街へ
「ねぇねぇ、これ、買ってもいい?」
「なんで俺に聞くんだよ。財布はお前が持ってんだろ」
「じゃあ、買おっかな」
弥生は嬉々として会計に向かう。
ぬいぐるみなんか荷物になるから、あんまりよくないんだけど…。
まあ、あいつがそれで喜ぶなら仕方ない。
(ねぇ、あれ買って~)
「俺に頼むなよ…。所持金が千五百円しかないんだぞ」
(あれは千円だから大丈夫)
「大丈夫じゃないから買わないんだ」
(むぅ…。ケチ)
「ケチで結構。ケチだから、お前の好きなカミカミも買わない」
(えっ!ダメだもん!わたしのおやつ!)
「弥生に頼むんだな」
(そんなの…絶対無理…。三百円しか出してくれないもん…)
「じゃあ、諦めるんだな」
(ヤだもん…。おやつ…)
クルクスがだんだん涙目になってくる。
声はすでに震えていて。
「…もういいから。買ってやるから泣くな」
(ホント…?)
「はぁ…」
(えへへ…。ありがと…)
まったく…。
俺もまだまだ甘いな…。
「買ってきたよ~」
「そうか。じゃあ…」
「はい、どうぞ」
「ん?」
「兄ちゃんにあげる」
「はぁ?」
「感謝の心を忘れずに使うと、それに応えて長く保ってくれるんだって」
「俺は何かの道具か」
「あっ!そ、そういう意味じゃないの…。兄ちゃんに、ずっと元気でいてほしいなって思っただけで…」
「…分かってるよ。ありがとな、弥生」
「えへへ」
頭を撫でてやると、嬉しそうに耳を寝かせて。
俺も、弥生の期待に応えてやらないとな。
と、クルクスが服の裾を咥えて引っ張る。
(わたしも!わたしも撫でて!)
「なんでだ」
(わたしも、感謝してくれたら、もっと頑張るよ!)
「感謝出来るようなこと、してないだろ。お前の場合」
(してるもん!)
「何だ」
(えっと…ブースターの起動!)
「さっき怒られたばっかりだろ。それに体力バカのお前は、ブースターとかで消費しておかないと、何をしでかすか分からないからな」
(た、体力バカ…)
「兄ちゃん。クルクスだって女の子なんだから」
「女でもなんでも、体力バカなのには変わりないだろ」
「そりゃそうだけど…」
(や、弥生まで…)
「あ、いや、そういうことじゃなくて…」
(じゃあ、どういうこと…?)
「えっと…。あ、いつも元気を分けてくれてありがとうってことだよ」
(…今思い付いたでしょ)
「そ、そんなことないって」
(うぅ…。やっぱり酷い…)
「あ、ほら、あれ!カミカミ買ってあげるから!だから、泣かないで」
(兄ちゃんに買ってもらうもん…)
「え?あれ?」
「はぁ…」
弥生を抱き上げて、クルクスの背中に乗せる。
二人とも何がなんだか分からないといった様子で。
「今日一日、クルクスは弥生のスクーター代わりだ。それが出来たら、明日に感謝してやる。弥生もそれでいいだろ?」
「あ、うん。そうだね。クルクス、やれる?」
(うん…!出来るよ!)
「ふふふ。じゃあ、頑張ってね」
(うん!)
一件落着、なのか?
明日の報酬に胸を膨らませるクルクスと、なんとか丸く収まって胸を撫で下ろす弥生。
「言っておくけどな、ちゃんと仕事をしないと報酬はなしだからな」
(うん、分かってるよ~)
「はぁ…。本当かな…」
「よ~し。じゃあ、出発進行!」
(おーっ!)
若干不安は残るけど、まあクルクスならやれるだろ。
いちおう一度ため息をついておき、先に歩き出した二人を追った。
これは最新鋭の元素エンジンか…!
