暗闇の怪物
ユーヴェは三百人の憲兵達と憲兵少佐のカレイウスを連れて屋敷の納屋前へ戻ってきていた。彼が体良く憲兵少佐と巡り会えたのは、憲兵少佐が斎場に居たためである。憲兵少佐の言によると憲兵隊長アーレスは早朝に街へ帰還したが仮眠を摂っており昼には顔を見せるという。ユーヴェは整列する憲兵達とカレイウスへセネスと決めた捜索案を伝え、頷く憲兵達へ向かって更に続けた。
「皆さんには四人一組で行動して頂きます。分担についてですが十組は下水道、二十組は住宅街、四十組は施療院方面を回ってください。施療院に関しては内部の確認をお願いします。また、用事に備えこちらで五組は待機をお願いします。
どなたか質問は有りますか?」
ユーヴェは質問を募った。
「では吸血鬼を見かけた場合はどの様に対応しましょうか?」
「その時は、視界へ一本指を立てた後一目散に隠れるか、不可能であれば近づかず銃で応戦してください。吸血鬼は馬よりも速く走れますので逃げられません。吸血鬼の使い魔や魔術の痕跡を発見した場合も同様です。吸血鬼は死体を利用しますので先ずは皆さんの身の安全が第一です。また、これから皆さんの爪を一欠片頂戴します。魔術触媒として使用し納屋の三百枚の鏡それぞれに皆さんの視界を映し出し、異常が有れば私達魔術師が駆けつけます。もし吸血鬼に追い詰められても最後まで希望を失わないでください。」
ユーヴェは爽やかな笑みを浮かべ力強い言葉を憲兵達にかけると、ユーヴェの視線の先、木陰に帽子を被った少年が座って一行を眺めている様子が見えた。憲兵達一人一人の名前が書かれた薬包みを各員へ配るセネスも気がついているようで時折視線をやっている。憲兵少佐はユーヴェへ近づくと耳打ちする。
「木陰の少年はテネトール様です。魔術師殿に興味があるようですな。」
「・・あの頃の少年は様々なものに興味を持ちますからね。おいくつかご存じですか?」
カレイウスは顎へ手を当て唸るとそうだと手を打った。
「思い出しました確か五歳だとか。実はお誕生日会を一度も開かれていないのですよ。」
「何ですって?それはまた・・。」
ユーヴェの肌へ鳥肌が立つ。領主と彼の夫人との関係と昨日の夫人の所作に感じる違和感。ユーヴェは暗い思考を隅へ置き憲兵少佐へ屋敷の守りを頼み、薬液調合のため納屋へ引き換えした。納屋の中には街の地図と区画毎に番号が振られ納屋の作業台付近にドカリと設置され番号と名前が書かれた鏡が納屋の片長面を覆うように貼り付けられ、地図前から鏡を一望できるようになっている。オーグは鳥を肩に乗せ既に薬液の調合を行っており、ユーヴェは調合液を等量小さな銅器へ分注し名前と番号を記載した。爪を回収し終えたセネスは番号と名前を確認しながら爪の欠片を薬液へ入れていく。材料を入れ追えた薬液を三人は粘土へ混ぜそれぞれの鏡の下部へ貼り付けると次々に鏡が街の様子を映し出し始めた。これらの作業が終わる頃には昼頃になっており、準備を整えた憲兵達は馬を駆って警備が倍以上に増えた屋敷を通り過ぎ、颯爽と街へ繰り出した。装備を整えたオーグは馬車へ乗り込み戦いに備え、その後間もなくアーレスが憲兵を伴って納屋へ入る。
「皆さんお疲れ様です。魔術師殿、事情は道中部下から聞きました。新領主様が狙われている可能性が高いとのこと、私も助力します。ですが、三百人以上の動員は厳しいです。他業務も逼迫しておりましてこれ以上は人員をさけません。申し訳ありません。」
謝罪し腰を折ったアーレスへユーヴェとセネスは立ち上がり、ユーヴェは返答した。
