10,バケモノズ
11月22日、渋谷事件の事件について、日本警察ではなくFBIのミスだと報じられた。11月23日、FBI本部は「クレイジアン対策秘密本部」の存在を世間に発表するだけでなく、アメリカ、ロシア、イギリス、スペイン、中国など計29ヶ国に設置。そして、日本の本部には長官の「William・White」が捜査に加わることとなった。
「それにしても長官が捜査に加わるなんて前代未聞っすよね。」
杉山が話しかける相手は一人しかいなかった。この本部に日本人は二人しかいなかったからだ。他のメンバーとも、話せない事はなかったが近藤と会話することがほとんどだった。
「世界政府が動き出すのも時間の問題かもしれんな。」
そのときだった。見覚えのある、白い面をかぶった男が入ってきた。
「なぜ、入ってこれる!」
この面に唯一見覚えがない長官が叫んだ。たしかに、ここの警備は超厳重だった。しかし、この男にかかればここの警備を潜り抜けることなど朝飯前だった。
「11月24日、今日は満月ですね。まあ、そんなことはいい。私は今日の昼、勝負に出ます。JOKERのアジトに突入します。そこで提案があります。一緒にJOKERを倒しましょう。」
白い面の男はそう言い、右手を出した。
「断る。おまえと手を組む気はない。だいたい、菅野は本当にクレイジアンなのか?すべておまえのシナリオじゃないのか?」
長官が何か、言おうとしてるのを無視して答えた。しかし、近藤はいつもと違い、落ち着いているようにも見えた。
「菅野さんがどうであれ関係ない。前にも言いましたよね、多少の犠牲は覚悟してくださいと。この計画の目的は人間を守ることではない。クレイジアンをこの世界から消すことです。貴方達が手を組む気がないのなら結構です。ですが、私がFBIを指揮することもできるということもお忘れなく。ですよね、長官。」
長官は今しゃべっている、白い面の男の正体がわからなかった。
「では、失礼します。」
白い面の男は「K」と書かれた紙を残し、出て行った。
「ざまぁ、K。新たに盗聴器つけたことまで把握できなかったか。」
JonyはPCで何かを見ている。
「盗聴器?捜査本部にですか?」
菅野は驚いた。まさか、入ることさえ難しい本部に盗聴器?
「ああ、前につけてたのは全部外されたからな。今日の朝、もう一回行ってきた。ほら、聞いてみるか?」
菅野はJonyに言われるがままにイヤホンを耳につけた。そこからは、久しぶりに聞く声が聞こえた。そして、彼らは菅野のことを人間だと信じていた。菅野はJOKERに連れ去られた日のことを思い出していた。
「ほら、鏡。」
そう言って、渡された鏡。そこには、月を見ている自分の「赤い目」が映っていた。
「大丈夫だよ。ほら。」
兄さんは、ハンカチも差し出してくれた。涙が出ていることに気が付かなかった。
「俺がこの世界を変える。人間とクレイジアンが共存できる世界に。」
「昼にはKが来る。急ぐぞ。」
Jonyは荷物をまとめていた。
「急ぐって、どこにっすか?」
一人だけ、荷物をまとめていなかった菅野は急いで立ち上がった。
「二つ目の家。」
「こんにちは、Kです。Kさん。」
暗いトンネルの中声が響く。
「なんだ。俺を殺しにきたのか?」
似たような声。しかし、別の口から発せられた声。
「違いますよ。例の計画が進んでいるか確認しに来ただけです。後、万が一のときのことを伝えに。もし私に万が一のことがあったら、私の代わりに人工知能があなたに指示をします。しかし、それを鵜呑みにしないでください。ハッキングされている可能性もないことはないです。まあ、今できる限りの万全の対策はしていますが、相手はJOKERです。私の計画書からかけ離れている内容の場合は従わなくても結構です。いや、従わないでください。では、計画の成功を祈っています。」
そう言った声はだんだん小さくなっていった。足音と共に。
