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日本産魔術師と異世界ギルド  作者: 山外大河
ギルド活動編
29/35

19 予期せぬ再会

「いつ出てくるか分かんないんだから、気、抜かないでよ?」


「お前もな」


 俺達は三階の廊下の一角で、そんなやり取りを交わす。

 今回の作戦内容をざっくりと説明すると、こういう風になる。


 まずはそれぞれ二人組で所定の位置に付く。俺達の場合は三階の廊下の隅の方だ。

 ここでロベルト達と遭遇したら戦闘開始となるわけだが……この作戦。そんなに単純な物では無い。

 そもそもどうしてロベルトを向かえ打つための場所に、このリリーブ社の本社が選ばれたか。それはこのリリーブ社に搭載された警備システムにある。


『独立型魔術防壁・迷いの森』


 その名の通り、その効力は人を迷わせる事である。

 例えば、Aの部屋からBの部屋へ移動した筈が、Cの部屋に辿りついている。三階の廊下を歩いていたら、いつの間にか一階に居るという風に、各ポイントを通過した者を違う場所にワープさせてしまうのだ。迷路という例えが一番しっくり来るだろうか。


 それにより、ロベルト達が社長室へ辿りつける可能性を大幅に減らす算段だ。

 だがまあ、俺達まで迷ってしまっては洒落にならないので、この術式の効果を無効にする指輪が支給されている。


 これによって俺達は自由に移動が可能だ。それに無効化のON・OFFも自在なので、ロベルト達が消えた場合、それを追う事が出来る。そうする事によって、それぞれバラバラの所に配置された俺達の内の一人がロベルトを発見して追う事になれば、逃げた先の警備と合流する事になる。そうしてロベルト達を大人数で囲む事も可能なのだ。


