第二十四話 咆哮
本部に戻った後、私は部屋に直行してベッドにそのままぶっ倒れた。疲れがとれていない。時計を見ると、『5時OO分』と表示されていた。それも、午前だ。
もうこのまま眠ってしまおうか。と、思ったその時。犬の遠吠えの様なものが聞こえた。この時間帯にこんな遠吠えとは…。なかなか珍しい。
だが、そんなものよりも、襲い掛かる睡魔の方が圧倒的に勝っていたので、なるがままに私は目を閉じて、深い眠りについた。
数時間後、再び目を覚ました。時刻は…『10時00分』。
こんな時間まで眠ってしまっていたのか…。そう思った直後、腹が鳴った。そういえばあの時から飲まず食わずだった様な。
私は遅めの朝食をとるべく、一階へと向かった。
さすがにこの時間だからか、人は少なかった。いつも私が座っている席が空いていたので、迷わずそこに行く。温かいご飯を食べるのはいつ以来だろう。ここ最近は外でおにぎり一個食べれるか食べれないかだったので、ゆったりと食べる時間はそんなに無かった。
何でか知らないけれど、しみじみとした感情に駆られる。自分でもアホらしいと感じてしまう。いつからだ?こんな事思い始めたのは。この組織に入ってしばらく経ってから…か。
変な感情に浸り始めようとした時、一つの声が、その思いを全て吹き飛ばした。
「咲子ちゃん、おはよ。」
夏美さんだった。起きたばかりだろうか。その目は何だか眠たそうだ。
夏美さんが、「この席、いい?」と、私の座っている丁度目の前の席を見た。私は了承すると、夏美さんはすぐに座った。
「…一樹さんは?」
ふと、私が口にした言葉だった。夏美さんはその問いに答えてくれた。やや苦笑いで。
「なんかさ…『Werewolf』の事調べるって。あいつ、部屋に引きこもっちゃってんの。」
「…ちなみに、いつから?」
「んー…よく分かんないけど…多分、任務から帰ってきた後からずっとじゃないかな。」
「え…まさか、一睡もしていないんですか?」
夏美さんは「多分ね。」と答えた。…何も言えなかった。
朝食の後、部屋に戻って歯を磨いたりした。今のところ任務はないので、そのまま休むことにした。
だけど、何だろう。このままこうしているのもつまらない。まあ、こういうときは大抵、あいつらに頼るしか無いのだが。
私はホルダーを取り、黄色の歯車を出した。
『あれ、どうしました?』
「別に、何も。ただ、話がしたいから読んだだけだ。」
『話って言っても…何の話ですか?…やっぱり、『Werewolf』ですか?』
「いや、私が知りたいのは、『オルヴェア・キアラン』だ。」
そう言うと『Unicorn』は『えええっ!?』と素っ頓狂な声をあげた。そして、私に問い掛ける。
『咲子さん…何でその名前を知っているんですか…!?』
「何度か、聴いた事がある。けどな、詳細を訊くたびタイミング悪く何かがひっきりなしに起こっていたんでな。今しか訊く場がない。」
私は一呼吸置いてから、改めて話を始めた。
「境界神…とかなんとか言っていたな。それは一体、どういう事なんだ?」
『ええと…それはですね…。』
『Unicorn』は言葉を詰まらせた。迷いだ。ここからどう話を切りだせばいいのか、分からない。そう受け取れた。
だが『Unicorn』は思いのほか早く返答した。それも…かなりぶっ飛んだものだったが。
『彼は…あらゆる世界の境界線を管理している神様なんです。』
「あらゆる…世界…?!」
私は驚く事しか出来なかった。あまりにも壮大なスケールの話過ぎて、逆にどんな感情を持てばいいのか分からなかった。
だがそこで、私はある一つの事実に気付く。
「ちょっと待て。じゃあ私はそんな奴を相手にしていたというのか!?」
『そういう事になるでしょうね…。あと、察しがついているかもしれませんが、この騒ぎも全て…。』
「オルヴェアが、やったと?」
私が結論を述べると、『Unicorn』は『はい。』と答えた。
ああ、何という事だ。私が全ての元凶として見たのが、世界の境界線を司る神だったなんて…。
…敵うのか、こんな強大な者の前に?