「万が一のこともある、静と一緒にここに残ってくれないか?俊介。」
Jonyと菅野は全身真っ黒の服を着ていた。そして、「俊介」Jonyは初めてその名前を呼んだ。
「知ってたんですか、僕の名前。」
俊介は口をOの字にしている。
「アホづらやめろ。じゃあな、行くわ。」
そう言ってJonyは出て行った。それに菅野もついていく。
「まさか、Kのアジトの金を盗むって。でもKって、なんか悪いことしました?」
そう言って俊介は笑った。その時だった。「プルルルル、プルルルル」携帯が鳴った。
「あ、すいません。出ていいっすか。」
そう言って俊介は電話にでた。
「俊くん、助けて…助け…あなたは誰だ?あなたもクレイジアンか?」
電話の相手がいきなり変わった。しかしその声は、俊介にとって馴染みのある声だった。
「親父…親父?何してんの!その子は、その子は俺の大切な人なんだ!」
俊介は電話に向かって叫んだ。いや、父親を向かって。
「こいつはクレイジアンだ。おまえの誰か知らんが、こいつは実験台になる。じゃあな、俊介。プー、プー、プー。」
そう言って電話は切れた。俊介はその場に崩れ落ちた。
「あんたのお父さんって?」
静はその電話を見て言った。
「FBI捜査官、近藤茂明。クレイジアンを絶滅させようとしてる…で、親父に彼女が捕まった。」
俊介の目も声も死んでいた。殺される、殺される。俊介はその恐怖でいっぱいだった。
「行きなよ、彼女さんとこ。私は大丈夫だから。」
静はそんな俊介を見たくなかった。だから笑顔で言った。
「行きなよ、早く。待ってるよ。私、いつも一人だし。大丈夫、Jonyが心配性なだけだって。」
ほらほらほらほらと言うように、俊介の背中を押した。
「ありがとうございます。」
そう言って俊介は急いで出て行った。
「怪盗JOKER、横浜方面に向かっています。」
静かな本部のなか、一人の男が声を上げた。
「Evanさん、何かわかったんですか?」
杉山はEvanが日本語が下手だと知っていた。なのに気づかなかった。日本語をスラスラと話す彼に。
「はい。念のため、菅野に発信機をつけていました。その菅野が動きだした、ということはJOKERと一緒の可能性が大きいかと。あと、この部屋につけられていた新たな盗聴器を外しておきました。JOKERが今朝つけたものと思われます。」
Evanは杉山の質問に答えた後、こう続けた。
「あと私は、Evanじゃない。Calebだ。」
杉山はCalebの言葉に息が詰まりそうになった。Calebとは、世界政府の秘密スパイ組織SSS(Secret・Security・Spyの略)の中でも四天王と呼ばれる超エリート四人組の一人。驚かないはずがなかった。
「正体を明かしたので、もう好きなことを言わせてもらう。あなた方は頭が悪すぎる。なのに、あの事件の責任を全て、Kに押し付けた。あの手紙はJOKERが送ったものだと考えなかったのか?JOKERなら、Kと全く同じ字が書けないにしても、誰かに書かせることぐらいできるはずだ。KはJOKERと共に行動していた。理由は手紙。本部に初めて連絡してきたとき、やつは手紙で連絡をしてきた。その理由はハッキングされないため。しかし、そこからはPCを使い本部との連絡をとっている。ということは、Kは手紙を送ってきた後、JOKERとなんらかの形で接触したと考えられる。そして、ハッキングされないタイミングを見て連絡をとってきた。だから逆にJOKERは一回目の手紙しか知らない。手紙にはJOKERに知られたくないために手紙にしたと書いてあるが知られることを想定して書いてあるように見てる。JOKERは手紙のことしか知らないので渋谷事件のときも手紙で送ってきた。Kはそれに気づいてほしっかったんだろう。あなた方はKに全て責任を押し付けているが、それは違う。」
みんな黙って聞いていた。誰一人、Calebの話に口を挟まなかった。