 でもまあ……欠点を挙げるとすれば、突然出てこられるので、此方側も場合によってはロベルトの出現に対応出来ない可能性があるという事だろうか。


「つーか、こんな厄介な警備システム使わなくても、普通に警備した方が良いんじゃねえのか? はっきり言って、不意打ちされるリスクがそうとうでかいと思うんだけども」


 攻撃しながら突然ワープしてこられて、それに対応しろと言われても流石に厳しいと思うしな。


「それは私も同感だわ。ちょっとその辺考えてないんじゃないかなと思う」


「だよな……いや、こういう事をやるからこそ、高ランクのギルドが集められているのかもな」



「……じゃあ、こうしてぐちぐち言ってる私達は、まだまだって事ね」


「だな」


 多分森のク……キースとかは、普通に構えている気がする。早く来いやァッ! 的な感じで。

 まあ本当にそうしてるかどうかは分からないけど……とりあえず、そこまでオーバーじゃ無いにしろ、そういう気持ちで取り組んだ方が良いのは確かだろう。


 とにかく……気合いを入れろ。


「まあとにかく、気合い淹れて頑張ろ――」


 俺がそう言いかけたその時だった。


「裕也ッ!」


 アリスが突然声を荒立てる。

 何事かと思ったが、きっとこの段階で何事か程度の事しか考えられていない時点で、既に手遅れだったのだろう。


「……ッ」


 背中に、何かが触れた感触があった。

 反射的に背後に視線を向けようとした時には、既に視界の半分以上を眩い光が奪い去っていた。

 ただ僅かに残った視界に、その正体は写り込む。


 やや背が高めで、無表情な同い年位の少女。

 ……あの時。ロベルトを助けに来た、転移術式を扱う、エリィと呼ばれていた少女。


 そこまで分かった段階で、俺は咄嗟に指輪の効力を切った。この時点で出来たのはそれが限界だ。

 そして視界は光に染まる。



                  ◆◇◆◇



「……ッ!」


 直後、視界に移っていた情景が、スライドショーで写真が切り替わったかの如く変貌を遂げた。

 転移術式。

 そう認識してすぐに、僅かに宙に浮いていた俺の体は床に叩き付けられる。


「ってて……何処に飛ばされた?」


 体を起して起き上りながら周囲を見渡すが、辺りには誰も居ない。本社の廊下である事は間違いない筈だから、警備と警備の間に落ちたのだろう。


 それにしても……危なかった。

 俺は再び指輪の効力を戻しながら、内心で冷や汗をかく。


 転移術式は一見ただの移動手段に見えるかもしれないが、そんなに単純な物では無い。

 あのエリィという少女が使った、対象に触れて扱う転移術式。そしてアリスが使った様な範囲指定の転移術式。どちらも使い方を工夫すれば凶器へと変貌する。


 そして俺は既にその恐怖をこの身で体験している。

 佐原の使った転移術式ではない……アリスが使った、脱出用の転移術式だ。


 アリスの術はあの時、マナスポットのよる術式の効力の増強でコントロールが聞かなくなり、結果俺達は木の上に落ちるはめになった。

 それだけである程度ダメージを負う訳だが、それがもしもっと高い高度からの落下だった場合、俺達はどうなっていた? 考えるだけでぞっとする。


 そういう風に、ちょっとしたミス一つでそんな事態になりかねないのが転移術式だ。そしてそれはミスではなく、故意でも起こり得る。


 俺はあの瞬間、指輪の効力を切った。

 切った事によって、迷いの森の効果が発動して少なくともこの建物の敷地内に飛ばされる事だけは確定していたけど、もし切っていなければどうなっていたのか……。


「アリスの奴、大丈夫か?」


 もう既に相手の姿は見えている訳だから対処の仕様はあるだろうけど、もし術を掛けられた時、咄嗟にこういう判断ができるかどうか……なんか不安だな。


「……とにかく戻るしかねえか」


 まずここは何階で、そしてどこなのだろうか。


 転移術式で転移のポイントを飛び越えようとしても、通常と同じ現象が起こる。つまり東側に位置する場所に飛ぼうとした場合、東側に歩いた時と同じ現象が起こると言う訳だ。そしてその転移先なんかも、当然把握済みだ。

 もし今回飛ばされたのが通常の方法で移動可能な向きだったのならば、ある程度予想が付くが、そうでない場合はその限りではない。

 屋内から屋外みたいな特殊な例に関してはなんのデータも貰っちゃいない。だからどこに飛んだか分からない。


 ……そう考えると、結構穴があんじゃねえかこの警備システム。転移術式で屋外に向かって跳ばれたら、使える奴じゃないと追えねえし、どこに跳ばれたかも分からなくなる。もうちょっとしっかりしようぜ開発担当者とこの警備システム導入した奴!


 ……まあグチっても仕方が無いよな。

 俺はゆっくりと立ち上がって、窓の外の景色に視線を向ける。

 そうして分かる事は……ここが一階であると言いう事。

 そしてあの場所から一階に行く事は出来ない事を考えると、やはり俺は建物の外に飛ばされるはずだったという事。


「……戻るか」


 とにかく三階に戻ってみよう。指輪の効力さえ発動させておけば、迷う事は無いからすぐに辿りつけるはず。

 そう思って動き出そうとした時だった。


「な、なんなんですかコレ! 何がどうなっているんですか!」


 不意に、背後から聞き覚えのある声が聞えて来た。

 俺は慌てて声の方に振り向く。

 そこには、さっき見渡した時にはいなかった顔見知りが居た。


「……ミラ?」


「……へ?」


 あちらも俺を認識した様で、そんな間の抜けた声を上げる。

 ……なんでミラが此処に?

 俺のそんな問いを口にする前に、ミラの方が俺に縋る様な声を掛けてきた。


「ゆ、裕也さん! な、なな、何なんですか! 一体何が起きてるんですか!」


 真剣に事態を把握していない様な慌てた表情でそう言うミラを見て、その手に指輪の類が付けられていない事を確認するまでもなく理解した。


 ……巻き込まれてる。


 一体どうしてこんな所に居るのかは分からないが、それは間違いないだろう。

 俺はミラの問いに素直に答える事にする。


「ロベルトだよ。アイツがここの社長に誘拐予告を出したんだ。で、屋敷中に迷路化を施す警備システムが発動してる」


「ろ、ロベルトって……」


「ほんと、何がしてえのか分かんねえよ……で、ミラ」


 俺がもう一つ分からない事を、ミラ本人に聞いてみる。


「なんでこんな所に居るんだ?」


 この作戦中、関係の無い一般社員などは全て社外に避難する手筈になっている。確かミラは運び屋のバイトをしていると言っていたけど、それにしてもこの作戦決行時刻に建物内に残る様な時間に配達を頼まない筈だ。

 じゃあ……なんで此処に居る?


