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日本産魔術師と異世界ギルド  作者: 山外大河
ギルド活動編
21/35

11 重力変動

「警察というのが何かは知らん。だが俺にとってあまり都合の良い存在ではなさそうだ」


 そう言った男の瞳が赤く染まる。手に皮手袋を付けている所為で何の魔術かは分からないが……少なくとも、瞳の色が戦える力を保持している事を告げている。


 俺はどう動くべきかを考えると同時に、少しだけ力を抑える事に集中力をそそぐ。

 あのドラゴンとの戦闘で、今の状態の筋力が相当な物になっている事は分かった。

 仮にあの力を使って生身の人間を殴ったとすれば、それは確実に死を齎す。仮に肉体強化を覚えていたとしても、例えば本来の俺程度の力の場合は同じ結果を辿る可能性が高い。


 別に不殺主義を謳おうって訳じゃないが、人を殺すという事はこの程度の事で踏み込んでいい領域ではないだろうし、そもそもどんな状況であれ、踏み入れる勇気なんてのは持ち合わせていない。

 だから今は死なない程度にぶっ飛ばす。それがベストな選択だ。


 俺は力を抑えつつ、男に向かって跳びこもうとするが……力を抑え込むというワンクッションを置いている間に、既に男は動きだしていた。


「……ッ」


 一瞬で男は俺との間合いを詰め、裏拳を放つ様に右手を構え……次の瞬間、目の前から男の姿が消失した。

 そして視界の端……右方に、黒いコートが移る。

 明らかに普通の移動方法を使っていない……まさか、転移術式かッ!

 そして俺が対応するよりも早く裏拳が放たれる。


「グ……ッ」


 右肩に強い痛みが走り、その裏拳の勢いに俺の足は地から離れ、そのまま弾き飛ばされる。

 だが、何かおかしかった。


「なん……ッ」


 謎の浮遊感が全身を襲った。

 なんだこれまさか……落ちてるのか?


「嘘だろ……ッ!」


 まるで高い所から叩き落とされた様に、俺の体は地面と平行に落ちて行く。

 まさかアイツ……重力でも操ってんのか!?


「……ッ!」


 俺が一つの仮説を立てた刹那、まるで重力が元に戻ったかのように俺は地に落ち、勢いそのままに地面を転がる。

 戻った……のか?

 しゃがみながらなんとか耐性を立て戻し、男の方を見据える。だが俺と男の間に一瞬、何かがチラついたかと思うと、次の瞬間、左肩と腹部に激痛が走る。


「グァ……ッ!」


 激痛に思わず俯き、何かが当たった腹部に視線を向けた。

 俺の腹部、そして左肩に抉りこむように突き刺さっていた何かは、急に勢いを失ったかのように、俯いた俺の眼前へと転がる。

 これは……拳銃の弾? いや……少し違う。


 ……ゴム弾だ。


 前にインターネットでちらりと目にした事がある。

 殺傷力はほぼ無い物の、護身用としてはある程度の効果を発揮する、拳銃の弾をゴムで作った様な代物だ。当然空気抵抗や素材がゴムである事から、実弾と比べるとその威力は大きく劣り、殺傷能力はほぼ無いと言ってもいい。


 少なくとも、肉体強化を発動させている今、まったく効く筈の無い攻撃の筈だ。

 だったら今のはなんだ……この貫かれる様な痛みは。

 俺は痛みを堪えるように歯を食いしばり、男に再び視線を向ける。

 すると男は既に動きだしていた。


 ゴム弾を撃ったと思われる銃などはその手に無かった。だが男が腕を振るうと、握られていた右手から複数のゴム弾が一斉にこちらに向かって飛ばされてくる。

 明らかに腕は軽く振られていたにも関わらず、弾速は肉体強化で動体視力もある程度向上している俺が、辛うじて見える程度のレベルまで加速していた。


 どう考えたって、何かしらの魔術が作用している。

 俺は左方に飛んでゴム弾を交わし、すぐにでも男の方に飛びこめるように右足に力を込める。

 恐らく、あのゴム弾に掛っているのは重力を操作する様な魔術だろう。さっきの落下の事。そしてさっき俺に着弾してから、少しの間だけ俺に抉りこむ様な形になった事を考えると、信憑性は高い。

 重力の掛る向きを俺の方へと向け、掛るGの強さを操作して勢いを付ける。きっとそれがあのゴム弾のカラクリだ。


 だとすれば……非常に厄介だ。

 別にゴム弾が厄介な訳ではない。確かにゴム弾にも関わらず、正体不明の激痛を齎してくるから、危険である事に変わりは無い。だけど、まだ耐えられる。問題は、ゴム弾を打ち出している力の方だ。


 肉体強化の恩恵も殆ど得られない様なスローイングで、素人目で見ても拳銃を要いた時の弾速に近いんじゃないかと思わせる程のスピードを出させている重力操作。

 それがもし人の体に作用したらどうなる?


