第十二話 月に叢雲花に風
私達は赤羽先生を通して、叔父に月斗の同行許可を取った。
『別に構わんが…誰か1人は付いているようにな。』
そう言われると、月斗の目が輝く。まあコイツにとっては良かったんじゃないかな…。そう思いながら、再び歩き始めた。私はその道中で、月斗の事をいろいろと聴いた。
村雲月斗は私と同じクラスで、サクと同じサッカー部所属だという。その為、私の家にもしょっちゅう遊びに来ていたらしい。
私はその時、「助けたい人というのは誰なんだ?」と尋ねると、答えてくれた。それも私と同じクラスの人らしい。
「幼馴染でな、風早華っていう女子がいるんだ。俺はそいつを助けたい。」
「華…といったか。そいつと連絡が取れたのか?」
「一応携帯でな。それと風早の他にも、何人か避難している奴がいるらしい。」
「!! 本当か!?」
声を荒げて言ってしまった故か、月斗は驚いた表情をした。
だが、驚いた表情をしたのは、月斗だけではない。夏美さんや他の隊員もそうだった。ただし、私のあの言動故のものではない。他に避難者がいると知ったからである。
「月斗君、病院にモンスターは出現していた?分からないなら、それで構わないけど…。」
すると月斗は、意外な答えを出した。
「それが…数日前ならまだしも、避難してから今までそんなの出てきてなかった…って言っていた。」
訳が分からない。何体か出現してもおかしくはないこの状況で…一体も出てきていないだと!?
そう考えた、瞬間、
「!? な、何だ!?」
誰かに脚を掴まれた。それも、かなり強い力で。
「っ…!!痛いな…!!」
私はとっさに拳銃を取り、地面の方へと構える。そこにいたのは、地上に出かけていたゾンビだった。
迷わず撃つ。ゾンビの腕に当たった所で、私はその場を離れた。
「咲子ちゃん!気を付けて!周りにあと五体いるよ!!」
そう、まだ終わってなどいなかった。私達を囲むようにして、ゾンビが現れたのだ。
私は、再び拳銃を構える。だが、そうしている内にゾンビの方から攻撃してきた。
(くそっ。まさかアレが『Elf』の言っていた知能を持つゾンビなのか!?)
動きが早くてなかなか命中しない。そんな状況の中、私の前に立ちふさがった者がいた。だが、その人物はあまりにも意外過ぎた。
「なっ…月斗!?」
「ここは任せな。まあ…一体はやれるか。」
そう言うと、月斗はゾンビに向かってダッシュした。まさか突進して吹っ飛ばすつもりか!?と思った次の瞬間、
ドゴォッ!!!
とてつもない音が響く。土煙が激しくて前が見えなかった。だが、後でそれが晴れた後、私達は目を疑う。あのゾンビが、気絶していたのだ。
その前には月斗がいた。その時、後ろからまた別のゾンビが襲い掛かってくる。
「避けろ!!」
私がそう叫ぶと、月斗は「気にすんな。」と言いその直後、ゾンビに強烈な蹴りを入れた!!威力が強かったのか、ゾンビの体は奥の方へと吹っ飛ぶ。
その後月斗は、私達をよそにゾンビを俊敏な体術で封殺していた。随分と型破りな体術で、何が起こっているかなんてサッパリ分からん。そんな状況である。
「おっしゃー!!終わったァーッ!!」
数分後、月斗が爽快な叫びをあげる。だが、その直後に発されたものは、「いや、ちょっと待てええええーッ!!」という隊員達のツッコミだった。
「き、君は…本当に何者なんだ!?さっきの体術…明らかに素人の動きではなかったぞ!!」
質問攻めをする隊員の目が血走っていた。相当興奮気味なようで、月斗は気圧されていた。すると、それを制止するかのように、夏美さんがとある事を言った。
「村雲って…あっ、思い出した。」
「ん?何を思い出したんだ?そこの姉さん。」
「姉さんって…まあいいや。あなた、さっきのはもしかして、村雲流忍術の体術?」
その言葉を聴いた瞬間、周りが静まり返った。無理もない。ありえないワードが飛び出たからな。
「忍術!?」
「ああ、そうだけど。まあ、変化とか妖術とかは使えないけどな。一応、現実的な範囲の中での事だ。というか…何でアンタ知っているんだ?」
「『ギア』内で聴いた事があったの。江戸時代に暗躍した忍者の末裔が、この街のどこかに住んでいるってね…。」
…ああ今日は驚きの連続だな。まさか忍者の末裔がこんな近距離にいたとは…。いや、歴史の裏で働いていた以上、バラさないのも無理はないか…。
そんな事を考えていた時、ふと新たに疑問に思ったことが浮上した。
「月斗、お前のその顔は…何なんだ?」
「ああ、コレか…。ガキの頃に家が火事になってな、その名残だ。」