「お気になさらず。寧ろこれほどの人員をお貸しいただけた事、またカレイウス殿の尽力にも感謝しております。ありがとうございます。」
二人の魔術師は礼を取りアーレスを席へ誘導し並び座った。全身に装備を身に付けたユーヴェとセネス、カレイウスと待機する憲兵達に加え合流したアーレスは鏡を憲兵達の異変を見逃すまいと見つめる。
吸血鬼の痕跡はあっさりと見つかった。発見したのは広く古い下水道へ降りた二十人の憲兵達だった。彼らはマスクと厚い手袋を身に付けランタンを灯し梯子を降りると異変を感じる。鼠が一匹も居ないのである。この下水道は立て替えのため一時的に水路が閉じられているため、汚水は流れていないが投棄された生ゴミや家財が山の様に転がり一部の物乞いや犯罪者が隠れ潜む危険場所としても知られている。左手に持ったランタンで足下を照らし、ゴミを足で払いながら慎重に進む。暗闇の奥から缶詰か何か金物が落ちる音が響く。彼らは小銃を肩から外し右手で持ちランタンを持つ左腕へ乗せる。少し進むと火の消えた薪が転がり側には鼠にかじられた跡のあるマットレスが四つ程敷かれ、一つの側には脚の取れたぬいぐるみが転がる。不気味な空気に憲兵達は汗をかきマスクを濡らす。四つのマットレスを皮切りに大量のマットレスが下水道一面に敷かれ、中には食べかけの皿、大量刷りの版画、家財を修復して作ったソファーが残り大勢の人間達の生活痕が見て取れる。更に進むと猛烈な腐敗臭が漂ってきた。そして彼らが目にしたモノは積み上げられた人間の山のように見えた。一人の憲兵がランタンで死体を照らすと死体のだと思っていた人間の閉じられた目が瞼越しでは有るが蠢いた。よく見ると身体は粘土のように混ぜられ接着されており皮膚は赤く腫れてねじれ巨大なミミズのように山を這い回っていた。
「眠って・・いるのか。これが一体で使い魔か。」
悍ましい光景に嘔吐く者やその場で嘔吐する者がいる程の悪臭で、彼らは視界へ一斉に合図を送ると急ぎ下水道の一画へ隠れランタンの火を消した。
「師よ、急ぎましょう!あれは使い魔の範疇を超えていますので我々だけで対処します。アーレス殿此処はお願いします。」
ユーヴェはそう言い残してセネスと共に納屋から飛び出した。二人の魔術師と人造人間を乗せた馬車は旧下水道へ走る。
「師よ、私とオーグが地下へ潜ります。地上へ出た場合の補助をお願いします。」
「では地上、水路脇に待機する。頑張れよ。」
間もなく下水道へ到着し馬車からユーヴェとオーグは下車し荷台からセネスが手ずから組み上げた装填済みの爆弾射出機を五本引っ張り出した。ユーヴェが一本、オーグが残り四本を腰へ吊し、腰のランタンを灯し巨大な怪物が住まう下水道へ降りていった。オーグは水路へ降りると左肩に掛けた巨銃を取らず射出機を一本腰から取り外し片手に構え一方の手には点灯したランタンが下げられている。ユーヴェはランタンを腰に下げたままマットレスの一群を抜け、記憶をたよりに怪物の位置を探り憲兵達が怪物を見た場所へやって来たが、怪物は居なかった。唇を舐めたユーヴェは左右へ目を走らせていると血まみれの崩壊した壁を発見した。オーグと共に破壊された壁へ近寄ると穴からけたたましい銃声が撃ち鳴らされた。ユーヴェは腰の射出機を構え穴へ飛び込むとそこは新下水道の一本であり、飛び散った汚物が超質量の何かが落ちたことを示す。二人は銃声が鳴った上流へ向かって駆けた。
二人が走っていると少し離れた分岐点を巨大な影がゆっくりと横切った。下水の流が緩やかになる。