あのユンディナ旅団のバイクにも搭載してあったけど…。
五元素全てに対応出来るなんて、さすがだな。
「それはお前たちじゃ手が出んだろ」
「そうだな」
「ひとつ前のエンジンなら安くなってるぞ」
「いくらだ?」
「一万だ」
「安いな!」
「ああ。最新のやつは従来の二倍長く走れるそうだ。大きな旅団なんかは、値が張ってもそっちに換装し始めている。それで、そのエンジンの買い手も見つからなくなってきた。誰も、ひとつ前の型になんて見向きもしないんだな」
「二倍って…化物だな…」
「お前のスクーターの十倍は走れるんじゃないか?」
「そこまでポンコツじゃねぇよ…」
「おぉ、そうだ。換装後の中古エンジンなら、換装費と前のエンジンの処分費を含めて、九割引きの千円にしておいてやるぞ。それに、中古といってもユンディナ旅団で最高のメンテナンスを受けてた新品同様のものだ」
「えっ、本当か!?」
「ああ。機械ってのは、新しくなればなるほどややこしくなっていってな。処分するのにも金が掛かるんだ。その処分費を考えると、欲しいやつに売り飛ばした方が得なんだ。けど、こいつみたいに八個も前の型なら、俺でも分解して別のところに組み込んだり出来る。バイクとしては八個前のポンコツでも、例えば半手動の井戸水汲み上げ機にでも作り変えれば、充分に役立ってくれる」
「なるほどな」
「そうなれば、千円でもまだ高いくらいだ。まあ、負ける気はないが」
「値切れなんて言ってないだろ…」
「しかし…最近の開発者ってのは、便利にする一方でそのあとのことをあまり考えないよな。修理するくらいなら買い換えた方が良い、なんて言うらしいぜ?はは、笑っちまうよ…」
「………」
機械油で真っ黒になった手で、ガチャガチャとウィンカーを付ける作業を続ける。
修理するより新しいものを買う方が安い、か。
高い金を払ってまで使い続ける人もいるだろうが、ほとんどの人は安い方を選ぶだろう。
それだけ、ものへの愛着が薄れてきてるってことなのか…。
「こんなボロスクーターを引っ張りこんでくるやつも珍しい。いつから使ってるんだ」
「ん?あぁ、まだ一ヶ月くらいだ。まあ、その辺に捨ててあったのを修理したんだけど」
「ほぅ。修理が出来るのか」
「まあな。旅費を稼ぐために、いろんなところで働いてるから」
「組合の仕事か。紹介されたやつが、ここにもたまに来る」
「ふぅん」
「働いてみないか?ここで。短期でも長期でも」
「んー。まあ、考えとくよ」
「そうか。気が向いたらいつでも来るんだ。歓迎するぞ」
「ありがとな」
「今時珍しいからな。こんなボロスクーターに恥ずかしげもなく乗ってる若者は」
「…悪かったな」
「ははは。誉め言葉だ。…こんなにものを大切に使うやつに会うのは久しぶりだ」
「大切に使えてるかどうかは分からないけどな」
「ブースターか」
「ああ」
「大丈夫だ。どこにも負荷は掛かってない。速度計が若干壊れてきてることを除いてな。どんな速さで走ってるんだ、お前は」
「俺じゃねぇよ。クルクスが、無茶な速さを出しやがるんだ」
「クルクス?お前の聖獣にはまだ名前がないのか」
「はぁ?クルクスが名前なんじゃないのか?」
「クルクスは種族名だろ。クルクスが名前なら、犬に犬って名前を付けるのと一緒だ」
「ふぅん…」
「まあ、またあとで聞くといい」
「ああ」
ずっとクルクスって名前なんだと思ってた。
あいつの名前って…何なんだろ。
「よし。ウィンカーは大丈夫だ。次はエンジンだが、付けていいのか?」
「ああ。付けてくれ」
「分かった。代金はどうする。またあのチビっこに出してもらうのか」
「いや、千円なら俺が出すよ」
「…いくら持ってるんだ」
「千五百円だけど。それがどうかしたのか?」
「まあ、あっちのチビの方がしっかりしてそうだからな」
「…どういう意味だ」
「お前は間抜けに見えるという意味だ」
「………」
「はは、怒ったか?」
「ふん」
不機嫌に尻尾をバタバタと振ってやると、オヤジはニヤニヤして。
睨みつけると、一度スパナをクルリと回してエンジンに取りかかる。
…まあ、弥生の方がしっかりしてるのは、あながち間違いでもない。
でも、わざわざはっきりと言うことはないと思う。
オヤジは、そんなことは微塵も気にせず、なんだか楽しそうにエンジンを取り外していた。




