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弥生

「よし。換装完了だ。乗ってけ」

「ああ。ありがとな。これ、代金」

「いいって。お前がここで働いたときに、給料から天引きしておくから」

「いや、働くなんて言ってないだろ」

「気が向いたときでいい。技術屋は貴重だ。さっきも言ったが、いつでも歓迎する」

「…そうか。じゃあ、また来るよ」

「ああ。待ってるぜ」


オヤジに軽く尻尾を振り、スクーターに乗る。

エンジンキーを回すと、音もなくエンジンが掛かった。


「スゲェな。音がしない」

「今時、ブォンブォン噴かしてるバイクなんてねぇよ。あと、ブースターは標準レベルだから気にすることはない」

「ああ。分かった」

「じゃあな。次は、技術屋として」

「ああ」


ゴーグルを着けて、もう一度オヤジに手を振る。

そして、短い間だったが世話になったエンジンにお礼を言って。


「はは、大丈夫さ。ちゃんと有効活用してやるから。もしかしたら、今より活躍するかもな」

「是非ともそうしてくれ」

「必ずな」


その言葉を聞いて安心した。

アクセルを踏んで、倉庫をあとにする。

今度はきっと、あのエンジンも新しく生まれ変わっているだろう。

それを期待して。



弥生たちを見つけるのに、それほど苦労はしなかった。

店には入らず、通りから眺めているだけだったから。


「貧乏性だな」

「うわっ、びっくりした」

(お帰り~)

「ただいま。それにしても、見てるだけで満足なのか?店に入ればいいのに」

「だって…」

「お前の小遣いくらい、すぐに稼いでやるから」

「でも…」

「どれが欲しいんだ」

「………」

(あの櫛が欲しいんだって)

「ち、違うよ…」

「じゃあ、どれなんだ」

「…何もいらないよ」


弥生はクルクスから降りると、そのまま通りの向こうへ走っていってしまった。

櫛…か。

倹約倹約で身嗜みを整えさせてやる余裕もなかったからな…。


「おい。どれを欲しがってたんだ?」

(んーとね、あの白い櫛だったかな)

「ふぅん。リクの櫛か」

(リク?)

「竹の一種らしいな。見た目は普通の竹だけど、中身が白いんだ」

(ふぅん)

「それに、かなり硬い。加工しにくい代わりに、すごく長持ちするらしい」

(そうなんだ)


三千円か…。

よし。


「姉ちゃん!そこの姉ちゃん!」

「はぁい。なんでしょうか」

「このリクの櫛、取っておいてくれないか」

「えぇ~、彼女にあげるんですか?」

「まあ…そんなところだ」

「どんな彼女?可愛い?」

「まあな。それより、前金はいくらだ」

「五百円ですね」

「ほら。じゃあ、しっかり頼んだぞ」

「分かってますよ~。あと、これが取り置き票ね」

「ああ」

「ガンガン稼いで、早く買ってあげなさいよ」

「分かってる」

「ふふふ。では、お待ちしております~」


ヒラヒラと手を振る店員の姉ちゃん。

…そうだな。

早く稼いで、早く買ってやらないと。


(どこに行くの?)

「ん?ちょっとな。お前も来るか?」

(うん)


スクーターのエンジンを再び掛ける。

と、さっきの取り置き票をちゃんとしまっておかないと。

財布に入れて、その財布を上着の内ポケットに仕舞って。

うん。

穴も開いてないな。


(貧乏性だね)

