彼女しか見えない男爵子息
学園の卒業式後のダンスパーティー。バルコニーで1人、婚約者であるサファイアを見つめていたシャーロットは決意した。もうこの関係を辞めようと。彼女は今日も楽しそうに高位貴族の男性たちと踊っている。彼女は美しい。黄金の髪、紅玉色の瞳、そして豊満な胸。男なら誰もが見惚れてしまうだろう。しかも侯爵家出身だ。そんな僕も幼い頃からずっと彼女のことを慕っている。それに比べて僕はどうだ。平凡な容姿、爵位も男爵、学業もこれといって目立つものはなかった。
最初は誘われれば誰でも踊る彼女に嫉妬した。なぜ僕以外の男と踊るのか、止めてくれ。しかしいくら言っても聞かない彼女の態度に段々と諦めていった。彼女は僕の為になるからと言うが、あんなに楽しそうなのに、僕と踊る回数は減るばかり、ついに今日は1度も踊らず終わってしまいそうだ。
「おめーの彼女今日も男侍らせてんなー」
腐れ縁のジェイコブが近づいてきた。
「もういいよ、きっと彼女は僕と一緒にいるのがつまらないんだろう。所詮、親が勝手に決めた婚約者だ。このままズルズル行くのでもいいと思ったがそれも辞めようと思う」
僕は項垂れる。今まで何もしてこなかったワケではない、彼女の気を引こうと色々と試してきた。だがそれも全て空回り、僕にはサファイアどころか女性の気を引くことができないのだろう。ほら、また彼女は別の男性と踊りだした。もう我慢なんてしない、この場で宣言しよう。
「ジェイコブ、僕がこれからする事を応援してくれるか?」
「無理だなー。根暗くんよ、変なとこで決断するのは止めといた方がいいぜ?結果がどうなろうと後悔するぞって最後まで聞いてないか」
そうか、彼は応援してくれないか。それでも行こう彼女の元へ。
「サファイア聞いてくれ。もう我慢できない、君との婚約は破棄しよう」
彼女は笑った。何故笑った?そんなに僕の発言はおかしかったか?これでもずっと悩んできたんだ。もうこれ以上君の事で頭がいっぱいになるのはたくさんだ。
周りがざわつく。興味深そうに周囲の目が向く。彼女を取り囲んでいた男性陣も僕の方をまっすぐ見る。
「何故、あなたとの婚約を破棄しなければいけないの?第一この場で宣言するようなことでは無いでしょうに。場所をわきまえて下さいな」
彼女は呆れたように言った。その後何事もなかったかの様にまた男性達と踊り始める。
「ほら、今後悔してるだろ根暗くん。とりあえず家に帰って酒でも飲もうぜ」
ジェイコブに肩を支えられながら帰ることにした。もう彼女は置いていこう、どうせ楽しんでるんだ。僕がいても邪魔なだけだ。そんな時
「あのー、良かったら一緒に私もお酒飲みたいです」
知らない女性だ。あんな事があったすぐに声を掛けて来るとはすごい度胸だ。ジェイコブを見ると頷く。
「君の名前は?」
「ルビーです。実は前から話してみたいなーとか思ってたりして……というよりもよく声かけてたんですよ?」
そうだったのか、そんなことにも気づかない程僕はサファイアのことしか見えてなかったんだな。周りの見えてなさに苦笑する。もう一度だけサファイアを見ると何故か目が合った。何かを訴えてきている気がした。
少し考えたが目が合ったくらいでなんだ。僕は気にせずルビーも連れて飲みに行くことにした。
飲みに行ったまでの記憶はある、しかしその後の記憶がない。とりあえず家にはついたみたいだから問題なかったのだろう、詳しいことはまたジェイコブに聞くか。そう思い居間へ行くとサファイアがいた。
「おはよう、といってもすでに正午を回っているわ。昨日はお楽しみだったのかしら?」
「ああ、それなりに楽しんださ。それより君が何故ここにいる。昨日婚約破棄しただろう?」
「あんな急に言われても無理ですよ。第一婚約破棄されたら私が嫁ぐ先が無くなります」
平然と言ってのける彼女に腹がたってくる。
「いつも男を侍らせておいてそんなことはないだろう?立ってるだけで寄ってくるんだ。君はすぐにでも見つかるさ。逆に心配なのは僕の方さ、あんなところで破棄をしたんだしかも見るからに嫉妬で。まあ一生独身でもいいけどね弟もいるし」
彼女は音もたてずカップを置いた。
「心配なら私と結婚すればいいじゃない。そうすれば家督も継げるし私のコネも使える良いことだらけ。何か問題でも?」
私のコネと言ったところが引っかかる。彼女は侯爵家だそれはサファイアではなく彼女の父、そして祖父や先祖の方々が作ってきたものだろうに
「実家の権力が自分のモノだと?ふざけた事を言う。それは君自身の力ではないだろう。傲慢だ」
「私と昨日踊っていた男性達との関係は立派なコネですよ?あなたは私ばかり見るから親しい友人もできない、ついてきてくれるのはジェイコブくらいじゃない。そんなんじゃ結婚した後に苦労するのは目に見えてるわ。だからあなたの代わりに動いていたのよ。ちなみに昨日一緒にお酒を飲んだルビーは私の友人よ。いつも私のいる場でお酒を飲まないと思ったらあなた酒乱だったそうね、今朝彼女の家を訪れた時に聞いたわ。」
まさかルビーが彼女の差し金だったとは気づかなかった。昨夜のことは全く覚えてない為何を喋ったのかわからず、冷や汗をかく。
「ちなみに大声で私への愛を叫んでいたそうよ、あと別れたくないとか。そんなに後悔するなら言わなければよかったのに……ジェイコブに忠告されなかった?」
そういえば宣言する前に言われてたような……というか何故怒られているんだ。婚約破棄しただろう?したよな……
「あと婚約破棄を宣言しても正式に我が家に通達してくれなければ意味がありません。そもそも両家で話し合うことなのです阿呆ですか」
彼女がため息をつく。
「もうちょっとしっかりしてくれないと旦那様として見れませんよ?私も本当は家でノンビリしたのですから。これからはあなたが動いてくださいね?分かったら湯浴みしてくる、酒臭いわよ。シャキッとする!」
「はい……」
スゴスゴと湯浴みに行く僕の後ろ姿を見て彼女は微笑んだ。
後日ジェイコブに話したところ、だから後悔するって言っただろ?あと酒場の弁償代立て替えといたから払えよと笑われることになった。
短編次作品投稿しましたので読んでくれるとうれしいです
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「冬の雨」
あらすじ
放課後いつものように期限ギリギリの宿題を仕上げる彼の前には彼女がいる
雨が降りだした空を見上げた彼は1年前の出来事を思い出す