第六話 『ギア』新入隊員
あれから三ヶ月が経った。
私の脚の怪我も完治し、今は戦闘訓練を続ける毎日である。最初こそ過酷なものだったが、今はもう、いろんな意味で普通だと思えてきた。そう…いろんな意味でだ。
私は武器として、銀弾の入った2丁拳銃を渡された。戦闘服も用意してもらうなど準備は整う。
前に叔父が言っていた通り、『ギア』には戦闘部隊があり、そこのエージェントともいえる人達から学ばせてもらっていた。
「そろそろ休憩にするか。」
ふとそんな囁きを耳にした。その直後に「終わっていいぞー。」と言う声がした。
訓練は毎回、ホテルの後ろにいつの間にか出来た広場で行われていた。広場と言っても整備なんかされていないので、休憩するときは毎回ホテルに戻らなければならなかった。
(これも1つの訓練…なのかな。)
そう思っていた時、突然誰かに肩を掴まれた。振り返ると、そこには1人の女性が立っていた。ただ、女性といっても、高校生なのだが。
「咲子ちゃん、お疲れ。しっかり休んで、また頑張ろうねっ。」
明るく話したその人の右手には、スポーツドリンクのペットボトルが握られていた。
彼女の名は、日野夏美。『ギア』の戦闘員で先輩に当たる。
そして…私の恩人。
3ヶ月前、道路で倒れていた私を見つけ、『月船ホテル』へと運んだ…。夏美さんから聴いたことだった。夏美さんは『ギア』の創設時、父親が所属していたらしく、その縁あって隊員になっていると言っていた。元々から所属していたと聴いたときは驚いた。
驚いたといえば…あと3つ程思い当たる事があった。
1つは、あの赤羽先生も『ギア』に所属していたことだ。調査のため、中学校の教師としてこの町に来たらしい。『世を忍ぶ仮の姿』…とはまさにこの事だろうか。そんな実情に愕然としてしまい、心のどこかで恐怖を感じていた。だが、それを言うならば、叔父や夏美さんだって同じことだった。叔父は博物館の館長として、夏美さんは普通の高校生として、今まで過ごしてきた訳なのだから。それを思うと、不思議とあの恐怖心も消え去った。
2つ目、それはこの『月船ホテル』が『ギア』の本拠地であること。前に叔父に、普段は立ち入り禁止の場所に連れられ、そこに広がっていたのは研究所のようなものだった。ホテルとして経営している間際、あの場所で超常現象の調査などをしていたらしい。あの時、化け物共の攻撃が続く中で、ここだけが無事だったというのも頷けた。
「ところでさ…、咲子ちゃんの手首にあるのって、リストバンド?」
突然夏美さんが話しかけてきた。私の左腕に着けてあるものだ。
「そうですけど…何か?」
「いや、訓練中にも着けてるから、何か特別な意味でもあるのかなーって思って。」
「これは…その…母から貰ったんです。」
それを言うと同時に、私の脳裏には3ヶ月前、再び母と出会ったことが甦っていた。
化け物の軍勢と戦うと決意してから、数時間後。私が寝泊まりしている部屋に母が来た。実に3日ぶりの再会であった。
「日向から聴いたわ。一大決心したみたいね。」
その口調は、冷静だった。怒っているのか、悲しんでいるのか、分からない。自分の首に汗が流れていたのが分かった。こんな母の姿は…もしかしたら初めて見るかもしれない。もっとも、記憶があったころは、見たことがあるかもしれないが。
「勝手に決めてごめんなさい。あなたにはまだ何も話していなかったというのに…。」
「ううん、気にしないで。実はね…サキが起きる前にも、日向から相談があったから。」
「え…叔父さんから?」
「そうよ。最初は私も驚いたけど、決めるのはあなた自身だからって思って。」
この話を聴いた時、呆ける事しか出来なかった。ここまで言う人だとは思ってもいなかった。普通なら断固拒否しそうだったのだが。
「私は…行きます。皆の足手まといにならないように頑張ります。」
「分かった。でもね、もし諦めそうになったら、お母さんや日向に相談したりしてね。あなた、いっつも1人で抱え込むもの。」
その一言が、今でも頭に焼き付いている。こんなにも頼れる人が母だとは…。いつかまた感謝する日でも来るのだろうか?そう思っていた時、
「あっ、そうだ。サキに渡しておきたいものがあったわ。」
そう言って懐から取り出したのが、例のリストバンドである。
「日向の所に行っても行かなくても、あげるつもりだったんだけどね。…お守りよ。無理しない程度に頑張って。」
「…! ありがとう…母さん。」
私はその日から、それを左手首に着けるようになった。
「へえ…いいお母さんだね。今度会ってみたいな。」
「この前母が言っていたのですが…。『ギア』で食事作るぐらいの事はすると。だから、いつでも会えると思います。」
