暇
団子を食べ終わると、女三人連れ立って、ワイワイと買い物に出掛けてしまって。
いや、凛は嫌がってたか。
とりあえず、ミコトと二人、宿に取り残されてしまった。
(ねぇ)
「なんだ」
(暇)
「そうだな」
(なんか話してよ)
「何を話せばいいんだ?」
(面白い話)
「じゃあ、無理だな」
(むぅ…。ちょっとは頑張ってよ)
「お前、すぐにつまらないとか言うから嫌だ」
(何も喋らない方がつまんない!)
「我儘なやつだな…」
と言っても、俺だって退屈だから、何かないかと考えてみる。
うーん…。
「あ、そうだ」
(何?)
「暇なんだったら、仕事をしに行こう」
(えーっ!)
「嫌なら、お前はここで昼寝でもしてればいい。金はいくらあっても困らないからな」
(仕事バカだね、仕事バカ!)
「おぅ、仕事バカで結構。じゃあな。行ってくる」
(あぁっ!待ってよ!)
部屋を出ようとすると、結局ついてくる。
仕事をするよりも、暇な方が嫌らしい。
改めてきちんと戸締まりをしてから、部屋を出る。
「…しかし、お前も、たまには家に帰ったらどうなんだ?どうせ、向こうに行っても、カタラの集落とかに行ってるんだろ」
(まあ、そうだけど…。でも、イヤだよ。五月蝿いお兄ちゃんもいるし)
「薫だって、お前のこと、心配してるだろ」
(そりゃそうだけどさ…)
「それに、口煩いことに関しては、俺もあんまり変わらないだろ?」
(まだマシだよ。薫お兄ちゃんの口煩さは半端じゃないからね)
「そうだな…」
(あ、でも、千早はどうしてるかな。そっちは心配)
「あいつもたいがい内気だしな」
(うん…)
「まあ、心配なんだったら、一回帰ってみることだな」
(えぇ…)
「はぁ…。お前もたいがい強情だな…」
(う、五月蝿いなぁ…)
でもまあ、無理矢理にでも一度家に帰らせる算段を付けた方がいいかもな。
そうでもしないと帰らないだろうし。
…また薫に相談してみるか。
(仕事って、またあの工場に行くの?)
「工場…ではないな、あれは。ガレージだ、どちらかと言えば」
(どっちでもいいよ、そんなの)
「それで、何だ。あそこは嫌なのか?」
(嫌じゃないけど…)
「何だよ」
(油臭いし…)
「それはどうしようもないな」
(鼻が曲がっちゃうよ)
「そういう意味では、俺の方が辛いはずだけどな」
(お兄ちゃんはいいじゃん。油好きだもん)
「意味合いが変わってくるぞ、それ…」
宿の玄関を開ける。
昼近くの大通りは、大賑わいで。
上手く頃合いを見計らって、通りの真ん中を通ってきた馬車に便乗する。
乗客とも目が合ったけど、あんまり気にもしてないみたいだった。
ミコトは、先に飛んでいってしまったらしい。
…と、御者がこっちに振り向いて。
「ん?よぅ、坊主。無言で便乗とはええ度胸やな」
「どうも。便乗させてもらってます。前見ないと危ないですよ」
「せやな。お前、ちょっとこっちまで来い」
「はいはい…。どうも、前、失礼します。はい、すみません」
荷台の客の間を通って、御者台の隣に座る。
ムカラゥ弁の兄ちゃんは、チラリとこっちを見て、また前を向く。
「お前、御者台に乗ったことあるんか?」
「まあ、バイトでちょっとくらいは」
「ふぅん。旅しとんのか」
「いちおう」
「旅団は?ユンディナか?」
「はい」
「そうか」
首飾り、付けてるしな。
まあ、桐華さんも、これ見てたし。
「天照にも入っとるんか?その足輪」
「ん?まあ」
「ふぅん」
「何なんですか?」
「いや。オレも旅しとるんやけど、旅の連れが、えらい落としもんしよってな」
「天照に何か関係あるんですか?」
「ちょっとだけな」
「ふぅん…。あ、俺、ここで降りますんで」
「ほぅか。なんや早いな。まあ、またな」
「機会があれば。ありがとうございました」
「はいはい。今度は、出来たら料金払ってほしいんやけど」
「考えときます」
「ふん。まあええわ」
御者台から飛び降りると、馬車はそのまま行ってしまった。
客席のおっちゃんが一人、手を振ってくれたから、振り返しておく。
…それから、ガレージの方へ。
ガレージの前では、ミコトがそわそわしながら待っていて。
「なんだ。便所に行きたいのか?」
(違うよ!翔が人混みに紛れて見えなくなっちゃったから、心配してたんだよ!)
「はいはい。ありがとな」
(もう…)
ミコトの頭を軽く叩いてやって、それから中に入る。
相変わらず機械油の匂いが充満していて、ミコトは顔をしかめていた。
「おい、オヤジ。いるか?」
「…なんだ」
「仕事あるか?」
「昼飯は付かねぇぞ」
「あるんだな?」
「…そっちの二輪。どこが故障してるのか診ておけ」
「修理は?」
「お前には無理だ」
「そうか。それで、ミコトにも仕事が欲しいんだけど」
(別にいいよ、私は)
「…その辺の工具とかを片付けてジッとしてろ。お前みたいなでかいのに動き回られると、邪魔で仕方ない」
(むっ。私だって、役に立つこともあるんだから!)
「そうなんだったら、口よりも身体を動かせ。ここは弁論の場じゃねぇ」
(うぅ…。分かったよ!やればいいんでしょ!)
「雑な仕事はするなよ」
(分かってるよ!)
と言いながら、早速ガチャガチャと雑な仕事を始める。
オヤジはそれを見越していたんだろう、全く無視して作業を続ける。
…まあ、とりあえず、俺も始めるか。