コメディにおけるメロンパンの役割と青春ミステリーのはなし
この物語は青春ストーリーでもなければ、ましてやミステリーなどでは断じてない。とある男のメロンパンへの執着を描いたただのスラップスティックである。
個人的な見解だが、青春ミステリーというジャンルは当たり外れが大きいように思う。まず青春に重きを置くか、ミステリーに重きを置くか、その時点で好みが分かれるのだから書く方も大変だろう。
恋愛の進展の種にミステリーを求めるか、ミステリーのスパイスとして恋愛を求めるのか……ちなみに俺はと言えば、推理要素がしっかり筋が通るのであればどちらでも構わないというタイプだ。ただ、もともとミステリー好きであるので、どちらかと言えば後者である。
長々と語ったが、要するにハズレを引いた。昼休み、購買のパンを食べ終え早々に読書の世界に飛び立った俺は、あまりに恋愛要素と推理の粗が目立つその世界に飽き飽きして、現実に引き戻されているのであった。
「ゆーうーきーくんっ」
そんな中、聞こえてきたのはチェス部の先輩の声だった。
ああ、この先輩に関わるぐらいならハズレ小説の世界の方が幾分マシだ。
再び読書の世界に飛び立った俺を気にもしない先輩は、さらに言葉を重ねる。
「なーなー結城ー聞いてるかー?なあ聞けやーおいこらーゆーきー?」
……うるせぇ。
「ああもう何ですか、潮田先輩!俺、忙しいんですよ」
「読書にか?」
「クソみたいな青春ミステリー片付けんのに」
「そんなもん後でええやん!先輩の話聞いてや!」
この先輩は関わると面倒なことにしかならないが、一度絡まれてしまえば相手をするまで放してくれない、どちらに転んでも面倒な人である。仕方がないので話を聞いてやることにした。
「俺のメロンパンがなくなってん!」
「……そうですか、残念でしたね」
購買にパンを買いに行った際すれ違った、挙動不審にメロンパンを頬張りながら『潮田に殺される』と呟いていた桜坂先輩のことは、面倒なので黙っておこう。
俺が読書の世界に戻ろうとすると、先輩は慌てて言葉を続けた。
「購買の安いやつやない。コンビニで買った贅沢メロンパン230円や!」
「……ほう」
それは確かに、必死になるのも道理かもしれない。
先輩はケチだ。自分への贅沢も後輩への施しも滅多にない、それはそれはケチくさい人だ。その先輩が珍しくお高いメロンパンに手を出したというのにそれがなくなったとあれば、それは確かに犯人を探し当てたいと思うものかもしれない。
だが俺には関係ない。
「オイコラ待て話聞く空気醸しといて読書に戻んな」
「……それでなんで俺んとこ来るんすか」
「犯人を見つけたいねん!贅沢メロンパン230円を返してもらいたいねん!」
「あんた一人でじゅうぶんでしょ」
先輩は頭がいい。確か学年主席だと言っていた。
「お前の方が頭ええやん!」
まあ確かに、俺も学年主席であるし、ついでに模試の順位で全国一桁なんてこともあったが。
「……ミステリーの助手というのは、頭のいい馬鹿がやるものですよ」
優しい言葉を使えば、応用力と柔軟性はないけど知識はある人物とも言える。
「ならそれ、俺でええから」
「そうまでして俺を巻き込みたいか」
つくづく面倒な先輩である。
「昼休み、俺はさっそくコンビニで買うた贅沢メロンパン230円とコロッケパン120円と野菜ジュース89円を机に置いて、いただきますした」
「……その『いただきますした』って動詞なんなんすか」
先輩の教室へ向かうため廊下を歩きながら、話を聞く。先輩の言葉回しは少々独特である。
「けど袋を開けようとしたとき、教室の外に呼び出されたんや。相手は向ヶ丘やった」
向ヶ丘先輩は、潮田先輩の隣のクラスの生徒でうちの部長だ。
「内容は今週の活動についてと来週からの試験のための部活動停止について。なんで海崎じゃなくて俺やねんと思たけど、あいつアメフト部と掛け持ちやしなと思って納得した」
