第二話 歯車の城
カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。私はベッドから出ると同時に、不思議な感覚に囚われていた。
「さっきのは…夢…か。」
幼いころの私の夢。何か記憶を取り戻すきっかけになるだろうか。そんな時、サクの声がした。
「姉ちゃん?起きているなら早く出て来いよー。」
こっちは真剣な考え事をしているのに何という呼びつけだ。いや、こっちの状況なんて知らなくて当然か。
そう思いながら私は部屋を出た。
朝食をとった後、片づけをしているとサクが話しかけてきた。
「姉ちゃんは何か用事とかあんの?」
「今日はユリと一緒に調べ物をするんだ。記憶を取り戻すヒントになるようなものとか…学校のこととかな。」
だが私はこうは言ったものの、すでにヒントらしきものは得ている。さっきの夢だ。あの場所に何かあるはずだと、私は思っていた。
特にあのノイズがかかった場所…重要な意味が隠されているに違いない。
「もう9時だな、私は行く。」
「ユリの家…すぐ近くだろ?そんなに急がなくてもいいんじゃねえのか?」
「早いところ…記憶を取り戻したいんだ。皆に迷惑をかけないようにな。」
そう、迷惑をかけてはいけないんだ。あの時もそうだったはずだ。私が何とか心を入れ替えなければいけなかった…はずなのに。
どうしてこんなことになった?…いや、今更気にしている場合じゃない。もうこれは過去のことなんだ。あの日決意したばかりなのに、結局すぐ振り返ってしまうのか。
恥ずかしいな、こんな自分が。何故か笑いがこみ上げる。
サクに怪しまれないように、私は部屋を出ていった。
着替えを済ませて、私は早速ユリの家へと向かう。チャイムを鳴らすと、奥からドタドタという音がした。音の主はユリだった。
「サキ!良かった。それじゃ上がってついてきてっ!」
ユリの言われた通りに私はついていく。そして着いた先はユリの部屋だった。
「一応小学校の卒業アルバムとか、プリクラのやつとか準備したから…よし、早速見よう!!」
そして学校にいる人物(特に同級生)を手当たり次第に確認していく、何ともまあ地味な作業が始まった。
「この人は、今は私達のクラスの学級委員で、この人は…」
ユリが丁寧に説明してくれるが、言われても全く思い出せない。過去の私と親しく(?)していた者も何人か教えてくれたが、さっぱりだった。
だが、過去の私のことを照らし合わせているうちに、よくもまあ、あの性格でも親しくしようとしていたんだな…と感心してしまった。人嫌い寸前のところまでいき、会話すら成立しない者にどうして話しかける事が出来るのだろう…。これも人間の持つ心の力なのだろうか。私はそう思っている。
「どう?サキ。何か思い出せた?」
「いいや。全く駄目だ。あの時に起きた頭痛はおろか、何かきっかけになるようなものが無い。」
「そうかぁ…やっぱり難しいんだね…。」
ユリは落胆しながらそう言った。
いや、待てよ。きっかけ?…そうだ、あの夢だ。幼いころの私の夢。あれに何か意味があるかもしれない。私はその夢の事をユリに話すと、ユリは驚きの表情を見せた。
「オルゴールって…そうだ!サキはね、保育園に通っている頃から、オルゴールの博物館に行くのが好きだったんだよ!まだあそこ開いていると思うし…行ってみる?」
「ああ、そうしようか。何かのヒントが掴めるかもしれないしな。」
私の見た夢とユリの提案もあって、そのオルゴール博物館へと行くことにした。
外に出たとき偶然サクと出会い、彼も行きたいと言い出したため、3人で行くこととなった。
「あそこはさ、俺と姉ちゃんの叔父さんが館長をしているんだぜ。」
「えっ…そうだったのか…?」
「さっきの夢の話で、小さい時の姉ちゃんが『おじさん』って言っていたのは、赤の他人じゃなくてちゃんとした親戚だったんだからだぜ。」
「そうか、成程な…。とりあえず新しい情報は手に入った。ありがとな、サク。」
「えっ!?ああ…まあ…な。」
相当戸惑っているサクを見ていたユリは、ニコニコしていた。何というか…不気味だ。何を思って微笑んでいるんだ?こいつ。
ふと顔を上げると、私の目に飛び込んできたのは、あの石碑だった。その石碑には『オルゴール博物館 歯車の城』とあった。
「毎回思っていたんだけど、ファンタジックだねぇ~。サキ達の叔父さんは。」
「そうか?私は趣味が悪いと思うな。」
その時、サクが何かに気付いた。
「あれ…叔父さんか?」
サクの目線の先を見ると、そこには1人の男がいた。その男は私達に気付いたのか、こっちへと向かってきた。
「久しぶりだな、3人共。咲子は…俺のこと、覚えていないだろうな。」
「私が記憶喪失だというのを知っているのですか。」
「そのことは姉さんから聞いたよ。もう怪我は大丈夫なのか?」
「…大丈夫です。ところで…あなたの名前を教えてくれませんか?」
「そうだったな。改めて、室井日向だ。よろしくな。」
そうして、室井日向改め私の叔父は、博物館の中へと案内してくれた。