 さっきの裏拳の際は、恐らく重力の向きを変えられた程度で終わっている。

 だけどもし真下に強力なGを掛けられたら? 動ける動けない云々よりも、体が持つか?

 もった所で動けなければそれは無防備で突っ立っている事と同義だ。どうしようもない最悪な展開である事には変わらない。


 ……いや、でもちょっと待て。そういう選択肢があるのなら、どうして重力の掛る咆哮を変える程度の事しかしてこなかった? あの場面、充分に俺にとって最悪な状況を齎す事は可能だったはずだ。

 そうしてこなかったという事はつまり、それは出来ないという事なのか?

 だとすれば……これ以上深い事を考える必要な無い。


「……次はこっちから行くぞ」


 例え重力の向きを変えられようが、最悪な展開に持ちこむ一手を打たれないのであれば、対処法は至って単純だ。

 俺は全力で地を蹴って男の方に飛びこむ。

 次のゴム弾が撃たれる前に、一気に間合いを詰めて、そして手を伸ばす。


「……ッ!」


 男が転移術式で逃げるよりも早く……その右腕を掴む。

 男が使った転移術式が、一定の範囲内の者を転移させる様な代物でなかった場合、こうして掴んでおけば、男が転移した際に俺も転移する。

 基本的にその手の術式は対象が触れている物も纏めて飛ばす。でなければ人だけを飛ばして服はその場に残していくみたいなギャグ漫画の様な構図ができ上がってしまうからだ。


 だからこれで転移による不意打ちは事前に防いだ。

 そして重力の方向を変えられても、コイツを掴んでいる限りは飛ばされない。

 だから後は……左腕の中に無いとは言い切れないゴム弾が撃たれる前に……叩きこめ!


「おらッ!」


 俺は右手の拳を握って振り下ろす。全力では無く……力を抑え込んで。

 そうして放たれた拳は……、


「……ッ!」


 男の左手でいとも簡単に受けとめられた。

 そして攻撃の権利は男へと譲渡される。


「……」


 男は無言でソレを発動する。


「ぐぁ、アァッ!」


 男に拳を止められた次の瞬間、拳を掴む掌から発せられた突風に押し込まれ、肩に激痛が走る。

 ……脱臼。それ故の激痛。

 飛び込んだ事によって発生したエネルギーは、左腕を中心に浴びた突風によって勢いを落とされ、俺は風の煽りによって不自然な回転をしながら地面に叩き付けられる。


 一方の男は、俺の攻撃による勢いも、自らが起した突風による衝撃も、うまく受け流す事が出来たのか、少し俺との距離を開ける程度の位置に、滑る様にして停止していた。


「……何をしている」


 男はこちらに一歩近づきつつ、口を開く。


「確かに充分な威力を持った拳だった。だが、他人の問題に首を突っ込んでおいて、手加減で乗り切ろうなんて甘い考えは捨てた方が良い」


 そして一拍開けてから男は言い放つ


「……早死にするぞ」


 俺はその言葉を聞きながら、ゆっくりと起き上った。

 右肩は依然脱臼したままで、プラリと垂れ下がっている。無理矢理治そうと思えば治せるかもしれないが、脱臼なんてした事が無いから、治した事だってない。正直に言って、ちゃんとした医者に診てもらいたい。

