はってるからな」

「うわー黙れ」

「ははっ」


彼の笑う顔をみて無邪気に笑うなーと素直な感想が出た。だからといってものすごく子供らしさがあるわけでもなく、その成長期独特の細長くなりはじめた輪郭とか、セットしているんだろう少しくしゃっとした髪とか、大人に近い色気というものも滲み出ている。

普通の女の子ならこんな仕草とかでもドキリとするんだろうな。瞼を伏せながらそう思った。残念ながら今の私はそんな風に思わない、いや、思えなかった。普通の恋する女の子と大分感性が違っているのだと自分でも気づいた。ドキリとするような場面でドキリとも思わない私の心臓。別に恋愛感情が欠落しているわけでなく、もっと変わったところでドキリとしてしまうのだ。


「なぁ」

「ん?」

「お前さ、何で急に付き合うとか言い出したわけ?」

「あぁー…っと、何で、だろうね」


いつの間にか真剣な顔になっていた彼と目が合う。いろんな意味でドキリとした。「ただ漠然とそうしたいと思っただけ」だなんて言えるわけもない。とりあえず曖昧な返事をするとなんだそれはとでも言いたそうな顔をされて困った。正当な理由を求められると答えることができない。


「脱、処女。みたいな?」

「は、はぁあ??!!」


あ、面白い反応。冗談なのに。

顔を真赤にして大きな声をあげる彼に「お客さんに迷惑だよ」と告げるとおとなしくなった。まさかここまで大きく反応してくれると思わなかった。予想外。

それでもまだ顔が真っ赤な目の前の彼は口をぱくぱくさせている。


「おま…、そんなこと、おま…、」

「馬鹿か。冗談にきまってるじゃん!」


あまりの呆け顔が耐えきれずに私はぶはっと噴き出した。どんだけ純情少年だお前は。と突っ込みたい。「ふざけんな!」ってちょっと怒った彼にさらに笑いがこみ上げてきてお腹を抱えて笑った。あーおもしろい!


「で、結局お前が俺と付き合おうと思った理由はなんなんだ?」


落ち着いた彼が再度同じような質問をしてきた。くそ、また話が戻ってしまった。どうよけ切ろうか考えているうちに近くまできた店員さんがテーブルの上にキャラメルプリンとタラコスパゲティを置く。わぁおいしそう。スプーンを手にとりプリンを一掬い。甘いプリンにキャラメルがほろ苦くて実に美味だ。

スパゲティを食べようとしている彼を見て頬杖をつきながら、理由、どうしようかなと思った。馬鹿正直に言えるものか。彼の性格なら怒るというよりも、呆れられる。別に問題はない、でもなんだか私が嫌だった。本当は傷つくんじゃなかって思った。表には出さずに内心で、軽蔑されるんじゃないかとも思った。仕方のないことだが、それを受け止められるほど私も人間が出来ていない。


「理由、いつか教えるから」


私が一言言うと、ちょっと納得のいかなさそうな顔をして「そう」と承諾してくれた。思ったよりあっさりした性格なんだなって初めて知った。


「これからよろしく」

「はいはい」


適当に答える彼を微笑しながら見つめて、そのあとガラス越しに見える空を見た。今は夕方。空はあふれんばかりの、オレンジ。









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