第五話 終わりと始まり
…お願い、まだ生きて…。
死んじゃイヤだよ…生きて…あなたは生きて…。
「…うっ!?」
目が覚めた。私は…まだ生きている…!?
これはどういうことだ?まさか…夢だったのか?息もしている、鼓動も感じる。じゃあ、やはり夢?
だが、私の仮説は、すぐに消え去った。わずかだが、身体に痛みが走ったのだ。そして私は、辺りを見渡す。何だろう。ここは、私の部屋でもない、病室でもない、どこかだった。
「一体…これは…。」
そうつぶやいた時、ドアが開いた。そこにいたのは…意外な人物だった。
「あ…赤羽先生!?」
ますます訳が分からなくなってしまった。この場所も分からず、そして何故赤羽先生がこんなところにいるのか。考えるだけ頭が痛くなりそうだ。そんな私の様子を見たのか、赤羽先生が尋ねてきた。
「あの…大丈夫?咲子さん、3日間もずっと眠りっぱなしだったのよ?」
「な…3日間!?そ、それよりもどうして先生が…それにここは一体?」
「…そっか。覚えていないよね。ここ、『月船ホテル』っていう場所なんだけど…。」
「月船ホテル…? …!!」
その瞬間、頭に痛みが走った。これは…この痛みは…間違いない。記憶がよみがえる時に起こる痛みだ。だが、変だ。あの時ほど痛みが酷くない。どういうことなんだ…?何か意味はあるのか?そう思っているうちに、私の頭の中で鮮明な映像が流れ始めた。
制服を着た少年少女達が、高くそびえる建物の前に集まっていた。この制服は、私の通っている中学校の制服だった。そして…目の前にいたのは、私とユリだった。
「職場見学って言っても、私達さぁ…小学校のころ来たことあったよね。」
「そうだっけ?全然覚えてない。」
「来たことあるってば。まあ、この近くにスタジアムとかあるし、結構有名みたいだけど。」
「有名…か。だから無駄にデカいんだね。」
「サキ…、それは言っちゃダメ。」
映像が消える。どうやらここまでか。ふと気付くと、赤羽先生が不安げな表情をしていた。
「先生、思い出しました。ここの事。確か、中1の時に、職場見学で来た所ですよね?」
「ええ、そうよ。ここが避難場所になっていて…」
「ひ、避難場所!?それはどういう…!!」
その時、私はもう1つ、あることを思い出した。だがこれは昔のことじゃない。つい最近あったことだ。
「あの…3人は…?」
「えっ?」
「美由里と咲夜と翔太…!その3人は今どこにいるんですか?!」
不安に駆られ、つい大声を張り上げてしまった。先生は一瞬驚いたような反応をしたが、その後落ち着いて、
「大丈夫よ。その3人もここにいるから。あと、あなたのお母さんもいるからね。」
「…!良かった…。」
「落ち着いた?」
「ええ。だいぶ…。」
「そういえば、あなたのお母さんが荷物をまとめて持って来てくれていたわ。そこに置いてあるから、後で確認してみてね。」
そうか…後で母さんに会って、お礼をしないとな。
そう思ったときだった。突然ノックの音がしたのだ。「入っていいですかー。」この声は…サクか?
「いいですよ。」
そう返すと、ドアが開いた。やはりサクだった。
「あっ、赤羽先生もいたのか…。姉ちゃん、大丈夫か?」
「大丈夫だ。少し…脚が痛いけどな。でも気にするな。多分歩ける。」
「そうか。そっ、そんなことより、叔父さんが『咲子が起きたら話がしたい。』って言っていたぜ。」
「叔父さんもここに?待ってくれ、今行く。」
私は、ベッドから飛び起き、廊下に出た。脚の痛みなんて、気にしている暇は無かった。
ロビーにて。中央にドンと置かれたソファーに、叔父は座っていた。
「久しぶりですね。」
「…!咲子か。怪我の方は問題ないか?」
「まだ脚が痛いだけなんですが…。そんなことより、話というのは?」
「…この現状の事だ。まず、外を見ろ。」
「外…?」
意味深な言葉だった故、ホテルの外に出た。
…そこに広がっていたのは、荒廃した街の姿だった。周りの建物は倒壊し、巨大なガレキがそこらじゅうにあった。だが、私が目を引いたのは、周りにいた何かだった。
「あれは…3日前の…!?」
「あの日から、ずっといる。あいつら増えるばかりで困るけどな…。」
いつの間にか、後ろに叔父が立っていた。その後も、叔父は話を続ける。
「ここも襲われた跡がいくつかあるんだが、幸い修復は出来る。ただ…」
「ただ?」
「どのみちあいつらを全滅させないと、この街の復興は難しい。というよりむしろ、戦わなければならないだろうな。」
「戦う…?あの大群と!?」
まさかとは思ったが…、叔父はどうも嘘を吐いているようでは無かった。この人、本気だ。そう思ってしまった。その時、叔父はまた話を続けた。
「実はな、この現状は今に始まったことじゃないみたいでな…。数10年前にも、同じような事があったらしい。」
「あの化け物があふれ出てきた事が…?」
「そうだ。そして、咲子。」
突然叔父が、私の方へと向き直った。その後、思いがけない言葉を口にする。
「俺がこの前渡した、あのオルゴール。アレが関わっている。」
「…えっ?!」
驚きとわずかな恐怖で言葉が出なかった。幼い頃に見たあのオルゴールが、今回の鍵…?