今の年でも充分ガキと言えるんじゃないか…?そんなツッコミは放っておいて、理由は何となく分かった。だが、一応悪い気がしたので「すまん。」と言っておくと、「一回お前に言ったはずだけどなぁ。」と返された。どうやら過去に、この話を聴いた事があるらしい。
そうこうしているうちに、『第一病院』と刻まれた石碑が見えた。どうやら、もう着いてしまったらしい。
扉を開けると、そこには何人か人がいた。どうやら、避難者がいるのは本当のようだ。月斗はというと、カウンターにいる人に、何かを尋ねていた。しばらく様子を見ていると、月斗がホッとしたような表情を浮かべながら、こちらへと来た。
「何か分かったのか?」
「ああ。風早が今この病院の病室にいるってさ。早速だけど、行こうぜ。」
そう言われると、何人かの隊員は「ここにいる。」と言い、私と月斗と夏美さんの3人で、その病室へ向かう事となった。
華のいる部屋は10階にあるという。幸いにも、エレベーターが起動していたので、私達はそれを利用することにした。
10階に着いた事を知らせる音が鳴る。エレベーターから降り、部屋へと足を運ぶ。
そして、華がいるという部屋に着いた。月斗がノックをすると、ドアの奥から「誰ですか?」と言う声がした。月斗が応じると、「どうぞ。」と言う声がした。
私達は勢いよくドアを開ける。そこにいたのは、車椅子に座った少女だった。
「風早!お前、大丈夫か!?」
この言葉の通り、この少女が華なのだろう。彼女を見た月斗がいきなり大声でそう言った。
「大丈夫よ、月斗君。もう…大げさなんだから…。」
華は呆れたようにそう言う。その表情はとても穏やかな微笑みだった。すると、こちらに気付いたのか、華は私達の方へと視線を移した。
「あら?あなたは…もしかして、咲子さんですか?」
「そうだが、それがどうしたんだ?」
「学校にいた時、噂で聴きました。何でも、記憶喪失になったそうで…。」
「何でもじゃなくても、記憶喪失だ。実際、お前が何者なのかも分からないしな。」
華はポカンとした表情になっていた。だが我を取り戻したのか、ハッとした。その後、夏美さんも自己紹介をすると、華はこんな事を言い始めた。
「せっかく来てもらったんですけど…ごめんなさい。これから検診の時間なんです。」
「検診…?まさか…。」
「はい…。私、小さい頃から足が悪くて…、この病院でお世話になっているんです。その時の先生…紫苑先生っていうんですけど、その人がもうちょっとで来るはずなんです。」
そう言いながら、華は自分の脚を撫でていた。私はこのとき、ただ避難しているだけではないと初めて思った。
だが、そう思った直後、突然切羽詰まったような叫びがした。この叫びも毎回聴くようになったな…。
私は、夏美さんと月斗を部屋に残し、一階へと急いだ。
一階に着く。私はすぐにそこで起きている異変に気付いた。
「っ…これは!?」
そう、病院の中に、遂にゾンビが現れたのだ。だが今は幸いにも3体のみ。しかもここには待機していた隊員もいる。避難者も今はここにはいないようだ。
私はすぐに拳銃をとり、迎撃を開始した。さすがに何回も対戦していたからか、すぐに倒せた。
「だが、まだ油断は出来ないようだな…。」
そうつぶやいた時、誰かが近づいてくるのが分かった。
「おや…これは…。一体何の騒ぎがあったのです?」
白衣を着た痩せた男だ。名札を見ると、そこには『紫苑』と書いてあった。この人が華の主治医なのだろう。
「紫苑先生と言いましたか…風早華の検診に行かなくてもいいのですか?」
「ああ…その事ですか…。もう大丈夫ですよ。」
「どういう事です?」
「簡単な話…それが嘘だから。」
「!?」
その瞬間、紫苑先生が何かを持ち、私に襲い掛かって来た。その何かというのは、紫色の刃のついたモノ。
「ぐああっ!!」
壁に押さえつけられ、身動きがとれない。首にその刃が当たっている事がすぐに分かった。
「想定外でしたよ…まさかあなたの様な人間がここにくるとは。」
「ぐっ…!!」
このままじゃ埒が明かない。私はあの名を叫ぶ。
「『Elf』ーっ!!」
すると、腰に下げていた、拳銃とは別のホルダーから、翠の光が漏れだす。歯車をいつでも持って行けるようにと、叔父が用意してくれたものだった。
そして、私の目の前に『Elf』が現れる。
「…あなたですか。」
紫苑はそう言うと、私の元を離れる。
「咲子、大丈夫?」
「ああ、遅れていたら死んでいたかもな…。それよりも…アイツは一体…?」
「アレの事?アイツはね…」
いや、言わなくてももう予想は付いている。さっきまですっかり忘れていたが。
そして、『Elf』が口を開く。
「…『Ghost』。」
次の瞬間、紫苑の周りを紫色の光が包んだ。




