16 ギルドランク
結局、あの後病院へ行く事は無かった。
たまたま休みだったとかそういう訳じゃない。ただ単に、躓いて転んだ際に地面と右肩が直撃。奇跡のドッキングを果たしたので、行く必要がなくなっただけである。
とまあ言葉にするだけなら簡単だが……正直死ぬかと思った。
この世界に来て、ドラゴンと戦い、トロールと戦い、そしてロベルトと戦い、特に最後の戦いでは脱臼を含めそう問う名ダメージを負った筈なのに、実感的に一番酷いダメージだったのは肩が嵌った時ってどうなのよ。マジで多分、一瞬気絶してたぞ。
でも流石にそれで死にはしない。その後、しっかりと回復魔術でケアを行い、終われば服を買いに行き、そして結局食べそこなった昼飯を兼ねた晩飯をアリスと共に食べに行き、就寝。
そうして、また朝が来る。
目覚めは……最悪だ。
「……あのおっさんも、脱臼も完全に俺のトラウマになってんなオイ……」
本日の夢は、例のおっさんに撥ねられ、一命を取り留めたものの右肩を脱臼するという物だった。頼むから、明日の夢には出てこないでほしい。体は楽になっても、精神的に回復しない。
「まあいいや……とにかく、起きよう」
俺はアリスから借りてる部屋のベッドから降り、昨日買って用意してあった服に手を伸ばす。
一応現代日本のポピュラーな服装とはズレた異世界ファッションな訳だが、あまりにもズレているという訳では無いので、あまり着る事に違和感は無い。
にしても俺がこうして中世風だと思ってる服装って本当に中世風なのか? 俺が読んでるファタジー漫画の服装が中世風と呼べるのであれば、そうなのだろうが。
そんな事を考えながら服を着て、リビングへと向かう。
「あ、おはよう裕也」
リビングには既にアリスがいて、昨日の様にコーヒーを呑んでいた。
「アンタも飲む?」
「頼む」
昨日と同じ様な流れでコーヒーを淹れてもらう事になった俺は、アリスの前の席に座る。
「……もう十時じゃねえか」
文字が読めない俺でも、時計位は理解できる。
部屋に掛けられた時計の針は十時を示しており、俺が日曜日でもなければ寝坊と評される様な時間に起床した事を告げていた。
「一応八時半位に起しに言ったんだけどね、なんか楽しそうな夢でも見てるんじゃないかって思わせる様な寝事喋ってたし、起すに起せなかったの」
そう言いながら、アリスはコーヒーを淹れ、俺の元へと持ってきた。
「あ、ああ、そうか……」
そういえば、どんな夢かは思い出せないが、おっさんに撥ねられる前までは楽しい夢だった気がする……起せよ、悪夢に変わる前に。
「あ、そうそう。アンタが楽しい夢を見ている間に、こっちにもいい事があったわ」
「いい事?」
「依頼の電話が来たの」
アリスは嬉しそうに笑ってそう言う。
「連続で仕事が回ってくるなんて、なんかこう……軌道に乗った気がする!」
そう言ってアリスはガッツポーズ。ほんと、今までどんだけ仕事無かったんだよと、同情すると同時に、今後の先行きが不安になってくる。
「ちなみに、どんな仕事だ?」
俺がコーヒーを啜った後にそう尋ねると、アリスは少しだけ悩む様に答える。
「護衛……いや、この場合警備なのかしら?」
「まあ何にしても、何かを守る仕事って事か?」
「そんな感じ。とある大企業のお偉いさんに誘拐予告が出されちゃってね。それを阻止する為に、複数のギルドに依頼を出して厳重に警備するらしいわ。で、それがウチにも回ってきた」
……なるほど。
「……まあ大体分かったんだけど、大企業って事は相当金とか持ってんだよな? で、ウチのギルドはお前と俺しかいない、言っちゃなんだが弱小ギルド。お金持ちが雇う対象になるのかよ」
おそらくは有名なギルドを集める事だろう。だとすれば、どうしてその中に俺達を加えるなんて事になるのだろうか。
「まあ普通はならないでしょうね。規模はどうであれ、ギルドってのは結構乱立しちゃってるから数はある。私達を呼ぶくらいならランク持ちのギルドを呼ぶでしょ」
ランク持ちという聞きなれない単語は出てきたものの、話の腰を折ってまで聞く事でもない。今聞きたいのはそこでは無い。だからそれは後だ。
「じゃあ結局、なんで俺達が選ばれた」
「裕也のおかげとでも言っておこうかしら」
「俺のおかげ?」
「そう。昨日のロベルトとの戦いを目撃した人がいたみたいで、偶然裕也の情報が依頼主に届いたの。そこから情報屋経由でウチのギルドに辿りついたってわけ」
多分俺の事を把握してそうな人って、リア位から、そこに調査依頼を出したら知人だったって事だろうか。
まあ俺の情報の出所は別にいいんだ。
「でもそれだけで、そんな無名のギルドを探し当ててまで依頼するのか?」
「ま、そこは普通なら微妙な所でしょうね。でも……今回に限っては、裕也にそうするだけの価値があったのかもしれないわ」
「というと?」
「その誘拐予告を出したのが、ロベルトなのよ」
……ああ、そういう事か。
俺はアイツを返り打ちにした。つまりはロベルトより強いと認識されている訳だ。
そんな中でロベルトが誘拐予告を出せば、依頼が来るのも一応頷ける。