私があっけにとられているのも気にせず、叔父はまた話を続けた。
「俺の父…咲子にとっては祖父にあたるが、あの人が教えてくれた。…もう何年も前の事だけどな。当然最初は信じられなかったさ。頭でも狂ったんじゃないかってな。だが…このような超常現象が起きたからには、本当の事だったと言い聞かせるしかない。実際俺の父は、特務機関に所属し、あの化け物の軍勢と戦っていたからな。」
「ま、待ってください!その…特務機関、というのは?」
「…正確には、『政府直属超常現象調査特務機関 ギア』だ。長いから普通に特務機関か『ギア』で名前が通っているがな。」
「知らなかった…。私が、記憶を無くしているから…というのもあるか。」
「いや、記憶がどうこうの話じゃない。この組織は、政府の裏で動いているようなもの。だから、この存在を知っているのは、政府の役人だけだ。」
「そうですか…って、何でそんなに詳しく知っているんですか?!」
「父さんに教えてもらったというのもあるが、1番は…。」
叔父は一刻、何かをためらっているように見えた。ここまで暴露しておいて、一体何をためらっている?そう思ったとき、叔父は口を開いた。だが、それはあまりにも衝撃的過ぎるものだった。
「俺が『ギア』の総司令だからだ。」
話が終わり、私は再び自分の部屋へと戻った。母がまとめてくれた荷物の件もあったが、それよりも叔父の語ったことを整理しなければならないと感じていたのだ。
叔父は自らの正体を明かした後も、話を続けた。
私の祖父は、3年前に病で亡くなったらしい。その後叔父は、祖父が『ギア』の総司令であった事を知り、今に至るの。ちなみに、叔父が祖父から最後に聴いた事は、「私が体験したことは、いつかまた起きる。その時、お前に渡したあの箱の歯車が消え、この…街は…。」だったという。
私は荷物の入っているトランクを引きずり、中身を見た。奥底に、あのオルゴールが見つかった。私は、希望は感じていなかったけれども、蓋を開く。
「やはり…何も無いか…。」
一瞬だけ、落胆した。だがその後、気持ちが落ち着くような感覚がした。何故か体に力が入らず、ベッドの上に倒れこんだ。
そして、深い眠りに落ちた…。
お願い…戦って。
誰だ…お前は…?
探して…あの歯車を…。
この声…あの時の、少女の声だ…。
早く探して…そうしないと…世界が…。
何…!?それは…どういう…
「…!!」
いきなり目が覚めた。ふと窓の外を見ると、夕日の光が差し込んでいた。いけない。こんな時間まで眠ってしまっていたのか。確か叔父はあの後、「7時にはここにいる全員で夕食をとる。」と言っていた。
私は思わず時計を見た。…6時03分。良かった、まだ心配するほどでは無かったな…。だが1つ、気がかりな事があった。あの声だ。私が目覚める前に聴いた、あの少女の声だ。まだどこか幼さを持った、そんな声。一体誰の声なのだろう?私を知っている人物…だろうな、きっと。あの少女が言っていた言葉…「…戦って。」「あの歯車を…。」「そうしないと…世界が…。」やはり、あのオルゴールが何らかの鍵になるらしい。少なくとも、私の記憶としても…。
ふと私は、ある考えに至った。祖父が叔父に最後に言った言葉。そして、「…戦って。」の意味。まさか…!