博物館の中は、どこか温もりを感じるようなものだった。そこにはいくつもの箱があり、叔父が「全部オルゴールなんだ。」と言っていた。
「最近はなかなか客が来なくてな…そろそろ閉館しようと思っているんだ。」
「そうですか。もったいない様な気がしますが…あなたの判断だと思いますよ。」
「そうか、そうだよな。…ところで咲子。」
「何ですか?…もしかして、私の雰囲気が変わっているとでも?」
「!そ、そうだ。何で分かったんだ?」
「フフフッ よく言われるんです。ユリや母にも言われました。」
叔父との会話をしていた時に、あのオルゴールの存在を思い出した。私はそのことを話すと、叔父は「分かった。」と言い、どこかに行ってしまった。
「サキの言う通り、ちょっと寂しいかもね。ここ、結構有名な場所だったんだけどなぁ…。」
「時代の移り変わりなんじゃねえのか?これも。どうせ叔父さんもそれを感じていたんだろ。」
「へぇ…サクって意外とそういう考え方するんだ。なるほどなるほど…。」
「な、何なんだよお前。さっきから気持ち悪いぞ。」
そんなやり取りがある間に、叔父が例のオルゴールを持って来てくれた。2人もそれに気付き、会話をやめる。
夢で見た通りのものだと確認したのち、私は蓋を開けた…が
「えっ…?」ユリは呆気にとられていた。
「な…何だこれ…?」サクは目を見開いていた。
「………!?」私は言葉が出なかった。
そのオルゴールには、中身が無かった。
「ど…どういう事?壊れているとか…じゃないよね?」
しばらく続いた沈黙を破ったのはユリだった。だが、叔父がそれに反論するかのように答える。
「いや、それはありえないはずだ。定期的に手入れはしていたし、パーツを外した覚えはない。」
館長本人が言っているのだから、そうに違いないだろう。しかし…このオルゴールは少々不思議だった。
箱の底に歯車の形をかたどった浅い穴が、8つあったのだ。恐らくだが、この中に歯車が入っていたのだろう。
その時、私はその穴の端に何かが彫ってあるのを見つけた。そこに刻まれていたのは…『Green』そして 『Elf』?
「…うがっ!?」
突然私を襲ってきたのは、頭の痛み。だが、あの時よりも酷い!!
「ちょっと!またなの!?ねえサキ!しっかりして!!」
「おいおい…ヤバいんじゃねえか!?」
「まさか…姉さんの言っていた…アレなのか…?!」
『アレ』…?『アレ』とは何だ?…まさか!!
「あああああっ!?」
また、私は『何か』を思い出した。
あの夢の続きだった。幼い私は、あのオルゴールの中身を見て、目を輝かせていた。
「わあ、このオルゴールの歯車とてもカラフルだね。」
「そうだろう。赤に青、黄色があるぞ。」
「それだけじゃないよ。翠に桃色、紫と…白と…黒っ!全部で8個ある!!」
幼い私がそう言っている間、叔父はゼンマイを回す。そして手を離した瞬間に音楽は流れ始めた。
「不思議な音楽だねぇ…。」
幼かったから、そんな事を言っていたのかもしれない。今の私には悲しく、そして何故か心から離れない様な…、そんな音に聴こえた。
音楽が終わったとき、突然幼い私の腕がオルゴールにぶつかった。その時にオルゴールの歯車はバラバラと落ちていく。
「ああ…うわああん!!叔父さぁん、壊しちゃったよぉ…。」
叔父は泣いている幼い私をなだめ、その後「大丈夫だよ。」と言いながら、歯車を拾っていた。
「…あれ?」
幼い私が何かに気付く。それは、あの箱の穴の文字だった。
「叔父さん…これ、何て書いてあるの?」
「それはなぁ英語で書いてあるからな…。」
「英語?」
「ああ。咲子が大きくなったら、分かると思うよ。」
「ほんとー?じゃあサキ、大きくなったら読めるようになるっ!」
「おっ、いいな。それじゃあ、叔父さんと約束するか?」
「うん!約束するー!」
幼い頃の私の涙は、いつの間にか乾いていた。
夢の内容が分かった。あの時、ノイズで分からなかった場面も、はっきりと。
気が付くと、3人が焦った表情で私を見ていた。
「咲子、大丈夫か?気分は悪くないか?」
「大丈夫です…。それよりも、また思い出した…。」
「姉ちゃん、記憶が戻ったのか!?」
私は先程の事を全て話した。その時、ユリは何もないオルゴールの中を、凝視していた。
「8つの歯車…。当たり前だと思うけど、『Green』っていうのは色だよね。じゃあ、この『Elf』っていうのは?」
「さあ…分からんな。…!そうだ、叔父さん。このオルゴール…、貸してくれませんか?少しの間だけでもいいので…お願いします。」
私は叔父に向かって頭を下げた。その時叔父は、「まあ顔を上げて。」と言った。
「大丈夫だよ。歯車が無い様じゃ音は鳴らないし、それに…」
「それに?」
「咲子の記憶に繋がる様なら、何か重要なはずだ。…あげるよ、それ。」
「…!ありがとうございます!!」
こうして、私はこのオルゴールを、成り行きで手に入れた。これで私の記憶が取り戻せるはずだ。
私は、そう信じている。