「貧乏だからな」


クルクスの背中を軽く叩いて、準備完了を報せる。

…そういや、名前を聞くのを忘れてた。

まあいいか。

アクセルを踏んで、来た道を戻っていった。



オヤジは顎を触りながら、何かを考えているようだった。


「な、短期で頼むよ」

「ふぅむ…」

「いつでも歓迎するって言ってくれたじゃねぇか」

「…お前、急に金が必要になったってのはどういうことだ。悪どい商売でも思いついたのか。それとも、何かやらかしたのか」

「なんでそんなことばっかりなんだ。何もしてねぇよ」

「そうか。ならいいんだが」

「で、雇ってくれるのか?」

「今日一日昼飯付きで八千円。これは、さっきの代金を引いた額だ。それ以上は出せないし、時間も短くすることは出来ないぞ」

「充分だ。ありがとう」

「…さっさと着替えろ。遅れた分は引いていくぞ」

「ほいほい」


渡された作業着に着替える。

すでに機械油で汚れているが、誰かが着てたんだろうか。


「役に立たないやつらばかりで困る。ここは修理屋であって、部品交換屋じゃねぇんだ」

「そうか」

「おぅ。よし、じゃあ、そこのバイクの修理からだ。昼前に取りにくるように言ったから、さっさと終わらせるぞ」

「分かった」

「おい、待て。そこの手袋をしておけ。手が汚れるだろ」

「でも、それじゃあ細かい作業が…」

「贈り物をするときに、頭くらい撫でてやれ。今日一日相手をしてやれないんだからな」

「なんだ。知ってたのか」

「いや。経験からだ。俺も昔、大切な女へ贈り物をするためにあちこち走り回ったからな」

「へぇ。そんな人がオヤジにもいたんだな」

「ああ。それと、そこに隠れてる龍にもあとで手伝ってもらうからな」

(え、えぇ…)

「しっかり働けば、お前にも給料を出してやる」

(ホント?)

「しっかり働けば、な」

(うん!一所懸命頑張る!)

「そうだ。お前、名前はなんて言うんだ?」

「まだ聞いてなかったのか」

「いろいろあったりなかったりしてな」

(んー。名前はまだないよ。兄ちゃんが決めてくれる?)

「ん?いいのか?」

(うん。いいよ~)

「クルクスの名前か…。お転婆丸とか」

「ははは。ピッタリじゃねぇか」

(絶対にイヤ!)

「仕方ないな…」

「名前は一生ものだからな。まあ…契約者ごとにいくつも名前を持ってる聖獣もいるみたいだが」

(んー、可愛い名前がいいな)

「俺にそれを求めるのか」

(頑張って考えてよ)

「自分で考えろよな…」

(そんなの、意味ないじゃない)

「自分で考えた名前なんて、何の価値もない。贈ってもらうからこそ、真の価値が出てくるってものだ。贈る側も、相手が一生その名前を背負って生きていかなければならないことを考慮しないといけない」

「うーん…」

「まあ、そんなに気負うこともないさ。好きなように付けてやるといいさ。ただし、こいつのことを想ってな」

「ああ…」


さて…。

どうするかな…。

ずっとクルクスで通してたし、今更新しい名前と言われてもなぁ…。


(ねぇ、早く早く)

「急かしてやるな。それより、お前。こっちに来てくれ」

(ん?)

「このエンジン、そっちの倉庫に運んでおいてくれ」

(ここも倉庫じゃない)

「ここは仕事場だ。つまらないことを言ってると、お前の給料を減らすぞ」

(分かったよ…)


台車に乗せられたエンジンを、グイグイと押していく。

あれも旧型だな…。

俺のよりは新しいみたいだけど。


「それより、妹は大丈夫なのかよ。今は一人なんじゃねぇのか?」

「そうだな…。でも、あいつはしっかりしてるし大丈夫だよ。宿に戻ってるだろ」

「…そうか。なら、いいんだがな」

(はぁ~。なんなのよ、あのエンジン。なんであんなに重たいのよ)

「思い出が詰まってるんだろ」

(…何それ)

「まあ、いいじゃねぇか。それより、次の仕事だ」

(えぇ~…)

「妹を捜して、宿に送り届けておけ。心配して上の空で仕事をされても困るからな」

(やった!休憩~)

「休憩じゃねぇよ。早く帰ってこないと、クビにするぞ」

(えぇっ!い、いってきます!)


慌てて飛び出していく。

…慌てすぎて、怪我でもしなければいいけど。


「さて。お前も、あいつが帰ってくるまでに、あいつの名前を考えておくんだぞ」

「分かってるよ…」


それが一番の問題だったな…。

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