第三話 転校生とオルゴールの文字
次の日の朝。部活があるため、私は朝早くから家を出た。今私は公園の入り口の近くにいる。
数分後、学校の制服を着た女子が来た。ユリだ。
「おはよー。サキ、いきなり部活出て大丈夫なの?」
「多分…大丈夫だろう。感覚はゆっくりと取り戻すさ。」
だが実際は、少し不安に駆られていた。あの事故があり、同級生が私が記憶喪失になっていると知ったら、どんな反応を示すのだろうか。
そんな事を思っていたとき、ユリが顔を近づけてきた。
「な、何だ?ユリ。どうかしたのか?」
「どうしたも何も…さっき、すごく険しい顔してたよ?何かあったの?」
「いや、何でもない。少し…な。」
「何よ、やっぱりあるじゃん。そういう事は独りで抱え込まないでさ、私に話してよ。」
私は思っていたことをユリに話すことにした。するとユリは何度も頷きながら、
「そうだよね、最初はいろいろと不安になるからねぇ。」
と言っていた。何故か私にはその動作が滑稽に見えたので、思わず吹き出した。
ユリはその時微笑んでいた。
数分後、私達は足を止める。どうやら学校に着いたようだ。
学校に着いた後、私達が向かった場所は音楽室だった。ユリの話では、私は吹奏楽部に所属しているという。
「もう先輩達は引退していて、今は2年生がまとめているんだよ。」
そうユリが説明してくれたとき、1人の女性が私達の元に来た。黒のスーツを堅苦しい程に着こなしており、フレームレスの眼鏡をかけていた。
「あら、美由里さん。咲子さんと一緒に来てくれたの?」
「はい。でも、サキは…」
「大丈夫よ。話は咲子さんのお母さんから聴いたわ。」
「あっ、そうなんですか?良かったぁ。」
「美由里さん、咲子さんと来てくれてありがとね。それじゃあ…」
女性は私の方へと向き直り、
「改めて、この部の顧問をしている赤羽夕奈よ。よろしくね。」
「ああ、よろしくお願いします。」
自己紹介を終えた後、赤羽先生はピアノの方へと向かった。
「ちなみに赤羽先生は、私達のクラスの担任なんだよ。」
ユリがこっそりと教えてくれた事だった。しっかりと覚えておかなければ。
そう思っている間に、赤羽先生が号令をかけた。始まるらしい。私は楽器を手に取った。
部活終了後、私達は教室へと向かっていた。
「大丈夫だったか?その…私の演奏は。」
「心配ないよ。音のズレも無かったし、気にしない気にしない。」
しばらくして教室に着くと、やけに騒がしいのに気付いた。そこに、たまたま通りかかったサクに話を訊くと、
「机が1個多いらしいぜ。教卓のそばにあるやつとは全く違うみたいだけどな。」
「どういう事?サキの机はそのまんまだったよね?」
「ああ、訳が分からん。」
休日の間何かがあったのだろうが、恐らくこのパターンは…。
考えていると、赤羽先生が入ってきた。状況を察した後に、「席に着いてー。」と声をかけた。
だいぶ落ち着いた時、赤羽先生は口を開いた。
「今日いきなりだけど、転校生が来るわ。今、別の部屋にいるから、呼んで来るね。」
簡潔に述べてまた教室から出ていった。その直後、さっきのものとは比べ物にならない程の騒ぎと化した。
「本当に知らせていなかったようだな。」
「みたいだね。てゆうか、私達も知らなかったんだけど。ねえ、サク。」
「まあ…確かにそうだけどな。にしてもここまで騒ぐ必要あるか?」
「…勝手にやらせておけ。」
ちなみにこの騒ぎは、他の先生の注意があっても治まることは無かった。
数分後、赤羽先生が1人の男子を連れて、教室に入ってきた。銀髪で緑色の瞳、あたかもファンタジー小説の主人公にいそうな外見だった。そして、その男子は先生と何かを話してから、自己紹介をし始めた。
「えっと…黒崎翔太です。海外の学校から来ました。よろしくお願いします。」
一礼した後、翔太と名乗ったその男子は、ユリの隣の席に座った。2人して相当な戸惑いを見せていた。
そうして教室の中は、さっきまでの騒ぎが無かったかのように、静まり返った。
時は過ぎ、昼休みになった。私は授業の間、自分で自分のことを散々気にかけていた。何せ記憶を失っているのだ。周りのことも分からず、どうすることも出来ない。いや、これは…私の過剰すぎる考えなのか?私は普通通りにいればいいのか?
