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灯の日常

「でさ、お姉ちゃんったら酷いんだよ」

「何が」

「私が楽しみにしてたお饅頭を食べちゃってさぁ」

「なんだよ。そんなことかよ」

「あっ。なんだはないでしょ、なんだは」

「俺のところは、ミコトのやつが、大切な食料を全部食べたときがあったんだよ。あのときは、もうひたすらスクーターを走らせて、一刻も早く次の街に行かないといけなかった」

「ふぅん。でも、なんで?」

「知らないよ。小腹が空いたとか言ってたけど」

「小腹…。お姉ちゃんもそうだった…」

「まあ、腹いっぱいなのに、まだ何かを食べるなんてやつはいないだろうしな」

「それはそうだけどさぁ…」

「…おい、翔。お前、今日は帰れ」

「あ、お父さん、焼き餅焼いてんだ」

「ふん。焼いてねえよ」

「お父さん、必要以上のことは喋んないからさ、話しててもつまんないんだよね。翔と話してる方がずっと面白いよ」

「………」

「ほら、そんなでしょ?息が詰まっちゃうよ、それじゃあ」

「…ふん。もう好きにしろ」

「どうも。それでさ、翔は旅とかしてるの?」

「してるけど」

「やっぱり?そんなかんじがしたんだよね~」

「どんなかんじだよ…」

「旅してるのかなーってかんじ」

「よく分からないな…。ていうか、さっき、次の街へ行かないとって話をしてただろ…」

「まあまあ。いいじゃない、細かいことは。それで、何で旅してるの?徒歩?」

「それもさっき言ったんだけど…」

「いいじゃん。もう一回言ってよ」

「本当に話を聞いてたのか…?まあ、スクーターだよ。三輪二人乗りの」

「へぇ、スクーター。エンジンの型番は?」

「そんなの聞いて分かるのか?」

「分かんないよ。お父さんじゃないんだから」

「………」

「怒んないでよ」

「怒ってはいない」

「いいじゃん。一回くらい言ってみたいじゃん」

「そうか…?」

「言いたい言いたい」

「そうかな…」

「でもさ、男の人ってそういうの好きだよね。なんでなんだろ」

「えっ?知らないけど…」

「私たちはさ、エンジンがどうとか型番がどうとか、価値とかも全然分からないんだよね。何がそんなにいいの?」

「え?うーん…。格好いい?」

「そうなの?」

「だいたい、何がいいと聞かれてもよく分からないよ。好きなものは好きなんだと答えるしかない。まあ、エンジン音とか、パーツの形が好きって人もいるし…」

「ふぅん」

「こういうのは人それぞれだから、何がどういいっていうのは、あくまで個人の好みとしてでしか話せないんだよ。俺は、自分なりに弄ったりするのが好きなんだけど」

「へぇ、そうなんだ」

「灯だって、何かあるだろ?これが好きってことが」

「んー?料理かな」

「料理だって、灯の好きなことと他の人の好きなことの間には違いがあるんじゃないか?」

「そうなのかな」

「知らないのかよ…」

「知らないことはないけどさ、話とかするとき、あぁそうだよね~とか思っちゃうから、違いがあるって言えるのかなって」

「それはあるけど、他の人の、自分とは違う楽しみ方とかってのはあるだろ?そういうことを言ってんだよ」

「あぁ、なんだ。そういうこと?」

「そういうことだよ…」

「あはは、なるほど~。そういうのか~」

「………」

「あ。呆れてんだ」

「呆れてるよ」

「手厳しいねぇ」

「はぁ…」


まったく…。

マイペースだな、灯は…。

調子狂うよ…。


「あ、そうだ。そのお肉」

「えっ?」

「冷めて不味くなってんじゃない?」

「あぁ、そういえばそうだな」

「私が上手いこと温めなおしてあげるよ。どこに泊まってんの?」

「大通りのところの宿だけど…」

「じゃあ、行こっか」

「えっ?でも、オヤジはいいのかよ」

「いいのいいの。どうせ戻ってくるんだし。ね、お父さん」

「………」

「ほら、いいってさ」

「何も言ってないけど…」

「好きに捉えていいってことだよ。ほら、行こ?」

「う、うん…」


半ば強引に、外へ連れ出されて。

何か恐ろしいかんじがしたから、後ろは振り向けなかったけど。

でも、灯はずっと笑っていた。



肉の焼けるいい匂いがする。

宿の厨房を借りて、灯がさっきの肉を温めなおしてるんだけど。

さすがというか何というか、慣れた手つきで。


「はいよ~。出来上がり」

「兄ちゃんはなんで、こんな上等そうな肉を持って帰ってこれるの?」

「だから、修理屋のオヤジに貰ってきたんだよ。あと、上等そうじゃなくて、上等なんだよ。何回言わせるんだ」

「だってさぁ…」

「予想以上に可愛い妹さんでビックリしちゃったよ。予想以上に疑り深いみたいだけどね」

「うっ…。後半は余計だよ…」

「あはは、ごめんごめん」

(美味しいね、このお肉!)