そう思った時、ノックの音がした。レンズを覗くと、そこには夏美さんがいた。
「咲子ちゃん?いきなりでごめんね。」
「構いませんが…どうしました?」
「朝ご飯食べてるときに私、一樹が『Werewolf』の事について調べているって言ったでしょ?」
「そういえば…言っていましたね。」
「何か色んな事が分かったみたいで、咲子ちゃんに聴いてほしいんだってさ。」
…何ともいえない複雑な気持ちになった。だが、朗報といえば朗報だ。
私は早速準備をして、部屋から出た。
数分後、私は夏美さんに連れられて、一樹さんの部屋へと来た。夏美さんが先程私の部屋へと来たのと同じ様にして手順を踏むと、ドアの向こう側から眠たそうな声が聴こえた。どうやら一睡もしていないのは本当らしい。
夏美さんは許可を貰った後、すぐに部屋の中に入った。
そして、用意されていた椅子に座った所で、一樹さんの話が始まった。
「来てくれてありがとう。早速、『Werewolf』の事について話をしようか。」
一樹さんは今までまとめていたのであろう、数枚の紙を渡してきた。とても眠気に襲われながら書いたとは思えない程の綺麗な字だった。
「まずは、『Werewolf』の能力とその強化についてかな。調べてみたら、今回俺達が追っている『Werewolf』は、どうも満月の夜だけに変身するって訳でもないらしいんだ。」
「…どういう事です?」
「『Werewolf』は、昼でも自分の意志で変身することが出来るらしい。まあ、それじゃあ正体がばれるから、そんな事はしないと思うけど。で、月光を浴びると、ただでさえ強化された能力が更に上がるんだ。」
「そういえば、あの時戦った相手も、月光を浴びて強化していたと『Unicorn』が言ってました。」
私がそういうと、一樹さんは「成程。」と頷いた。と、その次に口を開いたのは、夏美さんだった。
「アンタさっきさ、『まずは』って言ったよね。てことは…まだ何かあるの?」
「ああ。それは…今回咲子に来てもらった理由でもあるんだけど。」
…私が、ここに来る事になった理由?話を聴いてみないと分からなそうだ。
「『Werewolf』の弱点だ。」
「弱点?そんなのあるの?」
「ああ。俺も正直言って不安だったんだけど、あったんだ。」
一樹さんはそう言うと、一呼吸した。そして、私に向けてこう言い放つ。
「銀だ。君の扱っている銃の弾丸は銀製。そうだろう?」
確かにそうだ。私の扱っているものは、銀弾入りの二丁拳銃…。ということは。
「協力してほしい…。ということですか?」
「そうだ。」
一樹さんは即答した。
「司令から許可ももらっている。たった三人だけで『Werewolf』討伐というのは無理があるかもしれない。だけど、これはチャンスだ。作戦は三日後。満月も若干は欠けていると思うよ。」
三人…ということは、夏美さんがもう一人のメンバーなのだろうか。私は夏美さんの方を見た。夏美さんは自信に満ちた目で頷いた。どうやらそうらしい。
私もこれを断った所で、記憶を取り戻すきっかけを失うことになるだろう。
私は、話を切った。
「いいでしょう。全力でいきます。」
三日後。私達は街へと繰り出した。
ここまででモンスターの数も減っていた故か、途中で戦闘になるということは無かった。
「だいぶ、異形の姿も見なくなったな。」
一樹さんがそう言った。同じことを考えるものなんだと薄々感じた。
そう思った時、今度は夏美さんの声が聴こえた。
「でもさ…こんな閑散していて、本当に見つかるのかな…『Werewolf』。」
「確かにそうですね。でも…さっき歯車の幻獣のうちの一人に訊いてみました。」
「…どうだったの?」
「間違いなくここにいると、そう言っていました。」
私がそう言うと、夏美さんは何度か頷いた。
どの位歩いていたのだろう。一回私が歩みを止めた、その時。
風をも切り裂くような音がした。
だがその直後、ガツン!!と凄まじい音がした。一樹さんだった。何かに対して、防御をしていたのだ。その何かは今、私達の前に立ち、前かがみになって不気味な笑いを発していた。男だった。
(…『Werewolf』!?)
男が、やっとまっすぐに立った。だが、私達はその男を見て絶句する。
「う…上野隊長…!?」
信じたく…無かった。だが間違いない。あれは…上野隊長だ。あんな表情をした隊長は見た事が無い。
「あんたが…『Werewolf』…!?」
私がそう言うと、上野隊長は笑いながらこう言った。
「その通りだよ。やっと戦えるなぁ…倉岡咲子!!」
突然、上野隊長の周りに、青い炎がたちこめ始めた。隊長を飲み込むかのようにして、勢いを増す炎。
そして炎が散った後、そこにいたのは紛れもない、人狼。要は『Werewolf』である。
青い炎が完全に消えた時、死闘が始まる。