海崎先輩はうちの副部長。潮田先輩と同じクラスだったと記憶している。
「そんで話し終えた頃、葉加瀬がやってきた」
葉加瀬は俺からも後輩にあたる一年生で、部内では特に潮田先輩に懐いている。正直俺には理解不能だ。
「で、葉加瀬の相手を終えて席に戻ると贅沢メロンパン230円がない。コロッケパン120円と野菜ジュース89円は変わらずそこにあるのに、贅沢メロンパン230円だけがなくなってたんや」
「……なるほど」
「何かわかったか?」
俺が顎に手をあて考える間、先輩は終始不安そうな顔をしていた。うざい。
「犯人はまず間違いなくうちの部の人間でしょうね」
「なんで!?」
「そりゃあ……あんたのクラスの人はあんたのめんどくささなんて重々承知でしょうし、それはうちの部員もですが、そんな中それでも先輩から贅沢メロンパンを奪おうなんて思うのはどう考えてもうちの馬鹿どもでしょ」
「……なんやめっちゃ失礼なこと言われまくった気ぃするけど置いとこ。つまり犯人候補は、チェス部で俺と同じクラスの海崎、桜坂、俺を訪ねてきた向ヶ丘、葉加瀬ってとこか」
「ですね。ひとりずつ話聞いていきましょうか」
「え?潮田に部活の連絡した後?」
まず訪ねたのは、初めに先輩をメロンパンから引き離す役割をした向ヶ丘先輩だ。
「まっすぐ自分の教室に戻って昼食べてそのまま友達と喋ってたけど」
「それを証明する人物は?」
「まっすぐ帰ったってのは廊下のやつか潮田のクラスの出入り口近くの奴が証明してくれると思うよ。それ以降はこいつらが」
向ヶ丘先輩がクラスメートたちを示せば、彼らは大きく頷いた。
「ふむ、向ヶ丘は潔白っぽいな」
先輩はうーんと唸っている。
「……なあ、お前ら何の調査してんの?」
「俺の贅沢メロンパン230円」
「は?」
説明が面倒だったので微笑んで誤魔化しておいた。
次に話を聞いたのは葉加瀬だ。彼は潮田先輩が教室を出た後も、残って他の先輩たちと喋っていたらしい。
「俺はこっちの校舎来てすぐ先輩に話しかけましたよ。それで先輩が教室に戻ったらメロンパンがなくなってたんだから俺は犯人じゃないはずです」
「証明する人物は?」
「三年の教室に一年が入ってきたらけっこう目立ちますし、先輩のクラスメートの皆さんが証明してくれるのでは?」
それは確かにそうだな。
「葉加瀬もシロ、と」
最後に話を聞いたのが、海崎先輩と桜坂先輩。
ふと思ったのだが、うちの部は何故こうも男だらけなのだろう。
「桜坂と俺は昼休みが始まってからずっと一緒にいたぞ?」
「一緒に飯食ってたしな」
「えーてことは全員アリバイ確定やん」
潮田先輩は不満そうに言った。
「てかなんで部員が犯人の前提だよ?」
「ああ、他のクラスメートも疑うべきじゃないのか?」
……さて、なに食わぬ顔のお二人に、矛盾を突きつけて差し上げようか。
「俺、購買にパンを買いに行くときに桜坂先輩にすれ違いましたけど」
「えっ」
「お一人でしたよね?」
そう尋ねれば、答えたのは海崎先輩。
「そういえば確か、トイレ行くって1回席立ったな、桜坂」
そう言われ、桜坂先輩は目に見えて慌てだした。
「いや、あれはその……」
「確認ですが、海崎先輩はその間ずっと教室に?」
「ああ、俺は一度も教室から出ていない」
あわあわしている桜坂先輩と自信ありげにどっしり構えている海崎先輩。
……ふむ。
「潮田先輩、犯人が確定しました」
「桜坂か?」
食いつくように尋ねる先輩。だが残念、あからさまに怪しい人物というのは大抵犯人ではないものなのだ。
「海崎先輩です」
「貴様か!」
「……何故、俺なんだ?桜坂の方がよっぽど怪しいじゃないか」
このいかにも犯人らしい台詞は素なのか、それとも空気を読んだのか。
「桜坂先輩はひとりで教室を出るまで海崎先輩と一緒にいた。潮田先輩のメロンパンを盗む隙はなかったはずだ。対して海崎先輩、あなたは桜坂先輩が教室を出てからずっとひとりだった。あなただけなんです、アリバイがないのは」
