旅団天照
空を見る。
蒼い空が広がっている。
たまに、郵便屋だとか雲だとかが横切っていくけど。
「ふぁ…」
「間抜けな欠伸だな」
「むぅ…。じゃあ、間抜けじゃない欠伸の仕方を教えてよ」
「…無理だな」
「もう…」
弥生は寝返りを打って、あっちを向いてしまった。
…もう一度、空を見る。
少し雲が動いた以外は、違いはなかった。
「ミコト、どこに行ったのかな」
「さあな」
「光お姉ちゃん、ちょっと可哀想だったね」
「そうだな」
昼ごはんを食べて元気になったミコトは散歩に行きたいと言い出し、やめておけと言うのに光はミコトの散歩に付き合ってしまった。
そして、ミコトは光を背中に乗せ、猛スピードでどこかへ走っていってしまった。
…まあ、ああなってしまえば、無事であることを祈るしか出来ないんだけど。
響も面白がってついていったけど、追い付けるなら助けてやればいいのに。
「柚香の家についていった方がよかったかな」
「何言ってるんだ。主治医の先生だって、今日はもう無理はするなって言ってたじゃないか」
「だよね~…」
柚香の主治医は、どうやったのかは知らないけど、公園に柚香がいることを突き止めて、ここまでやってきた。
そして、やっぱり人混みに行ったことは大きかったらしく、今日はもう家でゆっくり休まないといけないとのことだった。
結局、残ったのは俺と弥生。
不意に訪れた兄妹の時間、というわけだ。
「気持ちいいね~」
「そうだな」
「久しぶりだね。二人だけってのも」
「そうだな」
「少なくとも、ミコトはいたからね」
「そうだな」
「兄ちゃん、さっきからそればっかりだね」
「そうだな」
「他に言うことはないの?」
「そうだな…」
「もういいよ…」
「そういえば、なんでさっきはずっと"お兄ちゃん"なんて呼んでたんだ?」
「え、えーっと…」
「兄ちゃんでも変わらないと思うけどな」
「兄ちゃんはそうかもしれないけどさ…」
「なんだ。"お"が付くのと付かないのとで、何が変わるんだ?」
「全然違うよ…」
違うのかな。
俺には分からないけど。
弥生はまた向こうを向いて、不機嫌そうに尻尾を動かしている。
「…お前は好きな人とかいないのか?」
「いないよ」
「…そうか」
「でもさ、兄ちゃんもよく考えないといけないよ?光お姉ちゃん、今こそ同じ街にいるけど、旅の生活に戻ったら離れ離れだよ?」
「…ああ。分かってる」
「兄ちゃんはどう思ってるかは知らないけどね、光お姉ちゃんは可哀想だよ。会えない辛さ、兄ちゃんには分かる?」
「…さあな」
「さあな、じゃないよ!私はね、別にいいよ?どこの街にいけば誰がいる。あの街には誰がいるって。でも、光お姉ちゃんは、そうじゃないんだよ?このまま別の道を行って、二度と逢えないかもしれないんだよ!?」
「………」
「兄ちゃんは、私の兄ちゃんだから。私は兄ちゃんについていくことが嫌だとか、そんなことは思ったことはない。でも、光お姉ちゃんは、兄ちゃんの大切な人なんでしょ?どうせ、まだ分からないなんて適当な言い訳で逃げてるんだろうけど、そんなの私は許さない。大切な人なら、ちゃんと守ってみせなよ!地面に足を着けて!このまま、運任せの付き合いなんて、絶対に許さないんだから!」
弥生は泣いていた。
怒りなのか、同情なのか、哀しみなのか、寂しさなのか。
それは分からないけど。
でも、俺がやらなければいけないことを、はっきりさせてくれた。
俺の迷いを吹き飛ばしてくれた。
「…ありがと」
「お礼…なんて…。言われたく…ない…」
「そうか。でも、ありがとな」
「うっ…うぅ…」
泣きじゃくる弥生を抱き締めて、そっと背中を叩く。
…弥生が落ち着いたら、組合に行こう。
まずは、そこから。
組合の広場には、たくさんの馬車が止まっていた。
この紋章は…旅団天照か?