居ても立っても居られない。私は部屋を飛び出した。
叔父はまだロビーにいた。いきなり飛び込んできた私の姿を見て、ギョッとしていたのが見て取れた。
「ど、どうしたんだ、咲子。また何かあったのか?」
「叔父さん…1つ質問してもいいですか。叔父さんが渡してくれた、あのオルゴールの歯車は今、あらゆる場所へと散らばっている…違いますか?」
「!そ、そうだ。…いつ分かったんだ?」
「さっきあなたが話してくれた事と、目覚めるまで見ていた私の夢、それらの事から少し考えました。…私の中で、1つの仮説が出来たのです。だから…聴いてもらえませんか?」
私は、叔父を見た。その瞳には、何かの迷いらしきものが映っているかのように見えた。何に迷っている?そう思ったとき、叔父は口を開いた。
「いいだろう。全て聴かせてくれ。あと、その後お前がどうするのかも…な。」
「はい。」
私は、全て話した。話した事は、こんな感じだ。
私は、オルゴールの歯車が無くなってしまった時期と、化け物共が現れた時期があまりにも近く、2つの事柄が起こったのは、とてもじゃないが偶然だとは言いにくいと思った。だが、叔父の話を聴いた時、全て納得した。この2つは繋がっていると。そして、夢の中で聴いた、「探して…あの歯車を…。」という言葉。あの歯車には、幻獣の名前が刻み込まれていた。幻獣と化け物。響きは違くとも、同じような意味合いは持つだろう。もし、歯車に刻まれてあった幻獣が、あの化け物共の親玉、あるいは母なるものだとしたら…非常にまずいことになる。だが逆にこれはチャンスでもあった。この出来事にあのオルゴールが関わっていることは叔父から直接聴いた。そして、あのオルゴールは、私の記憶とも密接に関わっている…。もしも私が、散らばった8つの歯車を全て集めたならば、私の記憶が戻る。そして、あの化け物共も消滅する…。そんな考えに至り、私が出した結論は…。
「…お願いです。私自身も戦うしかないと、思っているんです。」
「な…何だと…!?」
叔父は驚愕していた。まあ…そうだろうな。こんな大人にもなっていない私が、いきなり戦いの中に入れてくれと頼んでいるわけなのだから。
「無茶だ…!いくらなんでも、お前をこの世界の中に入れるわけには…。それに、姉さんにも言っていないだろう!?」
「分かっています!!そんな事ぐらい!でも…」
「でも…何だ?」
「私は…弟と親友を、結果的に巻き込んでしまった。私が自分の記憶を探し求めたせいでだ!!挙句の果てにあんな化け物共とも遭遇したんだ…。」
言うのもつらかった。私の中で、あの記憶が甦っている。それを考えるたび涙が出そうになったが、何とかしてこらえた。でも、それでも、私の意思を伝えなければ…!
「これは…皆への償いでもあるんです。また、大変な目に遭わせてしまうかもしれないけれど、それでも何もしないで生きていくよりは、人のために何かをして死んだ方がマシなんです!だから…」
「ハァ…もういいよ。」
「えっ?」
何が…何がもういいんだ?これに限っては訳が分からん。そして何故か沸々と怒りがこみ上げてくる。叔父に一発罵声でも浴びせてやろうかという気に駆られたが、先に叔父が口火を切った。
「お前の言いたいことは分かったよ。駄目だと言ったところで、何されるか分かったもんじゃないな…。」
「それは…一体どういう…。」
「それに、救助された1人から、お前が傘一本であの化け物と戦っているのを見たって聴いたよ。どうやら勝ったみたいだな。…フフッ」
「な…何がおかしいんですか!?」
「あんな窮地に立たされて、戦おうって意志持つのは、たぶん…お前だけだ。まいったよ。」
叔父はその時、笑っていた。苦笑いに近いようなものだったが。だが、叔父の話を聴いていて、わずかながら希望を感じていた。
「それじゃあ…、私は…。」
「姉さんには話をつけておく。『ギア』には戦闘部隊があるからな…そこに所属するといい。言っておくが、厳しいぞ。」
「…ッ、母さんがいいと言ったならば…やります!!」
「仮に大丈夫だとしても、訓練は怪我が治ってからだ。いいな?」
「はい!よろしくお願いします…!!」
こうして、私の…いや、私達の非日常が幕を開けた。