「あ、お前、もう食べたのかよ」

(えっ?うん)

「もっと味わって食べろよ…。もう一生食べられないかもしれないのに…」

(味わったよ、ちゃんと。美味しかった!)

「はぁ…」

「も、勿体なくて食べられないなぁ…」

(じゃあ、わたしが食べてあげるね)

「ダメに決まってんでしょ!バカなんじゃないの?」

(うっ…。冗談だってば…。本気で怒んないでよ…)

「怒るよ!」

「あはは。貧乏性だねぇ」

「う、五月蝿いなぁ。ホントに貧乏なんだから仕方ないでしょ!」

「怒らない怒らない。あ、そうだ。ユールオに来る用事はあるの?」

「えっ?まあ、いちおう、ヤクゥルから回っていく予定ではあるけど…」

「そうなんだ。じゃあさ、今度ユールオのお城に来なよ。私がご馳走してあげるからさ!」

「えっ!ホントに?」

「弥生。がっつくのは淑女のすることじゃないぞ」

「うっ…。ま、まだ淑女じゃないもん」

「へぇ。弥生、淑女になりたいんだ」

「名門のお嬢さまみたいになりたいらしい。お淑やかな。まあ、無理だろうけどな」

「う、うっさい!」

「へぇ~。いいじゃん、そういうの。あ、でも、名門のお嬢さまって言っても、秋華ちゃんは弥生みたいに活発な子だよ。剣道とか拳法とか、いろいろやってるみたいだし。武士として当たり前ですよっ!とか言っちゃってさ。ちっちゃくて可愛いんだけどね。まあ、お淑やかな人だけが、名門のお嬢さまなわけじゃないってことだね」

「秋華ちゃん…。秋華ちゃんって、何歳くらいなの?」

「さあ?弥生よりちょっと上か同じくらいじゃないかな」

「ふぅん…」

「会ってみたい?」

「うん。ちょっと」

「じゃあ、ユールオに来たときに行ってみるといいよ。下町で一番大きな豪族のところの娘さんだから、すぐに分かると思うし」

「えっ。本当に名門のお嬢さまじゃないか、豪族って」

「そうだよ。あ、そうだ。秋華ちゃんの上にね、千秋ってのがいるんだけど、この子がまた面白いんだよね~。尋ねてみたら分かると思うけどさ」

「ふぅん…。男か?」

「千秋って、どっちでも取れるもんね。まあ、それもお楽しみってことで」

「…なるほどな」

「分かっちゃった?」

「たぶんな」

「えっ、どういうことなの?」

「翔。言っちゃダメだよ」

「ふん。お前も意地が悪いんだな」

「お楽しみってことだよ」

「えぇっ!何それ!」

「ふふふ」


たぶん、千秋ってのは、俗に言うオカマかオナベなんだろう。

だから、灯も千秋の性別を明かさない…ということじゃないかな。


「うーん…。でもさ、首都だけあって、いろんな人がいるんだね」

「そうだね。本当にいろんな人がいるよ」

「ちょっと楽しみだなぁ」

「ちょっとだけなの?なんで?」

「だって、変な人がいたりしたらイヤじゃん」

「あはは、変な人かぁ。いるかなぁ」

「いるって、絶対!」

「力強く言うところじゃないと思うなぁ…」

「いるって、絶対」

「言い直さなくても…。まあ、もし変な人がいたら、私のお姉ちゃんに言えばいいよ。退治してくれるから」

「退治って、お前なぁ…」

「分かった!で、なんて人?」

「ん?紅葉だよ。い、ろ、は。紅葉って書くんだけどね」

「紅葉さん…。うん、覚えた」

「まあさ、今度ゆっくり遊びに来ればいいよ。わざわざ宿なんて取らなくても、お城に泊めてあげるし。タダで」

「是非お願いします!絶対お願いします!」

「は、速いね…」

「貧乏だからな」

「あはは…」


灯は苦笑いだけど、タダで泊まれる宿を見つけた弥生はそんなのお構い無しで。

人の好意に甘えるなとは言わないが、もっと節度を持ってだな…。

…まあ、今は聞く耳持たないだろうな。

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