騒がしい日常
「どうした、翔。具合でも悪いのか?」
「まあな…」
あんな甘ったるいものを飲まされては、胸焼けのひとつやふたつ、起こるというものだ…。
凛は、心配そうにはしてくれてるけど…。
「んぁ、お団子、食べるか?」
「ん…?あぁ…。欲しいなら買ってこいよ」
「翔が食べないなら食べない」
「はぁ…。仕方ないな…。俺は一本だけでいいから、お前の好きなだけ買ってこい」
「ん」
小遣いを渡して、手近のベンチに座る。
凛は、その小遣いを握って、子供のように駆けていった。
…まあ、まだ子供か。
俺も、凛も。
と、すぐに、目の前に降り立つ黒い影。
「やぁやぁ、バ翔」
「お前、まだその呼び方なのかよ…」
「誰、さっきの子?彼女?」
「妹だよ。俺の」
「妹?ホントに?」
「嘘をついてどうするんだ」
「可愛い子だったじゃない。光、哀しむんじゃないかなぁ」
「何を哀しむ必要があるんだ」
「だってさ、新婚でもう他の女を作られちゃってさ」
「俺たちは別に結婚してないし、あいつは妹だと言ってるだろ」
「妹との不埒な関係に?」
「お前、なんか変なエロ本でも読んでるのか?」
「なっ!よ、読んでるわけないじゃない!バカなんじゃないの!」
「なんで俺が怒られてるんだよ…」
「バ翔!光が可哀想!」
「お前、本当に光が好きなんだな」
「……!バ、バカなんじゃないの!」
「嫌いなのか?」
「好きだよ!」
言った瞬間、一気に響の顔が赤くなる。
…まったく、こいつの方がバカなんじゃないのか?
今度はどんな妄想をしてるんだろうか。
「ん?なんだ、お前。誰だ?」
「わっ!不倫相手!」
「お前な…」
「プリン?残念ながら、団子しかない。プリン味の団子もないぞ」
「プリンでもないからな…。それにしても速かったな、凛」
「うむ。いっぱいオマケしてもらった」
「そうか。よかったな」
「うん!」
「じゃあ、俺は一本だけ貰う」
「ん。プリンも食べろ。これだけあったら、私一人では食べきれない」
「凛。こいつの名前は響だ。プリンじゃない」
「なんだ。プリンの方が可愛くて美味そうだぞ」
「そういう問題じゃなくてだな…」
「まあいい。ていうか、響。聞いてるのか?」
「うわぁーん!」
凛が肩に手を触れると、泣きながらどこかに飛び去っていってしまった。
ビクッと身体を縮こませて、それを呆然と見送る凛。
「…何なんだ、あいつは」
「まあ…気にしてやるな」
「ふむ…?」
「それより、団子、ホントに多いな」
「ん?あぁ、そうだな。どうしよう…。私一人では無理だぞ…」
「…あ、そうだ。弥生とミコトにも会っていけよ。みんなで食べればいい」
「んぉ。そうだな。いいアイデアだ」
「うん。まあ、それは俺が持ってやるから」
「そうか?じゃあ、頼む」
「ああ」
凛から団子の袋を受け取る。
これに何本入ってるのかは知らないが、俺が凛に渡した小遣いだけでは、とても一抱えもある団子は買えない。
朝の売れ残りとかを詰め込んだんだろうな…。
まあ、売れ残りと言っても食べられないわけではないから、店側にしても俺たちにしても、儲けものではあるんだろうけど。
「ところで、ミコトって誰なんだ?」
「クルクスだよ。名前を付けてやったんだ」
「ふぅん」
「凛は、何かと契約したりしてないのか?」
「いや、別に。…たぶん」
「たぶん?なんだよ、それ?」
「契約する夢は見た」
「変な夢を見るやつだな…」
「私は、契約したのか?」
「夢ならしてないんじゃないかな…」
「そうか」
誰かが契約するところでも見ていたんだろうか。
あるいは、凛の想像が夢になったのか。
本当に夢で契約出来てたら一大事だけど…。
まあ、おおかた、寝惚けていて現実か夢かの区別がつかなくなってたとかだろうな。
宿の部屋に戻ると、二人と一緒に灯も上がりこんでいた。
いろいろペチャクチャと話していたらしい。
「可愛いね、凛ちゃんって」
「さ、触るな!」
「あはは。照れ屋さんなんだから」
「う、五月蝿い!」
「可愛い~」
「美味しいね、このお団子。ホントに売れ残り?」
「僅かだけど風味が落ちてるな。厳しいところなら、売れ残りとして処理するだろう。凛は、それを上手く拾ってきたんだな」
「ふぅん。全然分かんないや。…って、ミコト、串は食べちゃダメだよ」
(失礼だな…。食べないよ…)
「そう?ならいいけど」
(わたしを何だと思ってるのよ…)
「んー。食いしん坊?」
(そんなことないもん!)
「五月蝿いぞ、お前ら。静かにしろ」
「うぅ…」(うっ…)
「凛ちゃんってさ、普段は何してるの?」
「旅だ」
「一人で?」
「ううん。旅団天照の本隊と一緒に」
「えっ、へぇ~。凛ちゃん、本隊員なんだ」
「感心されるようなものじゃない。ただの居候だ」
「護衛の任務に就いたりするの?」
「しない」
「怪我の治療とか?」
「しない」
「ごはんを作るお手伝い」
「それはやるな」
「なんだ。雑用なのか、お前は」
「居候だ」
「胸を張って言うことじゃないと思うけどな…」
「はるねぇは夜中に一緒にトイレに行ってくれる。強い味方だ」
「トイレ?凛ちゃん、夜中にトイレ行けないの?」
「………」
「ありゃ、黙っちゃったよ」
「図星だからな」
「あはは。可愛いんだね、凛ちゃんは」
「うっさい!」
「あーあ、怒っちゃった。まあ、怖いもんね、夜中のトイレって」
「………」
「懐かしいなぁ。私も、怖くてトイレに行けなくてさ。お姉ちゃん起こして、一緒に行ってもらってたんだよ。お姉ちゃんなら、幽霊だって妖怪だって、倒してくれそうだったから」
「どんなお姉さんなんだよ…」
「強くて格好いいお姉ちゃんだよ」
「ふぅん…」
「それに比べて、うちの兄ちゃんときたら…」
「なんだよ。文句あるのかよ」
「べっつに~」
「まったく…」
何なんだよ。
不満があるなら、そう言えばいいのに。
まあ、言ったからといって、改善するかどうかは分からないが。
「凛ちゃんは可愛いなぁ」
「うっとい!離れろ!」
「思わずムギューッてしたくなるね」
「するな!」
「凛はねぇ、尻尾が弱いんだよ」
「……!」
「尻尾?」
「また余計なことを…」
「それっ!」
「はにゃっ!」
弥生に尻尾を掴まれて、顔を真っ赤にして脱力する。
でも、すぐに持ち直して、無理矢理引っこ抜く。
「いっぱい毛が抜けてしまった」
「お前な…」
「何、今の!凛ちゃん、顔が赤くしちゃったりなんかして、すごく可愛かった!」
「うっさい!」
「私にもやらせて!」
「やらせるか!」
毛を逆立てて、威嚇する。
それを見て、また灯はケラケラと笑っていて。
…まあ、賑やかなのは、別にいいけどな。
でも、いつもは騒がせる側のミコトも、この騒ぎにだけは、苦笑いするしかないようだった。