私はここにいる
・・・どうやら、先を越されたようだ。
俺は暗視ゴーグルの調整つまみを廻した。
目の前の闇が
人間の形に光って見える。
残存する体温が赤外線として、
空気に影響を及ぼしているのだ。
敵は二人組らしい。
形勢は俺にとって不利だった。
こちらは、相棒をトラップで失ったところだ。
しかし、何があったにせよ
”あれ”を他国に渡すわけにはいかなかった。
もしそのようなことにでもなれば
世界のパワーバランスが崩れてしまいかねない。
それだけのポテンシャルを
”あれ”は秘めている可能性があった・・・・
我々の手に入らなければ、
破壊せよ。
それが指令だった。
奪取か破壊。
どちらにせよ、
急ぐ必要がある。
事は
口で言うほど
容易くはなかった。
この遺跡自体が迷宮になっている上に
各国のスパイどもが
そこら中にトラップを設置している。
まったく
余計なことをしてくれたものだ。
俺は慎重に闇の中を急いだ・・・
事の発端は一年前にさかのぼる。
カンチェンジェンガの西峰、
ヤルン・カン山頂近くで
巨大な地下遺跡が発掘された。
しかし、
この一大発見は
世間に知られることはなかった。
初期調査の結果、
人類の遺構ではなかった事が判明したのだ。
地質調査と放射年代測定によって
建造年代が判明した時、
学者連中は発狂しかけた。
遺跡が建造された時期。
それは。
約7300万年前。
白亜紀後期、
ヒマラヤの造山運動が始まった頃だったのだ。
そのころ
人類の祖先たちは
巨大な爬虫類の影に怯える
小さな虫食いネズミにすぎなかった。
そんな時代に
誰がこれほどのものを創ったというのだ。
造山運動の計り知れない圧力にも
7000万年を越える時の流れにも耐え
まるで昨日出来たかのような
精緻で、
壮大な地下都市を。
迷路を成す構築物の素材は
未だ人類が手に入れてない物質だった。
あらゆる分析を拒んだ。
どのような手段を用いても
破壊出来なかったのだ。
欠片さえ分析にかけられなかった。
このままでは時を虚しく浪費するのみだ。
調査団は決断した。
迷宮の奥深く進むことを。
選りすぐりの7人が出発してから
三日後。
彼らは謎のメッセージを残して
消息を絶った。
それは、
ーか、彼が、
彼が!・・・
という、
チームリーダーの叫びだった。
無線はノイズを残して沈黙した。
ーここはまだ
生きている。
それは人類への脅威だった。
触れてはいけないものはある。
人類がいまだ手に入れていない知識。
法則。
そして、
力。
ここの秘密を得た者には
すべてが手に入るかもしれないのだ。
漏れない情報は無い。
数日を経ずして、
遺跡は
各国情報機関員が跳梁跋扈する
静かなる紛争地帯と化していた。
そして今。
生き残っているのはどうやら二人だけだ。
俺と、あの国の機関員。
ウラジミールと呼ばれる男だが、
本名は誰も知らない。
凄腕だった。
ヤツを出し抜いて、
核心に迫らなければならない。
ヤツの張った罠を咬み破り、
逆に罠を仕掛け。
いったい
何時間、
いや
何日たったことだろう。
突然。
空間に出た。
通路に反響していた音が消える。
何も聞こえない。
暗視スコープは
何の影も映さない。
後ろを見れば
入ってきた通路がうつろな口を開けていた。
その時
”イメージ”が 空間を震わせた。
ー☆?”_)
衝撃が俺を貫いた。
パニックに陥りそうになる。
あまりに巨大な意志。
怒濤のごとき力。
ひとつの『意志』が
俺に触れようとしていた。
ーこれは
精神の許容量を超えて流れ込む意識。
俺は崩壊しそうになる おのれ自身を
かろうじて現実世界にとどめていた。
膨れあがる無意識
はじけ飛ぶ自我
その時。
すべてを理解した。
俺は涅槃の安寧の中にいたのだ。
その時
調和の世界を
かき乱す音が響いた。
「核を仕掛けた。
助かりたければ逃げろ」
ウラジミールの声が
俺の陶酔を破ったー
気がついた時、
俺は
消え去ったヤルン・カン山頂を
麓から仰ぎ見ていた。
俺はあそこで真理を聞いたのだ。
あれは
あそこにいたのは
『彼』
だったのに。
・・・人はもう救われない。
人類は真実を知る機会を
自ら断ってしまった。
そのとき
背後に気配が生じた。
ウラジミールが決着をつけに来たのだろう。
「撃つなら撃て、ウラジミール」
振り返りもせずに俺は言った。
もう、どうでもよくなっていたのだ。
どうなろうと知ったこっちゃない。
どうせ人類は真実に触れぬまま 滅びる。
深い絶望が俺を包んでいた。
その時、圧倒的な存在感と共に深いバリトンが響き渡った。
「案ずるな。。。
私はここにいる。