第八話 霧の広場にて
「…はっ!!」
ようやく目が覚めた。だが、あの時とは違う場所にいるようだ。
(全く…あんな夢は二度とごめんだ。)
そう思い、ふと目の前を見ると、鉄格子のようなものがあった。
(…鉄格子?何故?)
そう思って触ってみた。その時、これが鉄ではない事に気付いた。木でできた物だったのだ。
「…っ。まさか!!」
思わず叫んでしまったが、そんな事は気にせず外を見た。そこに広がっていたのは、茨、紫の霧、そして木製の人が数人入れるような鳥かご。
そう、夢で見たあの光景だった。間違いなどではない。全く同じだった。
私は他の檻を見た時、目を奪われた。
「!! サク!夏美さん!!」
他の隊員も囚われていたのだ。だが、私のいる中には、他の者はいなかった。
辺りを見回した時、床に何か煌くような物が落ちていた。それは、鍵だった。
(助かった。多分これで皆を開放できる。)
錠は外にあった為、うっかり鍵を落とさないように慎重に作業を進めた。
カチャッ
音が鳴った。どうやら開いたようだ。鳥かごは地面から少し離れていたが、私は構わず飛び降りる。死ぬような高さではない。
「それにしても、間抜けだな。看守は気付いているのか…?」
そんな事を呟いてしまった。だが、周りを見ても、看守と思えるような者はいない。少し様子を見ることにした。
あの紫の霧は、私達が倒れた時よりも明らかに薄かった。また倒れるなどといった事は起きないだろう。檻の中にいる隊員を見てみた。そこで、私はある事実に気付く。
「…! 眠っているのか?」
隊員は皆、すやすやと寝息をたてていた。どうやらこの霧、少なくとも毒霧では無いようだ。
(良かった…。)
ひとまず、皆が生きている事が確認できた。叔父に報告しなければ…。私はイアフォンを操作し、連絡をとった。
『日向だ。誰だ?』
「私です。倉岡咲子です。現状報告をしに連絡しました。」
『咲子か!どうした?急に連絡がとれなくなったから、捜査隊を手配したんだが…。』
「捜査…ですか…。それは…無駄だと思います。」
『何だと…!?どういうことだ!!』
驚きと焦りが混ざったような、叫び声だった。私は、今までに起きたことを全て話した。
『そういう事だったのか…。分かった。捜査隊は一応退却させる。咲子、出来るだけ余計な事は起こすなよ?』
「分かりました。…でも。」
『でも?』
「万が一、『Elf』と遭遇してしまった場合は?」
『…それがあったか。…分かった、迎撃を許可しよう。だが、無理だと思ったら退け。せいぜい死なないようにな。』
そうして通信が切れた。とにかく、『Elf』に見つからないように、じっとしているしかないだろうな。そう思っていた、時だった。
「ねえ、誰かいるの?」
背後から、声がしたのだ。振り向くと、そこには鳥かごではない、普通(?)の牢屋があった。その中に複数の人がいたが…ただ1人を除いて、全員が眠りにおちていた。
「お前か?声をかけたのは。」
「うん。そうだよ。」
小学校2,3年生位の少年だった。どこか怯えており、その目からは今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
「大丈夫だ。様子を見てからにはなるが、ここから脱出しよう。そうすれば皆が助かる。」
「本当?良かった…。僕ら、大丈夫になるんだね。」
少年は目を拭った後、何の前触れもなく、私にこれまであった事を話してくれた。
「あのね、僕らあのお化けに見つからないように、建物に隠れていたんだ。」
「隠れていた…?」
「うん。でもね、ある時いきなり、周りが木でいっぱいになっちゃったんだ!それで外に出たら、急に眠くなって…。」
「そして、気が付いたらここに?」
少年は頷いた。この時私は、救出する者達が、ここで囚われている少年達であると悟った。成程、どうりで見つからなかった訳だ。いきなり森ができて、彼らはその中を彷徨ってしまったのだろう。
