BeforeStory3,龍を呼ぶ笛
「バサッ」一冊の本が床に落ちた。それは、見たことのあるものだった。しかし陽菜子はまだ、それが何なのか理解していなかった。
「伝説の書…」
菅野がポツリとつぶやく。Jonyが眠りについてから行方が分からなくなっていたその本が、目の前にあるという状況に驚きを隠せていない様子だった。
「これがあの…伝説の書?」
陽菜子はその本を拾い上げて首をかしげた。
「ああ、ごめんごめん。」
そう言って手をだし、受け取ろうとしたのはあの男だった。
「なんでおまえが…」
俊介は不思議そうに男に訊ねた。その男は、つい最近ここに来たばかりのはずだった。男は陽菜子から伝説の書を受け取り、話し始めた。
「一昨年の11月24日、俺は兄貴に呼ばれて急いで日本に戻ったんだ…
「静が死んだ…」
久しぶりに聞いた兄貴の声は死んでいた。でもそれ以上に驚いた。ショックだった。動揺を隠せない俺に兄貴は続けた。
「これ、おまえに持っといてほしい。」
兄貴が差し出した本の表紙には「CRAZIAN」と書かれてあった。俺はその本を知っていた。でも実際に存在するものだとは思ってもいなかった。
「これって、伝説の書…なんで…」
さらに動揺した。驚きが続き、頭がおかしくなりそうだった。
「俺、生きて帰ってこれるかわかんねぇから。」
そう残し、兄貴は去って行った。なにがなんだかわからなかった。でも、追わなければいけない。霧で見えなくなりそうな兄貴の背中を。それだけはわかった。そして、話を聞かなければいけないと。そう思ったとき、兄貴が立ち止り俺の方を向いた。そして言った。
「心配すんな、たぶん死なねぇよ。おまえは師匠んとこ戻って修行続けろ。一人前なったら戻ってこい!」
最後の言葉が聞こえたとき、兄貴の姿はもうなかった。
…ってことで、俺が兄貴から預かって、中国で大事に保管してたってわけ。」
男の下手な芝居が長かったが、あの日の話だったので誰も突っ込むことができなかった。話が終わってしばらくの間、シンとしていたがとうとう我慢できなくなり俊介が口を開いた。
「長いよ、話。最後の一文だけでよくなかったか?あと、そんな劇いらねえし。」
「は?泣けただろ。感動のストーリーだったよな?」
陽菜子は、男に話を振られて戸惑った様子だった。というより、正直この男が苦手だった。
「う、うん。まあまあかな。」
返しが難しいその返事に、また黙ってしまった。この男が来てから静かな時間が増えた。いや、もっと前からなのかもしれないが…そんな中、俊介が菅野の方を見ると、菅野は机に向っていた。
「何してんだよ、アモン。」
俊介が菅野に呼びかけた。アモンというのは、アーモンドの略だ。別に菅野がアーモンドを好んでいるわけではない。ピーナッツが苦手なのだ。元々は好きだったのだが、ここに来てピーナッツを食べ過ぎ鼻血が止まらなくなったことがあった。ここにはJonyが好きだったアーモンドとピーナッツしか置いてないため、それからはアーモンドしか食べなくなった。なので俊介は「アモン」と呼ぶようになった。しかし、アーモンドも食べ過ぎたら鼻血は出る。アモンがまた鼻血を出すのも時間の問題かもしれない。
「なんか落ちてた、笛かな?」
振り返ったアモンが見せてきたのは、小さな笛だった。
「あ、それも俺だ。」
声の主はもちろんあの男だった。
「おまえ、もの落とし過ぎだろ。」
俊介は笑いながら突っ込む。
「この笛吹いても、音出ないんだけど。なにこれ?」
アモンはそう言って、笛を男の方に投げた。男はそれを受ける。
「で、それなに?」
男は俊介の質問を無視して笛を吹き始めた。
「ぷすぅぅぅぅ」
しかし、音は鳴らない。聞こえるのは息の音だけ。
「おまえも吹けねえのかよ。」
俊介はそう言って笑った。男はまだ笛を吹こうとしている。
「結局、それなんなの?」
陽菜子の声で、ようやく吹くのをやめた。そして答えた。
「龍を呼ぶ笛。これ吹いたら龍が出てくんの。」
そう言って、男はニコッと笑った。




