王さま
「あー、もうこんな時間か」
「何?どうしたの?」
「あともうちょっとしたら、出発の時間なんだ」
「えっ、もう?」
「うん。馬車の時間」
「まだもっと話したいことがあるのに!」
「仕方ないだろ。我儘言うな」
「だって…」
「出発する準備は出来てるのか?」
「うん。宿に戻ったら、いつでも出れるよ」
「それなら、もうちょっと喋れるよね!」
「そうだね。ギリギリまで、何か話そっか」
「やった!」
「いや、ギリギリだといろいろ危ないだろ。時間には、ちゃんと余裕を見とかないと」
「兄ちゃんは、響や光と一緒にお喋りしたくないの?」
「そういうわけじゃないけど、それとこれとは話が別だ。何かの事情で時間に間に合わなかったらどうするんだ。そのときになって、もう少し早く準備してたらと思うのでは遅いんだぞ」
「むぅ…」
「翔は真面目なんだね」
「真面目すぎて困るよ…」
「でも、本当に万が一ってこともあるから、早めに準備しておくっていうのには賛成だよ」
「もう…。ルウェまで…」
「じゃあ、これでお開きかな」
「えっ、見送りくらいさせてよ」
「してくれるの?」
「当たり前でしょ!」
「そっか。…ありがと」
「まあ、宿に戻るか、とりあえず」
「うん」
送別会の用意は片付けて、さっさと引き上げる。
弥生はぐずぐずしていたけど、時間を稼いでいるつもりだろうか。
…ギリギリまでやっていて馬車に乗れなくなったら、もっと落ち込むことになるだろうし。
気分良く見送ってやりたいしな。
「旅ってこれが嫌だよね…」
「まあ、仕方ないよ。別れも旅の一部なんだし」
「そうかもしれないけど…」
「また新しい出会いがあるよ、きっと」
「でも、その出会いにも別れが…」
「そういうネガティブな方向に考えないの」
「だって…。あっ、私たちも今日出発すれば…」
「そんな準備はしてないし、仮に出発出来たとしても、それも柚香とかこの街で会ったみんなとの別れになるだろ」
「うむむ…。そうか…」
「出発の段取りは、また決めればいい。でも、今日今すぐにっていうのは無理だ」
「柚香と別れることになるとは…」
「次は、二人はどこに行くの?」
「私たち?私たちはどうかな、兄ちゃん」
「ルイカミナの方面から来たから、ユールオ方面かな。カシュラでもいいけど」
「わたしたちはユールオだよね」
「うん」
「じゃあ、ユールオに行こう」
「お前な…」
「いいじゃない!王さまにも会いたいし!」
「そんなにすぐに会えるものなのかな…」
「灯の友達だって言えばすぐだよ!」
「灯は別に、フリーパスじゃないんだからな…」
「似たようなものでしょ。お姉ちゃんだって言ってたし」
「いやいや…」
「ねぇ、二人は王さまに会うの?」
「どうしよっか、光。全然考えてなかったけど」
「ちょうど、王さまの、都合が合えば、いいんじゃないかな」
「そうだね。謁見の期日とかもあるはずだし」
「いいな。私も王さまに会ってみたい」
「じゃあ、柚香のために、王さまに来てもらおう!」
「適当なこと言うな。無茶苦茶だし」
「だって、柚香が会いたいって言ってるんだよ」
「王さまに来てもらうのは、すごく畏れ多いかな…」
「国民が謁見を望んでいるんだから、それくらいして当たり前だよ!」
「謁見っていうのは、王さまに会いに行くことだ」
「同じでしょ」
「はぁ…。もう、こういう下らない話で体力を消耗させるのはやめてくれよ…」
「断固拒否!」
「あはは…。面白いね、二人とも…」
「俺はただの巻き添えだ。面白可笑しいのはこいつだけでいい」
「私は別に面白可笑しくないし!」
こいつは、変なところで変な風に突っ掛かってくるから面倒くさい。
柚香個人のために王さまに来てもらうなんて、普通に考えても無理だし、柚香自身も嫌だって言ってるのに。
でも、極端な負けず嫌いだからな…。
面倒だからと相手にしないと、それはそれで面倒くさいことになるし…。
「でも、王さまってどんな人なんだろうね」
「きっと、すごく綺麗で、格好よくて、なんでも出来て、すごい人だよ!」
「完璧超人だな…」
「それくらいでないと、王さまは務まらないよ」
「いやいや、そんなことないだろ」
「あるよ!いいなぁ。私も、王さまみたいな女の人になりたい!」
「会ったこともないのに…。しかも、たぶん、そんな完璧超人じゃないぞ」
「会ったことなくても分かるの!」
「また根拠のない自信を…」
「でも、王さまってホントにどんな人なんだろうね。言われてみれば、よく知らないし」
「灯に聞いてみれば、詳しく教えてくれるんじゃないか?」
「やっぱり、実際に会ってみないとねぇ」
「まあ、それはそうかもしれないけど」
「上手く、謁見出来たら、いいんだけどね」
「なかなか難しいんじゃないか?王さまだって、暇じゃないだろうし」
「えっ、王さまって暇じゃないの?」
「どんな王さまを想像してたんだよ…」
「優雅に蹴鞠とかして…」
「そんなわけないだろ、一国の王なんだから。そんな優雅な生活をしてるのなんて、平安時代の貴族くらいのものだろ」
「えぇ、そうだったんだ…」
「もっと学が必要だな、弥生には…」
「うっ…。学かぁ…」
「まあ、一国を、背負って、立つわけだからね。責任は、すごく、重大だと思うよ」
「光は、王さまになりたい?」
「えぇ?どうかな…。わたしは、そんな責任には、耐えられないかも」
「王さま!ってかんじがするのになぁ」
「どんなかんじだよ…」
「光なら、きっといい王さまになれるよ!」
「そ、それは、どうなのかな…」
また根拠のない自信というか、妄想だな。
だいたい、光がなんで王さまになるんだろうか。
そこからして分からない。
王さま!ってかんじというのも分からないし…。
弥生は、感性で話すことが多いからな…。
困ったものだ。