しかし…腑に落ちないな。一瞬にして街一個分の森が現れるとは…。魔法でも使わないと出来ない所業だ。ここまで来て非科学的な力が通用すると言うのか?…謎だ。考えているだけでも頭が痛くなる。
「お姉ちゃん!後ろっ!!」
いきなり少年が叫んだ。私は、ゆっくりと後ろを向いた。
「…嫌な予感程よく当たる。」
そこにいたのは、大量の妖精だった。全員がこちらに武器を向けている。
「全員突撃!!脱走者を捕らえるんだーッ!!」
1人の妖精(恐らくはリーダー)が叫ぶと、妖精達が襲い掛かって来た。
(…10分で仕留めるかな。)
私も拳銃を構えた。
…どの位時間が経ったのだろう。妖精達は1人残らず倒した、はずだ。全員倒れている。
ふとあの少年を見ると、ポカンとした表情をしていた。そりゃそうなるだろうな…。いきなりこんな所を見せたのだから。
(まあいい。とにかく脱出を…)
と思っていた時、背後からもの凄いスピードで何かが飛んでくるのが分かった。
「…っ!!」
それは、一本の矢だった。間一髪で避けたが、異変が起きたのはその後だった。
「何これ、煙が出てる!!」
少年の叫び通り、矢の突き刺さった所から、煙が出ていたのだ。それも、紫色の。
(あの霧…?いや、違う、毒矢か!!)
これの様子を見る限り、かなり強力なようだ。かすっただけでも致命傷になりかねない、そんなものだった。
「これを避けるなんて…。あなた、何者なの?」
女の声がした。しかも、聴いた事のある声だった。振り返ると、そこには長身の女が立っていた。
(あいつは…あの夢の…!?)
そう、私が眠らされていた間に見た夢に出てきた女だった。耳が尖っており、短めのローブもはおっている。
「全く、大人しくしていれば良かったのに…。でも…しょうがないか。あの計画は何とかさせてみせる。」
ぶつぶつと何かを呟いていたが、目線はこっちを向いている。だが、「あの計画」と言っていたな…。だったら一発言ってやろうか。
「アイツ、計画通りに行かなかったらすぐに怒るし。もう、何でこんな汚れ仕事…」
「人を魔人に変える仕事か?」
「!?」
その瞬間、女の表情が固まった。やはり、合っていたな。
「魔法陣を出現させ、反撃出来ない体制のまま、引きずり込むというのもよく考えたことだ。」
「…だから何?」
「私が阻止してみせる。」
女は驚きを隠せないでいた。だが数秒後、あの時のような、落ち着きのあるものへと変わる。
「そこまで知ってるなんて…。あなた、本当に何者?どっかで会った事あるっけ?」
「いや?多分初めてなんじゃないか?」
私がそれを言うと、女は「ハァー」と大きなため息を吐く。そして、またこっちを見た。
「まあいいわ。それよりも、わざわざあんな罠にハマってくれてありがとね。」
「罠?」
「あなた、あそこに落ちてた鍵を使って錠を開いたでしょ。アレはね…私がワザと置いたやつよ。」
「…っ!!何だと!?」
「ここに来る前、拝見させてもらったわ。あなた達の戦いの様子。あなたが1番張り切って倒していた様に見えたわ…。正義感が強いと思って、そこの点を崩せばあなたを潰せると思ったの。」
「…」
何ということだ。不思議かとは思っていたが、それが罠だったとは…!!間抜けはこっちの方だったな。
「でも、あなたがあの軍勢を倒したのは大きな誤算だった。だから…」
そう言うと、女は空中に手をかざす。そこから出てきたのは、やはり弓だった。
「私の手で、あなたを葬る。」
女が矢を引き始めた。だが、すぐには放たず、溜めていた。
「ああ…お姉ちゃん…!!」
少年がまた泣きそうになっている。何とか早く、終わらせなければ…。そう思った直後、女の声がした。
「そうだ、冥土の土産に1つだけ教えてあげる。」
「何を教えるつもりだ。」
「私の名前よ。」
そう言うと、女は口を開いた。
「私は、『Elf』。」
その瞬間、大量の矢が降り注いだ。




