第二十一話 想いは、狂気へ
「…おい、マジかよ!?でも…こいつは…。」
月斗が驚きの声を発した。そして、それが途切れたのには理由があった。
ユリがミユと言ったあの少女の姿は…どう見ても化け物としか言い様のない姿だったのだ。その場にいた全員が、絶句する。
それを見ていたミユらしき少女は、呆れた様な顔でこう言った。
「…何で私の名前、知ってんの?どっかで会った事あるっけ?」
誰も何も言わない、さらにミユは続ける。
「何なの…そこの女がまだ生きてたから、止め刺そうと思ったのに…邪魔だなあコイツら。」
その言葉を聴いた時、その場にいた全員が警戒した。私はいつの間にか、さっきの鞭を構えていた。月斗も、武器であるクナイらしき短剣を構えている。
だが、ミユは眉一つ動かさず、虚ろな目でまた口を開いた。
「ムカつく。ていうか物騒だね、それ。」
「言いたい放題言ってくれているが、お前が華を狙う理由は何だ?」
私がそう問うと、ミユはクスクスと笑い、答えた。
「あえて言うなら…村雲月斗君が好きだから…かな?」
言っている意味が、分からなかった。一瞬だけ月斗を見たが、その表情は訳が分からないというのがハッキリとしていた。
「本当に邪魔なんだよ、そいつ。でも…それよりも邪魔なのは、アンタみたいだね!!」
瞬間、大量の骸骨が私に襲い掛かる。避けようとしたが、骸骨の量が多いのと、勢いが強かった故に、私は部屋の壁ごと吹っ飛ばされた。だがここが一階だったのが幸いし、飛ばされた直後に落下するということは無かった(まあ、地面に叩き付けられたときの衝撃は凄かったのだが)。
私はしばらくの間動けなかったが、何とかして膝をつく程度の事はできた。しかし…その直後、私の喉元に鋭く尖った骨が突き付けられていた。と同時に、冷たい汗が流れてくるのが分かった。
「へえ、こんな程度なんだ。呆気ないね。」
「っ!!」
私は隙を見てこの場から離れる。その時、ミユが手をかざした。出てきたのは、あの時の骸骨だった。それは刃の如く、鋭いきらめきを放ち、再び私に襲い掛かる。
その時は鞭で弾いたり単純に避けたりすることしか出来なかった。あの遠隔攻撃が続こうものならば、攻撃できそうな隙なんて一瞬たりともない…と、思っていた時。私の横から、黒く鋭いものが飛んできた。これは…クナイ?
(まさか!?)
私は後ろを向いた。そこには、短刀を携えた月斗の姿があった。
「一人じゃ、無理だろ?俺も手伝うことにした。」
「…すまない。一緒に頼む。」
そう言った、直後。ミユが不機嫌な顔で愚痴を吐いた。
「ええー何でぇ?何で月斗君も参戦しちゃうのぉ?意味わかんない。私、あんまり月斗君に怪我させたくないのにぃ。…あーもういいや。月斗君もまとめて片づけちゃお。」
また、骨が襲い掛かった。私達は咄嗟に両サイドに行く。そして、二人係でミユに攻撃を図った。
それからは死闘とでも言うべきものへと状況が変わってきた。優勢なのは…相変わらずミユの方だった。余裕綽々といった表情で、容赦なく攻撃を仕掛けてくる。
途中で参戦した月斗はともかく、私はだんだん動きが鈍くなってきているのを感じた。無理もない、と思った。あの吹っ飛ばされた時のダメージが完全に回復していなかったのだから。特に背中の痛みが酷かった(骨が折れなかったのは不幸中の幸いだが)。
攻撃を避けては反撃に出て、また避けては反撃に出て…の繰り返しだった。
だが、その繰り返しが止まる時が来た。月斗がミユの背後に回り、持っていた短刀を思い切り振り下ろしたのだ。だが…その一撃は無情にも、あの骨によって防がれてしまった。
その時出来た隙を見て、私は持っていた武器を二丁拳銃に変え、ミユに銃口を向ける。しかしそれは早い段階でミユに気付かれた。引き金を引いた時には…もう遅かった。
その時ミユの表情が、凶悪ともとれる笑みに変わっていた。
「遅いなぁ、二人共。」
ミユの放つ骸骨のスピードが更に上がっていくのを感じた。いや、それとも私達の動きが鈍くなってきているのか?どちらかは分からない。
「…っ!!」
攻撃を回避している時、一本の鋭い骨が、私の右肩をかすめた。瞬間、強烈な痛みが私を襲う。だが、こんな程度で立ち止まっていては話にならない。私は体勢を整え、再びミユに攻撃を仕掛けた。それでいてもなお、ミユは怯む事すら無かった。
その時だ、月斗がミユの正面に立ち、口を開いた。
「さっきの言葉…どういう意味だよ。」
「そのまんま。分かんない?意外と鈍感だねぇ。私、どれだけ傷付いたと思ってんの?」
「お、俺が昔、何かお前に悪い事したって言うならそりゃ謝るよ、マジで!!だからもうこんな事…」
「やだなぁ、月斗君。まさに今…悪い事してるでしょ?」
ミユはそう言い終わると、突然手を上げて、勢いよく振り下ろした。直後、月斗は特殊な形状をした骸骨に囲まれ、拘束された。
「やばい、動けねえ…ッ!!」
私はすぐに月斗の元へと向かった。だが、一歩踏み出したその直後、私にもあの骸骨が襲い掛かった。
(しまったッ!!)