「えーっと……ちょっとお届け物があったんで此処に来たんですけど……」


「でも、結構前に配達は終わってんじゃねえのか?」


「いや、まあそうなんですけど……」


「じゃあなんでまだ中に居るんだよ」


「あの、えーっと……その……」


 ミラはなんだか言いずらそうに視線を逸らす。

 ……何故に? そんな言いにくそうな事聞いてるか俺。

 でもまあ、少しは言う気になったのか、こんな確認をとってくる。


「……笑いません?」


 少なくとも、笑う様な話が出てくる場面じゃなかろうに。


「笑わねえよ。言ってみろ」


 俺はミラにそう促した。

 すると意を決した様にミラは俺にこう告げる。


「わかりました。そのプ……ったんですよ」


「へ?」


 なんだか最後の方がほとんど聞きとれなかったぞ?


「ごめん、もう一度」


「プリ……すぎ……ですよ」 


「ごめん全く分からない」


 プリ? すぎ? 何の事だよ。

 でもなんだろう。笑うなって釘も刺したって事は、少し恥ずかしい事なのかもしれない。

 だとしたら……言いにくいよな。


「大丈夫。俺は笑わねえよ。だから教えてくれないか?」


 俺は笑みを浮かべてそう言った。


「……はい」


 俺の言葉に今度こそ決心を固めてくれたようだ。相変わらず小さな声である事には間違いないが、その答えはちゃんと俺の耳に届いた。


「プリン食べ過ぎて……お腹壊したんですよ」


「……へ?」


「だから、プリンを食べ過ぎてお腹壊したんですよ!」


 ……何を言っているんだこの子は。


「その、先日お給料が入って、そしたらなんだか、プリンを死ぬ程食べたいなって衝動にかられまして。そしたら何かのセールで安かったので此処に来る前に食べまくったら……最終的にトイレの住人に……」


「……」


 なんかもう、なんて言ったらいいんだろう。

 笑うとか、そういう事はしないけれど……なんというか、この子残念だなぁと。ただそれだけを思った。


「えーっとあの、笑われなかったのはいいですけど……そんな残念な人を見る様な目で見て良いとも言ってませんよ?」


「仕方ねえだろ……だってすげえ馬鹿だと思ったもん。さすがに顔に出るわ」


「笑わない事以外、感情を表に出し過ぎですよ!」


 いや、だって本当に呆れたもん。

 まあ……昔バイキングで死ぬほど食べて死にそうになった俺が、どうこう言える話じゃないけどな。


「まあとにかくだ」


 流石にこんなくだらない話を延々と続けられる様な状況ではない。俺は話の流れを切りかえる。


「此処に居たら危ないから、とにかく外に出よう」


「いや、でも……出るって言ってもどうやって。一階のトイレから出たら全く関係の無い三階の廊下に出て、そこから次が此処ですよ? もうどこを目指したら良いのか分かりません!」


「いや、それは大丈夫」


 俺はそう言ってミラに左手を差し出す。


「一応俺は通れる様になってるから。俺と手でも繋いでいれば、ミラも通れる様になるよ」


 幸い此処は一階だ。俺がこのまま手を引いて出口まで連れて行けばいい。


「え、手……手ですか?」


「そそ。そうすれば、指輪の恩恵がミラにも行きわたる」


「いや、でも……」


「え、なんか俺へんな事言ってる?」


 すげえ躊躇われてんだけども……え、俺なんか間違ってんのか?


「あ、いえ……別に変じゃないですけど……」


 そういいながら、恐る恐るという様な感じでミラは俺の手を握る。

 ……本当にどうしたんだろうか?

 まあそれはいいとして。


「よし。じゃ、行くか」


 早い所ミラを外まで送り届けて、アリスの所まで戻らねえと。

 俺はミラの手を引きながら、出口に向かって歩き出した。

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