「手伝いするんだ!やっぱり司令のお姉さんは違うなあ。」
2人でそんな話をしていた時だった。突然後ろから、アイツの声がした。
「姉ちゃん、そう言うけどさ、実際はマジで怖えーんだよ。お前が記憶無くしているから、心配しているだけだって、今は。」
「…水を差さないでくれるか、サク。それよりも、戦闘服に着替えて、随分上機嫌じゃないか?」
「うるせえ!それもこれも姉ちゃんが余計な事するからだろ!!」
アイツこと、サクが喚いている中、更に乱入者が来る。
「あー、サクってそういうの人のせいにするんだ。成程…ムフフフ…。」
「気持ち悪いな…。ユリ、何なんだよその笑い方。」
「笑い方は関係ないでしょ。ねえ、ショウ?」
「え!?あ…ぼ、僕もそう思います…。」
ユリとショウも加わった事により、だいぶ状況が混乱していた。
私が驚いた事3つ目…。それは、『ギア』にこの3人も仲間入りを果たした事だ。この3人が決意を固めたのは、私が『ギア』に加入したその直後である。
私はもちろんのこと、叔父もこれには驚きを隠せていなかった。数10年前の時にも、素人が『ギア』に加入するという事はあったらしいが、私達のような年齢が一気にというのは極めて異例だったという。
だが…3人の意志は強かったと叔父は話していた。このような事態が起きたのも、生半可ではない、ちゃんとした理由があったのではないかと思っている。
ユリとショウは、戦いはあまり出たくないといい、本部で簡単な治療や、あの歯車の調査や化け物の研究など、いわゆるサポートをすると言っていた。
一方サクは、私と同じく戦闘部隊に所属し前線に立って戦うと決めたらしい。今のこいつの腰には一本の刀が携えられていた。
混乱している最中、1人の男性がこちらに向かって来るのが分かった。戦闘部隊の上官である。
「夏美、室井司令から招集がかかった。…その姉弟を連れてロビーへ。」
姉弟…恐らくじゃなくとも私達の事だろう。サクも気付いたようだ。
「咲子ちゃん、咲夜くん。行こう。」
夏美さんは、微笑んでいた。でもどこか、冷静さが垣間見えた。
ロビーに着いた時、他にも7、8人くらい隊員がいた。私達と同じようにして叔父に呼ばれたのだろう。
奥から足音がする。どうやら、来たようだ。
「皆、揃ったな。早速だが16番街道にて、6人ほど民間人がいると通報があった。君たちにはそこにいる全員を救助してもらいたい。もちろん、あのモンスター共の始末も忘れないようにな。」
一通りの説明があった後、叔父が私達の元に来た。
「今回、お前ら2人にとっては初めての任務だな。状況に応じて行動しろ。無理だと思ったら退け。分かったな?」
「…っ、はい!!分かりましたぁぁぁ!」
サクが勢いよく返事をした後、叔父が私に、「ちょっとこい。」と耳打ちした。何があるのか分からないが、とりあえず行くしかなかった。
「何の用ですか?」
「俺がさっき言った16番街道…あそこから、あのオルゴールの歯車の反応があった。」
「なっ!?本当ですか!?」
それは、私の記憶に関わる情報だった。だが、叔父の表情が曇っていた。
「ああ、だがさっきも言った通り、無理はするな。目的を達成したら1回戻ってこい。あれは…『歯車の幻獣』は手強いからな。」
「…?」
私は、ロビーを後にし、外に出た。よく分からない言葉も出てきたが、それは夏美さんに聴いておこうかな。
「モンスターは、いわゆる雑魚みたいな奴だね。この周りにいるようなの。で、歯車の幻獣っていうのは、咲子ちゃんの持っているオルゴールの歯車に宿っているモンスター。結構強いみたいだよ。」
夏美さんが、化け物もといモンスターとの激戦をしている中で、教えてくれた事だった。私が質問をした矢先にこのモンスター達が現れて、今に至る。
私も拳銃を使い何とか戦っていた。サクはというと、とりあえず刀をぶん回してモンスターを斬っている。
やがてモンスターが全滅すると、着けているイヤフォンから、赤羽先生の声がした。
『皆さんお疲れ様です。目的地まであと1キロメートルありますが、油断しないで頑張って下さい。』
赤羽先生は、オペレーターを務めており、ここに来るまでもかなりサポートしてくれていた。
目的地まで、ひたすら走る。3ヶ月にわたって訓練してきたおかげか、遠くから走り続けても息切れすることが無くなってきた。
「もうちょっとで16番街道だよ。もう少し…えっ?」
夏美さんが突然立ち止まった。他の隊員も同じように立ち止まっていた。
「な…何なんだこれは…?!」
全員の表情は、驚愕に満ちていた。私も目の前を見たとき、その光景に衝撃を受けてしまった。
私達の目の前には、本来あるはずのない、森林があった。