そう思っていたときに、突然声をかけられた。振り向くと、そこには翔太と名乗った転校生がいた。
「何の用だ?」
「咲子さんですよね?噂で聴いたのですが…記憶喪失なのだと。」
「確かにそうだが…それがどうした。」
「美由里さんという人に、詳細を訊いた時、オルゴールに英語が刻まれていたと言っていました。そのことなんですが…」
翔太は一呼吸置いてから話を続けた。
「初対面で言うのもなんですが、僕に何か手伝えることは無いでしょうか?」
「手伝えること?…そうだな。」
考えているとき、あの文字を思い出した。『Elf』と書かれたあの文字。他にも似たようなものがあった。だが…あの時私達はまともに読めなかった。もしかしたら、翔太ならば…。
「別に構わんが。」
「…!ありがとうございます。えっと、いつ…」
翔太が何かを言いかけた時、乱入してきた者がいた。サクだった。
「姉ちゃん、何してんの?いきなり転校生と話してよぉ。」
「…っ 別にいいだろう。それに、話しかけてきたのは…」
「ああ、転校生の方からか?お前勇気あるなー。」
「ゆ、勇気っ!?そ、それに、あなたは?」
「こいつの双子の弟の、咲夜だ。よろしくな、ショウ。」
翔太はかなり戸惑っていた。サク…自由すぎるな。やれやれ、後で一発お見舞いしてやらないと。そう思っていた時、翔太が再び話してきた。
「あの…僕は構いませんよ。慣れないといけないところもあるので…。咲子さんも僕のことはショウと呼んで下さい。」
「分かった、ショウ。今日の放課後…来れるか?」
「分かりました。よろしくお願いします。」
時は放課後、場所は私の家になる。
今までの成り行きゆえのものなのか、私とショウの他、ユリとサクもこの場にいることとなった。
私は早速、例のオルゴールを出した。ショウは蓋を開けた直後、懐から虫眼鏡を取り出し、調べ始めた。私達は凝視していた。この間は何の音も聴こえない、静寂に包みこまれた。
――数分後、ショウが何かをブツブツと呟いていたのが聴こえた。その後ショウは私達の方へと向き直る。
「1つは確かに『色』でした。もう1つは…多分、『幻獣』の名前ですね。」
「ゲンジュウ…?何それ。」
ユリが顔をしかめながらそう言った。その時サクが簡素に説明する。
「RPGとかに出てくる怪物とか、召喚獣とかだな。人間じゃない何か。」
「ああ、そういう奴なの?でも…何でこんなものに刻まれているんだろ。」
ユリの言う通りだ。これは悪戯なのか?いや、可能性としては低いだろうな。あの博物館で眠っていたのだから。
「あの…咲子さん。ペンと紙はありませんか?一応書き出そうと思ったので。」
「分かった。少し待っていろ。」
私はショウにそれらを渡した。何分かした後、ショウは私達に内容を見せてくれた。ざっとこんな感じである。
『Green Elf』
『Purple Ghost』
『Yellow Unicorn』
『Pink Succubus』
『Blue Werewolf』
『Red Vampire』
『White Angel』
『Black Devil』
見ている途中でサクが紙を取り上げた。そうして、サクは紙に書いてある、『幻獣』の名前を読み上げる。
「エルフ、ゴースト、ユニコーン、サキュバス、ワーウルフ、ヴァンパイア、エンジェル、そしてデビル…か。全部聴いたことあるぜ。」
「ワーウルフって?」
「狼男だよ。」
不可解だ。意味はあるのだろうか。明日また調べなければならないだろう。今日はもう遅い。
ユリ達もそのことに気付き、帰る支度を始めた。
「そうだ、せっかくだし、ショウ君の家の場所知りたいから、帰るとき皆で一緒に行かない?」
ユリが提案したことだった。ショウは「いいですよ。」と言い、私とサクもOKサインを出す。
母に事情を説明した後、家を出た。
空を見たとき、曇り空だった故、私は一応傘を持って行くことにした。