「ほう、あの渋谷事件はJOKERが仕組んだもので、それに気づかなかった私たちの責任だと。そう言いたいのか!」
かなり低い声。近藤だ。近藤が外から帰ってきた。
「それ以外、言いたいことがあると思うか?まあ、いい。ところで、Kの目的を教えてやろう。やつの目的は、世界政府を潰すこと。それ以外にJOKERの近くにいながら殺さない理由がない。」
皆、Calebのことを天才だと思った。近藤以外は。
「そんな話を聞いているんじゃない!渋谷事件のとき、おまえが…そのことに気づいたおまえが言えばよかったんじゃないのか。」
近藤は一歩も引かなかった。しかし、この男も引かなかった。
「もう一つ、教えておく。伝説の書のこと。その研究をするため、あの事件には触れなかった。しかしそのおかげで、伝説の書に関する全てことがわかった。今の持ち主も。この計画の目的はクレイジアンを消すことなんだろう?なら、このぐらいの犠牲、どうってことないよな。」
そう言ってCalebは伝説の書について話し始めた。
「バタン!」勢いよくドアが開き、俊介が入ってきた。
「ちゃんと来れたのですね。まあ、場所をこちらからお伝えしましたもんね。お待ちしてました。」
俊介の彼女の身柄を確保していた人物は、近藤ではなかった。その男は白い面をかぶっていた。
「おまえは…誰だ?親父はどこだ?」
俊介は混乱していた。自分の目の前にKが立っている。わけがわからなかった。
「Kですよ。あなたのお父さんになりすましました。声はもとから入手していたので。」
Kはそう言うと、俊介の彼女に銃口を向けた。
「やめろ!」
俊介は飛びかかっていく。俊介の足がKの銃をとらえた。銃が飛んでいく。銃を失ったKに、俊介は殴りかかった。しかしKは、それをかわしながら、俊介の顔に蹴りを入れた。俊介がぐらつく。Kはそのまま俊介の腹を殴った。俊介は血を吐いた。もうとても立てそうになかった。それでも俊介は、Kにもう一度殴りかかった。今度は俊介の拳が、Kの頬に殴りを入れる。そして、Kの頭に頭突きを食らわせた。両者の頭からは血が噴き出していた。
「Kの…言うとうり…でした。やはり…あなたを呼び出しておいて…よかっ…た。」
Kは息切れしながらそう言い、千鳥足で扉の方へ向かった。俊介は急いで彼女を縛っていた縄をほどく。
「大丈夫?ごめんね、ごめんね。なんか血が塩っぱい。」
笑って泣きながら謝る俊介の血は、優しい塩の味がした。
「泣くか、笑うかどっちかにしなよ。」
そう言って彼女は優しく微笑んだ。
「俺が見張りをしとく。だからおまえが盗みに行け。誰か来ても、絶対俺が食い止める。」
JOKERの声はいつも以上に力強かった。
「わかった。」そう言って菅野が奥の部屋に進んだときだった。
「手を上げろ、怪盗JOKER!おまえ一人か?菅野はどこだ!答えろ!」
JOKERは一瞬にして、銃を持った男らに囲まれた。
「知らねぇよ。あいつとは一緒じゃねぇ。」
JOKERは手を上げて答えた。
「とぼけるな!一緒にいることはもうわかっている。」
後ろから男が出てきた。Calebだった。
「だったらなんだ?」
JOKERの声はまだ力強かった。
「殺す。それだけだ。」
Calebがそう言った瞬間、男ら全員が銃を構えた。
「殺れ。」
Calebのその一言でいっせいに銃声が鳴り響く。銃弾がJOKERめがけて飛んでくる。それも、全方向から。
「やべぇな、これ。」
JOKERはできる限りの銃弾を防いだ。避けれるものは避け、避けれないものは掴んだ。しかしいくらクレイジアンでも、後ろからの銃弾はどうしようもなかった。初めのうちは避けれていたが、徐々に体に銃弾が食い込んでいく。しかし、銃声は止まらない。
「バタッ」
とうとうJOKERは倒れた。
「なぜ…なぜクレイジアンは…殺されなければ…ならない。」
もうJOKERの声に力はなかった。
「バケモノだからだよ。生まれてきたことすら罪なんだよ、おまえらバケモノは!」
Calebの笑い声が、広いKのアジトに響き渡る。