「オーグ、腰にランタンを下げろ。気づかれた。」
下水道が揺れ、下水道の汚水が波打つ。揺れは次第に強まり、大きな喘鳴が木霊する。その声は老若男女問わず大勢の人間を寄せ集めたような悍ましいもので徐々の大きくなる。ユーヴェは暗闇へ投射器を構え爆弾を打ち出した。爆弾は放物線を描き暗黒へ炸裂する。爆炎は巨大な怪物を映し出した。崩落した瓦礫が怪物の身体を僅かに削った。怪物は人間のような叫び声をあげて二人目駆けて突進する。
「撃て。」
オーグは狙いを定め手に持った射出機から爆弾を打ち出すと、爆弾は怪物へ命中し爆炎と共に肉が千切れ飛び、焼けた肉の悪臭が漂う。爆弾の装填を終えたユーヴェと新しい射出機に持ち替えたオーグは交互に爆弾を怪物へ撃ち込む。爆発と共に怪物は悲鳴を上げるが突進は止まらない。二人は崩壊した壁を通り旧下水道へ走り戻る。その背後を怪物が通り過ぎ二人は何とか難を逃れた。小走りに下水道を駆けるユーヴェは射出機へ爆弾を装填し後方を警戒するが、下水道には二人の足尾と以外に鳴る物は無い。
「オーグ!水路を渡る、急げ!」
乾いた大きな水路へ飛び降りた二人は対岸へ上がり、ユーヴェは旧下水道と新下水道を隔てる壁を睨む。激しい振動により下水道の天井が大きく崩れ日の光が僅かに下水道へ挿す。その間にオーグは片手で使用した射出機へ爆弾を装填していた。すると崩落した壁からひょっこりと人間の顔を覗かせた。人間の顔は満面の笑みで黒い瞳を二人へ向けており、二人は射出機を構え怪物を待ち受ける。
『撃たないのか。』
覗く顔が二人へ問い掛けるが、ユーヴェは沈黙しオーグはもう一本の射出機にも爆弾を装填する。装填を終えたオーグへユーヴェは命令をした。
「壁を撃て。」
オーグは引き金を引き爆弾は壁を打ち壊した。首はさっと引っ込み、怪物の巨体が灰色の煙を裂いて二人へ突撃する。二人は一斉に射出機から爆弾を怪物へ撃ち込み三発の爆炎が怪物を包んだ。爆炎は勢いを削ぐが巨体の突撃は止まらない。オーグはすかさずユーヴェを放り投げ、金属が拉げる音を立てて怪物の巨体に押し潰された。ユーヴェはマットレスへ打ち付けられ、その際に腰のランタンが壊れてしまい灯りを失う。オーグは両足から胸にかけて潰され怪物が壁から離れると残骸を散らして水路へ転がり落ちた。離れる怪物の背へ右腕に握った射出機を向けるが怪物巨体に再度体当たりを受け右腕が粉砕され転がった。うつ伏せに倒れたオーグ残った左腕で藻掻き、服が破れて露出した金属の頭部と背部が日の光を受け鈍く光る。仰向けに横たわったユーヴェは上体を起こし迫る怪物へ向けて見えずおぼつかない手元で射出機へ爆弾を装填する。突進する怪物は一直線に装填中のユーヴェ目がけ、少なくなった悍ましい手足で何とか走る。ユーヴェへ馬一頭も無い距離まで迫った時、爆発音が鳴り悲鳴をあげた怪物はユーヴェから逸れ壁へ激突した。オーグが残った左手に握った大砲のような銃で怪物の背を撃ち、怪物の背の肉を斜めに大きく抉ったのだ。ユーヴェは大急ぎにマットレスを被り、呻く怪物目がけて投射器の引き金を引いた。爆弾は怪物へ打ち当たり巨体は爆炎に包まれ踊るように藻掻くと、煮溶かし海藻のようにドロリと倒れ沈黙する。
「早く仕留めなければ、いよいよ手が付けられないな。」
マットレスから這い出たユーヴェは思わずぼやくと足を引きずってオーグの元へ歩く。
「また助けられたな。」
ユーヴェは倒れるオーグへ声を掛け、踏ん張り転がったオーグを何とか引きずって下水道の出口へ向かった。