「そもそも、何故部員が犯人だと決め付けるんだ?他のクラスメートのことを考えればアリバイがない奴は何人もいるだろう?」
「……残念な話ですが、実はこんな妙な探偵ごっこをするまでもなく、海崎先輩に会った時点で犯人は確定してたんですよ」
頬をかきながら言うと、潮田先輩からの視線が突き刺さる。
だったら早く言えよと言いたげだが、自分が巻き込んだうえ探偵ごっこにもノリノリだった手前、口に出せないのだろう。馬鹿な人である。
「……どういうことだ」
未だ表情を崩さない先輩の、ズボンのポケットを指す。
「そこから覗く袋は、コンビニの贅沢メロンパン230円のパッケージですね?」
海崎先輩の表情が凍りつく。勝ったな。
潮田先輩が袋をポケットから引き抜く。
「おお、これは確かに、贅沢メロンパン230円の袋や!」
「俺、海崎と学校来たけどコンビニなんて寄らなかったぜ」
落ち着きを取り戻した桜坂先輩がそう言うと、海崎先輩は肩を落とした。
「すまなかった。どうしても食べてみたかったんだ。潮田のだしいいかと思った」
「最後の一文おかしない?」
「つか俺に迷惑かかるんでやめてください」
「結城もひどない?」
潮田先輩が涙目になっていく。めんどくさい。
「まあ、なにはともあれ万事解決ですね」
「海崎、明日ちゃんと買ってきぃや、贅沢メロンパン230円!」
「わかってる……」
解決モードに向かう先輩たち。だが俺にはまだ残された謎がひとつ。
「桜坂先輩、なんで挙動不審にメロンパン頬張りながら『潮田に殺される』とか呟いてたんですか?」
「結城……なんでそれ最初に言わんかってん……?」
「言ったら先輩、桜坂先輩を犯人と決めてかかるでしょう。実際犯人は別人だったしいいじゃないですか」
胡乱な目でこっちを見やる潮田先輩は適当に流しておく。
「超結果論やん……それ協力すんの決まった時点で言っとくべき情報やん……」
「というか、桜坂先輩が持ってたの、確か購買のメロンパンでしたし」
まだブツブツ言ってる潮田先輩は無視で、桜坂先輩に向き直る。
「で、どういうことなんです?」
「そ、れは……」
明らかに潮田先輩から目を逸らしながら桜坂先輩は言った。
「俺、潮田からCD借りてたんだけど、昼休みに返そうと思ってかばん見たらその……ケースが割れてて、潮田特にお気に入りだって言ってたやつだったからどうしようって思って……」
「おう……そんなことかいな……」
そう呟く潮田先輩の顔からは『事態をややこしくしやがって……いや、いい奴やねん。いい奴やねんけどな?』という心情が簡単に察せられた。
「ごめん、潮田!今月は小遣いないけど来月!絶対弁償するから!」
「あーええよ、中身無事ならケースぐらい」
「ほんとか!?」
桜坂先輩はあの素直さといい人っぷりでよくうちの部でやっていけるものだな……ふと、そんなことを思った。
「海崎先輩も少し見習ってみたらどうです?」
「え、やだよ。俺があれを見習ったら世の中がどれほど生きにくくなると思う」
「……まあ、それは俺や潮田先輩にも言えることですが」
やはり桜坂先輩はうちの部では特殊な人種であるらしい。
「潮田先輩」
先輩に声をかけると、どうやら桜坂先輩の対応に困っていたようで、嬉々としてこちらに振り向いた。気持ち悪い。
「そろそろ昼休み終わるんで、さすがに帰ります」
「おう、付き合うてくれてありがとうな」
「お礼はsakuragiのチョコケーキでいいですよ」
「高級ブランドやんけ」
図々しい後輩やわと呟く先輩の隣をすり抜ける。
「それなりに楽しかったですよ」
そう言って微笑めば、先輩も諦めたように笑った。
現実は推理小説のように緻密に作られてはいないものである。だがそれで構わない。何せ、この物語は青春ミステリーなどでは断じてなく、ただのスラップスティックであるのだから。
おわり