「俺たちクレイジアンを…バケモノ扱いして…次々と殺していく…おまえら人間の方が…よっぽどバ…バケモ…ノに…近いせ…生物な…んじゃ…な…いの…か。」
JOKERの声に強さはなかったが、強い意志が感じられた。
「ほざくな、バケモノが。トドメを刺せ。」
その声が響く前に、スピーカーから声が響いた。
「Kです。今から1分後、もしくは銃声が聞こえた瞬間にこの家を爆破します。皆さん、さようなら。」
このタイミングで、K。JOKERもFBIも同じことを思った。
「撤退するぞ。ここが爆破すればこいつは死ぬ。俺たちがトドメを刺す必要などない。」
声の主は近藤だった。
「なぜだ?トドメを刺せ。爆破が本物かわからないだろ!これでJOKERが生き延びたらどうする。一人だけ残ってそいつがJOKERと共に死ね!」
Calebがそう言ったときには、撤退が始まっていた。
「私たち、FBIはあなたの指示は聞けない。私たちは長官の指示にのみ従う。長官、指示を。」
近藤は長官に呼びかけた。
「撤退しろ!」
広いアジトに、長官の声が鳴り響いた。
その陰で電話する男に気づくものは、誰一人いなかった。
「何しに来たの?村瀬。どうしてここが…」
静の声、そして足はガクガクと大きく震えていた。
「盗聴してたんでしょう。なら、私がここに来ることもわかっていたんじゃないですか?二つ目のアジトに来るとは思ってませんでしたか?」
村瀬は不気味に笑った。
「指示に従ってもらえれば、何も手を出しませんので。」
そう言って、村瀬はアーモンドを一つ口に入れた。
「何よ…指示って。」
静は壁まで後ろに下がった。
「まず、伝説の書をこちらに渡してください。」
もう一つ、口にアーモンドを入れた。
「それは、無理。従えない。」
静は恐怖と闘っていた。でも、Jを守りたかった。約束したから。
「残念です、そうですか。じゃあ、さようなら。」
村瀬はそう言いながら、銃をポケットから出した。静の足がガクガク震えてる。ガクガクどころじゃなかった。死ぬのが怖かった。でも…それでも伝説の書は渡せなかった。村瀬は引き金に指をあてた。そのときだった。「プルルルル、プルルルル」村瀬の携帯が鳴った。
「使用人さん、なんですか?」
村瀬には使用人が使用人がいたんだ。静はそんなことを考えていた。もうすぐ死ぬというのに。
「JOKER の居場所がわかった?はい、はい、今すぐ行きます。」
村瀬はそう言って電話を切った。
「急用が出来てしまいました。お楽しみは残しておくことにします。それでは、さようなら。」
村瀬は走って出ていった。静の、張り詰めていた緊張の糸が一気に切れた。そして、その場に座り込んだ。しかしすぐに立ち上がると、イヤホンとマイクを付けた。
「J、J、聞こえる?J!」
静の通信の相手はなかなか出なかった。まさか…静は余計なことは考えないことにした。
「もしもし、静さん。兄さんが!兄さんが大量出血で…どうしよう。」
相手はすぐにわかった。
「待ってて、俊介をそっちに行かせるから。あいつ、一応医者だから。それより、そっちにKが向かってる。私ができるところまで食い止める。でも、俊介が着くまで粘れるかわからない。だから、そのときは菅野くん。頼んだよ。」
静は無線を切ると、すぐに俊介へ電話をした。そして、車に乗った。
「Kです。貴方が四天王の中の一人だったとは。貴方のせいでFBIが動かなくなり、計画が崩れました。死んでもらいます。あ、それと近藤さん。JOKERがクレイジアンだということは公表しないで下さい。急ぎの用があるので、では。」
「バキュン」銃口から煙が立つ。そして焦げ臭いにおいが広がった。Calebは血を流して倒れた。
「おい、K…何してる…」
近藤はかなり動揺していた。自分の目の前で四天王が一人死んだ。
「何度も言わせないでください。急ぎの用がありますので、では。」
近藤が何か言いかけたときには、もうKの姿はなかった。
