落とし主
「どんな人が来るんだろうね!」
「おいおい…。遊びに来るわけじゃないんだからな…」
「分かってるけど…。男の子かな、女の子かな!」
「分かってないな…」
まったく、こいつは…。
でも、どんな人なのかは俺も気になる。
…と、誰かがドアをノックして。
「あっ!来たーっ!」
「えっ、誰が?」
「なんだ、光お姉ちゃんかぁ…」
「えぇ…」
「あんまり気にするな。それより、準備は終わったのか?」
「うん。いつでも、出発出来るよ」
「そっかぁ。二人は、もう出ちゃうんだよね…」
「旅をしてたら、いつか、また会えるよ」
「同じルートなら、またすぐに会えるんじゃない?」
「一生追い付かないかもしれないぞ」
「あっ、そっか…。出発するタイミングとかが上手くいかなかったら、そうなるよね…」
「普通に、自分たちのペースで、自分たちの好きなように、旅をすれば、いいんだよ」
「えぇー…。そんなので会えるのかな…」
「大丈夫だよ」
「…すみません。いいですか?」
「えっ?」
光の後ろ、部屋の入口のところに立っていたのは、すごく綺麗な女の人だった。
いや、大人っぽく見えるというだけで、歳は俺と同じくらいか、むしろ、下かもしれない。
…その人は少し首を傾げると、ニッコリと笑って。
「初めまして。あの、自分は、ルウェといいます。落とし物を預かっていただいていると聞いたのですが…」
「わぁ、すっごく美人!」
「こら、弥生、失礼だろ。ごめんな。俺は翔っていって、こいつは弥生、こっちは光」
「よろしくね、ルウェちゃん」
「よろしくお願いします」
「ねぇ、ルウェって、お金持ち?」
「えっ?うーん…。どっちかって言うと貧乏かな…。お金を稼ぎながら旅してる身だし…」
「じゃあ、万金のタグなんてどうしたの?家宝?」
「弥生。お前、さっきから不躾にも程があるぞ」
「だって、気になるんだもん…」
「いいですよ、そんなの。聞かれて困ることもないですし」
「甘やかしちゃダメだって。そのうち、スリーサイズまで聞かれるぞ」
「聞かないよ、そこまでは…。でも、スタイルはそこそこいいよね。ルウェみたいに、胸はそんなでも、お尻がおっきい方が、私は好きだよ」
「中年のおっさんか、お前は…」
「あはは…。あの、それで、タグなんですが…」
「はい、これ。毎日、綺麗に磨いてたんだから」
「ありがとう。よかった…。本当に大切なものなんだ」
「大切な、ものなのに、なんで、落としちゃったの?」
「途中で具合が悪くなって、倒れちゃったときに落としたんだと思います」
「えぇ、そんなに、重病だったの?」
「い、いえ…。重病というわけじゃないんですが…」
「月のものが、重たかったとか?」
「えっと…。はい…」
「へぇ。月のもので倒れることなんてあるんだな」
「自分は、滅多にないんですが…」
「ちょっと、翔。デリカシーが、なさすぎるよ」
「えっ、でも…」
「大丈夫?身体の、調子は?しんどくない?」
「はい。今はもう、ちゃんと元気になりましたので」
「そう、よかった」
「それに、望が診てくれましたから」
「望さん?同行者さん?」
「はい。望とお兄ちゃんと、三人で旅をしてるんです」
「ふぅん」
「お兄ちゃんって、あの人、ルウェと兄妹なのか?」
「いえ。自分が勝手にお兄ちゃんと呼んでいるだけです」
「だろうな。全然似てないし」
「あはは…。失礼なこと、言ってませんでしたか?」
「まあ、口は悪かったけど、その辺は大丈夫だったかな」
「そうですか。よかったです」
「ちょっと!三人で、何を楽しそうに話してるのよ!私も入れてよ!」
「いたのか、お前」
「ずっといるよ!」
そう言って、弥生は自己主張するように飛び跳ねて。
まったく、ルウェのこの淑やかさを見習ってほしいものだな…。
「弥生ちゃんは、飴は好き?」
「好きだよ」
「じゃあ、これ、あげるね」
「あっ、みかん飴だ。ありがとー。食べていい?」
「どうぞ」
「お前、朝もあれだけ食べてたのに…」
「いいじゃん!食べないと、ルウェみたいな美人になれないし!」
「食い過ぎたら、横にばっかり成長するぞ」
「そんなことばっかり言う!」
「まあ、飴くらい、いいんじゃ、ないかな」
「ほら!」
「何がほらだよ…。スクーターに乗れなくなったら、放っていくぞ」
「大丈夫大丈夫」
「まったく…」
包み紙を俺に渡して、早速飴を口に入れる。
まあ、飴を舐めてたら、しばらく静かになるからいいんだけど。
…しかし、こいつもまだまだ子供だな。
今朝、光と、こいつの月のものについて話してたのが嘘みたいだ。
「ルウェは、もう、帰るの?」
「そう…ですね。もう用事はありませんけど…」
「えぇーっ!もっとお喋りしようよ!」
「口にものを入れたまま喋るな」
「だって…」
「そうだよ。せっかく、来たんだから、ゆっくり、お喋りしようよ」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「それがいいよ、絶対!」
「五月蝿い、お前」
「んー…。私の眠りを邪魔するやつは、誰であっても赦さん…」
「わっ、誰ですか…?」
「凛だ。寝相が悪いから、ベッドから転げ落ちてたんだな」
「うーん…」
「凛ちゃんですか…」
「まあ、当分は目を覚まさないと思うから大丈夫だ」
「へ、へぇ…。大丈夫…?」
「向こうにミコトってやつもいるけど…。まあ、気にするな」
「えぇ…」
「ほら、座って座って。望って人も呼ぼうよ!」
「望は、今バイト中だから…」
「なぁんだ、つまんないの」
「ご、ごめんなさい…」
「お前な…。ルウェも、謝らなくていいから」
「何よ。いっぱいでお喋りした方が、絶対楽しいじゃん」
「だからってな…」
「まあ、そんなことよりさ、ルウェ」
「はぁ…。聞いてないな…」
「あはは…」
とにかく、ルウェを迎えてのお喋り会。
いつもと変わらない風景だ。
…別れもあるかもしれないけど、出会いもある。
それが旅だから。
この一瞬を失うまいと、俺も手を伸ばした。