考えること
宿に帰ってみると、入口のところで光が倒れていた。
その横で、宿の女将が団扇を扇いでて。
「お帰りなさい」
「ただいま帰りました」
「ごめんなさいね。この子、黒龍に引っ張り回されたみたいで」
「黒龍はどこに行きました?」
「さあ?私が見たときは、裏の方に歩いていってたけど」
「そうですか。ありがとうございます」
「この子、あなたの知り合い?」
「はい」
「そう。じゃあ、あとは頼んでいい?ちょっと用事があるのよ」
「はい。任せてください」
「部屋は、あなたの部屋の向かいだから」
「分かりました」
「じゃあ、よろしく頼んだわよ」
「はい」
それから、女将は宿に入っていって。
夕飯の支度でもするんだろうか。
とりあえず、光を背負う。
「大変だったね」
「寝てるよ」
「うん」
「ミコト…。ちゃんと怒っとかないといけないな…」
「でも、光お姉ちゃんと散歩に行けて、嬉しかったんじゃないかな」
「なんでだ?」
「私たちは、光と同じように酷い目に遭ってるから、滅多に一緒に行かないじゃない。それか、ブースターで体力を使わせるでしょ?でも、今日は光と一緒に行けた。久しぶりに、一人じゃない散歩が出来た。だから、嬉しいんじゃないかって。そう思っただけ」
「…そうか」
「うん。きっとそう」
まあ、あいつがどう考えてるかなんて、本当のところは分からないんだけど。
でも、本当にそうだとしたら、可哀想なことをしてたのかもしれない。
絶対に、あいつとは散歩に行きたくないけど。
「とりあえず、光をなんとかしないと」
「うん。私たちの部屋の向かい側だったよね」
「そうだな」
宿に入って、階段を上がる。
…朝には、ここに響がいてたんだったな。
今日は、本当にいろいろあった気がする。
実際は、そんなことはなかったのかもしれないけど。
ずり落ちてきた光を、しっかりと背負い直す。
「しかしこいつ、本当に軽いな。ちゃんと食べてるのか?」
「女の子に体重の話なんてしちゃダメだよ。軽いならいいけど…」
「えっと、俺らの向かいだったか」
「ねぇ、ちゃんと聞いてたの?」
「体重の話か?変にダイエットなんてしてなければいいけど…」
「私に言ってる?」
「そういえばお前、この前倒れてたな。体重が増えたってな、今は成長期だろ?増えなかったり、減ったりする方が病気なんだ。それを分からないで…」
「もう!いいでしょ、その話は!あれからは、ちゃんと食べてるんだから!」
「すぐに体重とか太ったとか言うよな、女は。痩せてるのがいいとでも思ってるのか?」
「太ってるより、痩せてる方がいいでしょ」
「そうか?少し太ってるくらいが、ちょうどいいと思うけどな。健康的で」
「そんなこと言って、スラッとして綺麗な人がいたら、そっちを見るんでしょ」
「男なんてそんなもんだ。でも、あの人綺麗だなぁ程度だぞ。そんな節操もなく好きになったりするものじゃねぇよ」
「怪しいなぁ…」
「怪しくて結構。お前に信じてもらう必要はないからな」
「むぅ…。そんなことないでしょ…」
「そうか?」
「………」
「どうした」
「ふん。いいよ、もう。兄ちゃんなんて」
「なんだよ、どうしたんだよ」
「どうもしないもん!」
「何なんだよ…」
なんでヘソを曲げるんだろうか。
全く意味不明だけど。
とりあえず、部屋の前まで来た。
「弥生、鍵」
「持ってないよ」
「えっ?あ…。女将さんに鍵を渡されてないのか…」
「うん」
「弥生、悪いけど…」
「いいじゃない。面倒くさいし。私たちの部屋に寝かせておこうよ」
「まあ…そうか。響もいないみたいだしな」
「うん」
回れ右をして自分たちの部屋に。
今度は、ちゃんと弥生が鍵を持っていて。
部屋の中に入ると、戸締まりをしていたせいで真っ暗だった。
とりあえず光を下ろして、窓を開けて日の光を入れる。
「よく寝てるね」
「そうだな。どれくらい引き回されたんだろ」
「さあ?でも、結構な距離だったんじゃない?」
「カシュラあたりまで行ってたかもな」
「えぇ~。さすがにそれはないと思うけど…」
「しかし、あいつはどこに行ったんだろうな」
「どこに行ったんだろね」
「まあ、腹が減れば帰ってくるよな」
「たぶん」
弥生は光の横に腰掛けると、少し退屈そうに足をブラブラさせる。
大きな欠伸をすると、そのまま寝転がって。
「でも、旅団に入ったからって、何が変わるってわけでもないでしょ?旅の生活は一緒なんだし。ちょっと宿泊費が浮くくらいで…」
「それは大きいんじゃないか?それに、仕事も斡旋してもらいやすくなるだろ。旅団の仕事が回ってくる分。他の街への連絡も付きやすいし。旅団に入って損することはあまりない」
「じゃあ、なんで今まで入らなかったの?」
「入らなくても充分だっただろ?今日みたいに、すぐに旅団長から許可を貰えるわけじゃないし。それに、旅団に入るということは、その旅団の看板を背負うってことだ。そういうのを嫌って入らない人もいるだろうな」
「ふぅん…」
天井を見つめたまま、素っ気ない返事だけを返す。
言いたいところはよく分からないけど。
弥生の隣に座って、頭を撫でる。
「どうしたんだよ。ついさっきまで元気だったのに」
「………」
「また友達と離れるのが嫌なのか?」
「そうじゃ…ない…」
「じゃあ、何なんだ」
「………」
「言わないと分からないな」
「ミコトは…どうなんだろって」
「え?」
「ミコトは、私たちについてきて、寂しかったりしないのかな」
「…どうだろうな」
「聖獣になんて滅多に会えるものじゃないし、もしかしたら…ミコト、寂しいんじゃないのかな…。今回のことも、私たちだけで決めちゃったし…」
「そうだな」
「やっぱり、ミコトにも聞いておいた方が…」
その意見は至極真っ当ではある。
でも、あいつは笑って答えるはずだ。
(わたしは気にしてないよ。反対する気もない。二人がそれでいいなら、わたしは二人についていくだけ)
「………」
(弥生、ありがと。でもね、わたしは、兄ちゃんと弥生と一緒にいるだけで…それだけで幸せだから。…わたしのことで悩んで、弥生が辛そうな顔をしてるのが、一番辛いの)
「ミコト…」
弥生は、ミコトを抱き締める。
ミコトは弥生の顔を優しく舐めて。
これでいいのかな。
…とりあえず、しばらくはこのままにしておこう。
ぐっすりと眠っている光の頬に触れる。
俺は…みんなのために何をしてやれるんだろうな…。