「お客さん、乗りますか?」
タクシーの運転手は男に向って話しかける。
「はい、乗ります。でも…運転手さん、あなたは降りてください。」
そう言って男は、運転席から運転手を引きずり降ろした。
「お、お客さん!」
運転手がそう叫んだとき、もうタクシーの姿はなかった。
「JOKERさん、大丈夫ですか?」
菅野の必死な呼びかけでJOKERは目覚めた。
「あい…つらは?」
JOKERの声は耳を澄まさなければ聞こえないほどの小さな声だった。
「僕がKの声を使って、追いはらいました。でも、Kがこっちに向かってます。でも、僕のせいなんです。僕に発信機がつけられていました。僕が発信機をつけられたせいで…」
菅野がそう言ったときだった。「シュン」刀が走る音がした。と、同時に菅野の髪が2、3本切れた。菅野は後ろを振り返った。
「誰だ…まさか、K?」
菅野の髪を切った男は、白い面をつけていた。
「K様の使用人です。怪盗JOKER、覚悟!」
そう言って、使用人は刀を振りかざした。菅野は、腰に差してあった短剣を抜いて言った。
「兄さん、少年Aさんがも少しで来る。それまで待ってて。使用人さん、僕が相手です。」
「ああ。」というJOKERの返事とともに、使用人は菅野の足めがけて、刀を走らせた。菅野はそれをジャンプしてよける。そして、短剣で使用人の顔を切りつける。「ブシュ」使用人の頬から血が噴き出した。そのまま菅野は、使用人の手を蹴った。使用人が持っていた刀が飛んでいく。刀を拾いに行こうとする使用人の腹に、拳を食らわせる。使用人が咳き込む。たぶん、面の中で血を吐いているのだろう。使用人がぐらついた、そのときだった。
「菅野さん!すいません。」
俊介と女が一人、入ってきた。
「兄さんを頼む!」
菅野がそう言って前を向いたときにはもう、囲まれていた。
「貴方が強すぎたので、援軍を呼びました。かかれ!」
使用人の合図とともに、数十人の男らは菅野に飛び掛かっていった。そして使用人は姿を消した。菅野は使用人が落とした刀を拾った。
「私も戦ってくる。」
俊介と一緒に来た女はそう言って、菅野の方へ走って行った。
「私もクレイジアンだから、少しは力になると思う。」
菅野は、そう言った女に短剣を渡した。女は俊介からもらった短剣とあわせて二本の短剣を両手に握った。
「いくぞ!」
菅野の合図で二人もいっせいに飛び掛かっていった。「キン!キン!」金属音が響く。使用人に比べて、彼らは弱かった。いや、相手が悪かったのかもしれない。なんせ、相手はクレイジアン。
「少年Aさん!兄さんは?」
菅野がそう言ったときには、男らは全員、気絶状態だった。
「あと少しで何とか。でも、出血が…」
俊介の口から弱音が出る前に、JOKERの弱々しい声が聞こえた。
「K…Kが来る。あと…少しで…」
車に乗った静は何かを決意したような顔をしていた。そして、思いっきりアクセルを踏んだ。「ブゥゥゥン」車は猛スピードで走っていく。
「菅野くん、聞こえる?Kは?」
静はマイクに向かって話した。
「し…静、なにし…なにしてる。」
イヤホンから弱々しい声が聞こえた。
「J、大丈夫?ケガは?」
静は車の中で声を上げた。
「だから…なに…してる?」
JOKERの声が途切れ、菅野の声に変わった。
「静さん、菅野です。兄さんは今、包帯で応急処置をしてもらってるところです。でも、出血がなかなか止まらなくて。」
静は、そんな状態でよく意識があるなと感心する。
「Kは?まだ、来てないよね?」
静は焦っていた。もう一度アクセルを踏みなおした。
「はい。でも、もう少しって。」
菅野の声まで弱々しく聞こえた。そのときだった。一台のタクシーが見えた。運転席には見覚えのある後ろ姿。村瀬、いやKだ。なぜあんなに遅いのかわからないが、とりあえず追いつき、静はホッとした。
「ごめん、ちょっと切るね。」
