第四話 日常は突然にして…
今にも雨が降り出しそうな空模様の中。私達4人は、街を歩いていた。
「ヤバいなぁ。やっぱり折り畳み傘持ってきた方が良かったかな…。」
ユリが不安そうに言う。どうせなら私の家にあるものでも貸した方が良かったか。
一方、サクとショウは相変わらず2人で話を続けていた。初対面でこんなにも打ち解けていると、さすがに違和感が出てくる。だが、私の思う事では無いな。実際私とユリも、あの日からまともに会話が出来たのだから、結局はどっちもどっちなのだろう。
そう思っていたとき、突然ユリが立ち止まった。
「何かあったのか。」
「どうしよ…サキの家に筆箱忘れてきちゃった。」
「…まだそんなに離れていないな。一緒に取りに行こう。あと―― 」
「あと?」
「使っていない傘がいくつかあったはずだ。貸してやる。」
「えっ!?そんな、悪いよ…。」
話は置いておき、後の2人は公園で待っていると言っていたので、私とユリは、再び家に戻ることにした。
――数分後、家に着き私の部屋に行くと、そこには何かのキャラクターをモチーフにしたようなものが、床に転がっていた。どうやらアレがそうらしいな。ユリもそうだと言っていた。
サク達を待たせてしまっては悪いな。私達は急いで公園に向かった。
公園に行くと、サクが手を振っていた。全く…そんな事をするまでもないだろう。
私達は再び歩き始める。その時、いきなりサクが声を荒げた。
「お前なぁ、浮かれているからあんな忘れ物とかするんだよ。もうちょっと落ち着けってーの。」
「なっ…!浮かれてなんかいないわよ!!あれは単なる思い付き。あれのどこが浮かれているっていうの!?」
「学校でショウと話してた時も顔ニヤニヤしてただろ。」
「それとこれとは関係ないッ!!」
ああ、止まりそうにないな。こうなるのは毎回お決まりというか…なんというか。
「ふ、2人共落ち着いて下さい。ほら、周りに人とかいますから…。」
ショウが制止に入る。だが彼、だいぶ線が細いようなものだから、吹っ飛ばされないかどうか正直心配だ。
ユリとサクが言い争いを続けている中、私はあるものに目を止めた。
「何だ…あれは?」
人だかりが出来ていた。今日何かのイベントでもあったか?
ともかく、アレが一応気になったので、ショウと共に何とか2人を落ち着かせ、あの場所に向かうことにした。
人だかりの出来ている場所までだいぶ距離があった。早くしないと終わってしまうかもしれない。私達はとにかく全力で走った。寒いなんて言ってられるか。他の3人もしっかりついてこれているようだな。ただ、息切れが少しあるみたいだが。
近づいていくと共に状況が掴めた。人々は何か恐怖を抱いているような表情をしていた。どうやらイベントでは無いようだな。事故でもあったのか?…嫌な記憶しか蘇らない。
さらに近づくと、また異変が起きた。何だか生臭い。近づくたびにどんどん臭いが強くなっていく。この臭い…まるで…。
人だかりの出来ている場所に着いた。あの臭いは相変わらずである。サクとショウは顔を歪ませ、ユリに至っては鼻を手で覆っていた。
騒ぎが大きいな。一体何が起きて…
「うっ!?」
突然ショウが声を上げた。
「どうした?」
「あれは…何だ…?!」
私はショウの指差す方向を見た。
そこにあったのは、残酷、そして異様な光景。
血まみれになった人々が倒れていた。だが…もう生気は無いように見える。
その中で、倒れていた1人を掴んでいた者がいた。だがそれは…恐らく人間じゃない、何か。
背中から蝙蝠のような翼がはえ、こめかみから角のようなものが出ている。肌の色は赤色…それも、もはや人間離れしたような色だった。目は焦点が合っておらず、口からはよだれがボタボタと垂れていた。
凶悪…それ以外にどんな言葉が浮かぶのだろうか。あの姿はまるで…。
悪魔?
「ギャアアァッ!!」
突然の悲鳴。振り返ると、そこには人が倒れていた。そしてそのすぐ目の前には、あの化け物がいた。
まさか、瞬間移動!?いや、それはありえないな。元から2匹いたと考えるのが自然だろう。
だが、私の考えは甘過ぎた。2匹どころじゃない。10匹、20匹…いや、それ以上いる!!