 だから……今はこの激痛に耐えろ。


「それで、どうする。まだやるのか?」


 男は俺に問う。


「はっきり言って、俺はお前に興味が無い。お前が引くなら追いはしない」


 まあそれはそうだ……コイツの目的は、ミラがアリスから奪った金を奪う事なのだから。

 だけど……そう言われて引けるようならば、この世界になんて着ていない。


「わりぃけど、その気はねえよ。お前みたいな奴を目の前にして、黙って見過ごせる程利口じゃねえからな」


 そう言って俺は左手だけで構えを取る。

 そして……今度は左手に全力で力を込めた。


「とりあえず……此処からは本気だ」


 手を抜いていたら勝てない。本気を出さなければ、コッチがやられる。


 だから……ちょっと本気出す。


 俺は正面に倒れるように重心を傾け、そして勢いよく地面を蹴った。

 右肩に激痛が走るが、それに耐えて左手による攻撃態勢を取り、そして全力の拳を放つ。


 だがその拳は空を切る。右肩の脱臼による激痛が邪魔をして、速度が足りなかったのかもしれない。ギリギリのタイミングで男の姿が消失した。

 そして今度は背後に、殴られた様な痛みが走る。

 それだけで十分なダメージであるにも関わらず、男の攻撃はそれだけでは終わらない。


 重力変動


 俺の体は再び落下を始める。

 此処までは読んでいた。そしてこの流れで行くと、再びあのゴム弾が放たれる事も。

 だから……落ち始めた瞬間に、その前に手を打つ。


「うぉらあああああああああああッ!」


 俺は落下しながら、男にある物を左手から放つ。

 発火術式のよる炎ではない。

 もっと物理的で……それでいて、場合によっては同等の威力を誇るかもしれない物。

 即ち投石。さっき倒れた時に拾っておいた石を全力で投げる。


 一見、落ちている石を投げるなんて行為は魔術による攻撃と比べて見劣りするかもしれない。だがしかし……石というのは充分に凶器だ。

 まだ距離もさほど離れて無い段階で放たれた投石は、男の腹部に直撃し、男を大きくよろめかせる。

 そうしている間に、地面を転がる様に着地して、再び男に接近した。


 だがおそらく、投石である程度隙を作ったとしても、今度も交わされる。

 拳の速度も足りなかったが、さっきの攻撃の際、明らかに跳びかかる勢いも落ちていた様に感じられた。きっと右肩の脱臼がそういう所にまで枷を掛けてしまっている。

 だからそれを頭に入れて、攻撃パターンを組み立てろ。


「ったれ!」


 俺は拳の射程距離まで接近した後、ある程度力をセーブした拳を放つ。

 これで、受けとめられるならばそれでいい。

 そう思って放った拳は空を切る。


 今度は攻撃を受けとめるのではなく、交わして来た。さっきは俺に掴まれていたからああいう行動を取ったのであって、本来は攻撃を受けとめて攻めに転じる様なタイプではないという事だろう。相手を撹乱する様な転移術式がそれを物語っている。

 撹乱した上で、重力の方向を変える拳により、ダメージと共に距離を離す。おそらく今度もそう来ると……俺は山を張った。


 まだその山が当たっているかは分からない。

 拳を振るった勢いで体の向きが傾き、右方に男が居ない事を確認する。そして視線の端。その全貌が見えた訳ではないが、さっきまで背後だった場所にも、男は多分いないであろうという仮説を立てる。

 だとすれば、俺の山が当たり、そしてその仮説も正しければ……男が居るのは、殴る前の時点での、俺から見て左側。


 当然、この状態じゃそっちまで視線を向ける事は出来ない。だけど、向かなくたって別にいい。

 ぶらりと垂れ下っている右手がそちらに向いていれば……それでいい。

 そうして俺は、右手の甲に赤い魔法陣を展開した。


 発火術式。


 ドラゴン、そしてトロールとの戦闘で要いた巨大な炎を掌に出現させ、そして放つ。


「グアアアアアアアッ!」


 男の呻き声が聞えた。どうやら山は当たってくれたらしい。

 ……後は一気にたたみこむ。

 俺は土の上を滑りながらも、なんとか男の方に向かって切り返し、再び男に席巻する。


「とりあえず頭冷やせこの野郎!」


 そして炎を振り払おうとしている男に向かって、勢いよく蹴りを放った。


「グハッ!」


 男の体はくの字に折れ、勢いよく川へとダイブする。

 大きな水しぶきが上がり、一瞬場に静寂が訪れた。


「……やったか?」


 俺は荒い息をしながらそう呟いて……そして、俺はようやくある事に気付く。


「っていうかヤバイ……やってたら困るじゃん」


 もし今の蹴りで気でも失っていたら、当然泳げないだろうし、水の中に沈んで行く。イコール、それは死に至る可能性だってあるわけだ。


 だがその心配は必要が無かった。

 つまりは……まだ、やってはいなかった。


 水面から大きな水しぶきと共に、男が飛び上がる……いや、空に向かって落下していた。

 男はその後、陸に向かって落下を始め……そして着地を失敗し、河川敷の上を勢いよく転がる。

 男はゆっくりと立ち上がろうとするが、相当ふら付いており、やがてその場に崩れ落ちる。

 どうやら……今の水面からの脱出が、最後の力という奴だったらしい。


「とりあえず……あとは警察的な奴に付きだせばいいって事か」


 最初の男の反応をみる限り、この世界の警察的なポジションの名称は警察では無いらしい。まあその辺の事に関しては、アリスにでも聞くとしよう。多分追ってきてるだろうから、そろそろ来ると思うけども。


「まあそう言う訳だ。観念しろ」


 俺はそう言いながら、男に近づいて行く。

 とりあえず縛っておけばいいのか? いや、でもそんな都合よく縛れる様な物は無いし、とりあえず気絶でもさせとくべきだろうか。

 そう考えながら歩いていた、その時だった。


「その人からァァァ離れろおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 背後から、突然そんな声が響き、思わず振り返る。

 するとそこには、鬼気迫る表情の、同い年程の金髪の青年が……勢いよく拳を構えてこちらに跳んでくる姿があった。

 俺は思わず右方に跳んで青年の拳を交わす。だがそれにより男との距離が離れてしまう。


「これ以上この人には、指一本触れさせねえぞ!」


 俺の前に躍り出た青年の瞳は赤く染まっており……そして右手の甲には白い魔法陣が展開されている。

 ……肉体強化だ。

 今の動きからして、相当の実力者である事が伺える。

 そして口ぶりから、この男の仲間だという事も。

 つまり、言える事は一つ。

 ……そう簡単に、この一件は終わってはくれない。

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