そう言って、思いっきりアクセルを踏んで、クルマをとばす。そして、静の車はタクシーと横に並んだ。Kはまだ、気づいていない。「キー、ガシャン」静は右のKの乗っているタクシーにクルマをぶつけた。Kが静に気づく。タクシーは右へ曲がった。JOKERのいる方とは反対方向だった。しかし静も、それについていく。両車は、一本道へと入っていった。静はスピードを上げ、前にいるタクシーにぶつかりに行った。しかし、タクシーもスピードを上げて逃げる。静はそれを追いかけた。タクシーは右へ、左へと曲がっていく。静もそれについていくように、曲がっていった。時速は200キロを超えていた。静の車は、JOKERが改造したものだから丈夫だったが、静自身がGに押しつぶされそうになっていた。一方タクシーは、Kは大丈夫だったが、車本体が今にも壊れそうな状態だった。しかし、両車は一歩も譲らず、とばしていく。「ブルルルン」タクシーから音が鳴り、そのまま左へ曲がった。静も後ろを追って左へ曲がったそのとき、「ブァン」という破裂音と、ともにタクシーが粉々に粉砕した。静の車も急ブレーキをかける。しかし車は止まらず、タクシーに突っ込んでいった。「ガッシャン」大きな音がする。タクシーから煙が上がる。
「静、静!おい、静!お…いしず…静!」
静のしているイヤホンから音が漏れる。小さく、でもとても力強い声。
黒い煙の中から一人の男が出てきた。ホコリまみれの服をはたきながら。
「JOKERさん、聞こえますか?Kです。残念ながら、静さんはがれきに埋もれてしまいました。」
Kは落ちていたマイクを拾って、口元にあてて話す。
「何を…静に…何をした!」
JOKERは叫べるような状態ではなかった。でも、力強い声だった。
「今からそちらに向かいます。楽しみにしててください。」
そう言ってKは、マイクとイヤホンを捨てた。そして、一歩を踏み出そうとしたとき、何かが足に絡み付いて歩けなかった。
「なんだ?」
Kが下を向くと、静がKの足に絡み付いていた。そして、静は落ちてきたマイクとイヤホンを拾った。
「俊介くん、あとどのくらい?菅野くんはいる?」
そのマイクに話しかける。
「静…何を…やっ…やってる。やめろ!」
返事をしたのは俊介ではなく、JOKERだった。
「J、黙ってて!ねぇ、俊介くん!」
叫ぶ静の手を振り払おうとKは足を振り回す。しかし静は、決して離さなかった。
「まだ…出血が止まらなくって。立てるような状態ではありません。今、菅野さんと僕の彼女は使用人とかいう人達と戦ってます。」
俊介はマイクに向かって話しながら、針と糸でどんどん縫っていく。もう、包帯だけでは処置ができなくなっていた。麻酔を使わず、糸と針で処置をしていた。新人といっても星宝総合病院の医者、高速で手を動かしていく。菅野と俊介の彼女は、移動用の車を取りにいっていた。もう、Kを止めれるのは自分しかいない。静はそう思った。
「離して下さい、静さん。せっかく生き延びた命、無駄になりますよ。」
Kはポケットから銃を出した。そして、静の方へ向けた。しかし静は何も言わず、Kの足に絡み付いて離さなかった。
「本当に撃ちますよ。いいんですね。」
Kは引き金に指を置く。そして…
「さようなら。」
「バキュン」銃声が鳴り響いた。その銃声はJOKER達にも聞こえた。
「おい、静!お…い!何…してる!逃げろ!」
JOKERは叫んだ。全力で叫んだ。傷口がどんどん開いていく。しかし、そんなこと彼には関係なかった。
「逃げ…ない。逃げたらJが…」
静の声と意識は薄れていく。しかし、その手だけは離さなかった。
「しぶとい人ですね。もう一発、喰らいたいのですか?」
目の前にいるKの声より大きな声がイヤホンから聞こえる。
「俺なんかいい!いい…から…逃げろ…って!おい!聞いてん…のか!静!」
JOKERの声が静の体全身に響く。それでも静は何も言わず、Kの足に絡み付いて離さなかった。いや、涙で何も言えなかったのかもしれない。ただ、Kの足を離さなすことはなかった。どんなに涙で手が濡れても。