あっという間に…拘束された。月斗の言う通り、全く動けない。だが、仮に強引に脱出しようならば、この骸骨が全身に突き刺さる事だろう。やはり、動かない方が安全のようだ。
「咲子さん!!月斗君!!」
華の叫び声が聴こえた。私は首だけ華達の方へと向けた。その場に居た者が、私達の元へと行こうとしていたが、叔父がそれを制していた。どうやら私と同じ事を考えているらしい。
その時、ザッザッという音が聴こえた。ミユが、こちら側に歩み寄っている音だった。ミユは不気味な笑みを浮かべていた。
「呆気ないって言ったけど…前言撤回。期待外だったね。」
「…それは、どうも。」
「ずーっと逃げてばっかでさぁ。カッコ悪。」
「逃げも、戦略の内だと思うが?」
ミユは、私のこんな言葉を無視して、話を続ける。
「ねえねえ、死ぬ前に私に何か訊きたい事とかないの?」
「沢山あるが、一番は…その力を何処で手に入れたのか…だな。」
「やっぱりそれ?知りたい?この力はね、あの魔物が大…りょ…に…」
突然、ミユの表情が歪む。そうなったかと思うと、今度は左胸を手で抑えつけ始めた。…何が起こっている?気付くと、ミユはその場に倒れていた。
「うっうううううッ!!」
ミユの額からは大量の汗が流れていた。苦しんでいるのか?一体、何故?そう思った時、ミユの口が開いた。
「な…んで…い、いや…だ。まだ…死にたくな…」
何かを言いかけた時、ミユが血を吐いた。その後…ミユは動かなくなった。それと同時に、私と月斗を拘束していた骸骨がバラバラと崩れ落ちる。
私は解放された直後、すぐにミユの様子を見た。もちろん、警戒は怠らない。
すると後から、月斗や叔父が来た。この異変を察したのだろう。
私は、恐る恐るミユの腕を触る。
…ミユは、冷たくなっていた。
「これは…どうして…。」
私の口からそんな言葉が漏れ出た。一瞬の出来事だった。もう訳が分からない。そんな時、歯車をしまっている方のホルダーから、声がした。この声は、『Ghost』だ。ホルダーを開けて、紫の歯車を取り出す。その後、私はすぐに尋ねた。
「何をするつもりだ…。」
『彼女が…何故このような最期を遂げたのか、調べようかと。』
「霊媒みたいなことができるのか?」
『いや、霊媒とはまた違うのですが…まあ、それは後で。とにかく、始めましょう。』
そう言った後、歯車から煌きを放ったオーラの様なものが出てきた。すると、ミユの身体からも同じ様なものが出てくる。どうやら始まったらしい。
私達は固唾を飲んで、それを見守った。
時は過ぎ、三日後。これから話すのは、『Ghost』から聴いたミユの死の原因と、その後の話。
『Ghost』が調べたところ、彼女は異界の何かと契約を交わし、あの力を手に入れたようだ。しかし…契約を交わした相手は相当な上位の者であったらしく、ミユの身体の容量をはるかに上回っていたのだという。『自身の容量に合わない者と契約を交わす』というのは、『逃れられない死』を意味する…らしい。『Ghost』がそう言っていた。
そしてこれは私の立てた予想なのだが、ミユはあの街の崩壊後に契約したのかと思う。
次に話すのは…月斗と華の事だ。華はあの後順調に回復し、今はもう月斗と共に活動してる。
これは、ユリから聴いたのだが、ミユの一件あってから二人は今後どう行動するのかを、真剣に考えていたのだという。
そしてその結果、二人は『親友』として一緒にいる、という決断を下したそうだ。二人がこれで幸せだと思えるならば、私は良いと思っている。
…あれ?そういえば、自分で言うのもなんだが。私も異界の存在と契約している身だ。それも…今のところ四体。
…何故、私は死んでいない?