私達はその場から逃げ出した。私達だけじゃない。その場にいた人達全員が逃げ出した。
そこから先はまさしく地獄絵図とでもいうべきものだった。人々の悲鳴が止むことを知らない。
あの化け物は地上はもちろんのこと、空をも飛んでいた。
逃げ遅れた人が次々と襲われ、殺されていく。
どうして、何でこんなことになってしまった?私が興味本位で首を突っ込んだせいで、この3人まで巻き込んでしまった。あの時大人しくショウの家まで直行していれば問題なかったのだろう。だがここまで騒ぎになってしまったのならば、ショウの家に行ったとしてもすぐに気付くはずだ。
ただただ走り続ける事しか、今の私達は出来ない。追いつかれないように、無事な場所まで行くために…。
だがその願いも束の間。私達が最も恐れていたことが起こってしまった。
「! 来たか…っ!!」
目の前にあの化け物がいた。目線は明らかにこっちを見ていた。
「あああ…。どうしよう…?」
ユリの声がした。
確かにそうだ。こんな時どうすればいい?背を向けたら即終了になることは目に見えていた。
だったらもう…アレしかない。こんな状況でしたって訴えられることは恐らくないだろう。
「…逃げろ、3人共。」
「え?」
「今すぐ逃げろと言っているんだ!!ここは…私が足止めする。」
「足止めって…そんな!!サキも一緒に…」
「私の事は気にするな。頼む、逃げてくれ。」
ユリ達はやっと分かってくれたのか、その場から立ち去った。その寸前、サクが振り返り、「死ぬなよ。」と言いそのまま行ってしまった。
私は持っていた傘を構える。まともではない事は分かってはいたが、どっちみち助かる方法は無い。
「…こい、化け物共。」
化け物は全部で5匹。この傘がギリギリ耐えきれるかどうかだな。
1匹が襲い掛かってくる。さっと避けた後、私はみぞおちの辺りに突きを入れる。
「ぐえっ」
化け物が声を上げた。効果はあったみたいだな。だが、まだまだだ。
その後は大乱闘となった。私は傘をぶん回し、時々腹に蹴りを入れたり、そんなことを延々としていた。だがこっちの負傷も酷いものだった。制服の所々から血が染み出している。致命傷にならなければいいのだが…。
最後の1匹の隙をつき、背中に思い切り傘をブン投げた。傘のほねもポールもぐにゃぐにゃになっていた。このぐらい問題ないだろう。
うまい具合に背骨に当たる。私はひるんでいる間にその場を離れた。
走ってからどの位経つのだろう。さすがに疲れてきた。化け物もいないようだったので立ち止まる。
3人は上手くやり過ごしているのだろうか…。少し不安だ。早く行かなければ…。
そんな時だ。私の目の前に、また化け物が出てきた。しかも…私の身長の3倍はあるであろう、一つ眼の、巨人のようなものだった。
「…!!」
言葉が出てこない。汗が止まらない。当たり前だが勝ち目なんてある訳がない!!
私はまた走り始めた。疲労が取れていないせいか、思うほど速く走れない。
1回後ろを向いた。その時、あの化け物が一歩踏み出した。
ズドン!!
ありえない程、大きな衝撃が走った。アスファルトに次々とヒビが入る。私の身体は宙を舞った。
アスファルトの上に私は落ちた。痛い。頭がフラフラする…。
あの巨人のような化け物は、そのまま通り過ぎてしまった。動かなくて良かった…。だがその喜びも束の間、私は頭から血の流れていることに気付いた。フラフラしていたのはこれだったのか。さらに左脚に酷い痛みが走る。骨でも折れているかな…。相当強い衝撃だったからな。…あの化け物共とのダメージが今になってきたか。身体中血まみれになっていることだろう。
私は…本当に不幸な人間だな。親友と喧嘩した果てに、事故に遭って記憶を失って…。そして興味本位で首を突っ込んだらこのザマだ。むしろ悪運が強いのかもしれない。全て思い出せないまま、終わるのかな。それはそれで残念だが…しょうがない。これが私の末路なんだ。サクに「死ぬなよ。」なんて言われたが、守れなかった。私と再会した時には、大声あげて泣くのだろうか。泣く…か。母さんとユリもそんな事になるかな。ユリは「バカ。」だの何だの言いそうだ。ショウには…すまないことをした。あの時私が断っていれば、こんな事にはならなかっただろうな。運命を狂わせてしまった、償いを果たさなければいけないのに、それなのに私は…。…そういえば叔父さんと赤羽先生に会ったのは、最初で最後だった。叔父さんからもう少し話を聴きたかったし、赤羽先生からは私がどんな奴だったかを訊いてみたかった。記憶を失ってからのやりたいことがたくさんあったな。だが…もう無理だ。歩くことなんて出来ない。結局私は誤り続けて、最後の最後に謝り続けて、未練を出していた。だが…最後に祈らせてくれ。
生き延びてくれ…と。
アスファルトが黒く染まり始める。冷たい雨が降り出した。