もしかしたら、好都合かもしれない。
「やあ、少年少女よ。妖怪に何か用かい?」
「妖怪に用はないです」
「はは、冗談冗談!天照に何か用かい?」
「はい、ちょっと。…天照の団員の方ですか?」
「そうだよん」
「あの、単刀直入に言いますけど…俺たちを雇ってもらえないでしょうか?」
「うん。いいよ」
「えっ…?」
「そうだ。団員証は…」
「ちょ、ちょっと、いいんですか?」
「何が?」
「入団試験とか…」
「いいよいいよ、そんなの。ぼくが認めたから、キミたちは天照の一員。それで万事休す」
「何バカなこと言ってるのよ、桐華。万事休したらダメじゃない」
「あ、遙。この子たち、さっきから入団したよ」
「はぁ…。また桐華は…。ところで、キミたち。ユンディナ旅団の方はどうしたの?」
「ユンディナ旅団…?」
「それ。ユンディナ旅団の団員証じゃない」
「あぁ。これは、旅団員の人に貰ったんです」
「旅団員?ふぅん…?」
「どうしたんですか?」
「エルクって聖獣、連れてたでしょ」
「エルク…?」
「鹿だよ、鹿。いなかった?」
「あー、そういえばいましたね。…どうして知ってるんですか?」
「ユゥクって知ってる?」
「ユンディナ旅団の団長であり、優秀な薬師としても知られてる、ユゥクさんですか?」
「そうそう。その人が、それをくれた人だよ」
「えっ!本当ですか?」
「なかなか知らないもんね、ユゥクのことなんて」
「ユゥくんは影が薄いからね~」
「またそんなこと言って…。まあ、とにかく、ユンディナ旅団の団員証を渡せるのはユゥクしかいないから。ていうか、団長であるユゥクしか持ってない」
「じゃあ、天照は規制が緩いんですか?」
「ううん。天照も、団長しか持ってないよ」
「えっ…。じゃあ…」
「何を隠そう、このぼくが…」
「ちょっと頼りなくて抜けてるけど、この桐華が団長だよ」
「遙…」
「あっ、えっと、団長とは知らず、無礼な態度を取ってしまい、申し訳ありませんでした!」
「あはは。いいって、そんなの。私だって、気を遣われたくないし。あと、敬語なんていいからさ。気軽に話し掛けてよ」
「うん。分かった」
「切り替え早っ!?」
「いえ…冗談ですよ…」
「なんだ、冗談かぁ」
「桐華も何を安心してるのよ。このバカにも、私にも、さっきみたいに遠慮なく話し掛けてね。あ、それと、これ。渡しておくね」
「これは?」
「団員証。ちょっと変わってるでしょ?」
「はい…」
首輪…にしては小さいし、腕輪にしては大きい。
何なんだろ…。
「足に着けるんだよ。足輪。桐華が、首飾りじゃユンディナと被るって駄々こねるから、最近新しくしたんだ。腕輪はクーアと被るしね」
「駄々なんかこねてないもん…」
「それは分かりましたけど、なんで二本?」
「黒は天照、白は月読。スクーターもあるし、遠出の仕事をしてもらうよ」
「えっ、月読?」
「どうしたの、兄ちゃん?」
「月読は、危険な情報屋だって聞いたことがある…」
「心外だなぁ。いちおう、まっとうな情報屋なんだよ?あと、探偵業も兼ねてるね。少し手に入りにくいする情報を持ってたり、お客を選んだりするから、悪い噂が立ってるだけ。安心して。あなたたちに危害が及ぶことはないわ」
「へぇ~、そうなんだ~」
「…桐華?あなたには、あとでたっぷりと話をしないといけないみたいね」
「えぇ…」
「あのっ…」
「大丈夫大丈夫。団員証と仕事の依頼書があれば、天照の宿が使えるから。ユンディナは分からないけど、そのうちユゥクから連絡があるはずだから、まあ、そのときに説明を受けて」
「えっと…」
「遠隔地に向かうときは、期日内に着くのであれば、どんな道を行ってくれても構わない。友達に会いに行くのもいいし、観光してきてもいい。連絡を取り合って、恋人と逢引きしてもいいし。ただし、宿代その他経費で落とせる分以外は、全部自腹だからね。主に、誰かへのお土産、どこかの施設への入館入場、宿以外の場所での食事が自腹になるかな」
「その…」
「本拠地のヤゥトには一回行ってみることをお薦めするよ。腕の良い薬師もいるし。仕事は、組合で受けてね。ヤゥトには組合がないから、ユールオまで出なくちゃいけないけど。…まあ、ひとまず、言っておかないといけないことは、これくらいかな。質問は?」
「ないです…」
「そう。よかった」
心を見透かしているのかと思うくらい、先回りをされてしまった…。
弥生はただただポカンとしているだけで。
…桐華さんも同じく。
「さあて。残念だけど、今日の仕事は全部終わったんだよね。明日、また依頼が来てるかもしれないから、よかったら受けにきてね」
「は、はい!」
「楽に行こうよ。気を張らないの」
「はい…」
「まあ、また給料の話とかは追々していくから。今日はお休み」
「はい、ありがとうございます」
「ふふふ。じゃあ、また」
「またね~」
「はい。また」
そして、二人は組合の依頼所に入っていった。
…こんなにあっさり三大旅団のひとつに入れてしまうなんて思いもしなかった。
でも、これで少しは地に根を張れたかな…。
「………」
「とりあえず、帰ろうか」
「…うん」
すっかり面喰らっていた弥生の頭を撫でて。
今日は、宿へ帰ることにした。