「では、死んで下さい。」
Kが二度目の引き金を引いた。
「バキュン」
「静!」
銃声とイヤホンからの声が同時に響いた。
「Jのこと…守るって…言ったから。爺の代わりに。だから、逃げ…て。最後に…一つ…だけ。ずっと…大…好き…だっ…た…んだよ、ジェ…J…の…こ…」
「バタッ」そこまで言って静は息を引き取った。
「おい!死ぬな!おい!静!」
JOKERは泣き叫んだ。大きな声で泣き叫んだ。そのとき…
「応急処置、終了しました。行きましょう、帰りましょう。菅野さん達が車、用意してくれてます。」
俊介は言った。そして、JOKERは立ち上がった。
「Kのところへ行く。Kのところへ。」
JOKERは涙を流しながら、そう言って出口の方へ歩いていった。
「ダメです!今の体じゃまともに戦えません!」
俊介はJOKERを引き止める。しかし、JOKERの決意は固かった。
「静の仇とらなきゃいけないんだよ!静が殺されたんだぞ!」
JOKERは俊介を振り払った。そして、歩いていく。俊介はそれを追っかけた。そして、もう一度引き止める。しかし、またJOKERは振り払おうとした。「パチン」俊介がJOKERの頬を叩いた。
「静さんはあなたの為に…これじゃ静さんは無駄死にじゃないですか!あなたを逃す為に最後まで食らいついたんですよ、静さんは!今のあなたじゃ、勝てない。静さんは、あなたにKに勝ってほしいなんて思ってない!あなたに、生きていてほしい。ただそれだけなんです!」
俊介は、泣きながら引き止める。JOKERはその場に崩れ落ち、地面を叩いた。床にはひびが入り、目からは涙が止まらなくなる。足元には室内にもかかわらず、大きな水溜まりができていた。
「しっかり寝ていてください。」
俊介は言う。そこは二つ目の家だった。玄関にはKから盗んだ金が置いてある。そして、JOKERはベッドで横になっていた。おとなしくはしていたが、JOKERの気持ちは落ち着いていなかった。静…そんなことばかり考えていた。
「これ、これ見てください!」
菅野は伝説の所に挿んであった封筒を見つけた。その封筒を開けると、手紙としおりと手ぬぐいが一枚ずつ出てきた。
時計は11時を指していた。きれいな満月は雲に隠れてしまっている。肌寒い11月の終わりの夜。風は音を立てていた。
「待ってましたよ、JOKERさん。」
暗い地下に、二人の男が立っていた。
「待たせたな、村瀬。」
暗闇の中、男らの声だけが響く。
「私を殺しに来たのでしょう。10年前と同じですね。」
村瀬はそう言って笑った。笑い声が響く。
「10年前?何のことだ?」
JOKERは問いた。
「とぼけないでください。10年前、クレイジアンの存在が世間に公表されるきっかけとなった事件。大山家、殺害事件。覚えているでしょう?」
村瀬は続ける。
「あのとき、貴方が死刑台に送ったクレイジアンは、私の兄です。」
JOKERは唖然としていた。知らなかった。
「あのときもこの場所で、爺とおまえの兄貴が戦った…だからなんだ?俺には関係ない。」
JOKERは表情を戻した。
「私が言いたいのは、そんなことではありません。バケモノの分際で、裁きを下す貴方が気に入らない。」
村瀬の表情も変わった。目がつりあがり、睨みつけるようにJOKERを見る。
「だからって…だからって、俺以外のやつを殺すのは違うだろ!」
JOKERの叫び声が響き渡る。
「はい、違うと思います。しかし…バケモノの分際が私の兄に、いや、今や人間にまで裁きを下す。バケモノは生まれてくること自体が罪なんだよ。その罪人…いや罪を犯したバケモノが、悪人の金を盗んで…闇のヒーロー気取りか?違うよな、ただの偽善者だよ。」
村瀬の話し方が変わった。理性を失っているようにも見える。
「バケモノ?俺は、クレイジアンはバケモノなんかじゃない。」
JOKERの静かな声はとても強い意志を持っていた。