「だから依頼主は裕也目当てで私達に依頼した。一応受けるとは言ったけれど……良かったわよね」
「当然だろ。断る理由はねえよ」
このギルドのトップはアリスだ。アリスがやると言ったらやる。
それに……もしかするとこの一件に関わる事で、俺の中のモヤモヤが解決するかもしれない。
だとしたら断る理由なんてどこにもねえよな。
「で、色々と詳しい詳細は?」
「詳細っていうと待遇とか? それはもう、結構な額を提示されたわ。流石大企業」
「いや、そういう事じゃなくてだな、当日の動きだとかの、警備を行う上で必要な情報の詳細な」
「ああ、そっちね。それは後で律儀にも、説明に来てくれるらいいわ。電話で伝えられても、警備に付く前に口頭ででもどっちでもよかったんだけど、あっちが一度お伺いしたいって」
「いつ来るんだ?」
「二時頃」
……まだ結構時間があるな。
「それまでどうする? 案内兼ねてまた何処かに行く?」
「いや、また何かに巻き込まれでもして間に合わなくなったらまずいだろ」
まあそうそう何かに巻き込まれるもんでもないと思うが。
「そうね。じゃあ昨日一昨日と色々あったんだし、ゆっくりしてましょうか」
「そうだな。」
本当に、この世界に来てから色々ありすぎたよな。睡眠時以外にまともに休んだ記憶がねえ。
時間が空いたからと言って、無理に動き回る必要なんてない。きっと日曜日のお父さんは大体こんな感じ。
「……そうだ」
まあこうして暇な時間ができた時こそ、さっきの疑問を解決しておくべきだ。
「ん? どうしたの?」
「ああ、ちょっと気になったんだけどさ……さっき話に出てきた、ランク持ちって何の事だ?」
まあなんとなく意味合いはあ予想できるが、それでも詳しい事が分からないのなら、ギルドに所属している身としては聞いておくべきだ。
「そういえば話してなかったわね……じゃあ簡単に説明してあげるわ」
「よろしく頼む」
難しく説明されても困るからな。
「まずギルドとして活動するには、ギルド協会に申請しなくちゃいけないの。そして登録した際に基本的にはDランクの称号が与えられる。そこから功績などに応じて、ランクは最高Sランクまで上がって行くの。ここまで聞いて分かったと思うけど、ランクっていうのはギルドの格付けみたいな物よ」
うん……まあ、大体予想通りの回答だったよ、ただ一か所を除いたら。
アリスの説明によれば、登録する事によってDランクが付与される。即ちDランクが最低ランクという事になる。
だけどさっきまで俺は、最低ランクはそのランクすら貰えていない状態の事を指すと思っていた。なぜなら、アリスの言葉を考えるに、ウチのギルドはランクが与えられていないであろうからだ。
つまり……どういう事だよ。
「えーっと、アリス。なんで俺達にはそのランクが与えられていないんだ?」
俺が単刀直入にそう言うと、アリスは言いにくそうに答える。
「言ったでしょ、基本的にはって。その基本から外れる例の一つが……そもそもギルドを構成する為の最低人数に達していないとか」
「何人いるんだ?」
「最低四人」
……二人足りねえ。
「まあ協会の方が回してくれる様な仕事はDランクもランク無しもそんなに変わらないけど……協会を通さず直接依頼してくる人は、やっぱりランク付きに頼むでしょ」
……だからあまり仕事が無いのよ、とアリスは肩を落として言う。
仕事が無い。活躍できない。宣伝できない。人来ない。故にランク上がらず、仕事無い。なんだこの負のスパイラル。
……これ、端から四人集めて結成しないと詰んでるんじゃないのか?
俺は思わずげんなりしそうになるが……それでも、恐らく他のランク無しと、このギルドは違う。
一応アルドやリアといった情報屋のバックアップを受けているし……今日、こうしてランク無しのギルドには来ない様な依頼も獲得できた。アリスがさっき言った通り、軌道には乗っている筈。
だからきっと……残り二人位集められる。
「まあ今はあんまり仕事ねえかもしれねえけどよ、今回の仕事でランク無しでも依頼が舞い込んでくる様に派手に活躍して、依頼も人も集めて、さっさとDランクに上がっちまおうぜ。軌道に乗ってんだろ?」
「……そうね」
アリスは薄っすらと笑みを浮かべてから俺に言う。
「じゃあ……次の仕事、頑張りましょ!」
「そうだな――」
目の前の仕事は、俺のモヤモヤの事を取り除いたとしても、そう簡単にこなせる物じゃないだろう。それはきっと、これから先に受ける仕事だって変わらない。前途多難だ。
だけど……ギルドとして、向かうべきところは把握した。
ならそこに全力で向かってみようじゃないか。
そしてその道のりで、俺が付いた嘘の壁を壊せると思えるようになればいい。胸を張って肩を並べられる様になればいい。
その為に、まずは第一歩だ。
「――絶対に成功させようぜ!」
「おーッ!」
まだ詳しい話も聞いていない段階だけれど、こうして俺達のモチベーションは最高潮になったのだった。
次回、最初のドラゴンの件を除けば、27話にして初の依頼人登場です。