「バケモノだろ、どう見ても。俺は昔、バケモノである自分が嫌いだった。死んだ方がましだと思っていた。大山家のやつらに奴隷あつかいされ、バカにされた。そんな俺に神が舞い降りた。そして俺は、人間となった。クレイジアンとして生まれてきた罪も償っている。クレイジアンを殺す事でな。」
そう言って村瀬は、ナイフを取り出し、構えた。
「俺を殺して罪滅ぼしか?笑わせるぜ。」
JOKERも構えた。その瞬間、村瀬がJOKERに飛び掛かる。JOKERはナイフをよけ、村瀬の後ろに回った。そして肘で、村瀬の背中に一撃。村瀬も攻撃を喰らいながら、JOKERの頭をナイフで切りつけにかかる。JOKERはそれをしゃがんでかわす。しかし、かわし切れず額から血が噴き出す。村瀬はそのままJOKERの頬を蹴る。「ダン!」JOKERが壁にぶつかる。昼に負った傷口が広がり、俊介に巻いてもらった包帯がはがれ始めた。
「今の貴方では私に勝てない。傷が治ってから来るんだったな。まあ、その勇気をたたえ、最後に一ついいことを教えてやろう。本物のKは、私ではない。私はLiamという、ただの人間だ。しかし本物のKを殺し、Kになった。」
Kはナイフを捨て、銃を取り出した。JOKERは倒れたまま動けない。
「そこまでして、なぜ…Kに?」
JOKERは息を切らしながら問いた。
「愛だよ、愛。愛に飢えていたんだよ。世間からクズ扱いされ、次々に消されていく。クレイジアンは誰だってそうだろ。Kになってからは周りから尊敬され、私を天才と呼んだ。最高だよ。貴方もそうだろ。表の世界で、ヒーローになろうにもなれない。だから闇のヒーローとして愛される道を選んだ。私たちは似てるんだよ!表向きの理由がクレイジアンを滅ぼすためか、人間とクレイジアンが共存できる世界に変えるためかの違いだけで、真の目的が世界政府を潰して、新たな世界を創るってところも同じじゃないか。」
Kは続けた。
「私と貴方のたった一つの違いは、人間かクレイジアンかの違いのみです。まあ、その違いが一番の差なんですけどね。人間は神の創った最高傑作、神に一番近い生き物。それに比べてクレイジアンは、汚らわしいバケモノ。貴方たちバケモノの罪の量刑を知っていますか?死刑です。バケモノは人間に裁かれる運命なんですよ。」
Kはそう言って、JOKERの額に銃口を突きつけた。
「バケモノはおまえだよ。クレイジアンも人間もバケモノなんかじゃない!本当のバケモノは、俺ら一人一人、一匹一匹の心の中にいる。全員に、平等に。そして、そいつ自身がバケモノになるときは、そいつが、心の中のバケモノに負けたときだ。おまえはそのバケモノに負けたんだよ!」
JOKERは大声で叫んだ。同時に、唾と涙が飛び散った。
「それじゃあ、貴方も同じですね。」
そう言って、Kが引き金に指をあてたそのとき、アナウンスが鳴った。
「K、前に言ってましたよね。この計画の目的を。人間を守るのではなく、クレイジアンを殺す。私もそのとうりだと思いました。なので、この部屋ごと爆破します。」
近藤の声だった。Kが驚き、銃を額から離したすきにJOKERはKから離れた。
「近藤さん、まさか…」
Kの声と地面が震えだした。そのときだった。窓から雲に隠れていたはずのきれいな満月が顔を出した。それを見たJOKERの黒目が赤に染まっていく。
「ドカーン!」
二人を地下の一室に残したまま、その部屋は爆発した。
「近藤さん、電話。日本警察からです。」
杉山は電話の受話器を近藤に渡した。
「日本警察がなんのようだ?こっちはJack dayが近いから忙しいっていうのに。」と言いながらも、近藤は電話に出た。しかし、電話の内容は驚くものだった。
「えっ!はい、わかりました。ありがとうございます。」
近藤が電話を切ると同時に杉山は訊ねた。
「なんて言ってました?」
近藤は真剣な表情をして答えた。
「盗みの現場にJOKERカードがあったそうだ。俺たちも向かうぞ!」




